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説明

幅が1メートルほどしかない桟橋へと恐る恐る降り立った。

皆自分の荷物を自分で担いでいたが、この中で一番背の高い、バスケ部のキャプテンである井坂武いさかたけるが自分のカバンを持って、あ!と叫んだ。

「うわ、これ部活の試合に持ってったヤツだし!母さんに洗濯頼んだのに、まだ玄関に置いてたのかよ!間違えて二つ持って来ちまったての!」

翔が、苦笑して言った。

「げ、洗濯物持って来たのか?道理で荷物多いなあって思ったんだよ。」

梓が、フッと鼻で笑った。

「母親に準備任せるからそんなことになるのよ。」

「うるせえ。」武は言って、中を開く。「うわ、こっち試合のビブスだ。みんなの持って帰ってたのに。」

翔が、うわ、と嫌なものを見る目で見た。

「おい~腐るじゃないか!ここで洗濯しろよな、自分で。」

武は、うなだれながらまた、そのカバンのファスナーを閉じた。

美沙はそんな武と翔を横目に呆れたように見ながら、歩き出した皆に遅れてはと歩き出した。

一行は、柳京介を先頭に、白いホテルへと歩いた。

遠くから見ている時には気付かなかったが、島の構造のせいかそのホテルはかなり高い位置にあり、ホテルまでは白い幅の広いなだらかな傾斜の階段を、ずっと登って行かなければならない。

夏の暑い日差しに照らされながら、汗をかきつつ一行はそれぞれに悪態をつきながら登っていたが、そのうちに余裕がなくなったのか、黙って黙々と登り続けた。

側へ来ると、案外に大きな建物で、入り口の扉は高さが3メートルはあるのではないかという両開きの木製の大扉だった。

重そうな扉…先頭でなくて良かった。開けるのに骨が折れそう。こんなに疲れてるのに。

美沙が思って上がっていた息を整えながら列の中ほどで様子を見ていると、先頭の京介がその扉の前に到達した途端に、その扉は大きなきしむような音を立てて、奥へと開いた。

「うえ…自動かよ。」

武が誰にともなく言った。すると梓が、また知った風に言った。

「わざとレトロに見せかけて作ってるんでしょ。案外ハイテクなのよ、きっと。だって、まだ新しいじゃん、この建物。」

美沙は、中へと皆について歩きながら、周りを見回した。確かに、まだ新しい。木の香りが漂うところを見ると、きっとまだそう建ててから経っていないのだ。

全員がその扉をくぐると、大扉はまたきしんで閉じた。そこは、中庭だった。

振り返ると、20メートルはあるだろうと思われる高さの塀があって、その上には外の木々が中へと生い茂っているのが見える。外からは木造だった大扉も、内側から見ると重厚な金属で、鈍く光を反射していた。

少し不安になりながら前を見ると、そこには建物の本当の入り口になるガラスの扉があった。中が透けて見えるのだが、広く美しい造りで、置いてある家具も白い、ヨーロッパで見るような、曲線を描く足を持ったタイプの物で、まさに別世界だった。

「きれい!」一人が叫んで、駆け出した。「見て、すっごい大きなシャンデリアが天井から吊るしてあるの!」

皆が、その声にガラス戸に寄った。あれほど階段に悪態をついていたことを、もう忘れてしまっている。するとまた、そのガラス戸はスーッと奥へと開く。中から、クーラーの心地よい冷気が流れて来た。

ガラス戸も自動なのか。

美沙が少なからず驚いて退いていると、中から背の高い、いかにも紳士を気取ったといった風の男が歩いて来た。眼鏡をかけていて、髪はぴったりと後ろに撫で付けてある。それがテカテカと光っていて、何か一昔前、といった感じを受ける。口ひげに触れてすました様子に、美沙がこみ上げて来る笑いをかみ殺していると、相手は皆を見回して、妙に甲高い鼻に掛かった声で言った。

「私は、支配人から皆様に、最初の準備をと仰せつかっております。遅れていらっしゃる方もいらっしゃいますが、それはまた後でご説明を。ここでは、携帯の電源を切ってください。説明が終わりましたら、また起動してくださっても結構です。まずは、こちらへ。」

まだ来るのか。

美沙は、もう15人も居るのに、更に増えることに驚いていた。きっとシャクだが梓の言うように、イベントでも行なうのかもしれない。24時間忙しいのかと思うと、さすがに気が滅入って来る。

美沙は重い足取りになりながらも、皆に流されるように、その古臭い感じのコメディアンにしか見えない男の後について歩いて行った。


大きな、テレビでしか見たこともないような幅広の階段が正面にあったので、それを登るのかと思って心の中で舌打ちをしていた美沙だったが、案内の男は意外にもその前を通り過ぎ、脇の通路に入って行った。

通路に入った途端に、程よい狭さに少しホッとした。玄関を入った時には、あまりに広い空間にどこを見ていいのか困ったほどだったが、こちらは幅が2メートルほどの、美沙も見慣れた感じの広さの廊下だったからだ。

両脇には二つほどの扉があったが、それを通り過ぎ、男は突き当たりの両開きの扉へと足を進めた。そうして、その前で止まると、思い切ったようにその扉を押し開いた。

すぐ後ろに居た美沙は、男の顔が微かに引きつったように見えたが、それもすぐに無くなった。そもそもこの男は、顔の皮膚さえ何やら作ったような感じを受ける。どこもかしこも、やけに芝居がかって見えた。

「わあ…応接室か何か?」

美沙の考え事は、後ろから部屋の中を覗き込んだ梓の声で中断された。邪魔をされたことにムッとした美沙だったが、部屋の中へと視線を向けて驚いた。

それは明るい、とても広い部屋が広がっていたのだ。

入ってすぐの場所には、見たこともないほど大きな楕円の木製のテーブルがあった。その回りには、たくさんの椅子が置かれてある。

しかし奇妙なことに、この椅子があるスペースの下だけが四角くタイル敷きになっていて、その他は赤を基調とした生地にアラビックな模様が描かれてあるような絨毯が敷き詰めてあった。

右の壁には暖炉があり、その少し上には大きな壁掛けテレビがあった。左の壁には隣りへと抜けるための戸が二つ。正面は、大きな窓がこれまた大きなカーテンを両脇に、海に向かって開いていた。窓の前には、座り心地の良さそうなソファが無数に置かれてあり、この人数でもあまりあるぐらいだった。

男は、言った。

「ここは、皆様のためのリビングルームだと思って頂ければ結構です。」と、左側の壁にある戸を指した。「真ん中の大きな戸はキッチンに、入り口に近い方の戸はお手洗いと、シャワールームに続いております。詳しい説明を致しますので、皆様はこちらの、椅子へとお掛けになってください。」

そう言うと、男は奥のソファの方へと歩いて行って、皆が入って来るのを見守った。楕円のテーブルの上には、金属の輪っかのような物が置いてある。美沙は、皆の動きを見ながら、慎重に座る椅子を選んだ。ここで二週間過ごすのに、先にさっさと座ったりして、皆の反感をかいたくない。

美沙は外向きの顔を作って、隣で同じようにためらう田中美鈴(たなかみすず)を見た。

「どうする?私はどこでもいいけど。この季節に、暖炉も必要ないだろうし、どこに座っても条件は変わらないだろうけど。」

美鈴は、急に話しかけられて驚いたようだったが、脇の壁の暖炉をちらっと見てから、頷いた。

「そうだね。海野さん、そっちに座る?じゃあ、私はこっちに。」

相変らず、美鈴は上品だ。

美沙は、思った。田中美鈴といえば、黒髪のストレートの髪に、化粧っけがないのに美しい肌、夢見るようにきらきらと潤んだ瞳で一見して育ちが良さそうな子だった。男子達が、いつもコソコソとその姿を見ているのも知っている。しかし本人は、本当に聖女ぜんとしていて、そんな回りには興味もないかのようだった。

その瞳のように、本当に夢を見ているのかも、と美沙は時々思うぐらいだ。

椅子の背には小さく番号がふってあり、美沙が見るとその椅子は偶然「1」だった。何やら縁起がいいような気がして、美沙が座ろうと椅子を引こうとすると、その椅子はびくともしなかった。下を見ると、どうやら床に作りつけられてあるらしい。仕方なく横から回り込んで椅子へ座った美沙だったが、この一見質が良さそうでありながら、小さいのに無理につけたのか両脇に肘掛がついた、まるで拘束されるような椅子に、ここでは寛げないな、と思っていた。

美沙が座るのを見て、皆が同じように手近な椅子へと座って行く。大柄な川原翔などは、両脇の肘掛の間に挟まれるような状態で、腕は絶対に肘掛の上に置かないと椅子へ座るのは不可能な状態だ。

そうやって皆が思い思いの椅子へと腰掛けた後、美沙はこうして皆の顔を見るのは始めてだ、と気付いた。

やはり、知っている顔は10人…残りの五人は、さっき話した柳京介以外、全く知らない顔だった。

みんなが椅子に座るまで、結構な時間を取ったにも関わらず、あの案内の男はじっと黙って立っていた。

急がせるでもなく、イライラするでもない。ただ無表情に、それを見ていた。

皆が座ったのを見てから、男はおもむろに進み出て、空席にある三つの腕輪を回収してポケットに仕舞った。そして暖炉の前辺りに立ち、またあの甲高い鼻に掛かったような声で言った。

「そこが、これから皆様の正式な場所となります。何かの会合などの時は、必ずその席に着くように。そうでなければ、業務違反になります。」

皆が、落ち着きなく体を動かした。この席を、覚えておかなければならない。

男は、続けた。

「続いて、座っている席の前にある輪を手に取ってください。」

みんなは、言われるままにそれを手に取る。腕時計のような、蛇腹の部分もあるが、大部分が金属を丸く加工したような形になっていて、驚いたことに、小さな液晶画面に数字の書いてあるボタンまでついていた。

「それは、業務連絡に使う腕輪です。利き腕とは反対の腕に、板の部分が内側になるようにつけてください。」

言われるままに、それを腕に嵌める。幅は三センチほど、厚さは一センチはある代物で、こんなものがあったら、邪魔だろうなとみんなに思わせた。

ぶかぶかだ。美沙が、サイズを合わせてくれと言おうとした時、その腕輪が、急にぴーっと音を立てた。

びっくりしてみんなを見回すと、同じように他の腕輪もあっちこっちでぴーぴー鳴っている。それと同時に、美沙の腕輪の蛇腹の部分がぐっと閉まって、腕輪はしっかりと美沙の腕に固定された。男が言った。

「皆さんの生体反応を感じ取って、電源が入り、大きさを自動で調整します。」男は、暖炉の上からリモコンを取って、壁掛けテレビのスイッチを入れた。「これで、皆さんの体調を管理します。」

美沙が座った位置からは、暖炉の上の壁掛けテレビはちょうど背後に当たる。座る所を間違えた、と首をひねって見上げると、そこには1から順番に数字が縦に並んでいて、その横には、どうやら自分の心拍らしい波形が、一定のリズムを刻んで光っていた。

体調を管理しなければならないほど、過酷なんだろうか。

美沙は、急に不安になった。確かに、給料が良過ぎると思ったのだ。でも、こうして管理されてるってことは、具合が悪くなったりしたら、きっと助けてくれる体制が整っているんだろう。

美沙は無理に自分を鼓舞した。男の甲高い声が、お構いなしに続けた。

「ここでは、皆さんのことは24時間管理されます。この腕輪は、電波を送受信しますが、皆さんが入る場所全ては圏内です。部屋は、一人一人割り当てられます。ここは皆さんのリビングであり、会合の場です。となりのキッチンは、皆さんのための物ですので、何でもご自由に使って食べてもらって結構です。」と、自分の腕をちらっと見た。「…他の三人が到着するまで、まだ時間があります。それまで、こちらでご自由にお過ごしください。その腕輪は業務終了まで外れないので、そのまま水仕事や入浴は行なってください。」

柳京介が、手を上げた。

「あの、ここから出てもいいんですか?」

男は、そちらを見て首を振った。

「他の三人が来て、業務が始まるまでは駄目です。どちらにしろ、こちらの扉は開かなくなるので、出ることは出来ません。」

閉じ込められることが分かると、隣の美鈴が少し、不安そうにあちらの隣りに居る只野麻美(ただのあさみ)を見た。普段はきゃぴきゃぴと鬱陶しいほどうるさい麻美が、同じように不安げに美鈴と視線を合わせる。そう言えば、二人が友達だったことを美沙は思い出していた。

すると、井坂武が言った。

「その三人が来るまでですよね?」

美鈴も麻美も、不安そうだった女子が一斉に武を見、そして男を見た。男は、頷いた。

「はい。皆さんに全ての業務の説明を行なってから、初めて許された場所へと自由に出入り可能になります。それまでは、ここで待機なさって下さい。」

梓が無意識に腕輪に触れながら言った。

「簡単に言うと、私達はここで仲居さんのようなことをするのですね?」

男は、梓に視線を移した。

「今業務の内容を知らせることは禁じられております。」

そう言うと、男は他の皆の顔を見ることもなく、いきなり歩き出して、扉の向こうへと消えた。

そこに残された皆は、顔を見合わせた。

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