本心
夜がやって来た。
あれから、みんな何も話す気も起こらないのか、黙って思い思いに飲み物などを持って、自分の部屋へと帰って行った。
何が起こるか分からない。
だが、指示通りにしなければ、杏子のように追放されてしまう。
なので、0時を待たずに、みんな自分の部屋に篭って出て来ることはなかった。
美沙は、0時を待ちかねていた。
唯一、人狼として気がねなく博正と話が出来る時間なのだ。
襲撃の仕方は、カードの裏に書いてあった。
襲撃したい番号を押し、0を三回。
人狼が複数居る場合は、そのうちの一人の腕輪から行なうことで、襲撃先が設定されるのだという。
また突然に襲撃相手が消えるのかと、美沙は少し怖かった。
0時なり、他の部屋の戸の鍵も、音を立てて閉じたのが聴こえて来た。
美沙は、そっと自分の部屋のドアノブを回すと、廊下へと出た。
博正は、まだ出て来ていない。
どちらにしても、下のリビングで待ち合わせていた。
美沙は、絨毯の上なので足音も立たないのだが、足音を忍ばせてリビングへと急いだ。
「あれ…?」
美沙は、リビングへと足を踏み入れて、驚いた。
もう、博正が座っていたのだ。
「私…時間になってすぐに、出て来たのに。」
博正は、苦笑した。
「もう、始めからここに居たんだ。だって、誰も彼も怖がって部屋に篭って出て来ないしさ。誰か来たら、一緒に一度戻るしかないなと思ってたけど、結局誰も出て来なかった。」と、今食べていたチョコレートを美沙に差し出した。「食べる?」
美沙は、首を振った。
「ううん、食欲ない。それで…襲撃ってどうするの?」
博正は、顔をしかめた。
「まだ時間はあるよ。もう一人が来てからでいいんじゃないかな。今晩は…オレか、その人が入力するから、美沙は気にしないで。」
「え?どういう意味?」
博正は、首を振った。
「いや。それより、よく杏子に投票するって分かったね。あれ、オレにしても穴だと思ってたんだけどな。」
美沙は、博正の隣りに座りながら、頷いた。
「だって…あの子、あんなに元気で目立つ子なのに、静かだったから。」
博正は、チョコレートを口へと放り込みながら、頷いた。
「オレが言ったからね。」
美沙は、一瞬意味が分からなかった。
「え…?」
博正は、口をもごもごさせながら、もう一度言った。
「だからオレが、黙ってなって言ったんだ。あんまりよくしゃべってうるさいと、注目されて吊られてしまうからって。そしたら、本当にずっと黙ってて一言も発しなかった。あれじゃあ、逆に目立つよね。」
美沙は、目を見開いて博正を見た。じゃあ、博正は…。
「…杏子さんを、守ろうとしたのに、裏目に出たってこと?」
「逆だよ。吊ろうと思って、黙ってるように言ったのを、上手くやってくれたってことさ。」
美沙には、訳がわからなかった。
「でも、どうして杏子さんなの?だって…博正は、杏子さんみたいなタイプが、好きなんじゃないの?」
美穂に似ているから。
美沙が下を向くと、博正は、真剣な表情になって、美沙に向き直った。
「美沙は、誤解してる。オレは別に、あんなタイプは好きじゃないよ。むしろ嫌いだ。」
美沙は、戸惑った。
「嫌い…?でも、美穂…。」
博正は、あらからさまに嫌な顔をした。
「やっぱり、あの女か。あのな美沙、別にオレは、好みだからあの女と一緒に行こうって決めたんじゃないぞ。美沙のためだ。」
美沙は、博正を見上げた。
「私の…?」
「そう。」博正は、何度も頷いた。「あの頃、美沙には女の子の友達が、一人も居なかったじゃないか。いつも、楽しそうに話してる女の子のグループを、うらやましそうに見てるの、オレは知ってたんだ。オレ、女にはなれないし、だったら転校生ならちょうどいいって思った。なのに、あの女は美沙よりオレばっか話しかけて来て…どうにかしなきゃって思ってたら、美沙が一緒に行かないって言い出した。慌ててあいつと一緒に行けないって振り切って登校してたら、あいつ『なんで?』って何度も叫びながら追いすがって来て…面倒だから、振り払ったら、歩道橋の階段から落ちてった。上から下まで。」
美沙は、あまりの事実に言葉を失った。
じゃあ、美穂が事故にあったっていうのは…。
「…じゃあ、それが、事故…。」
博正は、頷いた。
「結構派手に落ちたからね。でも、オレは美沙を迎えに行きたかったから、そのままにして美沙の家まで走った。でも、美沙は熱を出してたから一緒に行けなかったけど。」
博正は、さらりと言う。
でも、それは事故なんだろうか。
博正が、落としたんじゃないのだろうか。
それで、美穂はどうなったんだろう。
「それで…それで美穂、どうなったの?」
博正は、何でも無いように今度はペットボトルのお茶を口に含んだ。
「え?後?ああ、結構発見が遅れたらしくて、一ヶ月ぐらい植物人間だったけど、亡くなったよ。」
美沙は、今度こそ声が出なかった。
美穂は、死んだのだ。
歩道橋から落ちて。博正に、振り払われて。
博正は、美沙が黙ったのを見て、怒ったのかと思ったらしく、美沙の顔を覗き込んで、言った。
「美沙?オレ、あの後すごく悩んだんだ。美沙は一緒に登下校してくれなくなったし…あれだけいろいろ一緒にやってたのに、距離をとるようになって。だからオレ、全部あいつのせいだって、ああいうタイプの女、大っ嫌いになったんだ。だけど、あの女が愛想よく近付いて来たから。利用してやろうと思った。何しろ、オレは人狼だ。もしも役職持ちだったら、ラッキーじゃないか。役職持ちじゃなくても、自分を絶対に裏切らない、村人の一票ってのも最後には必要になって来るし。それで、いろいろ聞いてたのさ。部屋まで訪ねて来たんだよ。あいつ、べらべらよくしゃべった。それでね、他に一票確保出来るのは分かってたし、あの子は消すことにしたのさ。」
美沙は、ハッとした。確かに、人狼だ。そして、自分も人狼。博正のやっていることは、間違ってない…。博正は、ただ自分に近付いて来る女を、利用しただけ。
「でも…村人だから?」
博正は、誇らしげに首を振り、ニッと笑った。
「違うよ。あいつは狩人だ。どうしたらいいの、って、人狼に聞いてるんだぜ?ここで、誰も信じちゃいけないってのに。大事にしてもらえる、とでも思ったのかな。」
美沙は、驚いていた。口が開いているのは分かっていたが、自分でもどうしようもなかった。
じゃあ、狩人を消すことに成功したのだ。
これから、どんな襲撃も失敗はしない…狐を選ばない限りは。
「すごい…!初日で狩人を消せるなんて。」
博正は、ふふんと笑った。
「苦労したよ。自分のほかに、あと二票は集められるのは分かってたけど、美沙はどうか分からなかったから。でも、美沙ってあんなタイプが嫌いなのは、知ってたから。きっと投票してくれると思ってた。もう一人の人狼は、万が一疑われるのを避けるために、オレと同じように票は入れないって言ってたし。」
美沙は、何かが引っ掛かった。
「え…博正、もう一人の人狼、知ってるの?」
博正は、頷いた。
「知ってる。向こうから連絡をくれた。隠しててごめん、美沙と初めて腕輪で話した後、あっちから掛かって来たんだ。初日の投票が終わるまでは、美沙に言わないほうがいいって相手に言われたから。美沙に、うまく芝居が出来るか分からないからって。」
じゃあ、博正ともう一人の人狼が、考えてあの投票を…。
え、待って。
あと二票は?
「あと二票も、分かってた?」
博正は、また笑って頷いた。
「分かってた。杏子とオレが仲良くしてたら、絶対杏子に入れるだろうなって二人がね。」美沙が絶句していると、博正は続けた。「知らなかった?美鈴と麻美。オレ、これでもモテるんだよ?」と、美沙の頬に触れた。「美沙は、どう?オレは、美沙がずっと好きだ。」
博正の唇が、美沙の唇に触れる。
美沙は、嫌だと思わない自分にただ、驚いていた。