探検
廊下へ出ると、最初に案内されて来た道を、一旦玄関の方へと戻る。
階段があったのを、みんなここへ着いた時に見ていたので、それを使うしか、二階への道を知らなかったからだ。
照明もきちんと着いていて明るかったし、空調も利いていて過ごしやすい温度が保たれてはいたが、それでも皆の表情は険しかった。
あの大きなシャンデリアが吊り下げられた玄関ホールにたどり着き、そこからガラス扉の向こうの、中庭の方に目をやった美沙は、その向こうに見える、大扉を恨めしく思った。
数十メートルの高い塀に、大きな金属の二枚板が見え、決してここからは、管理者の許可無くしては出られないのだと思い知らされる。
数人が同じようにそちらへ目をやっていたが、すぐにふいと横を向いた。
ここから二度と出られないかもという不安を、感じたくないからだろうと美沙は思った。
大変に幅広で、テレビなどでしか見たことのない、城の中の階段のようなその、絨毯敷きの階段を横へと曲がってとぼとぼと登って行くと、上階は真ん中に5メートルはある廊下を挟んだ両脇に扉が並ぶ、客室だけの階らしかった。
階段を上がってすぐの正面には、海が見える小さな窓がある。
今はそこから外を眺める気にもなれなくて、美沙は皆が歩く方向へとただ流されるように歩いた。
先頭を行く、真司が立ち止まって、向かって左側の戸の上を見て言った。
「ここは、18だな。」と、向かい側の扉の方も見た。「こっちは9。ということは、奥から順番に並んでるんだ。」
一番奥か。
美沙は思って、1番を選んで座ったことを後悔した。何かあって逃げるにしても、玄関まで一番遠い位置なのだ。
「じゃあ、私はここで。」
美鈴が、進み出てドアのノブに手を掛ける。№9の京介も自分の部屋の前に進み出たが、振り返って言った。
「なあ。」皆が、京介を見た。「部屋に荷物を入れたら、とにかくこの中を探検しないか。どこまで行けて、どんな部屋があるのか見て置いた方がいいだろう。出入り口だって、玄関しかないのか見ておきたいし。」
麻美が、少し不安そうな顔をしながら、言った。
「でも、今日は休むように言ってなかった?追放とか言われないかな。」
京介は首を振った。
「まだ8時だし、0時までに部屋に入ってたらいいんだから。どちらにしても、このままみんな離れてしまって部屋に戻ったら、きっと不安なまま明日になってしまうよ。」
「でも、役職が入ってる封筒が部屋にあるんでしょ?それ見ちゃったら、みんな意識が変わっちゃうんじゃない?村人だったらいいけど…」
美鈴が、語尾を濁す。
つまりは、自分が人狼だと知ったり、占い師だと知ったりしたら、動揺してそれで対応が変わってしまって、明日からの投票に影響するのではないか、と案じているのだ。
「じゃあ、荷物だけ入れたら?」美沙が、言った。「一緒にこうして荷物入れて行って、そのまま建物を探索しに行くの。それなら、誰も役職見なくて済むでしょう?」
「鍵はどうするんだ?」真司が、割り込んだ。「開けたままで行って、誰かが抜け出せたら。この人数なんだし、一人ぐらい居なくても気付かないかもしれない。誰かが抜け出して役職カードを見て回らないとも限らないんじゃないか。」
京介が言った。
「じゃあ、鍵だけ掛けよう。」京介は、自分の部屋の戸を開いた。「待ってくれ、鍵を取って来る。」
開け放たれたままなので、中がよく見える。京介は中へと駆け込むと、脇の大きなベッドに自分のカバンを放り投げ、机の上にあるカードのようなものを掴むと、すぐに戻って来て戸を閉じた。
「カードキーだよ。」京介は、少し息を上げながら、それを戸の脇のカードリーダーに通した。ぴっと音がした。「これで、施錠できた。」
真司は、面倒そうに顔をしかめたが、美鈴の方を振り返った。
「じゃあ、君も。」
美鈴は頷くと、緊張気味に戸を開いて、京介と同じように駆け込んだ。別に走る必要はないんだろうけど、それでも同じようにしなければ疑われてしまう、という変な空気が流れていて、美鈴もそれに逆らえないでいるようだ。
美鈴も無事にカードキーだけを持って来ると、通した。
ランプが赤に変わり、無事に施錠できたと確認した。
とても面倒だったが、皆次々と他の仲間に見守られながら自分の部屋へと駆け込むと、カードキーだけ持って出て来て、施錠する、を繰り返し繰り返し、ついに最後の、№1と№10である、美沙と奈々美の番がやって来た。
美沙は、ドアノブに手をかけ、奈々美と顔を合わせて頷き合ってから、一斉に戸を開けて中へと駆け込んだ。
別に競争でも何でもないのだが、奈々美より先に出なければならない気がする。
美沙は、ベッドの上に自分のボストンバッグを放り投げ、振り向き様に役職が入っていると思われる封筒にちらりと名残惜しげな視線を向けてから、隣りのカードキーを引っつかんで外へとダッシュした。
外へ出ると、奈々美も同じように息せき切って出て来るのが見える。
美沙は急いで戸を閉めて、カードをカードリーダーに通した。
ランプが赤に変わる。
そこで、ホッと肩を落とした。
「なんだか競技みたいになってるけど。」京介が苦笑して言った。「そんなに急がなくても良かったのに。でも、ま、行こうか。」
美沙は、少し息が上がっていたので、何も答えずにただ頷いた。ここで行き止まりなので、正面は壁しかない。
なので、一同はまた、来た道をぞろぞろと戻り始めたのだった。
二階は、本当に客室だけで何もなかった。
その実、どこかに繋がるのかもと思っていたのだが、扉や切り目すらないので、本当にここだけ独立しているらしい。
建物があれほどに大きく見えていたことを思うと、どこか他に、入り口があってそちらから別棟へ入れるのだろうと推測された。
「着いた時には、ここしか入り口はなかった。」京介が言った。「どこか、別の港があって、そこから入るのかもしれないな。」
綾香が、眉を寄せる。
「それって、裏口があって、そっちから管理者が入ってるってこと?」
「むしろこっちが裏口ってことだ。」真司が言った。「桟橋も粗末だったし、急な上りで、おまけにあの高い塀。こっちが正面玄関ってことはないだろう。」
綾香は黙る。
階段を降りて、正面が玄関、右へ行くとあのリビングがあって、左は何かの戸がひとつあるだけの、壁しかなかった。
「開く所は入っていいんだよね。」
後ろから光が進み出て、その戸に手を掛けた。美沙は何があるのかと固唾を飲んだが、開いた中にあったのは、たくさんの掃除道具だった。
「なんだ、納戸か。」
光は、残念そうに口を尖らせて戸を閉める。美沙も、息をついて苦笑した。
緊張していたのが、馬鹿みたいだった。
「ねえ、あっちにも扉があるわよ。」
綾香が、階段の脇にある、玄関とは向かい側になる壁にある戸を指した。その扉は、他の扉とは違って金属で、色合い的には銅のようだ。
ワインレッドのカーテンが吊るしてあり、今開いた納戸の戸よりも頑丈そうだった。
「じゃあ、これはオレが。」
後ろにいた、大樹が取っ手に手を掛ける。そして、ぐいと押した。
しかし、開かなかった。
大樹は、今度は引いてみた。それでも、扉はびくともしなかった。
「…これは開かない扉だな。」
「何かの意味があるのかもね。」
京介が、右側の通路へと足を向けた。
「開かない扉のことはいい。こっちの扉を見てみよう。」
また、ぞろぞろと歩き出す。
今度は、リビングへ向かう廊下だった。
ここにも扉があって、正面の大きな扉がリビングの扉だ。だが両脇にある扉が、実は美沙も気になっていた。
「オレは、こっちが調べて見たかったんだ。」
向かって左側の扉に、京介が手を掛ける。すると、扉はすんなりと開いた。
中は、がらんとしただだっ広い部屋だった。
正面に窓はあるが、それでも上にシャッターを仕舞ってあるような金属が見えたので、これも夜になると閉じるのだろう。
他の部屋がとても凝った造りなのに、ここはまるで会議室のようだった。
床は白いタイル敷きで、正面にはプロジェクターが置いてある。それを映す、大きなスクリーンまであった。
パイプ椅子が脇に積まれてあって、ここだけどこかの会社にでも来たように錯覚させた。
京介は、入って右側へと長い部屋の、突き当たりまで歩いて行って、そこの壁を調べた。そして、わが意を得たり、という顔をして得意げに言った。
「ここだ。あると思った。ほら、あの戸棚に繋がってる穴だよ。」
みんなが、そこへ歩み寄って見る。
確かに、壁に20センチ四方の切り込みがあって、取っ手が着いていた。京介はそれを持ち上げて開いて、中を覗いた。
「やっぱり。キッチンの戸棚の中だよ。」
「ここから補充してたのね。」
奈々美が、同じように覗き込んで言う。真司が、呆れたように言った。
「それで?ここから出られるヒントにでもなるのか、探偵気分のようだが。」
京介は、得意げな表情をしていたが、赤くなった。確かに、こんなものを見つけたからといって、どうなるわけでもない。そんなことを、皆に得意げに語っていたことに、急に恥ずかしくなったようだった。
「確かめたかっただけだ。少なくても、管理者の誰かはここへ来てたってことだろう。」
真司は、フンと鼻を鳴らした。
恵が、場の空気が重くなったので慌てて言った。
「じゃあ、もう一つの扉も確認しておかないか?それで、ここにある扉はおしまいだろう。」
真司も京介も、黙って頷く。
また18人は、ぞろぞろと扉へと戻り、廊下へと出た。
もう一つの扉は、リビングに向かって右側にあった。
自分が言った手前、恵が進み出て扉を押し開く。
すると、そこは絨毯敷きの豪華な部屋だった。
リビングには劣るものの、ソファも置いてあり、正面には大きな窓もある。
「こっち側の外は、何があるんだ?」
恵が、興味深々で窓の外を覗いた。
そちら側は、中庭のような感じになっていて、目の前にはやはり高い塀があった。
それでもその向こう側には、オレンジの屋根が見えていて、この建物の別棟が確かにあることがそれで分かった。
「あ!やっぱり別の建物があるんだ。」
みんなが、同じように窓に鈴なりになって外を見ている。
「本当ね。こっちから外へ出れられないけど、出られたらあっちへ行けるってこと?」
そういう麻美に、武が首を振った。
「無理だろう。ここから出たら追放だって言ってたぞ?それに、この窓作り付けだよ。」
確かに、開こうにも開く場所がない。
美沙は、息をついた。
それでも、あそこに他に人が居るって事実は、心強い。無人島で、これだけしか居ないと思ったら、怖かったけど…。
「これからは、こっちでも休めるってことだな。あっちでみんなで居るのにも、飽きて来たところだったし。」
大樹が遠慮なく言う。
確かに、みんなで一斉に動くのにも、鬱陶しくなって来てはいたけど。
京介が、ムッとしたような顔をしたが、言った。
「別に、自分の部屋でじっとしててもらってもいいけどな。投票の時間以外は、出てこなくてもいいようだから。」
大樹は、京介を睨んだ。
博正が、そんな空気に気付かないように、明るく言った。
「さあ、じゃあ、部屋へ戻ろう。みんな疲れてるんだよ。食べ物とか、部屋へ持って上がる人はキッチンに寄って戻ってもいいし、ここで解散ってことにしたらどうかな?」
全員が、無言で頷く。
そうして、その日はそこで解散となったのだった。