業務内容
夕方がやって来た。
あの声は、時間は指定していなかった。
真司があの発言をしてから、みんなだんまりで、各々の考えに沈んで外を眺めていた。
伸吾だけは窓の外を見て、遥か下に木々の頭が見えるから、かなりの高さだとか、ここから逃げるにはどうしたらいいのかとか、そんなことを言ってうろうろしていた。
だが、ここへ皆を呼んだ存在が、もしもみんなをここへ閉じ込めて監禁するつもりなら、そんな穴などないはずだった。
何しろ、自分たちには、この腕輪がある。
どこへ逃げても、この島の中なら居場所を特定出来るはずだ。
さっき、皆が知恵を絞ってこれを取れないか考えてみたが、ぴったりとくっついていてびくともしなかった。
ここへ来て、ここが見た目よりずっとハイテクな何かで管理されていることは、思い知らされていた。
今更、じたばたしてもどうしようもない。それなら、相手の、次の出方を待つしかないのだ。
もしかして、本当に何かの仕事をして、二週間後には帰されるだけなのかもしれないのだから。
夕日が水平線の向こうへと沈んで行くが、何の音沙汰もない。
昼にみんなで、何か食べないとと無理やり冷凍のチャーハンを胃に押し込んだが、食べた気がしなかった。
美沙は、ここへ来て初めて、自分から博正の近くにじっと座っていた。博正は、黙って側に居てくれた。皆がそれぞれ、沈んで行く夕日を見送って、時計は7時を指そうとしていた。
部屋の置時計が、7時を打つのと同時に、みんなの腕輪が一斉にぴぴぴぴと鳴った。みんな飛び上がるように自分の腕を見て、ごくりと唾を飲み込み、次の声を待った。
『お待たせ致しました。』あの、機械的な女声だ。『それでは、今から業務の説明を致しますので、それぞれの番号の椅子へとお座りください。尚、皆様の様子はモニターされております。』
それを聞いて、皆がきょろきょろと天井辺りを見回した。カメラが、どこにあるのかと探したのだ。
しかし、思っていたようなあの、防犯カメラのような形の物は、見当たらなかった。
「…とっとと、座ろう。先に進まない。」
真司が、ぶっきら棒に言うと、自分の番号の席へと歩いて行った。それを見て、みんな急いで自分の椅子へと向かう。伸吾はすっかり脅えたような顔をして、背を丸めて足をもつれさせながらも自分の椅子へと向かった。
美沙も、どうして博正と離れて座ったんだろうと少し後悔しながらも、自分が選んだ、№1の椅子へと腰掛けた。
皆が椅子へと座ったタイミングで、声が再開した。つまりは、どこからかモニターしているのは事実なのだろう。美沙は、じっと手を握り締めて、その声が語ることに意識を集中した。
『それでは、皆様の業務をご説明致します。画面をご覧ください。』
みんな、暖炉の向こうの壁にかけてあるテレビへと視線を移した。美沙も、後ろを向いて見た。
『皆様には、これから人狼ゲームをして頂きます。既に、皆様がこのゲームについて、基本的な知識を持ったことは、確認されております。』
昨日から、みんなで人狼ゲームをしていたことを、見られていたのだ。
というよりも、そうするようにと、わざと置いておいたのだろう。
画面に、昨日遊んだ役職カードと全く同じ画像が、ずらりと並んで表示された。
『簡単に申し上げますと、村人陣営と、人狼陣営に分かれてプレイして頂きます。時間はリアルタイムで、毎日夜9時に、自分の番号の椅子に座り、腕輪に番号を入力することで投票を行い、人狼と思われる一人を追放して頂きます。必ず、1分以内に腕輪に入力して下さい。遅れたかたは、追放となります。追放されたかたは、それ以後ゲームに関わることは出来ません。人狼と村人が同じ人数になったら人狼の勝利、人狼を全て追放したら村人の勝利です。但し、狐がその時点で生き残っていた場合、狐の一人勝ちとなってその時点で生き残っていた村人も人狼も追放されます。ゲーム終了までは数日を要する予定ですが、余裕をもって二週間と通知させて頂きました。よってそれより短い場合でも、そこで終了となります。勝利陣営には、通常の報酬のほかにボーナス報酬も支払われます。』
みんな、黙って画面を凝視している。声は、お構いなく続けた。
『人狼となった皆様は、午前0時から午前4時までの間、自室の外へ出ることが出来、その他自由に歩き回ることが出来ます。但し、絶対に午前4時までには部屋へ戻っているようにしてください。全ての方々は、午前4時から午前5時までは部屋から出ることは禁じます。規則を守らなかった場合、追放されます。』
「追放って何?」
綾香が、たまらず言った。だが、声はまるで、聴こえなかったように続けた。
『人狼以外の皆様は、午前0時から午前5時までの間は、自室から出ることは出来ません。部屋に自動的に鍵が掛かり、それまでに自室へ戻って居なかった場合は、追放されます。』
京介が、たまらずもう一度言った。
「だから、追放って何だよ?!」
だがしかし、やはり声は我関せずで続けた。
『占い師、霊媒師、狩人の皆様は、午前0時から午前4時までの間に、腕輪にて操作を行なうことが出来ます。共有者の方々は、共有者の間だけ、本来通信不能なこの時間帯に、腕輪での通信が可能です。人狼の皆様も、同様に人狼の間だけこの時間帯の通信が可能になります。よって午前4時から午前5時の間は、自室にてご自分だけの時間を持つようにしてください。体調は管理しておりますが、必ず睡眠を取る様に心掛けましょう。』
美沙は、この文言に少しホッとした。やはり、こちらの健康には留意しているのだ。もしかしたら、ただゲームの進行に支障をきたすのを、案じているだけなのだとしても…。
声は、続けた。
『それから、この建物から出ることは、追放の対象となります。中庭以外には、出ないようにしましょう。では、こちらからは以上です。これより、それぞれのお部屋へ行くことが許可されます。ドアが開く部屋には、基本侵入可能です。備品等を傷つけたり、他のプレイヤーを傷つける行為も追放の対象となりますので、注意してください。詳しくは、お部屋に置かれてあるルール案内をご覧ください。皆様の番号が、そのままお部屋の番号となります。お部屋に入ったら、すぐに机の上にあるご自分の役職をご覧ください。今夜はゲームは行なわれません。明日の朝、お部屋の鍵が開いたところから、スタートです。では、二階のお部屋へと移動してください。』
カチャン、と音がして、自動的に長い間過ごして来たリビングルームの扉が開いた。それと同時に、一方的だった通信がまた、ぷつん、と切れたのが分かった。
「さあー部屋へ行くしかないな。」
真司が、よっこいしょ、と大袈裟に立ち上がった。そのまま、荷物の方へと歩いて行く。綾香が、言った。
「ちょっと!何落ち着いてんよの、人狼ゲームよ?あたし達の雇い主は、大金はたいてそんなことをするあたし達を見るために、ここへ集めたって言うの?追放って何?分からないことだらけなんだけど!」
真司が、ちらと振り返った。
「何にしろ、イヤだって言っても続くんだろ?だったら、仕方がないじゃないか。」
奈々美が、少し脅えたように立ち上がった。
「あの…もしかしたら、大学とかの研究かも。人間行動学みたいな。こんな状況で、人はどうするのか、みたいな。」
大樹が、腕を組んだまま眉を寄せた。
「大学?ここまで大金使って、こんな所までこの人数を連れて来てか?」
「もしかしたらよ!もしかしたら…。」
美沙は、立ち上がった。このままここに居ても、仕方がない。どちらにしても、人狼ゲームをしたら帰してくれるんなら。
「あの…じゃあ、ゲームをするしかないですよね?終わったら、帰してくれるんだろうし。」
真司は、自分の荷物を背負って、頷いた。
「どうなるか分からないが、このままここで座ってたって先へ進まないしな。ま、言うこと聞かずにここを出て、追放ってのに誰かなってくれたら、それがどんなものなのか分かるから助かるがね。」
それを聞いて、皆慌てて自分の荷物を取りに集まって来た。早く部屋へ行って、部屋にあるとかいうルール案内を読んでおかないと。追放が何か分からないのに、知らずにルールを侵してしまって、大変なことになってしまったら困る。
みんなはぞろぞろと、荷物を持って廊下へと出たのだった。