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ここはどこ

目が覚めると、朝の光が部屋いっぱいに注ぎ込んでいた。

大きな窓からは、晴れ渡った空と、青い海が見える。

そんなに長い間船に乗っていたとは思わなかったが、ここからは陸地の影は全く見えなかった。

そういえば、シャッターがまた開いてる…。

美沙は、寝る前には完全に外が見えない状況だったのを思い出した。夜には閉まるが、朝にはこうして開くのだ。

自分たちは、監禁されてるんじゃない。

美沙は、少しホッとした。

「美沙。」

見ると、博正が起きて、カップを手にキッチンの方から歩いて来るところだった。

「博正?起きてたの?」

博正は、ちらと横のソファの方を見てから、頷いた。

「というか、寝てないんだよ。綾香さんがどうしても眠くないって、だから寝るなってさ。」と、脇のソファを見た。「でも、自分はこうして寝てるんだ。シャッターが開く前だったけど。」

回りを見ると、まだ数人はぐっすり眠っていた。

美沙は、シャッター、と聞いて博正を見上げた。

「シャッター開くの、見たの?何時頃だった?」

「5時。」博正はすぐに答えた。「海の向こうが結構明るく白んでた。お蔭でオレ、眠気が飛んじゃって起きてるんだけどさ。翔も起きてたから、今日は昼間、寝てしまっててもカンベンな。」

美沙は、頷いた。

きっと、翔と二人で綾香の御守りをしてたのだろう。

それにしても、今日の夕方までまた、ここから出られないなんて。

「…何かあった?私、お腹空いちゃった。これからまた、数時間ここで缶詰なんでしょ?参っちゃうわね。」

博正が、自分の手にあるカップを、美沙の手に押し付けると、言った。

「ああ、チョコレートデニッシュがあった。冷たいカフェオレも。待ってて、持って来るよ。」

博正は、美沙に返答の隙も与えずに、すぐにキッチンへと取って返して行く。

美沙は、カップを手に思った。

博正は、自分の好物も何でも知っている。自分が朝なら何が食べたくて何が飲みたいかとか、昼間に喉が渇いたら何が飲みたいのかとか、全部知っているのだ。

いちいち、言わなくても先回りして、それを用意してくれるのだった。

「ふーん…マメね。」

背後から、声がしてびっくりした美沙は、思わず手にしたカップの中身をぶちまけてしまいそうになった。

それを辛うじて抑えた後、美沙は振り返って言った。

「なに、梓、昨日から。あのね、博正と私は、幼稚園の頃からの腐れ縁なの。長く一緒で、兄弟みたいなものよ?変なこと言わないでよ。」

すると、梓は美沙のもたれるソファの背に掴まるようにして、顔を近づけた。

「別に、悪いって言ってるんじゃないわ。でも、気をつけたほうがいいよ?そういうの、良く思わないヤツも居るってこと。」

美沙は、何のことか分からず梓の顔をじっと見つめ返した。

「え…どういうこと?」

梓は、わざと困っているような顔をした。

「私から言ってもね。でもさ、美沙はこのバイト、博正くんから誘われたかもだけど、博正くんは誰に誘われたと思う?」

思っても居なかった問いに、美沙は混乱した。

「そんなの、翔とかじゃないの?」

梓は、怒ったように頬を膨らませた。

「違うよ、翔くんは博正くんから誘われたんだよ。後は、武くんに情報が回って、他に巡ったってこと。ちなみに私は、博正くんと同じ子から情報を貰ったよ。」

ということは、女の子。

梓は、おもしろそうに美沙の顔を見た。

「気になる?夏休み、ずっと一緒に過ごしたいって。ほら、なんか博正くんって、去年の夏休み辺りからすっごく凛々しくなったじゃない?私達は、ダミーで誘われたんだよ。博正くんが、美沙を誘って断ったって聞いてたのに…来ちゃったから。きっとその子、美沙のこと邪魔だって思ってるんじゃない?」

美沙は、絶句した。

確かに、博正は去年ぐらいから、ぐっと大人びた様子になった。

それまでは、いつも美沙美沙と言って、弟のようについて来ていたのに、なんだかどっしりと、落ち着いた雰囲気が出始めたのが、夏休み明けぐらいからだった。

急に大人になったような気がして、美沙もためらった物だ。

何も答えずに絶句したままでいると、キッチンの扉が開いた。

博正が、手にペットボトルのカフェオレと、チョコレートデニッシュの袋を持って歩いて来る。その後には、美鈴と麻美がついて歩いて来ていた。

「あれ?梓、起きたの?」

美鈴が、笑顔で手を振る。梓は、笑い返すとソファから飛び降りた。

「何かすっきりよ。まだ、何か食べるものある?」

「山ほどあるよ。」

博正が、答えた。そうして、美沙の方へと歩み寄って来る。

「美沙、これでいい?あ、ごめん、カップありがと。」

博正は、美沙から自分のカップを受け取ると、もう冷めただろう中身に口を付けた。美沙は、博正から受け取ったカフェオレのペットボトルの蓋を開いて、黙って口を付けた。

梓が言ってたのって、どういうことだろう。つまりは、博正を好きな子がこの中に居て、一緒に過ごすために誘ったバイトだったのに、美沙が来てしまったから、邪魔だと思われていると。

それが梓でない限り、ほずみか美鈴か麻美か。

ほずみは違うだろう…梓は、あんな風でもほずみのことは、大切にしている。

じゃあ、美鈴か、麻美?

美沙は、頭の中でそんなことがぐるぐると回っていて、博正が、二人と話していて時にこちらへ話をふるのにも、気の無い返事しか出来なかった。


今日も人狼ゲームをしようかと誰かが言ったが、美沙はとてもそんな気にはなれなかった。

それは、その他大勢もそうなようで、その提案は却下された。

昨日は、寝落ちするまで人狼ゲームをしていたのだ。

きっと、あの後プレイヤーは困ったことだろう。何しろ、あの時点で持っていたカードは、人狼だったのだ。

みんな昨日からずっとここに缶詰状態なので、すっかりだれてしまって口も聞かずにただ、窓の外の、空を流れる雲を眺めて黙っていると、隣りのキッチンから戻って来た京介が、ソファに座りながら言った。

「妙なんだけど。」

光が、ソファの背から頭を上げた。

「何が?」

京介は、続けた。

「なんだか、昨日よりパンとか増えてないか?オレ、結構パンの賞味期限とか見るんだが、このパンの製造年月日は、今日になってる。」

隣りのソファから、武が身を乗り出して、その袋を見た。

「…本当だ。寝ているうちに、誰かが持って来てくれたんだろうか。」

それには、眠そうな博正が答えた。

「オレと翔は昨日の夜寝てないけど、誰も入って来なかったよ。」

京介は、頷いた。

「そうじゃないかと思った。オレさ、調べてみたんだけど、ここの棚は作りつけになってるんだ。それで、棚の奥に、20センチ四方ぐらいの、切れ目があって。」

光が、身を起こした。

「それって…つまり、隣りの壁と繋がってるってこと?」

京介は、また頷いた。

「多分。隣りの部屋からあの四角いところを開いて、パンを補充してるんじゃないかな。」

博正が、肩をすくめた。

「道理で、あの棚の中に冷えてないペットボトルとか乱雑に放り込まれてたわけだ。キチンと並べてもないし、隣の部屋から放り込んだんだったら、そうなるだろうね。」

山辺大樹が、横から言った。

「それの何が悪い?食い物が無くならねぇなら、いいじゃねぇか。オレはそんなことより、ここから早く出して欲しいね。何だっていいから、仕事をくれっての。携帯も繋がらねぇし、何もすることがねぇ。」

綾香が、皮肉たっぷりに言った。

「人狼しかね。」と、テーブルに置かれたカードを、みやった。「おかしいじゃない、これだけあれこれ準備してくれてるのに、これしか遊び道具を与えてくれないなんてさ。普通は、オセロとかチェスとか、トランプとかあるもんよ。テレビも映らないなんて、ここ、いったいどこなのよ。」

すると、意外にもそれには、真司が答えた。

「少なくとも、最初に示された場所じゃないな。」

みんな、驚いて真司を見る。

「小笠原諸島の無人島じゃないのか?」

真司は、首を振った。

「違う。だいたい、どれだけ船に乗った?途中で眠らなかったか。」

美沙が、ためらいがちに答えた。

「確かに眠ったけど…ほんの、10分ほどで。」

他のみんなも、同意して頷く。

「なんだか急に疲れて。でも本当に10分ほどだった。」

真司は、首を振った。

「そんなことはないと思うぞ。到着してから携帯を見たか?電源切れって言われただろう。」

確かに、そうだった。

その後は、みんなといろいろな話をしていて、携帯の画面をそんな風に思って見ていなかった。時間が、部屋の時計と違うとか、そんな風には…。

「じゃあ、時間が狂わされていたと?」

真司は、頷いた。

「多分、思っていたよりずっと時間は食ってると思う。もっと遠くへ連れて来られている。オレは着いてすぐに時間を確認して、びっくりしたよ。ここまで、一時間ぐらいだと思ってたのに、船に乗ってたのは三時間以上だった。」

美沙は、急に不安になった。

じゃあ、ここはいったいどこなのだろう。無事に、帰れるんだろうか。いったい募集した人たちは、何を考えてこんなことを…?

暗い空気になったのを、何とかしようと思ったのか、伸吾が引きつった声を上げた。

「で…でも!ほら、急に場所が変更になったのかもしれないし!それで、準備が間に合ってなくて、こんなに待たされるのかもしれないじゃないか!」

数人が、すがるような目で頷く。

しかし、真司は鋭い目で伸吾を見て言った。

「オレはそうは思わない。何事も、楽観的に見てたらもしもの時対処しきれない。お前達も、少しは覚悟しておいた方がいいぞ。そもそも、ここの給料は良すぎるんだ。何かあってもおかしくないだろう。」

美沙は不安でいっぱいになって、思わず博正の方を見た。

博正は、美沙の視線を受けて、慌ててそっと手を伸ばすと、美沙の腕をぽんぽんと叩いた。

それだけで、なぜか美沙はホッとした。そうだ、博正がいる。いつでも、何かあるたびにどこからともなく駆けつけてくれていた、博正が。きっと、何とかなる。何かあっても、自分たちだけは、逃れられるはず…。

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