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到着

海野美沙(かいのみさ)は、浮かれて窓の外をみてはしゃぐ高校のクラスメート達を横目に、うんざりしていた。

元々暑さには弱く、夏のリゾート地で遊び気分半分[というかほとんど遊び]の、二週間の泊まり込みのアルバイトの誘いがあった時、真っ先に断った。

それなのに…。美沙は、小さく舌打ちした。父親がリストラされたとかで、いきなり職を失った事を母に聞かされた。二ヶ月先には失業手当てが出るが、今は全くの無収入。母親はパートには出ていたが、家計のやり繰りは苦手なほうだったらしい。

つまりは、貯えがない。

美沙の、今月の授業料が支払えないと言うのだ。

つまりは、来月も無理だろう。どうしよう、と途方に暮れる母を見て、美沙は覚悟した。そもそも、退職はもっと早く分かっていただろう。こんなギリギリになって、娘に打ち明けて、どうなると思っているのだろうか。仮に父親に新しい職がすぐに見付かったとしても、この人に任せていたらどうなるか分からない。

なので、このバイトに応募する事を決めたのだ。

何しろ、泊り込みということ、電波も届かないような離島だということ、何よりその間、皆と共同で生活しながら24時間体制で業務に就くということ、全てを承諾しての過酷な仕事なので、その代わり給料は破格に良かった。

夜の飲食店のホールなどなら時給も良かったが、最近は物騒になっていて、夜に外へ出る事自体が危なかった。

獣のようなものにいきなり襲われて死んでいる事件が増えていて、どれも未解決、襲った獣はまだ、見付かっていない。いくら怖いもの無しな美沙でも、さすがにそんな危険を侵す気にはなれなかった。

ちょうど夏休みで良かった、と美沙は息をついた。ここで二週間我慢さえすれば、何とか数ヶ月は自分のことは自分のお金でやって行ける。あとは、どこかスーパーででもバイトして、大学の費用も貯めていけたら…いや、いっそこのアルバイトがまたあるとしたら、それをもう一回こなせば入学金ぐらいは賄えそうだ。

美沙がそんなことを考えながら、むっつりと海を眺めて黙っていると、一人の声が叫んだ。

「あ、見えて来たよ!きっとあれだ!」

まるで旅行にでも来たようだ。

弾んだ声に鬱陶しく思いながらもそちらへ目をやると、小さな島に真っ白な壁、オレンジの屋根の地中海風の建物が建っているのが見えた。桟橋が海に向かって伸びているのが見えたが、島自体は本当に小さい。まるで、あの建物だけのために島があるようだった。

「あれって、隠れ宿ってやつかな?」

甲高い田代博正(たしろひろまさ)の声が好奇心いっぱいの様子で言う。すると、別の野太い声が答えた。

「宿って、あれはホテルだろう。どう見ても洋風だし。」

美沙がちらと見ると、思った通りその野太い声の持ち主は、川原翔(かわはらしょう)だった。

「でも、あんまりお客が来そうにないよね。客室も多く無さそうだし。忙しいのかと思って覚悟してたけど、そうでもないみたい。安心したわ。」

そう言ったのは、美沙と同じように冷めた目ではしゃぐ皆を見て、つまらなさそうにしている牧野梓(まきのあずさ)だった。その横で座って、柔和な笑顔で微笑む崎原ほずみが言う。

「梓のおばあさんは、旅館の仲居さんだものね。そういうことには詳しいな。私も、梓から聞いて覚悟してたんだけど、小さなホテルなんだったら、大丈夫かな?」

牧野梓は、少し得意げに眉を動かした。しかし、あくまで不機嫌そうな顔を装っていた。

「はしゃいでるヤツは、ああいう仕事が分かってない。しかも、24時間だよ?普通は交代制なのに。これだけの人数を呼ぶってことは、何かあるのかもしれないけど。イベントとか。」

そう言われて、美沙は改めて船を見回した。最初は、ホテルの客も一緒に乗っているのかと思っていたが、皆自分に来たのと同じ案内状をどこかしらに持って、迫って来る島を見ている。ここに居るのは、クラスメートが10人。見知った顔だ。しかし、後の5人は、知らない顔だった。少し大人びた化粧をしている女のひとも混じっている。もしかしたら、大学生か、休みを利用してさらに稼ごうとしている社会人なのかもしれない。これがみんなあのアルバイトに採用された人達なら、あの小さな建物でこれだけの人数が働くことになる。

じっと黙って建物の方を見ていた、小柄な背中の男子が振り返った。男子らしくない、さらさらと綺麗にたなびく髪を頬に掛かるままにして、その男子、槌田光(つちだひかる)は言った。

「言うほど小さくないみたいだよ、あのホテル。ほら、ずっと横に続いてるんだ。島の木で見えなかったけど。」

それを黙って聞いていた皆が、近付いて来たホテルの方を見やる。確かに、遠くからでは分からなかったが、木々が生い茂るその向こうにも、建物は続いていた。こうして見ると、結構大きなホテルのようだ。

「…客室、どれぐらいなのかしら…100ある?」

川原翔が、同じように目を凝らして言った。

「いや。大きな部屋が幾つかあるんじゃないか。窓のつき方が違うだろ。せいぜい50ぐらいじゃないか。」

すると、聞きなれない声が割り込んだ。

「君達は、みんな知り合い?」皆がそちらを向く。そこには、一見黒髪のGI風短髪だが前髪や上の部分だけ綺麗に長くセットしてある、体格のいい男性が立っていた。「オレは、柳京介(やなぎきょうすけ)。私大の三回生なんだ。」

皆が、顔を見合わせる。すると、じっと黙っていた学級委員の品川伸吾(しながわしんご)が進み出て答えた。

「オレ達10人は、同じクラスの同級生です。都立高校の三年生。」

すると、柳京介は口笛を吹く真似をした。

「へえ。だったら、三つも年下か。受験なのに、二週間も孤島に篭って大丈夫なのかい?」

からかうような感じだ。品川伸吾は、肩をすくめて見せた。

「たった二週間だし。ここで稼いでおいて、大学に行ったら思いっきり遊ぼうと思って。」

柳京介は微笑んだ。

「確かにね。破格のギャラだから、オレも最初は不審に思ったんだが、オレの学校のヤツが去年ここへ来たって。キツイ仕事らしいが、それでもやった甲斐はあるって聞いたよ。」

それを聞いた牧野梓が、大袈裟にため息をついて見せた。

「やっぱり。こんな仕事が、楽なはずないんだよね。だから言ったでしょ?ほずみ。」

崎原ほずみは、やっぱりおっとりと微笑んで頷いた。

「本当。梓の言った通りだったね。」

馬鹿らしい。まるで皇女様と侍女だ。この二人は、いつもそうだった。梓が前を歩き、ほずみがその後を付いて行く。梓が何を言っても、ほずみはただ同意して微笑むだけ。少なくても美沙は、どちらのタイプも嫌いだった。

美沙は思いながら、ふんと横を見るついでに、島の方を見た。

島は、もう目の前だった。


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