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2015.09.14 一部修正
「なあ、大郷。柔道部入るんやろ」
仮入部期間が終り、入部届を提出する日、担任がその用紙を回収している時に、木内は身を乗り出して、そう訊いて来た。
「おう。木内、お前は?」
「うち? うちは、吹奏楽」
そう言って、二人で互いの入部届を交換して見せ合った。
「吹奏楽って、ラッパとか太鼓とかやんのか」
木内は吹き出して、大笑いしながら、言った。
「ラッパって。トランペットって言いや。もう頭古いなあ。原始時代の脳味噌でも入ってんのとちゃう。うちは、クラリネットやりたいねんけど、まだわからへん。もう一杯やったら、他の楽器やなあ」
「ふうん。なんやようわからんけど、うまいことできるようになったら、俺に聴かせてくれや」
「ええよ、聴かしたるわ」
木内は笑ってそう答えた。私には、木内とこの一つの「約束」をしたことが、何か他の誰にも内緒の秘密を共有したことのような気持ちがした。
「その代わり、大郷、強うなりや」
「おう、任しとけ」
私は絶対に黒帯を取って、この木内に見せてやりたい、と思った。否、彼女に見せるために黒帯を取りたいと思った。もう柔道部を恥ずかしいと思わなくなっていた。少なくとも、この気の知れた少女は柔道を格好いいと言った。そして、私が強そうだ、と言ったのだから。むしろ、他のどんな爽やかで恰好の良いクラブよりも、飛び抜けて素晴らしいクラブのように思えた。そして、柔道をやって強くなろう、強くなりたい、と思った。木内に「強いんやね。格好いいね」と言われたかったから。