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2015.09.14 一部修正
翌朝、寝ぼけた頭のまま、自分の席について真新しい教科書を鞄から取り出して机の中へ放りこんでいると、昨日の木内という少女が後ろから声をかけてきた。
「大郷君、おはよう」
「ああ、おはよう」
もちろん眠気などすぐに吹きとんだ。昨日の、あの間近に見た彼女の無垢な瞳が思い出されて赤面さえしそうだった。彼女は私のそんな心中に構わず続けて話しかけてきた。私はそれを嫌とは思わなかった。むしろそれを喜んでいた。
「大郷君、小学校どこ?」
「神小。お前は、北小か」
神小とは、私の通っていた神谷小学校の略称で、また、北小とは、隣町の北島小学校の略称である。
「うん、そうやけど。なんで分かるん?」
この少女は心底不思議そうな顔をした。私は思わず笑ってしまった。
「お前、阿呆ちゃうか」
私はそう言って、自分の胸の名札を指して見せた。入学早々の私達には、まだこの中学校規定の名札はできておらず、当面は小学校の名札を付けることになっていたのだ。
「あ、そっかあ」
少女は、そう言ってえへへと含羞を見せた。私はその恥ずかしそうに笑う少女の表情にどぎまぎとしながら、それを悟られるまいと、茶化して言った。
「お前ほんま阿呆やなあ。もういっぺん、小学校やり直したほうがええんちゃうか」
私がそう言って、頭の上に指で円を描いて見せた。
「もう、阿呆阿呆いわんといてよ。そんな阿呆とちゃうもん」
少女は頬を膨らませた。私が笑うと、少女も一緒に笑いだした。
そんな彼女の笑い顔を見て、私は漠然とこの木内という少女をかわいいと思った。女の子とうまく話せない私が、この少女となら、笑って普通に話すことができた。それは驚きであったし、喜びでもあった。もっとたくさん話をしたい、という気持ちが高まった。休み時間ごとに、この少女が話しかけてくれはしまいか、そう待ちわびながら、それでも決して自分からは話しかけられないでいるのだった。