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初恋  作者: 坂口 玲
2章
5/20

2-2

2015.09.14 一部修正

 入部届を出す期日直前の一週間は、仮入部期間といって、興味のあるクラブの活動に自由に参加できる期間が設けられていた。もちろん、仮入部に参加したからといって、そこに絶対入らなければならないという規則はなかった。


 全クラブの紹介が終り、皆連れだって教室へ戻る途中、小学校の頃から一緒だった田畑が私を見つけ話かけてきた。


「なあ、お前どうするん、クラブ?」


 私は返答に困り逆にどうするのか訊いてみた。


「田畑はどうすんねん」

「俺なあ、柔道部へ行ってみようかと思ってんねんけど」


 田畑は少し戸惑いながら言った。柔道部へ行くということが、思春期にさしかかった私達には意味もなく恥ずかしく感じられたのだった。私は彼の言葉を聞いて驚き、自分も興味を持っているということを言おうかと迷っていると、田畑が先に口を開いた。


「なあ、お前もいってみいひん、とりあえず仮入部だけでも」

「そやな。試しに行ってみてもええで」


 これで、田畑についていってやるという口実ができたのだ。


 そして、仮入部期間は始まった。私は田畑について体育館へと行った。私の通った中学校には柔道場はなく、体育館の片隅を隔日ごとに借りて稽古をしていた。シートを敷き、さらしのような生地で覆った畳をその上に規則正しく並べ、そこで稽古をするのだ。顧問の教師は、少林寺の経験を持っていたが、柔道に関してはずぶの素人だった。そこで、実質的な指南役は、三年生のあの黒帯の二人だった。


「仮入部できました、田畑です。よろしくお願いします」


 田畑が体育館に入るなり、そう言って礼をしたので、私も「大郷です。よろしくお願いします」と慌てて言って、礼をした。


 すでに、二人の先客があった。私と田畑も彼らに習って、畳の際に正座した。そうすると、長身の黒帯がやってきて笑いながら言った。


「うちにこんなに仮入部が来るなんて初めてちゃうか」

「やめとけ、やめとけ。女にもてへんぞ、うちに来ると」


 そう言って眼鏡の黒帯が相槌を打って笑った。すると、顧問の教師まで、私達仮入部員に向かって大層真面目な顔をして「うちは稽古もきついぞ。やめるなら今のうちだからな」そんなことを言う始末だった。他のクラブでは、必死に新入生をかき集めようとしているにもかかわらず、この柔道部では、全くその正反対に、やめとけ、などと忠告するのだった。


「どないする」


 私はなんとなく居心地が悪くなって、横に座っていた田畑に小声で訊いた。すると、田畑は至って真面目に


「俺はここに入んねん」


と断言した。私もそれに圧倒されるように、また、先輩部員、顧問にやめておけと言われて、はいそうですか、と言って自分一人立ってしまうことはできなかった。


 その日は、先輩陣が柔道の技をいろいろと目の前で披露してくれ、そして、受身を習った。見様見まねで、先輩達のやるように、畳の上で一回転したり、前や後ろに倒れたりして、受身の形をとるのだが、うまくできず、手を足の下敷にしてしまったり、勢い余って頭をぶつけたりして、ただただ痛い思いをするだけだった。受身だけでこれだけ痛いのだから、黒帯なんかに投げられたら、間違いなく全身複雑骨折するに違いないと思った。やっぱりこのクラブは自分には合わないと思った。

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