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初恋  作者: 坂口 玲
2章
4/20

2-1

2015.09.14 一部修正

2015.11.02 一部修正

 やがて、私は中学校に上がった。初めて着る詰襟の学生服。少し大きいせいか、手の甲が若干隠れてしまい、それがみっともなく思えて嫌だったが、詰襟の学生服を着ているということへの嬉しさの方が優り、次第に気にならなくなった。


 私の入った中学校には、私の通っていた神谷小学校と隣町の北島小学校とさらにもう少し離れた石南小学校の半分程の生徒が進学してきていた。真新しいクラスには、知っている者が三分の一程。しかしそのうちに親しかったものはほとんどいなかった。周りのほとんどが見知らぬ人間ばかりで、誰もが制服を着、私よりもずっと大人に見えた。自分だけが子どものように感じられ、幼稚な存在のように思えた。


 中学校では、まず特別の理由がない限り、何らかの部活動に参加しなければならなかった。もともと、それほどスポーツが好きではなく、特別気の向くようなクラブはなかった。だからといっていわゆる文化系の部活動に参加することは敬遠された。劣等感に苛まれていた私にとって、非体育会系に参加することは、自分を弱者として認めることに等しく思えた。


 ある日、全校集会のあと、新入生だけが講堂に残された。各クラブによる、活動紹介があるのだ。


 花形の野球部、サッカー部、バスケットボール部、テニス部など、爽やかな好青年達がユニフォームで登場し、その容姿と同様に爽やかな勧誘演説を行った。彼らの一挙手一投足が全て、まるで私を蔑み、見下しているかのように見えた。ひどい嫌悪感を感じた。否、それは嫌悪感というよりも、彼らに対する羨望の念を無理矢理覆い隠そうとしておこる反感だった。


 私は明らかに彼らが女生徒の好感を得ていることに嫉妬していた。それは同時に私の中に絶望の念を巻き起こした。私には女生徒の好感を得るような要素が何一つなく、いつまでたっても大人になれない、ひ弱で幼稚な子供のように思われるのだ。何故だか周りに座っている同じクラスの生徒達がそんな私と壇上の好青年達とを見比べているような気がした。居たたまれなかった。私は顔を俯け、やっぱり文化系だろうか、とそんなことを考えた。悔しかったが、自分にはとても無理だと思えた。


「柔道部です。これから実演します」


 私がそんな劣等感に苛まれながら身を小さくしていたときだった。


 壇上の柔道着を身に纏い、黒帯をしめた眼鏡の青年は、そんな短い言葉だけを発すると、その眼鏡を外し演台の上に置いた。そして、壇上に用意された畳の上に待ち構えているもう一人の長身の黒帯青年につかみかかったのだ。


 私がはっとして壇上を注視した時だった。長身の黒帯青年はまるで体重のないかのように宙を舞い、大きな衝撃音が講堂に響きわたった。それまでざわついていた私達新一年生は一瞬にして静かになった。おそらく、皆私と同じように、驚愕していたに違いない。あんなのに投げられたら、死んでしまいそうだ、とそんなことを思っている間にも、次々と眼鏡の黒帯が繰り出す様々な技に長身の黒帯青年は宙を舞い、その度に、大きな衝撃音が響きわたるのだった。


 講堂には拍手が湧き起こった。


 これまで、どの紹介に対しても起こらなかった、盛大な、畏敬の念さえこもっているような、そんな拍手だった。私はこの拍手を聴いて、柔道部に行こうか、と思った。柔道部に入って彼らのように強くなれば、自分もあんな拍手を送ってもらえるようになるかもしれないと思った。しかし、その反面で、自分のような弱い男が、柔道部の稽古に耐えられるわけがないように思えた。


 次々と息つく暇もなく投げられる長身の宙を一回転する様が細切れの残像のように網膜に焼き付き、その度に響きわたる衝撃音が鼓膜を揺さぶり続けるのだった。


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