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初恋  作者: 坂口 玲
1章
3/20

1-2

2015.09.14 一部修正

2015.11.02 一部修正

 この日も私は、宏樹君達と一緒に野球をしていた。いつもと違ったのは、二人の少女が私達の野球を見ては騒いでいたことだ。


 私達の「コミュニティー」に女児はいなかった。近所には同じ年頃の女児はおらず、男児ばかりで、必然とそのヒエラルキーが構成されていた。私はその頃、宏樹君に次いで学年が上であったため、副大将のようなものだった。そして、それに続く雅夫君、吾郎君達は下っ端扱いだった。それが私達の「コミュニティー」であり、「ヒエラルキー」だった。それ以外の人間は―といっても小学生限定であるが―排除しなければならない。我らのコミュニティーを荒すものは、排除されなければならなかった。少し大人びてきていた我々にとって異性とは、正体不明の「異性人」であり、それは敵と同義語だった。「男」のコミュニティーに「女」は不必要なのだ。それが私達の暗黙の信条であった。


「おい、あいつらうるさいから、どっかに行かせや」


 宏樹君が吾郎君にそう「命令」した。私達の「コミュニティー」では宏樹君の言うことは絶対だった。少太りの吾郎君は、一旗上げんとばかりに少女達に向かって突進していった。


「おまえらうるさいんや。どっか行けや」


 少年なりに凄味を効かせて言ったつもりだったと思う。私も宏樹君もこれならすぐに少女達は家に帰ってしまうことだろう、と思った。そう思っていた。しかし、私達が思っていたよりも、少女達は「大人」だった。


「何よ。あんたらの方こそ、道路占領して、通行の邪魔やわ」


 少女らのうちの背の大きい方がそう言った。吾郎君もこの反撃には面食らったようで、顔を赤くしてやり返した。


「そんなん、俺らの勝手やろう。ほっとけや。おまえらがどっか行けばいいんじゃ」


 この少女対吾郎君の口論の勝敗はもうここに述べる必要はないだろう。吾郎君は顔を真っ赤にしたまま、戻って来た。今にも泣きそうになりながら、必死に堪えているその様は、赤ん坊が見たら、まず間違いなく大泣きするであろう、そんな恐ろしい形相だった。


 私はふと、少女らの付けている小学校の名札が、私達の小学校のそれと違うことに気づいた。それは隣町の小学校の名札だった。そして、少女達の名字が同じであることを知った。彼女らは姉妹だった。そして、私はすぐに「分析」にうつった。我々のコミュニティーのルールでは、年齢が上であることが、上に立つ条件であった。裏を返せば、年齢が下であれば絶対服従なのだ。


 私は彼女らの学年を注視した。背の高い方は、私より一つ上の五年生、もう一人は私と同じ四年生だった。私はこのことを宏樹君に伝えた。宏樹君は僕を見てにやりと笑った。彼もこの勝負の勝利を確信したようだった。


「お前ら、俺より歳下やのに調子にのんなや」


 宏樹君は、当時の私達からすれば、まるで大人の、やくざのように、すごんで見えた。私はこれで勝った、と思った。


「何言うてんの。阿呆とちゃう? そんなん、関係あれへんわ」


 背の高い方がそう言って宏樹君と対峙したのだ。驚いたのは私だけではなかった。宏樹君の顔にも狼狽の色が窺えた。宏樹君は予想だにしていなかった反撃に、まして、自分達よりも弱いと思っていた少女達からの反撃に、しどろもどろになりながら応戦した。圧倒的に形勢は不利だった。


 負けてしまう、そう私が心の中で悲鳴を上げたときだった。うおおお、という雄叫びとともに、吾郎君が先ほどよりも顔を真っ赤に、そして、ゆがめながら、突進して来た。彼の手には近くの駐車場からひろってきた、小石がたくさん握られていた。吾郎君はその小石を少女達に向かって投げつけ始めた。小学校三年生とはいえ、少女達に負けたことが、屈辱的だったのかもしれない。なりふり構わず少女達を負かすことに心を奪われていた。


 私達男児の中には、別の暗黙のルールがあった。それは、自分より歳下のものに対して、或はまた女に対して絶対に手を出さないということである。まるで、一人前の男のようなことを考えていたようであるが、裏を返せば、自分より下のものに手を出さないのは、彼らが自分に絶対服従であるというルールがあるからで、また女に対して手を出さぬというのは、そもそも私達の「コミュニティー」外の生き物である、という大前提があったからだ。


 吾郎君はその禁を破っていた。それほどに、彼にとって、彼女らに言い負かされたということは屈辱的であったに違いない。僕と宏樹君は顔を見合わせた。瞬時に目で会話をした。


「まずい」「やめろ」


 そうして目をやった先には、雅夫君までが吾郎君に寡勢していたのだ。もう止める術はもうなかった。宏樹君は僕に目で合図を送った。


「俺等もやったろうや」


 僕は戸惑った。これで少女達を泣かせたりすれば、おそらく両親にものすごく怒られるだろう。親に怒られる怖さとコミュニティーから排除される怖さを天秤にかけた。天秤はコミュニティーを選択するように指示した。


 私達には、悪ふざけというのもあったろうし、少女達に馬鹿にされたように思い腹がたっていたということもあったろうが、無我夢中で逃げる少女達を追いかけた。手に小石や棒きれを持って。そして、とうとう少女達を泣かせた。私達の勝利だ。


「よっしゃ、ほな、また野球やろうや」


 勝利に満足し、まだもの足りなさそうな吾郎君らに宏樹君はそう言った。吾郎君はまだ腹の虫がおさまらぬようだったが、宏樹君にそう言われてはやめる他なかった。そしてその時だ。


「こら、このクソガキどもが。うちの孫に何しとるか」


 私達は、一目散に、走って逃げ出したのだった。


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