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2015.09.14 一部修正
「もし逢えることがあるなら、一緒に星空見よう、か」
短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけながら、そんな青臭い言葉を思い出し、思わず笑みをもらした。
「ごめん、待った?」
息を切らせながら、私の待ち人はやって来た。
「遅い、十五分遅刻だ」
「だって、女は身だしなみを整えるのに時間がかかるんだから、仕方ないでしょ。それにあなただって、美しい女性と一緒に食事できた方が嬉しいでしょう」
「はは、美しい女性ねえ」
私が笑うと、「何よ失礼ね」と言って脇腹を小突いてきた。私と目が合うと、その言葉とは裏腹に、嬉しそうに彼女は微笑んで、そのまま私の腕に絡まりつくようにして体を寄せた。私達二人は夜の雑踏の中を歩き始めた。
「それで、今日はどこへ連れて行ってくださるのかしら」
彼女はいやにおめかしした言葉でそんなことを訊いた。私は「そうだなあ」と言って、その歩みを止めた。不思議そうに彼女は私を見つめ上げていた。私は微笑んだ。
あのころ私は、生まれて初めて大切な人というものを知った。ぶざまなほど不器用だったが、真剣に恋をしていた。あれが私の初恋だった。
思い出の中に溶けこんでしまったあの恋は、もうただ甘く切ないだけのものになってしまった。だが、私にあの恋が残してくれた唯一のものがある。それがあの時の私と今の私の違いだ。
私は彼女の手をとり、彼女を見つめた。普段と違う様子の私に彼女は困惑しているようだった。
本当に大切なものを得るには、失うことを恐れてはならない。それが私にあの恋が教えてくれたことだ。そして、今私の目の前にいる彼女こそ、私の最も大切な人なのだ。失ってはならない、かけがえのない人なのだ。恐れてはならない。逃げてはいけない。大切だからこそ、立ち向かわねばならないのだ。
私は大きく息を吸い込んで、ありったけの勇気を振り絞った。
「結婚して下さい」
私は目を瞑って彼女の返事を待った。