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2015.09.14 一部修正
部活動をする三年生にとって夏休みは中学校最後の活動時期である。夏の間に引退試合などを経て、高校受験の勉強に専念するため、二学期からは事実上部活動をやめることになる。
私達柔道部の場合も同様だった。引退試合として地区大会に出場した。そして、この大会の幕引きと同時に私の部活動も終った。
帰り道、私は一駅前で電車を降りて、川沿いを歩いて帰ることにした。このまま今日を終えてしまうことがもったいなく思えた。
柔道部に入ったのは、木内が「格好いい」と言ってくれたからだった。それ以上の理由はなかった。それどころか、木内がそう言っていなければ、柔道部に入部すらしなかっただろう。
土手に腰を降ろし、そんなことを思い出しながら夕日を眺めていると、ふいに丸いはずの太陽が歪んで見えた。それはどんどん歪んでゆき、しまいには形がわからなくなってしまった。
私は泣いた。声を上げて泣いた。
何もかもが虚しかった。かけがえのない存在であった木内を失い、そして唯一の拠り所であった柔道部も引退してしまった。残されたのはこのぼろぼろになった柔道着だけだった。私はその柔道着を力いっぱい河原に向かって放り投げた。そして、また泣いた。とめどなく涙があふれた。
「目からも汗が出るんやなあ」
そう言って誰かが私の横に河原に投げ捨てたはずの柔道着をそっと置いた。私は慌てて制服の袖で涙を拭った。
「黒帯取ったんやね」
木内だった。
私は言葉を失い、そばに立って私を見下ろしている彼女を見つめた。
私には何故彼女がここにいるのかがわからなかった。そして、これまでずっと廊下ですれ違っても目をそらすばかりだった彼女が、仮に偶然ここを通り私を見付けたものだとしても、何の為にわざわざ私の前に現れたのかわからなかった。彼女は黙って私の横に腰をおろした。
しばらく黙ったまま並んで夕日を眺めた。
「ちゃんと約束守ってくれたんや」
木内はそんなことをつぶやいた。私は気まずさのせいで、黙ったまま夕日を眺め続けた。
「じゃあ私のクラリネット聴いてくれる?」
私の返事を待たずに、彼女はあの黒いケースから黒の細長い筒状のものを取り出し、立ち上がると、おもむろに音色を奏で始めた。それはとても柔らかく、遠くにこだまするように響き、風にのり広がっていった。
「…うまくなったんやな」
私はありとあらゆる気持をこめてそう言った。
「ありがとう」
木内はそう言って微笑むと、再び私の隣に腰を降ろした。