5-1
2015.09.14 一部修正
それからというもの、木内は二度と口をきいてくれなくなった。廊下ですれ違っても、あからさまに目を逸されるばかりだった。私は喪失感に押し潰されそうになった。それは最も恐れていたことだった。しかし、これは、結果として、自分が選んだことである以上、言い訳の余地はなかった。
私は柔道の稽古に没頭した。稽古の間だけは、この喪失感から逃れることができた。そしてまた、誰かに思いきり畳に投げつけられることで、自分を罰している気にもなれた。来る日も来る日も我を忘れて畳の上でのたうち回った。そして、三年生の夏休みに入ると、私はすぐに昇段審査を受けた。勝ち抜き方式で、三試合一本勝ちすれば、初段になることができる。私はがむしゃらに闘った。もう失うものなんて何もなかった。これ以上の喪失感など想像できなかった。
*
時計は七時過ぎを指していた。約束は七時のはずだったんだが。私はそう思いながら、煙草に火をつけた。
私はあのとき、子どもだった。
大切なものだから、それが本当に大切なものだったから、それを失うことが私は怖かった。それと同時に、初めて知った大切な存在に、戸惑いを感じていた。どう接すればよいかわからなかった。しかし何にもまして、私は卑怯なまでに臆病だった。本当はあのような態度をとれば彼女を失ってしまうかもしれないということはわかっていたはずだった。それでも、私は自分勝手な言い訳を取り繕ってまで、それから逃げた。絶対に傷つかないようにと、深いほら穴の中に自分の身を隠して。
そう、何よりも怖かったのは、私自身が傷つくことだった。彼女を失うこと以上に、それによって私自身の傷つくことが怖かったのだ。
もう一度私は夜空を見上げた。あのころと何も変わらない星空。しかし、私はもうあの頃の私ではないのだ。
私の待ち人はもうすぐやって来る。