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初恋  作者: 坂口 玲
4章
16/20

4-3

2015.09.14 一部修正

 それから幾日かたったある日の昼休み、私は田畑らと弁当を食べていた。この前日に、田畑は勇敢無謀な一少年として、意中の人に告白をした。その相手は、サッカー部のなんとかという男が好きだという事前情報のあった女生徒だった。しかし、この田畑は、持ち前の馬鹿正直さと玉砕根性だけをもって強行したのだった。もちろん、その結果は墜落炎上、木端微塵に吹きとんだであった。


 私が冷やかし半分、慰め半分で田畑に対してあれこれ言葉をかけていると、田畑は突然口を開いた。


「大郷、お前はどうやねん。好きな人おるんやろ」

「そ、そりゃ、おるけど」


 私が戸惑いながらそう言うと、田畑は目を光らせた。


「誰やねん。お前も告白せえや」


 田畑やこの話を聞いている友人達になら、名前を明かすくらいはいいかと思えた。否、もはや自分一人の中に閉じ込めておくことができぬほど、その気持ちは大きく膨らんでいた。誰にでもよいから、その気持ちをぶちまけてしまいたかった。


「あの木内っておるやろ、ええかな、って思ってんねんけどな」

「なんや、お前ら仲良かったやないか。告白せえや」


 田畑にそう言われて、少しずつ告白してみようか、駄目でもともとだとそんなことを考えるようになった。


「そう言うたかて、あかんやろ、やっぱり」

「あかんかどうかわからんやないか。言うだけ言うてみろって」


 田畑はしきりに私に対して告白することを勧めた。私も、言わなければ何も始まらないし、などと考えた。告白しなければ何も始まらないのだから、と、私の気持ちが固まろうとしていた時だった。


 告白しなければ何も始まらないが、告白して終ることもある。私は、はっとした。告白してだめだったらどうすればいいのか。二度と木内と話をできなくなってもいいのか。いや、告白すれば、きっと木内は応えてくれるに違いない。あの日渡り廊下で木内が好きな人は誰かと訊いたのは、お前に好意を持っているからなんだ。そんな声が応戦した。この狭間で、私は結論を出せずにいた。


「なんやはっきりせんな」


 田畑は鼻をならした。



 食事のあと、依然悶々としている私に向かって、トイレと言って出て行った田畑が教室に戻るなり大声で言った。


「木内にさっき、お前が好きやって言ってた。付き合いたいって言ってたぞ、って伝えてきたったぞ」


 田畑はにやりと笑った。教室全体が私に注目した。


「そしたらな、ちゃんと自分で言いに来てって言うとったわ」


 田畑はそう付け加えた。



 私はひどく混乱した。あまりに突然のことであったし、当然心構えなどなかった。「今しかないぞ。いますぐ彼女の所へ走れ」「いや、行ってもどうせ駄目だ。それなら、うやむやにして、あとで田畑が勝手に言ったことだ、と言えばいいんだ」この二つの声に翻弄された。


 教室中の視線が自分に向けられていると思うと、気持ちは焦り頭は空転を繰り返した。やはり今行かなければ、と思った。しかし、その光景を想像して私は怱ち怖じ気づいた。


 田畑に言って来るように仕向けたと木内は思っていることだろう。それで今自分がのこのこと彼女の前に顔を出したとすれば、きっと彼女は私を情けない男だと、軽蔑するに違いない。それが分かっていて、今さらのこのこと木内の前へ行けるものか。そんなのはただの間抜けだと思った。


「俺はそんなん言うてへんやろ。なんで言いにいかんとあかんねん」


 私のこの対応に、教室には落胆の色が拡がった。おそらく彼らの期待していたことは、私が木内の所へ行って、愛の告白をするということだったのだろう。しかし、あれは勝手に田畑がやったことなのだ。これで私が行かなければ、彼女は冗談だったのだろう、と思うに違いない。その時にきちんと説明すれば、彼女はきっと納得してくれるはずだ。何もわざわざ馬鹿っ面ぶら下げて彼女の前に出て恥をかくより余程ましだと思った。


 その日の放課後、稽古を終えた私は下足室へと向かった。そのときちょうど廊下の向こう側から木内のやってくるのが見えた。なんとなく気まずかったが、私は昼休みのことについて弁解しようと声をかけようとした。しかし、それよりも早く木内が言葉を発した。


「意気地なしっ」


 木内は今までに見たことのないような形相で私を睨みつけた。私は言葉を発することができなかった。呆然とする私を一しきり睨むと、木内は私の横をすり抜け、走って行ってしまった。


 ようやくその時になって私は、彼女を失ったことに気づいた。


 自ら何の挑戦もせずに、自分に都合のよい判断をもとに、自らの選択によって彼女を失ったのだった。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろうか。


 そんなことを今になって考えてもすでに遅かった。頭の中では「意気地なし」という彼女の鋭く短い言葉が何度も反響した。それはやがて脊髄を通り、心臓の位置に達すると、餓鬼の雄叫びの如き奇声を発して、私の全てを吹き飛ばした。

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