逃避行
長編の息抜きに軽ーく短編をば。
プロットから推敲までまさかのワンドロクオリティ
スモークガラスは空を覆う半月をグリーンに染めた。四人乗りの軽自動車はアナウンサーの読み上げた無機質なニュース音声で溢れかえる。
“先日未明に行方不明となった女性について、警察では特別捜査本部を設置し…”
僕はカーラジオの電源を落とした。大変な事をしてしまった…。そう後悔しても過去をやり直せるわけではない。ただ、過ぎてゆく時間を震えながら待つことはしたくない。どうにかしなくちゃいけない…。無意識にリアウィンドウをチラチラと確認してしまう。何者かに追われてるわけでもないのに。
昔から人と話すことが苦手だった。
相手が何を思っているかわからないんだ。空回りする会話に何度後悔しただろう。何度苦しんだだろう。
そんな僕でも人並みに恋をしてしまった。
『彼女』とは街角で出逢った。寒さと孤独で震えている僕を暖めてくれた初めての人だ。陶器のような真っ白な肌に目を奪われ、矮小な僕の心を全て見透かす様な彼女の大きな瞳に吸い寄せられたんだ。不思議と彼女が考えていたことも手に取るようにわかる。僕のつまらない話も微笑をたたえて聞き役に徹してくれる。本当に最高の彼女なんだ…。
彼女を離したくない…!どうしても手に入れたい…!そんな感情は日に日に肥大していく。耐えられない!耐え切れないんだ!!
空気を入れすぎた風船がパンクしてしまうように、僕は彼女の首に手を掛けた。
もうすぐこの街を出る。彼女は車の後方で静かに眠っている。そうだ、眠っているんだ…。今日は海にデートに行くんだ。日に焼けたくない彼女はロング丈のTシャツに身を包み、赤いリボンのついた麦わら帽を風にさらわせるんだ…。
高速道路の料金所に着く。パトランプを赤々と照らす車が前に停まっている。検問かな?彼女のシートベルトは着けたかな?あぁ…手帳?この辺で事件?僕らには関係ないよね…。
「で…?男の罪状は?マネキン泥棒?マネキンを恋人と言い張る?まったく…夏は人を狂わせるのか!?」
警部はそう部下にこぼした。休日出勤、なおかつ深夜の招集。その辛さをぶつける相手にはちょうどいい。
「警部…容疑者の軽自動車のトランクから大きなボストンバッグが出てきたんですが…。」
「どうせマネキンでも入ってるんだろう?まったく…理解できない!」
「それが……『明らかにマネキンの重さではない』のです…。まるで人が1人入っているような…。」
裏の裏をかきたかった。