3 ワルサ団
ワルサ団が出没したのは、中庭とのこと。
それを言いに来た男の子は、ひまわりに牙があって、とか、暴れて、とか、何ですかそれということを話すだけ話すと、あとはよろしくお願いしますと一礼して去って行った。
ガイドが言った。
「面倒くさそうな顔をして立ち上がった男、あいつはシキ」
窓際一番後ろの席の男の子だ。
背が高い。切れ長の目が鋭い。少し怖い感じ。
シキは、少し伸びた焦げ茶色の髪を自分でグシャグシャとかき乱した。
「うぜえ」
シキは心底ウンザリという顔をして、そう言った。
やる気はないが仕方ないという様子を隠しもせず、シキは歩き出した。
私の席の後ろ、教室後方のドアで立ち止まったシキは、放課後で残る人も少ない教室を見渡した。
「シオ、ハヤオ、お前ら来い」
まだ残っていた生徒の中で、女の子と男の子が反応した。
女の子は、背中まできれいに伸びたストレートの髪を手で払った。
つやつやしたオレンジ色の髪がきれいだった。
つぶらな瞳もきれいな美人さんだ。
濃紺のブレザーとプリーツスカートという地味な制服が、シックでハイセンスに見えてくるから不思議だ。
ツンとしたすまし顔で、シオは立ち上がって言った。
「シオさあ、先に中庭行ってるから」
自分のこと、シオって呼ぶんだ。
つれない態度も私と違って、何だか可愛く見えるのはなぜだ。
シオは教室の前のドアからさっさと出て行った。
もう一人立ち上がった男の子は、小柄で動きの素早い子だった。
「行こ行こ」
茶髪のハヤオはニコニコ笑顔で駆け出した。
後ろのドアから出て行ったハヤオを追うように、シキも歩いて出て行った。
ガイドが立ち上がった。
「さて、行こうか」
「私も? どこに?」
「中庭。この学園のことを理解するには、話を聞くより実際の現場を見た方が早いから」
ガイドに連れられて、私も小走りに中庭を目指した。
中庭で私が目にした光景は、見たこともない謎の世界だった。
花壇に横一列に並んだひまわりの顔に、でっかい口がついている。
そして、牙がある。
茎が蔦のように伸びて、中庭じゅうの他の植物、ベンチやウサギ小屋にまで、かぶりついては破壊している。
ひまわりの化け物軍団であった。
ものすごく驚いているが、私の顔には出ない。
中庭への出入り口に、シキは座っていた。
その横にシオとハヤオが立っている。
私とガイドはその後ろから事態を見ていた。
「シオ、ひまわりの花壇に塩をまけ」
「ふん」
シキが淡々と指示を出すと、シオはツンとしたまま、でも逆らわず花壇に向かって走って行った。
危なくないのかな。
思わず足が一歩前に出た。何ができるわけではないけど焦った。
ガイドが私の腕をつかんで止めた。
ドキッとした。
「大丈夫。シキが判断してる」
間近で微笑んだガイドは少しも不安そうではなかった。
妙に安心し、妙にドキドキした。
こういうときは、気持ちが顔に出ない自分でよかったと思う。
ガイドが私の腕を離した。
シオが花壇に走って行っても、ひまわりはシオに噛みつけなかった。
ひまわり、頭が重いのである。
伸びた茎の力は微妙で、くねくねとは動けず、ずりずりしている。
なるほど。
よく見れば確かに危なくなさそう。
シオはひまわりの花壇に到着。
花壇に向けて手を伸ばすと、花壇に沿って走り出した。
シオの手から、白い粉が大量に出て落ちた。
「あれは塩だ」
ガイドがすぐに解説してくれた。塩?
あれほど大量に、どこに持っていたんだろう。
ひまわりの根元は塩で真っ白に覆われた。
シオが戻ってきた。
シキが言った。
「ハヤオ、やれ」
ハヤオはシオよりもっと素早くて、ひまわりは追いつけそうもなかった。
ニコニコ楽しそうに、ハヤオはひまわりの花壇に辿り着いた。
ハヤオは花壇の横に片膝をついて座ると、一言。
「早送り」
私は最初、何が起こっているのか分からなかった。
ひまわりが苦しみ出した。
ひまわりは黄色になり茶色になりカサカサになった。
枯れた。
驚いた。
顔には出てないと思う。
突然、パチパチという拍手と、おおーという歓声が聞こえてきた。
見上げると、中庭を囲む校舎の窓から、まだ帰宅していなかった生徒たちが見ていて、やんやと盛り上がっていた。
シキが立ち上がった。
「終了。解散」
「バイバイ」
「お疲れ様!」
シオがつかつか歩いて行く横を、ハヤオが花壇から戻ってきて笑顔で追い抜いて行った。
シキが気だるい顔で、二人の後ろを歩いて行った。
三人の背中を見送っていると、ガイドが言った。
「シキ、シオ、ハヤオ。これ、名前じゃないんだ」
「あだ名。ナヅケがつけた」
「正解」
ガイドが笑った。
まぶしい。
見かねて中庭の惨状に目を移した。
バランスとれる汚さである。
ガイドは言った。
「用務員さんが片づけてくれるから大丈夫」
よくできたシステムのようです。何となく法則は分かってきた。
…
そうでもない。
よく分からなかった。