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2-1 図書室

 私がハテナ学園高等部2年A組に転校してきて、3週間たった。


 私はこのところ、肩までの長さの水色の髪を、二つに結んでいることが多い。

 怖いほど、似合わない。

 鏡を見て、本人がつい目を逸らしてしまうくらいだ。


 私の顔を、それとなく隠してくれていた髪。

 結んでしまうと、無表情が際立つらしく、話しかけてくる人がぐっと減った。


 泣。


 どうしてこんな自虐的スポーティーな髪型率が増えてしまったのかというと…。




 なんと明日は球技大会!

 ハテナ学園で、私が初めて参加する行事の日なのである!




 球技大会は、学年とっぱらいの一大イベントだ。

 バスケットボール、バレーボール、サッカーの3つの競技で優勝を争う。


 各クラスの中で、まずは男女別に3チームに分かれる。

 1人につき1つの競技にしか参加できない。

 

 やりようによっては、1年生のチームが勝利を収める下剋上もありうる。

 場合によっては、ひとつのクラスで勝利を独占することもできる。



 ここ2週間ほど、多くの生徒たちが、休み時間や放課後に球技大会の練習をしていた。

 直近の1週間は、熱の入れようが違っていた。


 ハテナ学園の生徒たちは、とにかく祭りが好きなのだと分かってきた今日この頃である。




 銀髪にアイスブルーの瞳も涼やかな我が友ガイドは、運動神経も良かった。

 なんて奴だ…!

 ガイドはサッカーチームに入り、かなり気合いの入った練習をしていた。




 一方。




「シルコ、私はこっちの席で読んでるから、あとで来てね」


 友達ニクが私を呼んだ。

 紺色の髪を一つに束ねたニクは、ぽちゃっとした体形の素朴な雰囲気をかもす女の子だ。

 ニクはさっそく選んだ本を読み始めた。



 ここは図書室。

 図書室は、「体育会系勘弁してください」な私たちの、かっこうの逃げ場所になっていた。


 ちなみに私とニクは、バレーボールにエントリーしている。

 もちろん、我がクラスは、バレーボールで勝つ気は1ミリもない。



 ところでこの学園には、図書室とは別に学習室というものが存在する。勉強をしたい生徒は、学習室へ行く。

 そのためか、図書室はいつ来てもわりと空いていた。



 図書室に立ち込める球技大会なにそれおいしいの、という文科系空気。

 それに加え、この、人っけのなさ。



 癒し…!



 喧騒から離れたこの場所。

 私とニクは、明日のプレッシャーから逃れたくて、手に手を取り合って今日もここに来たのであった。






 貸出カウンターの中にいるのは、2年B組図書委員カミオだ。

 このところ毎日来ているので、カミオとも仲良くなってきた。

 カミオは、私が髪を二つ結びにしていても声をかけてくれる、貴重な存在だ。


「シルコ、明日の球技大会にさあ、新しい競技が加わったんだけど知ってる?」


 灰色の髪をしたカミオも、球技大会なにそれ仲間だ。


 図書室の壁に貼ってあるたくさんの書評は、ほとんどがカミオの手書きである。

 常連さんと本について熱く語り合う姿もよく見る。


 銀ぶち眼鏡で本好き。

 カミオは一見、ちょっと賢そうな文科系男の子なのだが。



 私は首をかしげた。


「球技大会に4つ目の競技…そんな話は聞いてない」


 カミオは右の口角をキュッと上げて、笑顔で言った。


「ボーリング。体育館の隅で、ゴロゴローって」

「はあ」

「やる気のない俺たちのための競技の誕生だ。助かるなあ」

「ほう」

「一緒にエントリーする?」


 カウンターに頬杖をつき、一応それらしく話すカミオであるが。

 話の内容は微妙。

 加えてカミオの口元。


「ピンときました。嘘ですね」

「くふ。はいこれ、どうぞ。シルコの好きな推理小説の新刊」

「は! ありがとうございます」


 カミオは私に推理小説を渡してくれた。

 カミオにはこういう、謎の冗談(?)を会話に織り交ぜてくるところがある。

 

 ハテナ学園には曲者が多いとガイドも言っていた。

 カミオもちょっと変わっているようだ。


 私自身、普通に振舞えないというコンプレックスがあるので、何となくホッとする。






 私はニクの隣の席に座った。

 ニクが言った。


「カミオ、またくだらない嘘ついてたね」

「うん」

「害がないからいいけど、てきとうにスルー推奨」

「カミオ、面白いよ」

「うーん。まあ、ねえ…」


 私とニクは、それだけ話すと、後は並んで静かに本を読んだ。

 ページをめくる優しい音に安心しながら、私は本を読み進めた。










 私の読む本の中で、密室殺人事件が起きた。

 ドキドキしながら読んでいた時、ベルが鳴った。予鈴だ。


 本から顔を上げると、ひとつ奥のテーブルに、図書室の常連の子がいた。

 同じクラスのクロエだ。


 細身で小柄、黒髪を二つに三つ編みしている、黒ぶち眼鏡の女の子。

 言うまでもなく、バレーボールにエントリー中の、私たちの同志である。


 クロエは、真っ黒な装丁の本を一心不乱に読んでいた。

 背表紙が見える。なになに?






『入門! あなたにもできる簡単黒魔術の手引き』






 …なんて本を読んでいるんだ。

 人さまの読んでいる本のタイトルを盗み見てしまった、という罪悪感も吹っ飛ぶ本である。


「うわ。ちょっと、クロエ。やばいでしょ。何その本」


 同じく黒い表紙を見たらしいニクが、眉をひそめて言った。

 クロエは本から顔を上げた。


「もうこんな時間か。ん? やばいって、この本のこと?」

「そうだよ。黒魔術って」

「運命だよ。今日、この本に出会ったのは」

「いやいや、運命感じちゃだめでしょそれ」

「私、黒魔術やるよ」


 ニクとクロエのやり取りを聞いていた私は、ものすごく驚いたのだが、顔には出ない。

 クロエの黒ぶち眼鏡の奥の瞳は真剣だ。





「ぶっつぶす。球技大会」


 



 え。


 ニクが腕組みをした。


「クロエ、どうしちゃった? 本の読み過ぎ? 冷静になれる本でもカミオに教えてもらいなよ」

「球技大会、本当に、本当に、ものすごーく嫌いなの! もうね、考えただけで、胃も痛いし、頭も痛いし、イライラするし、最悪最悪最悪、我慢できない!」

「運動音痴だから私も嫌いだけどさ」

「でしょ? やってやる。この本に出会えてほんっとによかった! 私たちだけじゃないよ。球技大会を嫌がってる人、他にもいるはず。どう? 中止になってほしくない?」

「うーん。どちらかというと、球技大会はいらない派だけど」

「よし。やっぱりやる」


 ニクは困った顔で首をかしげた。私も困ってるが、顔には出ない。

 クロエは小さな体でメラメラと闘志を燃やしていた。

 転校してきて間もない私だが、クロエがこんなにペラペラと話すのを見たのは初めてだ。


 やるって、黒魔術?

 本気?

 ぶっつぶすって?


 私の背筋に寒気が走った。

 何でだろう。

 黒魔術なんてありえない、ではすまないような予感。








 ここは精霊の宿る地に建てられた学園。

 変なこと不用意に言ったら、精霊に聞かれちゃうような気がして。



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