前編
読もうとしてくださり有難うございます。
この話には変態を軽蔑する表現が含まれています。
ジョークとして受け取れない方、不快感を抱く方はご遠慮下さい。
下ネタがあるのでR15にしました。残酷描写は後編に本当に少しあります。
それでも大丈夫な方のみどうぞ!
20○×年 8月15日
兄貴が2週間の交換留学先から帰ってきた。
短期間だが生活の違いからか前よりもガタイが良くなっていた。
オレはひょろくて筋肉がつきにくいから筋肉があるのは羨ましい。
留学先はどうだったと聞いたら、よほど気に入ったのか大学は向こうの大学に行きたいと言っていた。
そんなにいい所ならオレも行ってみたい。
20○×年 9月1日
今日は登校日。
兄貴は男らしく爽やかなイケメンなのでみんなの人気者だ。久しぶりの登校とあって友達や女に群がられていた。
オレだったらうっとうしく思うのに、それを爽やかな笑顔で受け流す兄貴はすごい。
兄貴の友だちがからかって『イギリスで女でも作ってきたかぁ?』と尋ねたら、兄貴は嬉しそうに『ああ』と答えた。
そこからは女は阿鼻叫喚。ギャーギャーと騒がしくて、一学年違う高1のオレのクラスまでその話題は流れてきた。
LINEは兄貴関連の質問がほとんどで、Twitterを覗いたら友だちのつぶやきも兄貴の話題ばかりで#まで付けられていた。兄貴すげぇ。
あんまりにも周りがうるさいから家に帰ってから兄貴にどんな彼女か聞いたら、『外見はシャープでクールビューティーだけど、中身はキュートな女の子だ』と言っていた。
完璧兄貴の彼女がどんな人なのか実際に見てみたい。
20○×年 9月12日
友だちと遊んで帰ってくるのが遅くなった。自分の部屋に戻ろうと思ったら、兄貴の部屋から楽しそうな声が聞こえた。
どことなく甘い声なので彼女と電話でもしているのかと思い、兄貴がどんな表情で話しているのか気になったから部屋を覗いた。
しかしそれが間違いだった。
兄貴はどこから持ってきたのか知らないが、日本刀に向かって話し掛けていた。
それも見たことないくらいとろけそうな顔で。
オレは目を疑ったが、何度閉じたりこすったりして確認しても兄貴は楽しそうに刀に話し掛けている。
刀に向かってサヤと呼んでいるが、恐らく刀の鞘のことを言っているんだと思う。
きっとオレは疲れているんだ。早く寝よう。
20○×年 9月13日
兄貴は相変わらずいつもの兄貴だった。
だから少し安心したのだが不安は拭えない。
今日は休日なので、天気がいいから出掛けて来ると言って兄貴は家を出て行った。
その時、剣道をやらない兄貴が竹刀袋を肩にかけていた。
もしかしたらあの中に刀が入っているのかもしれない。
頭のおかしくなった兄貴が犯罪に走るんじゃないかと不安に思い、オレは兄貴の後に着いて見守ることにした。
兄貴は話しながら歩いているが、イヤフォンを着けているからマイクで話しているのかもしれないと思った。
だけど兄貴の話し方が昨日の刀に対して話すときと同じで、愛情が溢れる物だった。
マイクがカモフラージュじゃなくて、ちゃんと人間と電話で話していることを願う。
20○×年 9月15日
学校外の兄貴目当ての女が弟である俺に、兄貴の彼女がどんな奴か詳しく教えろとオレに詰め寄ってきた。
オレが困っているとちょうど兄貴がやってきて、いつものように彼女がどんな人か説明をする。
波風が立たないようにスマートに説明している兄貴はかっこよかった。
だけど予想外に『空也も会ったことあるよな?』と振りがきた。
オレに振るなと切実に思った。
仕方なくオレは兄貴の言っていた通りの特徴を伝えた。そして兄貴と彼女がラブラブだと付け加えておいたら兄貴は満足そうにしていた。
今思えばその外見特徴が刀と一致していて胃が痛くなった。
兄貴の彼女が日本刀とか言いたくない。
20○×年 10月20日
珍しく兄貴が寝坊をしているので、母さんに頼まれ兄貴を起こしにいった。
返事がないので勝手にドアを開けると、兄貴は布団には入っていたが上半身は裸で、日本刀を抱える様にして寝ていた。
そしてその側にあるゴミ箱にはやたらティッシュが多く入っていた。
オレは兄貴を起こさず部屋から出て行った。
もう何も考えたくない。
20○×年 11月7日
最近兄貴と話していない。
兄貴が刀に欲情する変態だと知り、オレはかなりショックだった。
一体イギリスで何があったんだろうか?
何が兄貴を変えてしまったんだろうか?
親に相談しようかかなり悩んだが、結局出来なかった。友だちなんて論外だ。
兄貴が変態だと外に漏れたら、学校はおろか学校外の兄貴のファンまで知れ渡るだろう。
そんなのオレにとっても公開処刑だ。
だからオレは兄貴が変態だということは墓まで持っていこうと思う。
だけどさすがにもう兄貴を尊敬することは出来ない。
今後一体どんな対応を
「おい、空也」
「うおっ!」
いきなり後ろから声を掛けられ、オレは即座に日記を閉じた。
「な、なんだよ兄貴! 勝手に人の部屋に入んな!」
「それはお前も同じだろ?」
「はぁ? 何言って……」
「『10月20日、珍しく兄貴が寝坊をしているので、母さんに頼まれ兄貴を起こしにいった。
返事がないので勝手にドアを開けると、兄貴は……」
兄貴がぺらぺらと話すのは、それはまさにオレの書いていた日記の一文。しかも一字一句間違えない事にオレは兄貴を恐ろしく思った。
「な、なに人の日記勝手に読んでんだよ! この変態!」
「変態、な……。お前に言われたくないけどな」
「な……何がだよ!」
「まぁ、端から見たらそうかも知れないが、すぐお前にも分かるさ」
「はぁ? 訳わかんねぇし、分かりたくもねぇよ!」
「まあ、そう怒るな」
兄貴は苦笑しながらも、何故か余裕綽々なのが腹が立った。開き直るな!
だが兄貴はオレが怒っているのなんか気にせずにオレの部屋に入ってドアを閉めた。その手には件の日本刀が握られていた。
「その事で話がある」
「オレは無いしこれ以上知りたくもない。もうオレに近寄る…」
な、そう言い終えようとしたところで兄貴は日本刀を抜いていた。
「可愛い弟がそんな口を聞くなんて、兄貴として悲しいよ」
「ちょ! 待て! 刀はやめろ! 死ぬ!」
「だから、ちゃんと見ておけ」
オレは必死でやめるように言ったが、兄貴はそんなの無視して刀を抜ききった。
殺されると思って急いで逃げようとして椅子から転げ落ちたが、兄貴はオレを切らずに白刃にキスをすると刀は眩しいほどに光だし、オレがぎゅっと目を瞑った。
光が収まったと思った頃に目を開けると、兄貴の隣には藍色から白へのグラデーションの掛かった高級そうな着物を着た美人な女性が寄り添っていた。
その人は夜の様な深い黒く真っ直ぐな長髪を結い、透き通るように白い肌をしていて、透き通った琥珀色の瞳をしていた。顔つきは少しきつめで、恐ろしいほどに整った顔立ちだった。まるで作り物のようだが、瞬きをしているし確かに生きている。
しかもそしてその女性は、着物の上からでも分かるくらいにスタイルが良かった。
オレが呆然としていると、兄貴は彼女を抱き寄せながら紹介してくれた。
「彼女は沙耶。俺のソウル・アーマーであり最愛の女だ」
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。初めまして、空也様。貴方の兄上、海斗のソウル・アーマーの沙耶と申します」
「は、はじめまして……」
何がなんだか分からなかったが、沙耶さんが少し目元と口元を緩めた姿に見惚れてしまった。確かに笑うと可愛い。
俺ははっと頭を振った。はじめましてと言われたからつい返事をしてしまったが、言いたいのはそんな事じゃない
「そ、ソウル・アーマーとか訳わかんねぇよ! 何で刀がこの女の人になんだよ!」
俺が兄貴に詰め寄ると、兄貴は苦笑した。
「実はな、俺は留学したときのホームステイ先で不思議な事に異世界へ勇者として召喚されたんだ。そして異世界に蔓延る【心怨】と呼ばれる悪魔みたいな奴らと戦っていたんだ」
「……なんだよその漫画みたいな設定。あ、留学のストレスで兄貴の頭が可笑しくなったんだろ?」
オレは兄貴の話が信じられず、兄貴に現実を見させようとした。しかし実際はオレが現実逃避したかっただけだ。
兄貴は軽く溜息を吐いてから、俺の頭にポンと手を置いて真面目な表情で説明し始めた。
「いいから聞け。その世界では武器が魂を持っていて、武器に選ばれた物が武器の主となり、心を通わせる事が出来る。魂を持った武器、それがソウル・アーマーだ」
「それじゃあ沙耶さんは本当は武器……刀、なのか?」
「その通りにございます」
きれいにうっすらと微笑む沙耶さんは、とてもそんな風には見えなかった。確かに刀から変身したけど、彼女はまるで普通の人間だ。信じられない。
「ソウル・アーマーは主と常にあり、心の強さと結びつきでお互いに成長し強くなれるんだ。そして沙耶に選ばれたのが俺という訳だ」
「ソウル・アーマーは主を決めれば、どちらかが滅びるまで主と共にある物なのです。だから私は異世界へ帰ると言った主……海斗と共に世界を渡りました。しかし異世界を渡るには大量の力を消費してしまうのと、この世界では魔力の源である【魔素】が少ないので今まで刀の姿となり力を蓄えておりました」
「じゃあ刀が沙耶さんだから兄貴はいつも刀に向かって話しかけてたのか?」
「ああ」
「人型になれるようになりましたら空也様にご挨拶と思っていたのですが、思っていたよりも時間が掛かってしまった故、ご挨拶が遅れた事を申し訳なく思っています」
「事情は分かったからいいよ……」
「ありがとう存じます」
沙耶さんは丁寧に腰を折ってお礼を言った。しかしもしかしたら10月の兄貴の行動は、沙耶さんが人型に戻れたからヤッちゃってたってことか?
確かに年齢的にはヤッてもおかしくないけど、兄弟のそういう姿は……あんまり考えたくない。
オレは想像しないように眉間にしわを寄せて気を引き締めた。
「それで、報告する事はそれだけか?」
「いや、本題はこれからだ」
「本題って?」
「空也、お前には俺たちと一緒に異世界に渡ってソウル・アーマーの主になってもらいたい」
「……は?」
突然の申し出にオレの頭は真っ白になった。
「俺が戦った事により世界から深怨の勢力は衰え始めているんだが、心怨の元である【心憎】を絶たなければ意味がない。それを絶つには【心器】呼ばれる5つの特別なソウル・アーマーが必要なんだ。そのうちの一つが沙耶だ。そして5つのうち4つは既に主がいるんだが、残りのソウル・アーマーがなかなか気難しくてな……。自分の主は若くてイケメンでソウル・アーマーである自分を本気で愛してくれる奴じゃなきゃ嫌だって言って聞かないんだよ」
「それが我ら心器兄妹の末っ子でございます……」
兄貴は困ったように頭を掻いていて、沙耶さんは深刻そうに溜息を吐いた。
やっぱりどこの世界でも末っ子はワガママになるんだな。オレは何となく納得してしまった。
「だけど沙耶さんの妹さんだったら相当の美人じゃないの? それだったらすぐに若くてイケメンの主なら見つかりそうな気がするけど」
「確かに絶世の美少女だ。ただし……外見年齢4歳だ」
「4歳?! そんな幼い子が戦うのか!?」
「外見年齢が4歳なだけで、実年齢は46歳らしい」
「え!? それって詐欺じゃね?!」
「ソウル・アーマーは心と結びつくので、力が強ければ強いほど長生きにございます。末っ子はまだ若いですが、私たちの父の最後にして最高傑作でもあります故、潜在能力はソウル・アーマーの中でもトップクラスです。ただ、とてもわがままですので、なかなか主を選ぼうとしないのです」
「じゃあ沙耶さんはいくつ?」
「今年で108歳にございます。過去に主もおりましたが、ソウル・アーマーは主が自分に相応しくないと思えば主を殺して次の主を探します」
「じゃあ沙耶さんも……」
「ええ、38回ほど主を変えております」
沙耶さんは特に表情を変えずに答えた。そんな『ちょっと気分転換に香水を変えてみたの』みたいに言わないでもらいたい!
オレはショックを受けたが、沙耶さんも兄貴も全く気にしてないようだった。こいつらおかしい!
「殺されるかもしれないならやりたくねえ! 大体何でオレなんだよ? オレは別に強くもないし特殊能力なんて無いぞ!」
「いえ、そのようなことはこざいません。さすが海斗の弟といいますか、潜在魔力がかなりあります。そしてそれがまだ一度も使われていない……形をなしてないからこそ良いのです」
「何で?」
「我らの心器は魔力が強過ぎる故、いくら主が強くとも相性の合わない魔力の持ち主ならば本来の力が出せず無意味。あまりにも合わない場合は主が死にます。魔力は共にある者の影響を受けやすく変化していくものなので、末っ子の魔力や染まりやすい方が一番の適任にございます。それに末っ子は癖のある武器なので、身体的に柔軟性と高い集中力が必要なのでず」
「それ何の武器?」
「父が作った唯一の混合武器でございます。形状としてはベースが剣で、それに銃と魔法で伸びる鎖が一体となっており、着脱可能な盾もついております。それも魔法によってサイズを変化させる事が可能です」
「なんか……すごいな」
「父の最高傑作ですので」
そういう沙耶さんはすこし寂しそうだった。何かオレは悪い事を言ってしまったんだろうか?
気にはなったがなんだか聞けなくて、そんな時に兄貴が空気を変えるように明るい声を出した。
「さて、それで空也を選んだ理由と言うのは、まず第一条件である若くてイケメンと言うことだ」
「別にイケメンじゃない兄貴みたいに男らしくない」
「オレとは違って細身だが中性的な顔立ちだからいいんだよ」
「末っ子はあまり雄雄しい容姿の男性は好みません」
「それに空也は護身術を習っているし、一人でジェンガをずっと続けられるくらいに集中力と器用さもある」
「一人ジェンガは言わなくていい!」
「まあまあ。そう怒るなって。それに出来るまでやろうとする根気もあるから、彼女を使いこなせるように努力が出来ると思うんだ。そして何より重要なのは彼女を心の底から愛する事が出来ること。空也は本当に彼女を愛せると思うんだ」
「何を根拠に?」
「空也がロリコンだからだ」
「ぶっ!!!」
兄貴のとんでも発言に、オレは思わず吹き出した。
「ろ、ロリコンってなんだよ! 人を変態呼ばわりするな!」
「なんだ、隠せてると思っていたのか? お前のベッドの下とかそんなのばっかり入ってただろ」
「はぁ?! 何言って……おいちょっと待て! やめろ!」
やれやれといった感じで兄貴はオレの制止も聞かずにオレのベッドの下に手を伸ばした。
「やーめーろー!!!」
「よいしょっと」
全力で阻止したが、パワーアップした兄貴には敵わずオレの隠したかった物は全て引き摺り出された。そしてそれを見た沙耶さんは目を丸くしていた。
「まぁ……」
終わった……。オレは力なく床に座り込み、両手をついて項垂れた。オレが項垂れている間に、兄貴はオレの隠していたものを手に取って物色していた。
「外人美少女の写真集とか18禁もののロリエロ漫画本、童顔で未発達そうな体つきの女のAVの数々。まさかポルノには手を出してないと思うが……」
「出してねぇ!」
「それならいいが……俺より空也の方がよっぽど変態だと思うぞ」
「うぐっ!」
兄貴は呆れたように溜め息をつき、ここまで証拠を晒されてしまうともう逃げ場なんてない。
そうなるともう開き直るしかない!
「そうだよオレはどうせ変態ロリコン野郎だよ!」
「おー、男らしく認めたな」
「かわいい幼女や少女を愛でて何が悪い!! だから兄貴が変態だと思ったら嫌だったんだ!」
「同属嫌悪か?」
「そうだよ……」
「まあお前なら仕方ないと思うけどな……」
兄貴は呆れたように溜息を吐いた。
オレは昔から何故か変態に好かれた。俗に言うペドフィリア……ショタコンだ。一人で歩いていると絶対におっさんや男性に話しかけられたり触られたり誘拐されそうになった。
だから兄貴がいつも守ってくれて、そんな強くて男らしいところに憧れた。オレも強くなりたいと思って空手を始めたが、今度は空手道場で貞操の危機に陥りやめた。その後は女性が指導している護身術教室に通い、なんとか最低限身を守れるようになった。
成長するにつれて変態の数は減っていったけど、今度は同年代からも狙われるようになった。女の子ならまだマシだが、男友だちだと思っていた奴にもそんな奴がいて人間不信になりかけたこともある。
そんなときにオレの心を癒してくれたのは、幼女だった。まだ穢れを知らない純粋で無邪気。
オレが警戒しないですむ、家族と親友たち以外で唯一心を落ち着けさせる事の出来る存在。
そのせいか、思春期を迎えてもあんまり同学年の女子には興味が湧かなかった。
付き合った子は童顔の子が多かったけど、彼女といるよりも雑誌に写っている幼女を見ているほうが幸せだった。
だけどあるとき気付いた。オレはオレを狙ってきた変態たちと同類なんじゃないかって。
その事がすごくショックで、これじゃあいけないと何度も雑誌を捨てようと頑張ったけどオレには出来なかった。
だからオレは人にはばれないようにひっそりと隠していたのだが、兄貴が堂々と変態的なことをしていて気持ち悪いと思った。
だけど自分も似たような事をしているのかと思ったら吐き気がした。だけどどうしても幼女や少女が好きなんだ。それなのに兄貴に八つ当たりして……。オレ、かっこわりぃ……。
深い溜息を吐いて自己嫌悪に陥っていると、沙耶さんの嬉しそうな声が聞こえた。
「末っ子にぴったりではありませんか!」
「……は?」
訳が分からない発言にオレは顔を上げた。
「……オレ、一応変態の部類に入っちゃうんだけど」
「それが良いのです! 容姿に恵まれ、幼い少女を恋愛対象としてみることが出来、それに妹の魔力に染まりやすい上に武器を扱うものに適正な身体能力までお持ちとは……完璧ではないですか! 空也さま、後生でございます! どうか末っ子の主となっては頂けないでしょうか?」
自分の変態性を暴露してヤケになっているにも関わらず、沙耶さんの熱心な肯定もなんだか辛い! 変態に可愛い妹を差し出していいのかよ!
オレは頭がいっぱいいっぱいだった。
兄貴が刀に欲情する変態だと思ったら実はその刀は絶世の美女で、逆に自分が変態だと暴露させられた。それなのにそれを肯定されて、しかも命の掛かった非日常的な誘いまでされ……。カオス過ぎる。
一人頭の中で一生懸命整理していると、沙耶さんがうなだれているオレの側にしゃがみ。寂しそうにオレに伝えた。
「末っ子には……名が無いのです」
「は? 名が無い?」
「はい。ソウル・アーマーは主から名を授かり、主が変わるときまでその名を使います。わたくしの今の名も、海斗が授けてくれました」
「そうなの?」
「ああ。名前を授けて初めて主として認められ、ソウル・アーマーは真の力を発揮出来るようになるんだ」
「へー」
「彼女は一度も名前を呼ばれた事も無く、真の力を発動できた事もない。それはソウル・アーマーにとって恥ずべき事。だからこそ早く主が欲しいのです。後生です、末っ子の主になってください」
沙耶さんが土下座をしそうな勢いだったので、オレは急いで止めた。
確かに名前がないのは、辛いだろうな……。ここまで必死に頼まれとかなり断りづらい。
いまだにオレが悶々と悩んでいると、兄貴はオレを落としに掛かった。
「ちなみに末っ子は色白金髪青目で天使みたいに可愛い女の子だ。ほら、ちょうどこの雑誌の表紙の女の子みたいな感じだ」
「なに……!?」
そういって兄貴が指したのは、真っ白なふわふわなフリルのドレスを可憐に着こなし、あどけない顔でじっとカメラを見つめている、オレのお気に入りのマリアちゃん。
なんてオレにドストライクな女の子なんだ! 見たい! とてつもなく見たい! だけど自分の命と良心の呵責で素直に頷けない!
俺が揺れてるのを見て、2人はもっと追い打ちを掛けてくる。
「慣れない人には冷たいですが、心を開くととても甘えん坊なのです。この間も主が見つからなくて癇癪を起こしてしまった後、わたしに泣きついてそのまま寝てしまいました」
「あれは可愛かったなぁ。それにオレにたまたまぶつかって紅茶をかけてしまったときも、『わたしはわるくないもん!』って怒って逃げたけど、後から『……このあじのアメ、いっぱいもってるからあげる』ってアメをくれたしな。しかも『べ、べつにさっきのことがわるかったとか思ってあげるわけじゃないもん! たまたまあるだけだもん!』って言い訳しながら真っ赤になってたのは可愛かったな」
「ツンデレか!」
大好物です! ツンデレな子に泣きつかれてみたい! アメもらいたい! 撫で繰り回してそっけなくされてからぎゅってしてもらいたい! そしてツンデレがデレデレになるのも見たい!
オレの中ではまだ見ぬ天使がオレに甘える所ばかり妄想してしまい、夢見心地だった。
「まあ、行けば分かるさ」
「うわっ!」
兄貴はオレの腕を引っ張って立ち上がらせた。
「沙耶、武器にもどれ」
「はい」
沙耶さんは返事をすると、再び発光してきれいな刀に戻った。そして兄貴は沙耶さんを鞘に収めず、ジーパンの尻ポケットに丸めて差し込んでいた古めかしい地図を取り出し床に広げた。それは世界地図のようで、オレのベッドの半分ほどの大きさだった。
「何これ?」
「俺の行ってた世界の世界地図」
「で、なに? この世界の説明でもするのか?」
「いや、帰る」
「はぁっ!?」
兄貴は床に広げられた地図に刀を突き刺した。
「な、何してんだよ! 床に穴開けんな!」
「大丈夫だ、穴は開いてない」
兄貴は刀をずぶずぶと地図に沈めると、地図の上で刀をかき回した。何故か刀は水をかき混ぜるように滑らかに動いている。そして右回りにかき回し続けると、それはまるでタブレットのように地図に書かれていた図はどんどん拡大されていって、兄貴は刀を使ってとある場所までもってきた。
「……城?」
「ああ。さ、それじゃあ今から末っ子のいる城に行くぞ。空也も来い」
「お、オレ行くなんて一言も言ってねぇぞ! それに学校とかどうすんだよ!」
「今は気にするな。とりあえず行くぞ」
「だからオレは行かないって!」
「そんな事いうと末っ子が泣くぞ?」
「うっ!!」
瞬時に俺の頭の中で天使がぽろぽろと涙を流し始める。胸が痛い!
オレの様子を見て兄貴は笑った。
「俺はお前が変態だろうと無かろうとどっちだっていいんだ」
「え?」
「空也は空也だ。今まで変態から好かれて自分も同類なんじゃないかと思って苦しんできた。だけど例えお前が変態だとしても認められる世界もある。そして重要なのはお前がそれを望むか、望まないかだ。それは末っ子に会ってから決めればいい」
「兄貴……」
「さあ、行くぞ」
「うわあっ!!」
兄貴はオレが感動している隙を突いて地図の中に蹴落とした。
読んでくださり有難うございます。
ありがちな設定ですが、説明が長くなってしまったので後編に続きます。
次は幼女の登場です。