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苺のジェラード大作戦

作者: 天川さく

苺のジェラード大作戦


                     天川てがわさく


 ショーケースに苺のジェラードが並んでいた。ピンク色に苺のつぶつぶが入ったやつだ。それを店員に無理を言ってウサギ型に盛り付けてもらった。数人のサクラ客に持たせて通りを歩かせる。

 待つこと数分。

 思惑どおり、ヤツは来た。

 ヤツは今日も変わらず、ピンクのスーツに蝶ネクタイを締めている。目を引く垂れ目をさらにさげて「これはこれは」と弾んだ声を出した。

「なんと愛らしいジェラードでしょう。これを食べずしてこの街を去ったらわたしの名折れですね。お嬢さん、ウサギ型の苺ジェラードを三つください」

「どうやって三つ持つんすか、先輩」

 音色は垂れ目男、マッドの背後から声をかけた。マッドはわざとらしそうに目を見張る。

「おやおや、久しぶりですねえ。ではひとつはキミに持っていただくとしますか」

「お姉さん、ありがとう。もうウサギ型にしなくていいから。俺には抹茶のジェラードを」

「やはりキミの差し金でしたか。キミの姿を見た瞬間に確信しましたよ」

「俺に嫌がらせをされる心当たりがあるんすか?」

「そりゃあもう、山ほどあってなんのことやら」

「……自覚があってなによりですよ」

 音色は伸びた赤髪を乱暴にかき上げた。


 **


 おかしいと気づいたのは一年前だ。

 研修を終えて半年後、どうも他の社員の様子が妙だった。馴れ馴れしい。新入社員である音色に旧知の間柄のような気安さで接して来る。

 最初は社風かと思った。そうではないと気づいたのは、マッドから『くれぐれも接触しないように』と訓示されていた技術開発部員のダブルがカフェの隣の席に座ったときだ。

 白衣を着たショートヘアで半ズボンの少年は音色にえへへと大きな瞳で笑いかけた。

「感動だなあ。やっと音色くんとお喋りする機会ができたよ。お近づきのしるしにコレをあげる」

 ダブルは何やら小型装置を音色のジャケットのポケットに滑り込ませようとした。音色は本能で飛び退いた。

「んも~。人の親切はありがたく取っておくもんだよ。そうだぞ。この『コンペイトウ型煙幕剤』はめちゃくちゃ便利なんだから」

「そもそも技術開発部員は部内から外出禁止でしょうっ。どうやってここにっ」

「え~。ぼくをオレを誰だと思っているんだ。そんなセキュリティの四つや五つ、突破できないわけがないだろうが」

 ダブル、と言う名前が二重人格を表すコードネームであったことを思いだし、音色は一刻も早く立ち去ろうとした。

 その音色にダブルは駄目押しのように「せっかちさんだねえ~」と肩をすくめる。

「高校生のころはずいぶんと可愛げがあったって聞いていたのにな。ああ、どんなイジメに遭っても他人と関わるのを厭わなかったとか」

 どうしてそれを知っている?

「画さえ描いていれば幸せで、お兄さんの作ったメンチカツが大好物だったんだよね」

 だからどうしてそれを知っているっ。

 立ち尽くす音色にダブルのほうが怪訝そうな顔になる。

「え? ひょっとして知らないの? 海くんはずいぶんとうちの手伝いをしてくれていたんだよ? 民間人の癖に、社員じゃないのにね、奇特なヤツだ。お人よしもすぎるよねえ。えへ」

 兄の名前が出て顔が強張る。兄は──音色が大学二年のときに事故死した。その兄を……どうしてこいつが知っているんだ? 

「……本当に何も知らないの? 今の今まで? 十年近く? そいつは」

 とダブルは両手をひろげた。「ずいぶんとおめでたいヤツだな」


 **


 マッドはいきなりひゃっひゃっひゃと笑い声を上げた。

「つまり、すべてがバレたということですか。わかっていますよ。今までバレなかったことが奇跡です。追及されたら面倒だと思って逃げ回っていたのですが。そんな必要はありませんでしたか」

 こいつ、と音色はマッドを睨んだ。この一年、同じ部署でありながらまったく会う機会がなかったと思ったらそういう意図があったのか。

「そうですよ? キミのお兄さん、海くんにはいくつか仕事を手伝っていただきました。海くんと時子さんが出会うきっかけを作ったのもわたしで、『彼女を頼む』的なことを言ったのもわたしです」

 時子の名前がでて音色は唇を噛んだ。俺は……あの人がマッドの同僚、すなわち将来の自分の同僚に当たることすら知らなかった。知らないまま、失ってしまった。文字どおり死別だ。

「会長が本当にキミをスカウトするとまでは思っていませんでしたが」

「じゃあ、会長もずっと俺のことを知っていたんすか」

「当然でしょう。音を色で見る力。共感覚。キミのその力、誰もが持っているわけではないんですよ、コードネーム『音色』くん」

 だったら、と音色は語気を荒くする。

「最初に会ったとき、さも初対面みたいに接したのはどうして。確か『わたしがキミの研修係になったからにはすぐにベテラン並にしてさしあげましょう』って言いましたよね」

「なったじゃないですか。感謝で胸がいっぱいですか?」

 音色は拳を震わせる。ここまで開き直られるとは。音色の口元に笑みが浮かぶ。さすがだ。

「ウチへ時子さんが来た晩に、俺が風呂に入った隙にやってきたのは」

「わたしです」

「ダウンバースト騒ぎがあったとき、兄さんと一緒にいたのはあんたか?」

「懐かしいですねえ」

「つまりは、先輩は十年前から俺の性質を知っていたってことですよね。その上でまるで初めて知ったかのような反応を研修期間中ずっとしていたと」

「キミの能力を最大限に引き出して差し上げたでしょう? 十年前から調べていた甲斐があったというものです」

 あ、あの、と店員が苺のジェラードを差し出していた。音色は、ありがとう、と受け取る。そして、振り向きざまに、ジェラードをマッドの顔に押しつけた。

 ジェラードがマッドのスーツに滴り落ちる。さぞ面食らっただろう。いくらか気分がすっとした、と思ったところで音色の眉が曇った。マッドが笑みを浮かべていた。しかも苦笑だ。

 ……この人、実はめちゃめちゃいい人なんじゃ? わざと悪役を買っているんじゃ?

 マッドが店員から抹茶色のジェラードを受け取り音色に差し出した。反射的に受け取って音色は口に含む。刺激的な味が脳を突き破った。ワサビ味のジェラードだった。

 身悶えて音色は目尻に浮いた涙をぬぐった。……そうか。そうか。兄さんもこんなふうにこの人にやり込められていたのかもしれない。

 音色はマッドに顔を上げた。にやりと笑って見せる。いいっすよ。これでチャラにしましょう。

 音色はワサビ味ジェラードを満面の笑みのまま食べ切って見せた。


                    (了)

 春だなあ。苺だなあ。ジェラードだなあ。ジェラードといえば、アイツだな。と衝動的に書きました。拙作のほかの作品(『終焉のソースヤキソバ(文芸社セレクション文庫)』『海のリーゾンデートル(いるかネットブックス)』)と合わせてご覧になると、より楽しんでいただけます。

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