働くまでの一歩
「今月分の給料? さっき君のお姉さんが受け取っていったよ」
高校からの帰り。
一ヶ月分の給料を受け取りに、バイト先まで来た俺に向かって放たれた店長の言葉。
それは、姉という金食いに一ヶ月分の努力が全て持っていかれたという、残酷な店長のワードだった。
両親を失って早五年。
当時十二歳だった俺を育てる為、姉は大学行きを諦めて就職した。
そこは男社会の会社で、姉は小さいセクハラを受けていた。
それが直接的では無いにしろ、姉のストレスは見て分かる程に蓄積されていった。
そして俺が高校二年に上がると同時に、セクハラしてきた課長の顔面を蹴り飛ばし、会社を訴え、見事慰謝料を得た。
その日から姉は、ニートを始めた。
帰宅した俺が目にしたのは、ビール瓶を抱いて幸せそうに涎を垂らしている美人の寝顔だった。 ってか、酔い潰れた姉だった。
「姉さん、寝るなら布団で……酒臭い」
とりあえずビール瓶を引っぺがし、台所に置いておく。
次に姉さんをお姫様抱っこして、部屋まで連れていく。 にしても、酒臭い。
敷き布団に姉さんを寝かせる。 これ、枕に酒の臭いつかないよな?
「んぁ〜、ユキヒロォ?」
「そうだよ、姉さん」
姉さんが目を覚ました。
頬を染め、潤んだ瞳の二重攻撃は、酒臭くなければときめいてしまっただろう。
「もぅ! 姉さんじゃなくてお姉ちゃんでしょう? 可愛げがないんだから」
「二十代前半の大人がなに言ってんだ」
「むぅ、女性の歳のことを言うなんて!
ユキヒロのそういう、デリカシーが無いところが駄目だと思う」
「人の給料で、ここまで酒臭くなるほど飲んだ姉さんに言われたくない」
「……怒ってる?」
怒らない筈が無い。
一ヶ月頑張って稼いだ金が、一日で酒に消えてしまったんだ。
「怒ってないよ」
「ほんと?」
安心させるように頭を撫でると、心地良さそうに目を細めた。
「ほら、早く寝な? そして明日の朝、二日酔いの頭痛に悩まされるが良い」
「う〜、痛み止めあったっけ?」
「後で買ってきておくから」
「うん、ありがとっ」
もう一度頭を撫でて、部屋を出る。
あの感じだと、明日まで大人しく寝てくれそうだ。
一番厄介なパターンは、中途半端な酔い方をして、暴力に走ることだ。 だから、姉さんが酒を呑む時はとことん呑ませないといけない。
「夜ご飯はコンビニ弁当だな」
溜息を一つ。
せっかくの給料だったから、二人で焼肉でも食いに行こうかと思っていたのに。
「仕方ない、また明日からバイト頑張るか」
そうして俺は、貯金箱の五百円三枚をポケットに突っ込み、家の鍵を握って玄関へと向かった。
この時の俺は、気づいていなかったのだ。
そう……給料無いのに、明日からどうやって生活するのか、ということに。