3.夏休みとデート
女の子が苦手なヘタレでも、フェミニストなんで、デートはしますよ?
夏休みに入ると、世間一般の例にもれず、俺達…俺と礼の彼女…篠原皐月嬢は、『デート』なるものを、結構頻繁に行っていた。
部活に入っていない俺は、宿題の事さえ抜きにすれば、お互い気楽な一年生。
時間は腐るほど(?)ある。
――まぁ、俺の成績は、ただ授業を聞いて、遊んでいるだけで、進級させてもらえる程、出来は良くない。
幼馴染みの『置き土産』…あのふざけたタイトルがついたアレだ…のお陰で、今の所危なげない成績をキープ出来ているが、油断大敵。
何と言っても、『名門進学校』という謳い文句は、伊達じゃない。
そんな訳で、取り敢えずお互いを知る事から、真面目に始めてみたのだが…。
交際ってゆく内、俺は初対面で感じた既視感の正体に気が付いた。
――解ってしまえば、笑える程、単純な話だった。
彼女は、『市ヶ谷』に似ているのだ。
良く良く見れば、顔の造作から、ちょっとした仕草、性格…男女の違いからくる微妙な違いを抜きにすれば、兄妹か…双子と言っても良い位、不思議なほどにダブって見える。
これはもしかしたら、かなり彼女に失礼かもしれない。
デートの最中に、寮の同室者…それも男の…との類似点を見つけて、感心しているなんて…!
だが、これがなければ、俺は彼女と交際おうとは思わなかっただろう。
ぶっちゃけた話。
俺は、ちょっと女の子が苦手だった。
――一番身近に居た女が、あまりにも……否、これ以上は怖くて言えない。
とにかく!
幼児体験から来る苦手意識から、俺は恋愛以前に、女の子に対して及び腰だった。
――だが、彼女の場合は違った。
きっかけはどうあれ、俺は彼女の事を知るにつけ、どんどんと気が楽になってゆく感じ感じがした。
市ヶ谷は、今最も俺の心に近い場所にいる人間だった。
寝起きを共にし、常に学校でも、私生活でも、傍に居る。
こんな存在は、幼馴染みの『和馬』以外では、初めてだった。
つまり、その幼馴染みがいない今、最も気を許せる存在――その市ヶ谷に、彼女は似ているのだ。
それだけで、気構えが違ってくる。
そして、彼女の性格が、殊の外、さっぱりしていて、明るく、気さくで、何かと気が合った。
ハッキリ言って、申し分のない女の子だっと思う。
女の子と話し慣れていない俺が無口になり、つまらない思いをするのではという危惧も、杞憂だった。
ほんの些細な事でも、彼女は良く笑い、俺もそれに釣られて笑っていた。
――日を追うごとに、市ヶ谷といりう様な気分が強まり、同時に、やはり別人である現実を実感する。
それでも、思ったより彼女との『デート』は、愉しい時間だった。
「―――ね、渋谷さん。……?渋谷さん??」
「え…………?」
一瞬自分の世界に閉じこもってしまっていたようだ。むむ、いかん、いかん。
遠ざかっていた周囲の喧騒が、不意に耳元に戻って来た。
「もう。どうしたんです?ぼんやりしてて、聞いてなかったとか?」
「悪い、悪かった!……で?何だって?」
素直に謝ると、彼女は気を悪くする事なく、にっこりと笑って、もう一度同じ話を繰り返してくれた。
「あのね、夏休みが終わったら、渋谷さんの学校は、体育祭より先に、文化祭があるでしょ?……その日程が決まったって聞いたものだから――」
「―――情報が早いな」
俺は最近頓に激しくなった、彼女と市ヶ谷との面影ダブり現象を、必死に頭から追い出しながら、正直、感心してしまった。
真面目な話、うちの学校は、人間で言うなら相当『人が悪い』部類に分類される。
故に、学校行事の日程などは…特に外部から人がくる『文化祭』に関して、異常な程の情報規制が行われているのだ。
内輪で楽しむのに、無駄を省く為――兎に角、『突然』が…否、人を驚かせる事が、殊の外好きなのだろう。
ついでに言うと、文化祭は『チケット制』で、父兄さえ、突然舞い込んでくるチケットによって、開催を知る程なのだから、筋金入りである。
そんな具合なのに、生徒の身内でもない…隣の敷地とは言え、他校生の皐月が何故事情に通じているのか?
まだ、九月にもなっていない、夏休みの段階で?俺だって詳しい日程は、知らされていないというのに…。
俺があんまり不思議がると、彼女は悪戯っぽく微笑って、あっさりと種明かしをしてくれた。
「私の情報源は、友達なんです。友達は、渋谷さんの学校の人とお交際いしていて、その彼から聞いたんだそうです。――うちの学校内では、結構そちらの学校の情報が、とても早く伝わる様ですよ?」
既に伝統化したネットワークが、互いの学校間にはあるらしい。
特に、皐月の学校の方は、エスカレーター式の幼稚舎から短大までの一貫教育を行っている為、生徒間の結束が固い上、情報の伝達が非常にスムーズにおこなわれるのだとか。
皐月もご多分に洩れず、幼稚舎から、筋金入りの内部進学者である。
長年の近所づきあいによる情報漏洩は、しかし不文律によって、女子校外に洩れることは絶対にないのだそうだ。
所謂、『持ちつ持たれつ』というやつだ。…上手くできている。
(『彼女』の前では、どんな奴も、お口がラーマになるらしいなッ!)
とは言え、今こうして俺も『彼女』に対して口止めする気もないし、情報を漏らさないと言う選択肢も考えていない段階で、皐月の友人の恋人の男を笑えないし、情けない奴と、詰れる立場でもなかった。
「それで……チケット制だと聞いたので…その―――」
躊躇いがちに口籠り、彼女が上目遣いにチロリと俺の事を見て来た。
皆まで聞かずとも、はは…ぁんと、鈍い俺でも、流石に彼女が何を欲し、躊躇っているのか、察しがついた。
本来ならば、俺から言い出すべき事だったかなとも思いつつ、それよりまるで、子供が物を強請る時良くする表情だな、これ…軽く傾げた細い項、小さな頭、円らな眸、物言いたげな口元……なんか、思わず口元が綻ぶくらい……可愛らしい――。
「チケット…やろうか?」
「いいの?」
案の定、彼女は俺の申し出に、パッと表情を輝かせた。
予想通りの反応に気を良くして、さらに口元が緩む。
コロコロと良く変わる表情。――誰かと同じ。
「ああ。渡すのは、新学期に入ってからになるけど…」
「―――どうかした?」
俺―――?
自覚のない俺が、『?』てな表情をすると、皐月嬢は妙にソワソワしながら、頬を染めた。
その反応に更に俺の中の『?』が否増す。すると。
「私の顔に……何かついてますか……?」
「あ……!」
何たる事か…!ついつい彼女の顔を、注視し過ぎていたらしい。
「いや、別に―――ただ…」
「はい?」
慌てるあまり、俺はこの時、言葉を選び損ねた。
いつも考えている事が、つい口からポロリと―――。
「君が俺の友人によく似てるもんだから…つい……」
「お友達?」
そこで、はっと俺は自分の失態に気付いた。
彼女が言葉の示す意味に気がついて、奇妙な顔をする。
「―――それって、男の人…ですか?」
「あ………え~と……そう、だ」
ああ、もっと複雑な顔になって、考え込んでしまっている。…当たり前か。
途轍もなく女の子に対して、今の発言が失礼であったと、鈍い俺でも解っている。
だから今まで口にしなかったものを……!
だが、『今更』である。
出てしまった言葉は、取り消しがきかない。
ちょっと…かなり……反省。
だが、この件で自分の親友が、彼女の中で微妙な印象として残るのは嫌だった。
俺は色々焦りながらも、下手な誤魔化しを交えず、馬鹿正直に自分の中にあるものを言葉にした。
「俺の寮の同室者で、〝市ヶ谷〟って言う奴なんだけど……顔の感じや、表情がコロコロ変わるところなんかが、よく似てるんだ」
真実とは言え、更なる俺のこの発言に、皐月嬢は気を悪くするかと思いきや……なんと彼女は、驚きの表情を笑顔に変えたのだった。
「本当にその人…男の人なんですか?」
「なんてか…そうなんだが…外見だけを見れば、ちょっと見、女の子みたいに線が細い奴で……でも、中身はやっぱり男なんだな―――」
さらに混乱した俺の説明を聞いても、彼女はニコニコと笑っていた。
俺はその笑顔に、ホッとして―――それでつい調子に乗って、後から後から『市ヶ谷』の事を話しまくってしまった。
長いその話に合相槌を打ちながら聞いていた彼女は、最後に『そんなに似ているのなら、ぜひ一度逢ってみたいですね』と、何やら楽しげに笑って言った。
色々前振り長くてすみません。
次から、少しずつ動きだします。はい。