ゴールデンウィーク・ファーストネーム
アメリカの小学生「竜登と和人」のその後の話。
まずは竜登編。
エレメンタリースクールが舞台です。
☆ゴールデンウィーク
4月ももうすぐ終わる。
学校に行く支度を終え、母さんを待ちながら、オレは、来月のカレンダーをめくり、じっと見ていた。
ため息をつきながら。
4月の終わり、といえば、ゴールデンウィーク。
5月の3,4,5の三連休はもちろん、みどりの日、じゃなくて昭和の日だったか、名前はどうでもいいけど、とにかく休みがいっぱいある、夏・冬・春休みに次ぐ、楽しいときだ。
けれど、オレの見ているカレンダーには、土日以外の休日の表示がない。
不良品?いいや。
カレンダーは間違ってない。
だって、ここはアメリカ。
アメリカに、ゴールデンウィークは、ない。
学校についてからも、オレの気分は晴れなかった。
最近、こっちでの生活に慣れてきて、あまり寂しいと思うこともなくなったけど、なんか久々にホームシックかも。ああ、休みがほしいぜ。
「なにため息ついてるんだ」
日本語で話しかけられた。
ここで日本語を話せるのはオレの他には、和人しかいない。
和人は、金髪に緑の目で、見かけは完全にヨーロッパ人だけど、日本人だ。
英語も普通に喋るけど、日本に長く住んでいたから、いまだに日本語のほうが得意らしい。
「だってさあ、今は4月の終わりだぜ」
「そうだな、だから何だ?」
「何だ、って。お前忘れたのかよ、日本じゃもうゴールデンウィークが始まっているんだぜ。でもアメリカじゃなーんにもない、ため息も出ようってもんだぜ」
「ああ、そういや、そんなのあったな」
くそ、乗ってこない、こいつこういうところはアメリカ人だよな。
「でも、日本にいたときから、ゴールデンウィークって、あまり関係なかったな。幼稚園は休みだったけど、一時保育施設にいたから」
「え、お父さん休みじゃなかったのか、お母さんは?」
「どっちも米国の企業だったから、休みはなし」
「ふうん」
そうなのか。なんか、ちょっと悪かったかな。
「でもさあ、オレの誕生日だって、日本じゃ必ず休日なのに平日なんて」
「誕生日、5月だったな」
「そう、5月5日」
子供の日。毎年楽しみにしてるのに、こっちじゃ柏餅すら食べられない。
「ああ、それで竜登か、良い名前だな」
そう、鯉のぼりがオレの名の由来。でも、それを聞いたのはこいつからだった、なんか不思議だよな。
「あ、そうだ、8日に誕生会やるんだ、7日はさくら学園があるからさ、来いよ」
「ああ、もちろん。ところで」
日本語だから誰もわからないのに、和人はいきなり声をひそめた。
「ヴェーラは呼んだんだろうな」
「え、あ、いや、まだ言ってない」
「何してんだよ」
こづかれた。でもやっぱちょっと勇気いるっていうか。
「Hi、Verra」
ちょ、何呼んでるんだよ!
「What?」
机の下で、和人がオレの足を蹴った。何すんだ、痛いだろうが。
「あ、あの」
もの問いたげなヴェーラの黒い瞳に見つめられると、すごい緊張する。
「ええと、Please come to my birthday party.」
大きな瞳が見開かれる、通じたかな。
「Sure!」
やった、通じた、え、OK?
和人がこっちをみてにやっと笑った。
ヴェーラがにこっとする、ほんと美人だよなあ。
「Thank you so much, リュウト」
え?今「りゅうと」って言った?
今までずっとルークとしか呼ばれてなかったのに。
「どうしても本当の名前で呼びたいっていうから、この間からナイショで特訓してたんだ」
わ、マジで。なんかすごくうれしい。
「よかったな、気分上昇したか?」
「うるせー!」
オレは机の下で和人の足を蹴り返してやった。
だけど、たしかに。
アメリカの5月も悪くないかな。
END
続いて和人編
☆ファーストネーム
今日は4月最後の土曜日。
さくら学園にも大分慣れてきた。
思った以上にシチズンやハーフの子が多く、日本語で苦労している姿に驚く。
竜登によると「ここは日本の会社の少ない地域だから、えーと、なんだっけ、チュウザイインの子があまりいなくて、永住者の子がすごく多いから普段日本語あまり使ってないんだろう」ということだ。
オレが見かけに反して日本語が得意だとわかったせいか、作文の時間になると、しょっちゅう日本語表現を聞かれる。
例えば
「森川、雪が地面をcoverしてる、ってなんて書いたらいいんだ」
「coverは覆うだけど、この場合、地面は白い雪に覆いつくされていた、って書いたほうがいいんじゃないか」
「お、なんかカッコイイ」
まあ、こんな感じ。
そんなこんなで、今日の授業も終了。
日本語で授業を受けるのは思った以上に面白い、ここに来てよかったな、と思う。
竜登に感謝しなくちゃな。
「では、今日の漢字のテストを返します。満点は3人、秋山さん、榊原くん、森川くんです。はい、みんな拍手!」
担任の山口先生がそう言い、教室に拍手が起こる。やった、今回も満点。オレは隣りの席の竜登に親指を立ててみせた。竜登も返してくる。竜登はやっぱりエレメンタリーより、こっちにいるほうが生き生きしている。
大分英語に慣れてきたとはいえ、エレメンタリーだと、テストのときに問題文を理解するのに時間がかかってかなり損をしているからな。
20人のクラスメイトに次々と答案用紙が返されていく。その中にはため息をついている奴もいる。
「松下さん!」
オレの前の席の松下さくらが名前を呼ばれた。
答案用紙をみて、ため息はつかないまでも、首を傾げている。あまり芳しくなかったのかな。
次にオレの名が呼ばれ、受け取って席に戻る。
着席する前にちらっと見ると、松下さんはまだ首を傾げていた。
「では、連絡ノートとお知らせプリントを渡します。今日の日直は?」
竜登と、竜登の前の席の女子が手を上げた。
「はい、じゃあ、小林さんと榊原くんは先生と一緒にオフィスまでとりにきてください」
二人が立ち上がり、先生とともに出てゆくと教室が急に騒がしくなった。
先生がいなくなるととたんに騒ぎ出すのは、日本人もアメリカ人も変わらない。
と、松下さんが振り向いた。
「森川くん、テスト見せてくれない。どこが間違ってるのかよく分からないの」
「ああ、いいよ。どこを間違えたの、松下さんの見せてもらっていい?」
「うん」
点数は70点。間違いは3つ、うーん、惜しいな。
「まず、貿易の貿、下は目じゃなくて貝。それから、職員の職、点忘れてる。衛生の衛は、人偏じゃなくて行人偏」
「ああ、そうか。森川くん、スゴイね」
松下さんに尊敬のまなざしをむけられ、ちょっと照れる。こっちきてからも勉強してたのは無駄じゃなかったな。
「いや、それほどでも。6歳まで日本にいたし、本が好きだったから、漢字はわりと得意なだけ」
「でもすごいよ。あたし、あまり日本語得意じゃないの。気を抜くとすぐ英語が混ざっちゃう」
「松下さんはずっとロサンゼルス?」
「ううん、生まれはシカゴなの。お父さんのレストランがこっちにお店出すことになって、3年前にこっちきたんだけど、シカゴでは補習校に行ってなかったから、最初は大変だった」
「へえ、オレもシカゴ生まれなんだ。1歳になる前に日本に引っ越したから、記憶はないけど」
「えー、そうなの。いいところだよ。こっちも好きだけどシカゴも好き。ロサンゼルスは雪降らないから、クリスマスとか物足りない」
そんな話をしていると先生が戻ってきた。教室が静かになる。
もう少し喋りたかったな、ちょっと残念。
プリントとノートが配られ、来週の予定を聞いて、解散。
オレはバックパックを手に立ち上がった。
「ねえ、森川くん」
松下さんが話しかけてきた。
「なに」
「来週も漢字教えてくれる、間違えたところ」
「うん、いいよ」
「よかったー!じゃあ、約束ね、和人」
「あ、うん、え?」
「授業中以外では、そう呼んでもいい?」
「いいよ、もちろん」
な、なんかどきっとした。
いや、松下さんはアメリカ生まれなんだから、友達同士はファーストネームで呼び合うのが普通で、深い意味はないんだ、きっと。なに意識してんだ、オレ。でも、だったらオレも「さくら」って呼んでもいいのかな。
「あたしのことも、さくらって呼んでね」
やばい、本格的にドキドキしてきた。だから深い意味はないんだから、落ち着け。
「おーい、和人!」
出口で竜登が呼んでいる、もう行かないと。なんか名残惜しい気がするけど。
「ああ、今行く!」
「外にいるから、あ、松下、また来週な!」
「うん、またね、榊原くん!」
え、榊原くん?てことは、ファーストネームで呼ぶのはオレだけ?
「じゃあ、また来週。まつ・・いや、さくら」
「うん、バイバイ、和人」
教室を出て、車に乗ってからも、まだドキドキは治まらなかった。
来週が待ち遠しい。
漢字、がんばらないとな。
END