合言葉
≪1≫
あの頃よく行ってた海辺で久しぶりに君と出会った。
そういえば、当たり前のように二人で歩いていたよね。
あの時は永遠を信じてた。
ずっと一緒だと信じて疑わなかった。
「ねぇ、合言葉を覚えてる?」
「もう忘れたさ。」
「だと思った。
懐かしいわね。」
「君はきれいになった。」
「あなたも素敵になったわ。」
「なつかしいな。」
「ええ。」
「お互いが幸せで何より。」
「そうね。」
「君こそ、合言葉を覚えてた?」
「もう忘れたわ。」
最初から合言葉なんてなかったなんて・・・
それは遠いきおく。
「君(あなた)に会えてよかった」
そう言葉を交わして、僕たちは別れる。
この先、今日みたいに偶然会うかもしれないし
会わないかもしれないし
それはお互い分からないけれど。
おたがい幸せにね。
今日からそれが合言葉。
≪2≫
「プリンアラモード!!」
「ぶっぶ~。ちがいます。」
「午後の紅茶!」
「それは先週までのでーす。」
「麻婆豆腐!」
「それはおとといの夕飯。」
「アンニン豆腐!!」
「それは昨日の夕飯。」
「お父さん、何やってるの?」
「合言葉、忘れちゃって・・・」
「はぁ~・・・まったく。
お母さん、“ただいま”」
「はい、おかえりなさい。」
合言葉、
それは帰宅の合図。
≪3≫
「合言葉を教えなさいよ!!!」
少女の悲痛な叫びが響く。
「何で・・・何で何でなんでなんでなんでなんで!」
「わたしは入っちゃいけないの・・・?」
握ったこぶしが震える。
「君はまだ入れない。それに、時が来れば教えずして知るだろう。」
ぽつりぽつりと涙を流す少女に真顔で男は答える。
「わたしも行きたいのに。」
なお言う少女に
「さあ、帰りなさい。長くここにいてはいけない。」
男は続けた。
少女が帰って少し後に、一人の老人が現れた。
「合言葉は?」
男が尋ねる。
答えた老人に、
「ようこそ。黄泉の国へ。」
男は笑顔で門を開いた。