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地獄のほう

作者: S9Z9
掲載日:2026/06/23

驚くべきことに、長年の謎だった死後の判定は、きわめて明快だった。


ムスリムは天国へ。

それ以外の者は地獄へ。


例外はない。


長年の宗教論争は終わりを告げた。


「なるほど、そういうことだったのか」


世界中の学者たちは肩を落とした。

そして、地獄行きが決まった人々は、覚悟を決めて死んでいった。


地獄には火の海が広がり、悪魔たちが待ち構えている。


……はずだった。


ところが。


「次の方、こちらへ」


受付にいた悪魔は、番号札を渡してきた。


「まず住民登録をお願いします」


「え?」


「混雑しておりますので、天ぷらはお一人二尾までです」


「天ぷら?」


見渡せば、巨大な都市が広がっていた。


レストラン。

図書館。

映画館。

病院。

公園。


なんと、歴史上の人類の大部分がここに集まっていたのである。


「ようこそ地獄へ」


悪魔は慣れた口調で言った。


「人口が多すぎて、拷問なんてやってる暇がないんですよ」


実際、悪魔たちは忙しかった。


上下水道の整備。

交通整理。

福祉制度の運営。


なにしろ数千億人を管理しなければならない。


「昔は火あぶりとかもやってたんですけどね」


悪魔は書類をめくりながら言った。


「予算が下りなくなりまして」


「予算?」


「人手不足なんです」



一方、天国。


人口は地獄の百分の一にも満たなかった。


果物は豊富。

川には蜜が流れ、

豪華な宮殿が立ち並ぶ。


しかし。


「……」


住民たちは暇を持て余していた。


科学者がいない。


音楽家が少ない。


小説家がいない。


映画監督もほとんどいない。


「新作映画はまだか」


「前回から二百年待っている」


「監督が一人しかいないからな」


「しかも完璧すぎて、全部似たような話だ」


天国新聞の一面には、


『チェス世界大会、五万年連続で同じ優勝者』


という記事が載っていた。



地獄。


「おーい、次の交響曲できたぞ!」


「こっちは火星移住計画だ!」


「江戸落語復活祭やろう!」


「恐竜を再現して動物園を作ったぞ!」


「ラーメンとピザの融合料理が完成した!」


人口が多い。


価値観も多様。


意見の衝突もある。


失敗もある。


喧嘩もある。


だが、だからこそ退屈しなかった。


悪魔たちは頭を抱えていた。


「なんでみんな楽しそうなんだ……」


「苦しませるのが仕事なのに」


「クレームが多いですよ」


「何の?」


「Wi-Fiが遅いとか」



ついに悪魔たちは最高責任者のもとへ向かった。


「申し上げます」


「なんだ」


「地獄が、地獄になっておりません」


最高責任者は長い沈黙の後、ため息をついた。


「そうか」


「いかがいたしましょう」


「仕方あるまい」


「火の海を増やしますか?」


「いや」


最高責任者は言った。


「名称を変更しよう」


「名称?」


「実態に合わせるのだ」


「では……」


「うむ」


最高責任者は判を押した。


翌日。


地獄の入口の看板は、


『共同創造区』


と書き換えられた。


そして元の天国の入口には、


『永遠安息区』


と掲げられた。


以来、人々はこう言うようになった。


「どちらが幸福かは、名前だけではわからない」


もっとも。


この言葉を最初に言い出した哲学者も、地獄の住人だったという。∎

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