半端過ぎる告白の全文とその後
「うららかな春の日差しの中で、奇しくも王立学校一〇〇回生となるわたし達の卒業の日を迎えました」
リレッテン王国の最高教育機関は王立学校である。
その講堂で卒業生の総代として、生徒会副会長トレイシー・ハンクスムーン侯爵令嬢が答辞を読み上げている。
鈴の鳴るようなと形容されるトレイシーの声であるが、今日は気が高ぶっているのか、やや上ずっているようにも聞こえる。
「わたし達を教え導いてくださった先生方、支えてくださった父兄の皆様、ついて来てくれた後輩達に。まずこの場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとうございます」
頭を下げたトレイシーの銀髪がさらりと垂れる。
ほうと、感嘆の声が漏れた。
トレイシーは学業成績の優秀さだけでなく、美貌でも知られる令嬢であるから。
「目を閉じると在学していた六年間、さまざまなことがあったなあと、思い浮かぶのです。走る白骨人体模型事件、鳥人間墜落事件、校庭の大樹倒壊事件、トイレのフローラさん拉致事件、焼きイモ火事未遂事件、一三階段捏造事件、文化祭クーデター事件……」
皆結構話題になった事件だ。
新聞記事にも取り上げられたから、全く知らないという者はいないようだ。
ああ、あの時は後始末が大変だったという思いが関係者の心に駆け巡った。
「その全ての事件の原因となっていたのが、ただ一人の人物でした。そう、生徒会長である王弟ガウェイン殿下です」
直前に送辞を読んだ、王の末弟ガウェインに視線が集中する。
ガウェインもまた堂々とした優れた人物であるが、因果な宿命を持っていた。
率いた組織がハプニングに巻き込まれてしまうという、呪いにも似た神のいたずらの体現者なのだ。
だからガウェインに重要な組織を任せることはできなかった。
しかしガウェインに何もさせないというわけにもいかなかったのだ。
何故ならその場合、神のいたずらがどういう形で噴き出すかわからなかったから。
宮廷魔道士により報告されたことによれば、ガウェインはトラブルの要素を集めて消費する才能があると言い換えてもよかった。
ガウェインがアクシデントを起こせば、その分他が平穏になる理屈だ。
試験的にガウェインが王立学校の生徒会長になったが、これがハマリ役だった。
学校で何が起きようと、国全体から見れば大したことはない。
校長や理事長に比べれば権限が限定されるせいか、派手な事件が起きても大したケガ人すら出ない。
生徒は危機に対処する経験を得られる。
いいことばかりだった。
「もう会長なしでは物足りない身体になってしまいました。どうしてくれるのですか」
色気のある冗談に笑いが出る。
ただ会長がいなかったらつまらなかっただろうなあというのは、卒業生全員に共通する思いだった。
事件が起こり皆で真剣に対処したこと。
それは卒業生達の記憶を形成するかけがえのないパーツだったのだ。
「自分としては焼きイモ火事未遂事件が印象的でしたね。火に巻かれて逃げ道がなくなったところに会長が飛び込んできてくださって」
焼きイモ火事未遂事件については知っていても、それにトレイシーが深く関わっていることを知らない者が多かったらしい。
驚きの声が上がる。
会長やる時はやる。
「君は空気を制御する魔法を使えるだろう。空気を取り除けば火は消えると、冷静に言われたのです」
トレイシーが風属性の魔法使いであることは有名だ。
高位貴族の令嬢でなければ勧誘するのにと、宮廷魔道士長を嘆かせたエピソードも。
トレイシーが優秀とされる所以の一つでもある。
「わたしは慌てていて、その程度のことも思いつかなくて。わたしが助かったのは会長のおかげなのです。絶対に恩返ししようと思いました。最終学年で生徒会副会長になり、会長を補佐する仕事ができたのは、王立学校在学中一番の思い出です」
トレイシーがやや上方に視線を浮かべた。
何かを思い出すように。
「思えば六年間はあっという間でしたね。様々な経験をし、解決し、皆で笑い合い。大変濃密な時間でした。これは卒業生全員に共通する感覚だと思います」
頷いていたのは卒業生だけではなかった。
生徒は事件慣れしているとも言う。
視線を在校生に向けたトレイシーは、少し話題を変える。
「皆さん、王立学校の校訓を覚えていらっしゃいますか? 『挑戦せよ、観察せよ、相談せよ』です。わたしは『相談せよ』が最後に来ているところが意味深だと思っているのですよ。相談だけは一人でできませんからね」
頷く人多数。
改めて言われるとその通りだった。
「わたしには会長という相談相手がいたのです。恵まれた環境でした」
おいおい、先生は相談してもらえないのかよ。
会長も副会長も真面目だから学校ではそんな素振りなかったけど、実はあの二人怪しいのでは?
そう言えばお似合いだ、という雰囲気になってきた。
「在校生の皆さん。あなた達も自分だけで解決しようとしないで、相談することを忘れないでください。去り行く先輩からのアドバイスです」
トレイシーが会場全体を悠然と見渡す。
そして一点で視線を止めた。
「会長、あなたに出会えてよかったです。志高く王立学校を守り続けるあなたは素敵です!」
最後の日だからか、副会長は覚悟を決めたらしい。
これもう愛の告白じゃね?
と皆は思ったニヤニヤ。
「会長の送辞は素晴らしかったです。感動しました。去年の送辞と一字一句同じでしたね」
そこに感動するのかよ。
毎年同じ送辞を使い回しているなら慣れもするわ。
いや、大体毎年送辞を読むというシチュエーションがおかしいからね?
「今後わたし達は、それぞれの道を歩んでいきます。苦難が立ち塞がろうとも、王立学校での経験を生かし、校訓を思い出し、乗り越えていこうと思います。皆さんも応援してください」
コメディーパートから一転シリアスへ。
トレイシーはさすが。
聴衆もそろそろクライマックスだと感じた。
「創立百年を超えた王立学校のますますの発展と隆盛を、わたしは信じております。
そしてこれをもって、答辞といたします。本当にありがとうございました。卒業生代表、トレイシー・ハンクスムーン」
割れんばかりの拍手がトレイシーを包む。
思いついたようにトレイシーが片手を上げ、講堂内の人々を制した。
何だろう?
「最後にもう一つだけ。会長はずぼらで面倒くさがりなところがあって、本当にしょうがない人だなあと思うこともあるんですよ。でも憎めない、決断力のある人でした。会長がいない学生生活を考えると、色彩が半減してしまいます」
卒業生と在校生が全員頷く。
教師は苦笑いしている者も多いが。
「会長はこれからも王立学校の生徒会長であり続けるでしょう。会長には感謝の気持ちで一杯です。個人的な思いですが、声を大にして言いたいことがあるのです」
これまでの答辞の内容で、誰もが気付いていた。
トレイシー・ハンクスムーン侯爵令嬢が会長こと王弟ガウェイン殿下を好いていることに。
ならばトレイシーはその思いを爆発させるだろうと。
「だから私はこの学校が大好きです!」
そこは会長が大好きですでいいやろがい、と卒業生在校生先生父兄が全員思った。
トレイシーは案外恥ずかしがり屋さん。
◇
――――――――――後日談。
卒業式から三日後、ガウェインとトレイシーは結婚した。
えっ? 告白すら中途半端だったんじゃない?
そのあまりに早い展開に皆が絶句したが、ガウェインの説明した理由にはさらに唖然とした。
「補習が詰まっているので、今後はしばらくスケジュールが空かなくてな。仕方ないので結婚を前倒しにした」
補習が残っているのか?
ああ、会長はずぼらで面倒くさがりなところがあるって、トレイシーが言ってたな。
急なことで近親者の時間さえ取れず、新聞記者のみが出席した結婚式は、却ってガウェインとトレイシーらしいと言われた。
翌日の新聞記事にこうある。
恥じらうガウェイン殿下を見つめるトレイシー嬢の微笑は、まるで聖母のようだったと。
会長が恥じらうんかいという声が、あちこちから聞こえたとか聞こえないとか。
お前ら案外似た者夫婦だな、と。
ガウェイン二四歳、トレイシー一八歳の春だった。
最後までお読みいただき大変感謝です。




