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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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オススメ短編・中編

「白い結婚なんてやめておけばよかった」と後悔しても私には関係ありません。すべては女神の采配ですもの、旦那様

作者: 砂礫零
掲載日:2026/02/04

「白い結婚だなんて、言わなければ良かった……!」


 女王陛下の懺悔はいつも、この言葉から始まります。


「どうか聖女ソフィア様! 私を、この地獄からお救いください……!」


「お苦しみはよくわかりますわ、モーガン陛下」


 わたくしは、足元に身を投げ出し震えている女王陛下を見下ろしつつ、慈愛を込めてうなずきます。

 ここルフェリ王国の女王、モーガン陛下は、守ってあげたくなるほどに儚げで、とても信心深いおかた。

 忙しい公務の合間にも、こうして中央神殿の聖女の間を訪れては、わたくしに懺悔をしてくださいます。

 ですが、わたくしの聖女の祈りをもってしても、女王陛下の苦しみを救うことは難しいのです。

 なぜなら、すべては女神ルフェリ様の決められたことですから……

 わたくしにできるのは、後悔にもだえ、むせび泣くモーガン女王の背をそっと撫でてお慰めすること程度なのです。

 そうこうしているうちに 「失礼する!」

 明るく凛々しい声。

 一般的な武人の3倍はありそうな、たくましい筋肉で覆われた大きな身体。

 ご夫君のバルトルト殿下が、きびきびとした足取りでやってこられます。


「愛するモーガン。君の信心深さは、ほんとうに素晴らしいよ。だが、もう行かなくては。支度せねば、夜会に間に合わぬぞ?」


 びくっ、とモーガン女王が震えました。


「ええ……」


 バルトルト殿下から目をそらし気味にか細く答えるそのさまは、まさに美しく繊細なガラス細工のよう。バルトルト殿下が溺愛されるのもわかるというものです。

 バルトルト殿下のその眼差し…… 「ああ好き好き好き、もう大好き! いますぐ食べちゃいたい!」 とおっしゃっていますわね。

 バルトルト殿下は、モーガン女王を大切な宝物であるかのように、そっと両腕で抱き上げます。


「僕のお姫様は、羽のように軽い」


「はっ、はなしてください! 自分で歩けます!」


「僕が、モーガンを抱いていたいだけなんだ。わがままを聞いておくれ、僕の天使」


 ああ…… 天才画家の作品から抜け出てきたような、美しくも微笑ましいカップルですこと。

 わたくしは、うっとりとおふたりを見送ります。

 と、バルトルト殿下がチラッとこちらを振り返りました。目が合い、わたくしはうなずき返します。

 わかっておりますとも ―― と、申しますか。

 すべては、ルフェリ女神様の采配なのですから。



 ことの始まりは、わたくしがこの国の王太子と結婚した夜でした。

 そのころのルフェリ王国の決まりでは、聖女は王太子と結婚することになっていたのです。

 ゆくゆくは、王妃として国を聖女の力で守護する…… そういう役目でした。

 ですが、王太子は自身の意思とはまったく関係のない婚姻を、とても嫌っておりました。

 それでも、わたくしは王太子を夫として愛し支えるつもりでおりました。

 王太子のほうにも、わたくしを国の決まりによらず妻として一個人として愛するよう努力する、という道は残されていたように思いますが……

 王太子は定められた結婚を呪うあまり、わたくしまでをも憎しみの対象としてしまったようです。

 その証拠に、王太子は婚約していたころから、わたくしをないがしろになさっていました。

 王太子としての公務を 『書類の下読み? 視察に慰問? すべて女の仕事だろ?』 とわたくしに押しつけながら、他のご令嬢がたとほうぼうの夜会に入り浸り…… 相手が王太子では断りにくいし、ご令嬢のみなさんにも迷惑だったんじゃないかしら。と、それはさておき。

 ともかくもついに結婚した、その夜のこと。

 王太子はわたくしを怒りと嫌悪のこもった目でにらみつけ、こう宣言されたのです。


「ソフィア! 私がお前を愛することはない! 『白い結婚』 を貫き、法にのっとって3年後には離婚だ! 私は真実、愛がある再婚をする!」


 …… ああ。やっぱり。

 わたくしも薄々は、そうなるのではないかと思っていました。

 しかしこうして、実際に宣言されると…… これまで聖女としての任務と妃教育とを必死で両立させ押しつけられた公務までこなしてきた、わたくしのその努力も忍耐も、すべてが虚しかったのだと…… そう感じてしまうのは、どうしようもありません。

 呆然としているわたくしを見て、王太子はあざけり、笑いました。


「それそれ、その絶望した顔が見たかったんだよ。これまで、どれだけ(いじ)めても取り澄ました聖女ヅラしかしなかったお前でも、さすがにショックだったみたいだな。あー、スッキリした!」


 わたくしの全身は、抑えようとしてもがくがくと震えてしまっておりました。まるで、足の下の地面がぱっくり割れて、果てしない奈落へ吸い込まれていくかのような心持ちです。

 ―― ああ…… どうしてこのひとは、聖女としての顔の陰には、普通の、ひとりの人間としての感情も、あるのだと…… そう考えてはくださらないのでしょうか。

 これまでに少しでも、考えてくださっていれば……

 いいえ。やめましょう。

 すべてはルフェリ女神様の采配です。

 王太子が真実の愛を求めるのであれば、それを一刻も早く叶えて差し上げるのが、わたくしの妻としての最後の務め。

 ―― その晩、わたくしはひとり、聖堂にこもり祈り続けました。

 ひたすら、夫となった人の真実の愛のために。


 明け方。

 わたくしは夢を見ました。

 虹を紡いだ髪に、片目に太陽を片目に月を宿された、(まばゆ)く光り輝くお姿 ―― ルフェリ女神様です。


『愛し子よ。そなたの祈り、聞き入れました。そなたの夫は望みを叶え、真実の愛を手に入れるでしょう』


 なんという、有難いことでしょう。

 わたくしの祈りが、ルフェリ女神様に届いたのです。

 わたくしはひれ伏し、女神様を讃え、感謝しました。

 

 次にわたくしが目をさましたとき。

 王城には、王太子の大絶叫が響き渡っておりました。

 続いて、臣下たちが忙しく右往左往する足音。

 その足音はやがて、わたくしがこもる聖堂へも近づいてきました。いったい何が、起こったのでしょう。


 現れたのは王太子の側近のひとりでした。


「ソフィア妃殿下! 王太子殿下に、大変なことが起こりました!」


「まあ、どうされましたの?」


「ご自分の目でお確かめください」


 わたくしは側近とともに、王太子の部屋に向かいました。


 王太子は、毛布を頭からかぶり震えていました。


「ソフィア! 助けてくれ!」


 吠える声も、昨晩のように威圧的ではありません。鈴を振るように可憐です。


「こんな、こんな姿になって! 生きていけるかあああっ」


「? 失礼しますわね、殿下」


「や、やめて……!」


「と言われましても、現状を把握しませんことには」


 わたくしは王太子の毛布をはぎとります。

 毛布の下から現れた、そのお姿は ――

 拝見したとき、わたくしは一瞬、ことばを失ってしまいました。


「まあ……! なんて……!」


「じろじろ見るな!」


「と言われましても…… 見事ですわね」


「ほめられても嬉しくない!」


「いえ、けなす要素がどこにもございませんもの」


 王太子はもともと細身のかたでしたが、いまは、胸のあたりで夜着のボタンが弾け飛び、まろやかな谷間が見えています。

 胸だけではありせん。ボディーラインも、細身のままであるにも関わらず、なめらかで曲線的なものに変化しておられます。

 もともと美しいお顔立ちは、より柔らかく優しくなり、きめ細かな滑らかな肌は、つい触れてみたくなってしまうほど。


「ほんとうに美しくおなりになって…… はぁぁぁ…… とても素敵でいらっしゃいますわ、モーガン様」


「感動するな! 私の()()()()()も、なくなったんだぞ!」


「と言われましても…… 白い結婚である以上、わたくしにはもう関係ないことでございますが」


 モーガン様の口から、墓場をさまよう亡者のごときうめき声が漏れました。

 絶望に彩られたそのお顔は涙で、あっというまにぐしゃぐしゃに濡れていきます。

 モーガン様はわたくしの足元に、くずれるようにすがりつきました。


「た、頼む、ソフィア…… お前の、いや、あなたの、聖女の力でなんとかしてくれ! お願いだ!」 


「と言われましても」


 わたくしはいまいちど、モーガン様の全身をじっくりと眺めます。

 ルフェリ女神様の至高なる力の気配があふれ、宝石のように輝き、鎧のように堅固にモーガン様を覆っている…… わたくしがごとき一聖女の力では、どうにもならないことは明白です。

 わたくしはモーガン様に、こう告げるしかありませんでした。


「すべてはルフェリ女神様の采配です」



 その後 ――

 神殿をあげての祈祷なども行われましたが、モーガン様が男性の身体に戻ることはありませんでした。

 わたくしとは、法令で定められた3年を待たずして離婚。

 子をなすための夫婦の営みが明らかに無理であり、かつ改善の見込みもないための特例措置です。

 わたくしとしても、特に異論はございませんでした。

 妃としてでなくても聖女として、ルフェリ女神様と国民のみなさまのために働くことは、できますから。

 それに、王太子を夫として愛そうと考えていたことも確かにありましたが、相手にその気がないのに愛を貫けるほどには愛していませんでしたし。


 わたくしは神殿に戻りました。

 妃教育と公務がなくなったおかげで、聖女となって初めて、好きなことをするゆったりとした時間を持てるようになりました。

 その時間でわたくしは神殿で預かっている身寄りのない子どもたちと遊んだり、一緒に料理したり、文字や計算を教えたりできるようになったのです。

 子どもが好きなわたくしとしては、嬉しい限りでした。

 もともと夫を持つことにも恋愛にもさほど興味がなかったので、そうしたことを経ずとも子どもたちを慈しめるのは、わたくしにとっては天国といっても良いでしょう。


 いっぽうでモーガン様は、王太子の身分には変わりありませんが、妃ではなくご夫君を求めねばならなくなりました。

 モーガン様が女神様の力で女性になられたことは他国の王族の間にも知れ渡っています。奇跡といえば聞こえはよいのですが、いわばこれは、得体の知れない事態。

 なるべく関わり合いになりたくない、という空気が流れるなかで勇敢にも名乗りをあげたのが、ザムザート帝国の第三王子、バルトルト殿下だったのです。

 なんでもバルトルト殿下は以前よりモーガン様に密かに想いを寄せておられたそう。

 叶わぬ恋に殉じるために王族から抜け、世俗を断ち生涯不犯を誓って神殿騎士となる道を選ぼうとしていたところでモーガン様の奇跡を知り、ご家族の反対を押し切ってモーガン様の元に駆けつけたのだとか。

 ああ……!

 これぞ、真実の愛と呼ぶべきではございませんこと?

 ルフェリ女神様の采配は、なんと有難いんでしょう。


 こうして、わたくしと離婚し真実の愛を手に入れるというモーガン様の願いはすべて、叶えられたのでした。

 ですが、どういうわけか、モーガン様は婚約していたときよりも頻繁に、わたくしの元を訪れてきます。

 当時と違うところといえば、ナチュラルにあふれていた傲慢さがすっかりと影を潜め、かわりにいつも憔悴(しょうすい)しておられることでしょうか。


 最初は、バルトルト殿下との再婚前。

「あ、あいつは……! 私の3倍は大きいんだ! そもそも男は恋愛対象じゃないんだ!」 と、真っ青に血の気の引いたお顔で訴えてこられました。


 次は、再婚後。

「あいつにも、白い結婚を提案したのに……! なぜ……! ソフィアと普通に結婚しておけば良かった」 と、内股歩きでやってこられ、しくしくと泣いていらっしゃいました。


 その次は、王位継承の式典後。

「衣装が重い! コルセットがキツい! おかげで何回も失神しかけたんだぞ!」 と、愚痴をおっしゃっていました。


 そのまた次は、めでたくお世継ぎを妊娠されたとき。

「つわりで…… 死ぬ…… なのになんで…… 原因を作ったあいつが…… 死ね……」 と、(のろ)いのことばを吐いていらっしゃいました。


 ほかにも、()()()()がつらいとか、セクハラ発言ムカつくとか、女なんか人生の罰ゲームだとか。その他もろもろの泣き言をおっしゃってこられます。


 その都度わたくしは、彼女の背を優しく撫で、励ましてまいりました。


「モーガン陛下。そうした理不尽を正せるのは、あなた様しかいらっしゃいませんわ」


 モーガン陛下は、わたくしの励ましを真摯に受け止めてくださったようでした。

 おかげでいまでは、当事者の意思を無視した政略結婚に、一方的な 『白い結婚』 宣言や婚約破棄、差別発言、家事労働の不公平配分までもが禁止され、女性にも男性と同等の権利が認められるなど ―― ルフェリ王国は近隣諸国のなかでも随一の、女性にも優しい国となっています。

 その効果でしょうか、あらゆる産業の生産も伸び、モーガン女王は稀代の名君とさえ呼ばれるようになりました。ああ、なんとご立派なのでしょう。


 なのに、モーガン女王の顔色はいつも冴えず、わたくしに後悔と苦しみばかりを懺悔してこられるのです。


「白い結婚だなんて言わなければ良かった……! どうか聖女ソフィア様! 私を、この地獄からお救いください……!」


「と言われましても。すべては、女神様の采配でございますから……」


「……っ! 激しすぎるんだよっ、あいつは!」


 ああ、ですが、モーガン陛下。

 いずれは、モーガン陛下にも伝わることでしょう。

 毎晩のようにモーガン陛下を腰が立たなくなるまで求められるというバルトルト殿下の、真実の愛の得難さと、尊さが。

 それこそが、わたくしとの新婚初夜にモーガン陛下が望まれたものだということが。

 なにしろ、かつてモーガン陛下を取り巻いていたご令嬢がたでさえ、バルトルト殿下の筋肉と愛情深さを、羨ましがっておられるほどですもの。


 そうそう。

 余談ながらバルトルト殿下も女王と同じく、とても信心深いおかた。

 プライベートでも、しばしば神殿に多額の献金をしてくださいます。

『間違っても、ゆめゆめ元に戻すことなきよう』 という、メッセージとともに。


 ご心配召されますな、バルトルト殿下。


 ―― すべては、女神様の采配なのですから……

読んでいただきありがとうございます!

普段は長編を書いています。残酷ザマァが好きなかたはぜひ、下のリンクボタンからどうぞ!

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― 新着の感想 ―
これは良いTSざまぁ。 男のままだったらずっとsiriを狙われていたのでしょうから、ある意味ハッピーエンドではないでしょうか?w
素晴らしき女神様の采配。自業自得で自分のやったことが返ってきただけのモーガン氏、名君と呼ばれるようにもなって民もハッピー、聖女と旦那さまと新旧配偶者も幸せにできて最高じゃん!笑
冒頭で、モーガン?男性?女王?は?え?…となりましたが…wwwwwwww ( ´∀`)b 女神様、ぐっじょぶ
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