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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第四章 若者たちへの試練

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第九十五話 糾明

承前


 ピオニル子爵は謁見室に向かった。子爵の裁断は本日最初の案件である。幸い国王はまだ出座しておらず、謁見室に入るに当たって名前を大声で呼ばれることもない。まだ人の少ない室内に入ると、子爵はそそくさと玉座の前の(きざはし)に進み、二段を昇るとそこで片膝を突いて待った。


 やがて陪席しようと通用口から入って来る物見高い貴族の数が増え、謁見室の両側に列を為した。監察正使スタイリス王子、副使クレベール王子以下の監察団一同もその前列に立ち並ぶ。見習であったユーキもその中にいる。訴人の一人であるクリーゲブルグ辺境伯は反対側に立っている。

 室内にはざわめきが満ちたが、ほどなく国王の出座を告げる侍従の声が室内に朗々と響き渡り、静粛に取って代わられた。一同が頭を下げる中、宰相を伴って入ってきた国王は玉座に座ると、階で跪き顔を蒼褪めさせて待っているピオニル子爵をたっぷりと時間を掛けて眺め回してから口を開いた。


「ピオニル子爵、久し振りだな。継爵の時以来か?」

「はい。御無沙汰致し、申し訳ございませんでした」

「他にいろいろと忙しかったのであろうな。社交とか、都大路の闊歩とか。止むを得んな」

「……」


 (はな)から皮肉を浴びせられ、子爵は何も返せない。その様子を見て国王は一つ溜息を()いて言葉を継いだ。


「今回の件だが、(あらかじ)め聞きたいことがある。監察の知らせをそちに送った時、なぜすぐに予の所へ来なかったのだ? 何かの間違いとかちょっとした勘違いであれば、すぐに釈明に来るであろうと期待しておったのだが」

「申し訳ございません。きちんと確認してから、と思いましたため」

「そうか。まあ良い。では、始めるか。宰相、監察正使、準備は良いか?」

「はい」「ははっ」


 宰相と正使スタイリス王子の返事を受け、国王は大きく頷いた。


「では、個別に一つ一つ進めるとしよう。まずはクリーゲブルグ辺境伯からの訴えの、領間の契約について問う。宰相?」

「はい、訴状では、クリーゲブルグ辺境伯領から小麦粉の支援を行う代わりにピオニル子爵領では小麦を領境の近傍には植え付けぬこと、その他の場所でも農民の自給分を超えぬこと、また領間では関税を取らぬこと、との契約が交わされているのが、(ことごと)く違背されたとしております」

「契約書は?」

「クリーゲブルグ卿が持参されております」

「これへ」


「はっ」


 クリーゲブルグ辺境伯が返事と共に進み出て契約書を宰相に渡す。宰相は受け取ると、ざっと確認して国王に差し出した。


「間違いなさそうです」

「うむ」


 国王も契約書を眺め回した後に宰相から辺境伯に戻させた。そしてもう一度階の上のピオニル子爵をぎろりと見た後に、横に立ち並ぶ監察団の中で最も自分に近く立つスタイリス王子に視線を流した。


「正使スタイリス、調査結果を報告せよ。事実はどうであったのだ?」

「陛下、私の監察団は私の全面的な指揮の下に子爵領全般の綿密な調査を行いました。クレベール、陛下に結果を申し上げよ」


 スタイリス王子は勿体ぶってから副使クレベール王子に問いを振り向けた。クレベールは「はい」と軽く応えると国王に向いた。


「陛下、申し上げます」

「うむ」

「本年から契約対象の地域を初めとして、ピオニル子爵領全体で小麦の植え付けが大幅に増加しており、また、辺境伯領からの荷にも少なくとも百分の四の関税が掛けられていることを確認しました」


 簡潔な報告を聞くと、国王が子爵に問うた。


「ピオニル子爵、これについて何か言うことはあるか? 何故このようなことをしたのだ?」

「そのような領間の契約事があるとは良く知りませんでした。当初領政を執るにあたって父の執務室は調べましたが、契約書があるとは思わず特に探すことはしませんでした」

「契約を知らなかっただと? 何だ、それは?」


 国王は訝しさを隠さずに顔を正使に向ける。


「スタイリス、子爵側の契約書について、何かわかったか?」

「はい。子爵側の契約書は、子爵の代官の住居の隠し部屋に巧妙に隠匿されておりましたが、私の監察団はそれを暴いて発見しました。元々は先代子爵が執務室の机に保管しておりましたものを、子爵が王都に移った後に代官が盗み出して移したものと考えられます。机はもともとは施錠されておりましたが、代官が合鍵を無断で作っておりました。その合鍵も我々は発見しております」


 スタイリス王子が今度は得意げに自ら報告し、国王は不審げにしたままの視線を子爵に移した。


「ピオニル、父の机すら、自分でまともに調べなかったのか」

「は、元鍵の()()は知れず、重要書類が入っているとも思わず……。代官から契約の話があった時も、先代の結んだ契約は代替わりと手切れと共に無効になると聞かされ、それならばと深く考えず破棄を命じました。小麦の増産と関税は辺境伯閣下と手切れした後に代官に進言を受け、領を富ませるのに必須と判断して行った事です。もし良く知らされていれば、勿論契約の解消に付いて辺境伯閣下と交渉致したところですが」


 子爵は国王の眼光に耐えられず目を伏せながら答える。その小声での言い訳を聞いて眉間に皺を寄せた国王が次の問いを被せた。


「代替わりと手切れで無効? そんな馬鹿な話を信じて契約の内容も吟味せず辺境伯とも相談せず、その上に、()(ほう)の領で小麦の植え付けが抑制されていた理由も知らぬのか?」

「収量が悪いためでは? それは単に耕作に工夫が足りないに過ぎません」


 子爵が答えると、国王はやれやれとばかりに首を横に振った。


「情けない。自領に起きた災害も知らぬのか」

「災害、ですか?」

「黒縮病だ」

「黒縮病?」


 子爵がおどおどと問い返すと、国王は我慢が切れたとばかりに叱声を浴びせた。


「不学者! 麦に出る病だ! 麦に黒い毛虫のような穂がなり、それを食べた者は狂い死にをするのだ! 三十年ほど前だったか、それが其の方の父の不在中に突然に発生して大規模に広がり、危うく辺境伯領にも染るところであったのだ! 知らせを聞いた其の方の父が、王都からクリーゲブルグの所へ夜を日に継いで早駆けして、頭を下げて領境付近の麦畑を全て焼いてもらって食い止めたのだ。その後も、其の方の領では黒縮病が根絶されておらぬ。最近は大発生はしておらぬようだが、麦の様子を注意深く観察せねばならぬので、大量には植え付けができぬのだ。クルーゲブルグはそれを知っておるから、自領との境には小麦を植え付けぬのと引き換えと称して、小麦粉を支援しているのだ」

「知りませんでした……」

「そのような不祥事は、隠すのが当たり前であろうが。それでも、予にはきちんと報告が来た。其の方の父は賢明な男であった。それが、単に収量が悪いとかの理由だけで決めるわけがないであろうに。思い至らなんだか」

「……」


 子爵が沈黙したその時、正使スタイリス王子が嬉しそうな声を発した。


「陛下、畏れながら、報告したき儀が」

「何だ、スタイリス、申せ」

「我が監察団は、子爵領内でその病に侵された麦を発見致しました」


 正使の弾んだ声に似つかわしくない不穏な報告。謁見室にざわっと動揺が拡がる。


「何と、(まこと)か? スタイリス、詳しく述べよ」

「はい、詳しくは、訴え出た村への調査にこの私が赴かせたユークリウスが申し上げるでしょう。ユークリウス、確かに見たのだな?」


 正使が列の端のユーキに声を投げ、謁見室中の視線がユーキに集まる。だが、ユーキは臆することなく淡々と国王に報告した。


「はい。目的地のピオニル開拓村への途上、辺境伯領への領境に遠くない村で、一枚の畑の一部に発生しておりました。その畑の農民に問いましたところ、村長を経て代官に報告して焼き払う許可を求めたものの、まだ許可が下りず困惑、苦慮していたとのことでした」

「それでどうしたのだ?」

「その場で直ちに周囲を含めて焼却するように指示し、代償として相当の金銭を与えました。僭越の行いで申し訳ございません」

「良い判断であった。それについては認める。良くやった。周囲の領を含め、引き続き監視を怠らぬように」


 国王が声を落ち着かせ、室内に安堵が広がる。スタイリス王子も満足げに頷いている。勝手なことをしたとユーキを叱責したことは忘れているのだろう。


「では、辺境伯の訴えは全て理由あり正当、ということで宜しいですかな?」


 宰相が議論を引き戻す。国王が「うむ」と頷き、子爵は俯く。


「では、次だ。村民からの訴えについてはどうなっておる?」


 国王に促された宰相が答える。


「はい、ネルント開拓村の村民の上訴状によりますと、前領主との租税契約が未だ有効であるにも関わらず、増税を一方的に申し渡されたとのことです。その額は前領主との契約の五倍、エーカー当たり二ヴィンドです」

「そうであった、厳しいな。スタイリス、調査結果はどうであったのだ?」

「それは私の指示で現地を調べたユークリウスから申し上げます。ユークリウス、簡潔に述べよ」


 正使は今度は国王の問いをユーキに振り向け、ユーキはまた淡々と答えた。


「はい。地租について、村側が保管していた契約書と訴状の間に矛盾はありませんでした。次に、代官が新しい契約を結ぶように村長に言い渡した際に、現契約との違背を村長が訴えた所、代官から鞭で打擲(ちょうちゃく)を受けたとのこと」

「……」

「二度目の申し渡しの際には、代替として相場の半分での換算で小麦での物納あるいはエーカー当たり四十日の賦役を言われたとのこと」

「その村での小麦の収量は?」

「地味がまだ十分に肥えておらず、小麦は植えていないとのことです」

「ではそもそも無理な話だな。病の件もある」

「さらにその際、税の前納あるいは担保と称して、代官が村の幼い娘を奪おうとしております」


 幼い者への無法。それを聞いて国王の顔が(あけ)に染まった。玉座から立ち上がり、子爵に怒声を発した。


「何だと!! 拐わかしは死罪と知っての上か! ピオニルよ!」

「私は存じません! そのようなこと、命じておりません!」


 子爵が叫んだが、国王は無視してユーキに視線を向けて先を促す。ユーキは自らも昂りそうになるのを抑えて平静に努めた。


「その際にその娘を守ろうとした村人が、代官及び手下により六尺棒で全身に激しい殴打を受け、足の骨を折り未だ完全には癒えておりません」

(むご)いことを……」


 国王の嘆きの中、ユーキの報告は続く。


「代官はその村以外でも、その意に添わぬ者に対し多く暴力を揮い、領民に死者も複数出ております。他村で受け入れられた増税も実際には暴力で押し付けたものです」


「私の知らぬ事です! 増税はともかく、それ以外はニードが勝手にやった事です!」


 己が代官の暴虐が次々と告げられる。その罪を被せられては堪らないと、子爵はユーキを睨み付けながら叫んだ。国王はその子爵に視線を戻すと、厳しい声で問うた。


「子爵、ニードとは?」

「代官です! シェルケン侯爵から推薦を受けて、雇った男です! 増税にせよ、私の一存ではありません。その者の勧めに従っただけでございます。娘を奪えとか! 村人を殴り付けろとか! 私は命じておりません!」


 子爵は悲痛な声で懸命に答える。それを聞いて、国王はスタイリス王子を振り返った。


「スタイリス、子爵からその代官への指示について、何かわかったことはあるか?」

「え、は、はい。それについては……」


 気を抜いていたのか、子爵の悲惨な姿に気を取られていたのか、いきなりの問いに虚を突かれて言い淀む正使に、国王の目が細く険しくなる。さらに何かを尋ねようとした時に、クレベール王子が口を挟んだ。


「陛下、それについては副使である私から」

「うむ。申せ」

「はい。現地で、子爵から代官へ指示を送る書簡を多数発見しました。その内容では、代官に対して増税に従わぬ者へ致傷の厳罰を加えることを許可しております。罰の限度については言及しておらず、代官は恣意的に解釈することが可能でした」

「そうか。どの様に傷付けても良い、その結果として死に到っても構わんということか」

「そのように読み取れました」


 子爵は歯を食い縛った口の端から声にならない呻き音を漏らしていたが、副使が冷静に述べる言葉をそこまで聞くと、堪りかねてまた叫んだ。


「違います! そのようなつもりではございません! お聞きください!」

「言ってみよ」


 国王が発言を許すのを待ちかねて()き込んで喋り始める。


「は、はい、私は考えたのです! 私はまだ若く、領民から侮りを受けるかも知れぬと。そのためなのです! 権威を示すため、どうしても指示に逆らう者には罰を与えようと考えたのは! それで、代官に、止むを得ぬ時には罰の結果を怖れるなと。それを端的に示したく、比喩として『傷を負わせても止むを得ぬ』と書いただけなのです! まさか代官が勝手に領民を殺すとは思いませんでした。私は知らぬのです!」


 頭の中に浮かんだ弁明を一気に述べ立てて、はあはあと肩で息を()きながら国王の顔色を窺った。

 だが、国王は納得するどころか容赦なく子爵を問い詰めた。


「それをどのように(あか)すのだ? 後からでは何とでも言える。結果として民を死なせているのだ。そもそも、代官の行いは領主の意思、代官が勝手なことをせぬように監督するのは領主の義務であろうが。『代官が勝手にやった、自分は知らない』、その言葉が其の方が領主の義務を放棄していた、何よりの証拠ではないか」

「お言葉ではありますが、寄親であるシェルケン侯爵から勧められた代官です。未だ(まつりこと)に慣れぬ身、その男に裁量を持たせるなと言われるのは、あまりではありませんか。侯爵閣下から、悪いようにはせぬ、何事もニードに任せれば良いと言われたのでございます。私が一人で決めた事ではございません! 何卒お察しください!」


 子爵の懸命の哀願に、宰相が言葉を差し挟んだ。


「確かに、子爵がクリーゲブルグ辺境伯からシェルケン侯爵に派閥替えをしたというのは我々の間でも話題に上がりましたな」

「は、はい、宰相閣下、まだ領政に慣れぬであろうから、ニードの言う通りにした方が良いと、侯爵閣下から伺ったのです。陛下、私は寄親の言葉を信じただけなのです!」

「寄子ゆえ、寄親に忠実に従っていると言うのだな?」

「はい、その通りでございます」

「では、シェルケンの責任か」


 国王の言葉を聞いて子爵の顔が少し緩む。国王は立ち上がったまま辺りを見回して大声で呼ばわった。


「シェルケン侯爵! シェルケンは来ておるか?」

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