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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第四章 若者たちへの試練

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第九十四話 足掻き

承前


 監察正使スタイリス王子、副使クレベール王子は申し渡しの打ち合わせを済ませると、ピオニル子爵を会議室に呼んだ。ユーキは両王子の脇の席に控えて座っている。

 待つと言うほどの間もなく、子爵が一人で入ってきた。クレベール王子が座るように促すと、落ち着きなく歩いて長卓に近寄り椅子を引く。椅子の脚が床面に突っ掛かり大きな音を立てると「申し訳ありません!」と突拍子もない声を上げ、スタイリス王子の胡乱げな視線に気付いて慌てて頭を下げてから座った。

 媚び笑いを張り付けたその顔はこの一週間の間にやつれ、頬がこけ落ちている。まだ若いのに、濃い灰褐色の髪の毛に白いものも混じっている。殆ど眠れていないのだろう、目が赤いうえに右の瞼がひくひくと震えている。


 その姿を楽しそうに見回してから、スタイリス王子が切り出した。十分に間を取って芝居がかった調子は満足げにさえ聞こえる。


「子爵、調査に時間が掛かったために、今まで待たせることとなった。気の揉めることであったろうが、許せよ」

「殿下、滅相もございません。お役目でございますれば是非もなく、お気遣いいただき有難うございます」

「うむ。この五日間、何かと世話になった。礼を言うぞ」

「勿体ないお言葉にございます。……それでは、調査は無事に済んだということでしょうか」

「そう、無事にな。正使として結果を伝える。謹んで聞くように」

「はい」


 子爵の顔から(へつら)いが消えて緊張が走る。スタイリス王子は申し渡し内容を書いた紙を拡げ、低めた声で謡うように読み上げ始めた。


「今回の監察は、クリーゲブルグ辺境伯およびネルント開拓村民の訴えに基づく。その訴状は、先代ピオニル子爵と取り交わした契約が当代により違背されたことを述べている。調査の結果、」


 スタイリス王子はそこで言葉を切り、子爵を舐めるように見た。

 子爵の喉が大きく動く。唾を飲み込む音が聞こえそうだ。


「本訴に関係して子爵側が保有する契約書が発見され、それに基づいて訴えを検討したところ、妥当と認められた。契約書の各項に対する子爵側の違背についても、その存在を確認して調査が完了した」

「今、何と! 契約書が?」

「無礼者! 最後まで聞け!」

「も、申し訳ございません」


 思わず口から飛び出た言葉を正使殿下に一喝されて、子爵が慌てて頭を下げた。そこに圧し掛かるように、楽しげな声が、今度は高く響く。


「監察の過程で領民に対する搾取・暴力行為が多数観察された。大部分は本件の訴えの内容に直接関係せず当監察団の主目的とは外れる所見であるが、併せて国王陛下に報告することとした。なお、子爵の母親である先代夫人は今回の件には一切関与しておらず、その身分は保全されるべきと考える。監察団はこれより直ちに帰都して国王陛下に調査結果の詳細を報告する。以上である」


 正使殿下は宣告を終えた。

 子爵は震わせていた頭をがばっと上げると、楽しそうにニヤニヤと顔に笑いを浮かべている王子に噛み付くように問い掛けた。


「契約書が見付かったとはどういうことなのでしょうか? そんな、そんな筈はありません!」

「そんな筈は無い? 何故だ?」

「そ、それは……」

「焼くように命じたからか?」

「! なぜそれを?」

「そりゃあ、考えればわかるだろ? 契約書以外にも焼くように命じたものがあったんじゃないか?」

「まさか……」


「正使殿下」


 クレベール王子が止めようとしたが、スタイリス王子は聞こうとしない。


「そうだ。お前が代官に送った書簡も同じ場所にあったぞ」

「そんな、どこに……」

「代官の下宿の隠し部屋に後生大事に仕舞われていた。ああ、(あば)いたのはそこにいるユークリウスだ。他にも契約書が沢山見付かった。それも知らなかったんだろう? 良かったな、精々ユークリウスに感謝することだな」


 それを聞いて子爵がユーキをさっと振り向き、憎々しげに睨み付けた。

 ああ、恨みを自分から()らせて振り向けるためにわざわざ陪席させたのか。クレベール王子もユーキもそれぞれにスタイリス王子の下卑た意図に思い至った。


 怒気で体を震わせている子爵を、スタイリス王子は尚も嘲弄し続ける。


「おいおい、王族をそんな目で見る奴があるか。ユークリウスを恨むのはお門違いだ。お前だって代官の部屋を調べさせようとしたじゃないか」

「それは……」

「自分たちが先に見付けられなかったんだ。諦めることだな。まあ、王族と片田舎の貴族との違いというか、」


「殿下、お止めください」


 クレベール王子が遮ろうとしても、スタイリス王子は止まらない。


「器の違いと言う事だ。最初から大人しく謝罪しておけば、まだ穏便に済んだものを。子爵、自分の愚かさ加減を知るべきだったな」


「正使殿下、その辺で。子爵、ユークリウス殿下は正使スタイリス殿下率いる監察団の一員として、その務めを只管(ひたすら)誠実に果たしただけです。思い違いをしないように。付け加えて言うと、母君のお立場についての意見を付帯させるよう、強く主張したのもまたユークリウス殿下です。心得ておくように」


 堪りかねたクレベール王子が無理やり割り込み、漸く子爵への辱めが終わった。

 子爵は俯き暫く沈黙して無念そうに唇を噛み締めていたが、やがて顔を上げて三人の王子を見回すとユーキに向かって頭を下げ、感謝の言葉を絞り出した。


「……有難うございます、ユークリウス殿下」


 正使殿下は子爵の様子を面白そうに見ていたが、『フン』と鼻先で笑うと、楽しみが終わればもう興味は無いというように、副使に向いた。


「クレベール、後は任せる」

「正使殿下、承知しました」


 クレベール王子はスタイリス王子に返事をした後にその声を子爵に向けた。


「子爵、何かありますか?」

「クレベール殿下、契約書があったとしても、それは父との契約、前にも申し上げたように私とは関係の無いことです」

「子爵、それは通用しません」


 子爵は何とか責任を逃れようとしたが、その言葉は副使によって(にべ)もなく跳ね付けられた。


「貴方は(くだん)の契約は貴方の父個人とのものであると主張される。しかしながら、ネルント開拓村に新たに渡された契約案には『ペルシュウィン・ピオニル』の個人名は無く、代官名で署名されています。また、その印影は元の契約のそれと完全に一致しています。代官は領主の代理人であり、貴方個人の私的な雇い人ではないことは明白です。さらに同一の正規の印章を先代から承継し継続して用いている以上、原契約も新契約案も『ピオニル領領主』という同一の主体が当事者と認められます。ピオニル領領主を引き継がれたのはどなたですか?」

「……」

「さらに言えば、クリーゲブルグ辺境伯領との契約についても、送付された支援の小麦粉について、貴方から代官への書簡中に『契約通り』の文言があり、契約が有効であると知っていたことが判明しています。つまり、どちらの契約についても他の誰でもない、貴方御自身が当事者なのです。……まあ、ごく当たり前のことですね。このような恥ずかしい言い逃れは、陛下の御前では言い出さない方が良いでしょうね。御心証を損なうだけでしょう」

「それでは、全てを契約通りに戻します。それで良いのでしょう? クレベール殿下、どうかそれでお許しを」


 子爵が尚も取り縋ろうとするが、クレベール王子は冷静な声で突き放した。


「いいえ。今更、それはできません。訴えを国王陛下がお取り上げになり我々がここへ送られているのです。元に戻すかどうかは、最早貴方ではなく陛下がお決めになることです。貴方をどうするかもです」

「……」

「それから、貴方の代官は、訴えを行った村民に対して仕掛けた(いくさ)で既に死亡していて取り調べはできませんでした。従って、その者が代官として行った全ての所業についても監督者である貴方がその責を問われる事になります。そのおつもりで」


 子爵はがっくりと頭を下げた。その頭の灰褐色の髪が小刻みに揺れている。その姿勢のまま、小声を洩らした。


「ニードは死んだのですか」

「ええ、村人に戦いを挑んで敗れた挙句に、裏切った衛兵伍長に殺されました。その者も村人に討ち取られましたが」

「……」

「二人とも、簡素ながら村で葬儀と埋葬を行ったそうです。その点では、貴方に手間を掛けなかったわけですね。村人に感謝されてはいかがでしょうか」

「……」

「他に無ければ、我々はこれから直ちに王都に立ち戻り、陛下に報告致します。陛下には報告書の提出と同時に口頭での報告を行い、その場で御裁断が下されるでしょう。その際には子爵にも弁明の機会が与えられますので、同道をお願いします」

「直ちに、ですか」

「はい。本日、直ちに。急ぎの旅となりますので、供の者は最低限にしてください。護衛は我々の供の者が努めます」


 『同道』と言いながら、実際には『護送』である。


「……承知しました」


 他の返事はあり得なかった。会議室に空しく響くその応諾は、子爵には自分の声に聞こえなかった。


-----------------------------------



 国王への釈明のために監察団に伴われて上都したピオニル子爵は、数日後に王都に到着するや否や、シェルケン侯爵に面会を求める使者を出した。監察の通告を受けた後にもすぐに助けを求める書状を送っていたが、未だに返事が無い。

 冗談ではない、今こそ、寄親として守ってもらわねばならない。勝手放題をして子爵を窮地に追い込んだニードは、侯爵に押し付けられた代官だ。その代償は侯爵に支払ってもらわなければ割が合わない。


 できれば自分で侯爵邸に押し掛けたいところだが、見張りの付いた軟禁状態でそれはできない。じりじりしながら使者を待つ間に、ニードに(あて)がわれた女が「子爵様ぁ、おられない間、淋しかったですわぁ。お顔の色が悪いですけど大丈夫ですことぉ? 気晴らしに美味しいものでも食べましょぉよぉ」と(まと)わり付いてきたが、それどころではない。

 今その顔を見直せば、さほど美しいようにも思えない。むしろニードを思い出して腹が立つだけである。

 子爵は女を自室から追い出して使者の帰りを今か今かと待った。


 しかし、使者は再び空しく戻ってきた。シェルケン侯爵は多忙と腰痛を理由にして、会えないというのだ。そればかりか、国王陛下への弁明を行うべき御裁断の当日は、出席して立ち会うことができそうもないと、本人ではなく執事らしき男が口頭で伝えただけだという。

 何という事だ、あいつは俺を見捨てるつもりなのか。




 翌日、御裁断の当日を迎えた。

 子爵は所有する中で最も良い服と儀礼剣を身に着けて朝早く登城し、シェルケン侯爵の他の寄子を探した。

 だが、誰もいない。必死にあちこちの控室を歩き回っていると、この半年強の間に社交の席で親しく話をできるようになった貴族を何人か見掛けたが、揃いも揃って顔を逸らし子爵とは目を合わそうとしない。こちらから話し掛けても、挨拶だけで用事を構えて足早に去ってしまう。訴訟方にも行ってみたが、国王陛下が直接お取り上げになった訴えは管轄外だと門前払いにされた。


 どいつもこいつも、俺と関わり合いになるつもりはないということか。有力貴族である辺境伯から訴えられた俺の敗訴は確実だと、誰もが思っていると言うことか。

 子爵が何とかしようと眼を血走らせて駆けずり回るうちに、漸く廊下でペトラ・グラウスマン伯爵と出くわした。


「ペトラ様!」


 子爵は顔を輝かせ、(はぐ)れた飼い主を見付けた子犬のように喜び勇んで小走りに駆け寄った。


「お話ししたいことが!」


 だがグラウスマン伯爵は眉を(ひそ)めた。


「ピオニル子爵、(はした)ない。声が大きゅうございますわ。ここは田舎道ではない、王城ですことよ。お控えあそばせ」

「申し訳ございません。ですが、本日の私の弁明について、お願いしたいことがございまして」

「廊下でお話しするような事ではございませんわね。こちらへ」


 グラウスマン伯爵に深紅の羽扇子の先で招かれ、ピオニル子爵はいそいそと付き従って近くの小部屋に向かった。入るや否や、扉を閉めるのももどかしく、こちらを薄い微笑みで見る伯爵に息()き切って訴え掛ける。


「実は本日の弁明に付き、シェルケン閣下に弁護をお願いしようと思ったのですが、お目に掛かることができなかったのです。閣下はどういうおつもり」

「お静かに」


 勢い込む子爵に、伯爵は皆まで言わせなかった。閉じたまま差し出した扇子で子爵の口を軽く押さえて黙らせると、今度はそれを半ば拡げて自分の口元を隠しながら答えた。


「侯爵閣下は暫く前にお腰を強く痛められ、それを押して御忠勤を続けられたため悪化して、今は起き上がることもできぬ状態と伺っております。お会いになれないのも仕方の無いことでしょう」

「しかしそれでは私は……。ペトラ様、厚かましいお願いですが、お助けをお願いできませんでしょうか」


 訴え掛ける子爵。だが伯爵は首をゆるりと横に振った。


「それは、ちょっと。寄親である侯爵閣下に無断で動くことはできませんわ。おわかりでしょう?」

「同じ寄子ではないですか」

「貴方のお立場はどうであれ、私は、私の寄親である侯爵閣下に従わなければなりませんの。この前も、他の件である方の口利きを勝手に行って、侯爵閣下に厳しく叱られたばかりですの。悪しからず。閣下からは、陛下の御前で申し上げることについて、予め指示を受けておりますので、それに従います」


 顔は微笑んでいても、グラウスマン伯爵の声は冷たい。だが、ここで見捨てられてはそれまでだ。ピオニル子爵は伯爵ににじり寄ると、その袖に縋り付かんばかりに訴える。


「その内容をお漏らしいただくわけには……」

「参りません。陛下の前でのみ申し上げるように言い付かっておりますの。ですが、それとは別に、釈明のお助けになるようなことも、もしも機会があれば申し上げられるかも知れませんわね」

「どうか、お助けください! 心から! お願い致します!」


 息が掛かるほどに近寄り、唾が掛かるほどの勢いで願いの言葉を口から(ほとばし)らせる子爵。しかし伯爵は細めた目のすぐ下まで扇を持ち上げ、子爵の唾と言葉を受け流すようにゆらゆらと揺らしながらごく軽い調子で応じた。


「お約束はできませんが、心掛けてはおきましょう。それより、そろそろ時間ですことよ」

「いえ、まだ陛下のお出ましまで、暫し時間はあります」

「陛下はせっかちなお方。時間前にいらっしゃることも屡々(しばしば)ございます。呼ばれる前に参上された方が、陛下のお覚えは良くなりますわ。万一、遅参されるようなことがあっては、お命取りになりますわよ」


 言いながら扇子を閉じ、今度はすぐ目の前の子爵の首をトントンと二度叩く。


「わ、わかりました。失礼致します。何卒、何卒よろしくお願い致します」


 脅しに怯んだ子爵は、慌てふためいて急ぎ足で部屋を出て行った。大きな音を立てて扉が閉まると、グラウスマン伯爵はそれまで顔に張り付けていた微笑をかなぐり捨てた。


「トーシェのドジが! 何で私が尻拭いをしなきゃならないのよ!」


 顔を歪めて大声で言うと、羽扇子を側の卓に叩き付けた。華奢な造りの深紅の扇はいとも容易く折れ砕け、羽毛と破片が辺りに舞って飛び散らかる。手の中に残った残骸を床に投げ捨てると、グラウスマン伯爵は部屋を出て行った。

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