第九十一話 調査結果
前話翌日
ユーキが領都に帰還したのを受けて、監察団は情報の共有と認識の摺り合わせを行うために一堂に会した。
他の全員が席に着くと、それを見計らったかのように正使スタイリス王子が副使クレベール王子と従者を従えて最後に部屋に姿を現した。一同が立ち上がり静粛を守る中を悠々と進み、中央の席にゆったりと座る。そして副使に向けてクイッと顎を振る。副使に命じられて全員が座ると正使殿下は一座を徐に見渡し全員が自分に注目しているのを確かめて満足そうにしてから「では、皆の報告を聞こうか」と切り出した。
「まずは代官だ。こちらに戻ってきていないようだが、結局どうなった?」
「それについては、私が報告致します」
ユーキが手を挙げると、スタイリス王子は片側の口角を上げながら許可を出した。
「いいだろう、ユークリウス、聞かせてもらおうか。村を調べたら子爵の責任は明らかになったのかな?」
「いいえ。最初に、代官は死亡しておりました」
いきなりの言葉にざわつく一同をそのままに、ユーキは報告を続ける。
「代官が率いた衛兵隊は、ネルント開拓村への途上にあるフォンドー峠で同村の村民の一団と遭遇し、国王陛下への上訴の取り下げを要求しました。村民側が拒否したところ代官は衛兵隊に攻撃を命じ、隊を率いてこれを襲いました。しかし反撃を受け、その過程で代官本人と衛兵伍長一名が死亡しました」
「代官と衛兵が、村人に負けたというのか?」
正使殿下が眉を顰めて疑わしげに確認を求める。ユーキは頷きと共に率直に返事をした。
「はい」
「では、残りの衛兵は? なぜ戻ってこなかった?」
「村人に降伏し、全員が捕虜になっておりました。代官が臨時に雇った傭兵は戦の途中で離脱して戻ったようですが」
それを聞いてスタイリス王子は「ブッ」と吹き出し、大笑いを始めた。
「あ、はははは、な、何なんだそれは。散々悪事を働いた末に、村人如きに負けて死んだのか? お笑い種じゃないか。しかも全員捕虜だと? 何と情けない連中だ。あはははは。ああ、笑いが止まらんぞ」
「正確には、代官は後に死亡した衛兵伍長に裏切られて殺されたようです」
「ま、ますます笑えるな。手下にやられたのか。悪党に相応しい無様さだな。そりゃあ、いい気味だ」
「詳細は、衛兵隊側と村側の戦闘報告を作成させましたので、お読みください」
「そうか」
ユーキは二通の書類を長卓の上に出し、まだ笑いを止められずに「くっくっく」と引き攣り笑いをしながら腹を抱えているスタイリス王子の方に押しやった。だが、スタイリス王子は受け取ろうとしない。横から副使クレベール王子が代わりに手を伸ばして自分の前に引き寄せるのを見ながら尋ね続けた。
「これは後で読めばよかろう。契約については?」
「村側で保管されていた契約書を確認しました。内容は開村時の条件について、地租以外の件も書かれていましたが、地租については訴状との間に矛盾はありません。代官が突き付けた新しい契約書には、地租を現金で納められなかった場合の物納あるいは賦役による代納についても記載されていましたが、さらに酷い条件でした。そちらはディートリッヒ嬢が記録を採取しておりますので、後ほど御確認ください」
「ふーん」
「それから、元の契約書と代官が新たに突き付けた契約書案の双方に、同一の領印が捺されていました」
「ああそうか」
スタイリス王子が何の気なしに返事をすると、いきなり横からクレベール王子が口を挟んだ。
「それは確かか?」
「何を言ってるんだ? 当たり前だろう?」
「ええ、そうですが、念のため」
正使殿下が咎めたが、副使は引き下がらずユーキに確認を求めた。
「ユークリウス殿下、間違いないな?」
「はい。他の捺印書類とも照らし合わせ、ディートリッヒ嬢と共に確認しました」
「そうか。失礼しました、兄上」
胡乱げな目で見る正使に頭を下げてクレベール王子は引き下がり、ユーキは報告を続けた。
「また、増税交渉の過程で代官と衛兵伍長一名、戦いで死亡した者ですが、これらが女児を奪おうと暴力を揮い、奪還しようとした村民一名が重傷を負ったことが確認されました。なお代官の狼藉については、ネルント開拓村の手前の麓の村でも無理強いによる増税と暴力が確認できました。庶民の死者も出ております」
「ああ、もういい。代官がとんでもない悪党だったことはわかっている。それについてはもう沢山だ。死んでしまった奴の悪事を聞いても仕方が無い」
正使が『飽き飽きした』と言わんばかりの声で遮った。ユーキはちらりと副使の方に目をやったが、彼も何も言わずに首を小さく縦に振るだけなのを見て、切り上げることにした。
「最後にクリーゲブルグ辺境伯との契約に関連して、道中の各所、および領境の近傍でも小麦の大量の作付けを確認しました。さらにその付近の畑で黒縮病の発生を確認しました。以上です」
「黒縮病? 何だそれは?」
「麦の疫病です。侵された麦は毒を作ります。摂取すると精神に異常を来し、死に至ることも多いものです。係る農民に直ちに焼却を命じ、代償として金銭を与えました」
「また勝手な事をしおって……。監察使の役目を超えているではないか。貴族領の事に王族が口を突っ込んで、問題が生じたらお前の責任だぞ!」
「はい、私の責任で行ったことです」
「そうだ。俺は知らんからな!」
スタイリス王子は苛々と大声を出した。脅し付けるような言葉にもユーキが動じずにいると、ユーキを睨んでからクレベール王子に向いた。
「他はどうだ、クレベール」
「はい、代官の悪事に付いては、各ギルドや教会、他の村に対しても増税を試み、賄賂を受けてこれを一部免除する、従わぬ者に対して暴力を働く等々、領内各地で明らかになりました。こちらでも庶民の死者を確認しています。小麦の作付け増加は領内の調べた範囲の全てに亘っています。ただ、指示命令は全て代官から出ており、子爵の直接の関与を示すものはありませんでした」
クレベール王子が自分の調査の結果を告げると、スタイリス王子は得意顔になった。以前の自分の主張に沿う内容に満足したのだろう、機嫌も戻ったようだ。
「やはりな。俺が子爵を伴って視察した先でも、子爵の悪口を言う民はいなかった。それどころか、代官についても文句は聞かれなかったぐらいだからな」
「兄上、それは子爵のいないところでお尋ねになられたのですね?」
念のためという様に副使が確認を求める。だが返ってきたのは否定だった。
「当然子爵もいた。当たり前だろう。子爵のいないところでしか言えないような陰口など、何の意味も無い」
「ですが、子爵の報復を恐れて言えないということもあるのでは」
クレベール王子は表情を消して反論を試みた。だが相手は取り合わなかった。
「何を言っているんだ。監察の正使たる俺に告げるのだぞ。事実を正しく述べるのを怖れるなどあって良いわけがなかろう。讒言だからこそ怖れるのだ。違うか? 俺は国王陛下の御名代たる正使だぞ」
「……」
兄の返事を聞いたクレベール王子は眉を顰めて沈黙したが、スタイリス王子は気にも留めずに問い続けた。
「それより、子爵側の契約書はどうなのだ? クレベール、どこかで見付かったのか?」
「いいえ。子爵邸についても代官が使用する可能性のある部屋は全て探しましたが、発見できませんでした」
「領都のどこかに別に部屋を持っているんじゃないか?」
「兄上、それはないと思います。代官は机に錠を施さないような不用心な性格です。秘密の場所をわざわざ他に持つようなことはしないでしょう。実際、念のために代官の立ち回り先も聞き込みましたが、それらしい場所の情報はありませんでした。それに、請求書や領収書のような横領の証拠となるものを下宿に置き、契約書だけを別の場所に隠す理由も考えられません。見付かったところで、契約書を持ち出しただけでは大きな罪になるわけではありませんし。ですから、もしも保管しているとすれば自分の部屋、つまり下宿先か子爵邸のどちらかでしょう」
「ああ、俺も前からそう考えていた。そのどちらにも無かったのだな?」
「はい、ありませんでした」
「じゃあ、これで決まりだな。悪いのは全て代官だ。それを背負って死んでいったのだから、自業自得、悪因悪果、せっせと自分で墓穴を掘って飛び込んだということか。契約書も代官が処分してしまったに決まっている。だから子爵には直接の責任は無し。正に俺の言った通りだったな。だから言ったのだ。どうだユークリウス、やはりお前は愚か者だったろうが」
スタイリス王子が皮肉な薄ら笑いを浮かべながら勝ち誇ってユーキに宣告した。周囲の者の視線も集まる。嘲りを浮かべる者、痛ましげな者、心配そうな者、その表情は様々だ。
だが、ユーキは顔色一つ変えずに応えた。
「その事ですが、殿下。代官の住居を確認させていただきたいのですが」
「何だって?」
「代官の下宿部屋を私にも見せていただきたい、と申し上げました」
「待て」
胡乱げに尋ね返した正使殿下にユーキが繰り返した申し出を、横から副使クレベール王子が急いで止めた。
「ユークリウス殿下、それは如何か」
そしてユーキの視線が自分に移るのを待ち、それを捕らえて言った。
「そこは既に捜索済みだ。発見された書類は全て押収してある。もう、見ても仕方がないだろう」
しかしユーキは揺がぬ態度で言葉を返す。
「いえ、契約書の存否の件は特に重要と思います。私は『重要なことは、違う眼で、時間を置いて、別の方法で確かめるべき』と習いました。本件で最も疑わしい代官の私室は、念を入れて複数回確認する必要があると考えます。お願い致します」
「他の者が調べたのが信用できない、そういうことか? ユークリウス殿下、それは失礼だろう」
副使はそう言って、前回の代官の部屋の捜査を主導したイザーク・アルホフ卿にちらりと視線を流した。卿は表情を消した硬い顔付きでユーキを見ている。睨んでいると言ってもおかしくないその眼は、ユーキの言葉が自分を侮辱していると感じているからだろうか。部屋の空気がまた緊張する。
それでもユーキは怯まなかった。
「いえ、そうではありません。前回の捜査では重要な書類が押収され、それによって代官による経理表の捏造、そして恐らくは横領がなされたことが証明できます。ですから、前回が非常に有意義な捜査だったことは間違いありません」
「では、何のために?」
「確認のためです。お願い致します」
「ユークリウス殿下、いや、それでは……」
クレベール王子とユーキの間で押し問答になりそうになったその時、横でスタイリス王子がまた「クッ、ククク」と笑い出した。
「アッハハハ……やはり愚か者は愚かだな」
片手で腹を抱え、もう片手で隣のクレベール王子の肩を軽く叩きながら命じた。
「クレベール、構わん、好きなようにさせてやれ。やればやるほど、己の愚かさ加減を思い知って嫌になるだろうからな」
「兄上、よろしいのですか?」
「ああ。構わんとも。無駄足を踏んで大恥を掻くのも若い未熟者には良い経験になるんじゃないか? 俺なら御免蒙るがな」
そこまで言うと、いきなり真顔になり目を細めてユーキを睨んだ。
「但し、何も成果が無ければ、先に捜査に行ったこいつらに謝罪が必要だぞ。王族が貴族に頭を下げるのだ。その意味はわかっているな? 陛下にもきっちり報告するからな」
「有難うございます。勿論心得ております」
ユーキの返事を聞いて、スタイリス王子はもう一度「ククク……」と笑い出した。
「こ、ここまで言ってやっても、まだ恥を掻きたがる。愚か者の考えている事は、俺にはわからんな。クレベール、構わん、行かせてやれ」
「わかりました、兄上。ユークリウス殿下、正使殿下の御許可が得られたのだ。思ったようにするが良い。念のためというのであれば、念には念を入れよう。私も行く。アルホフ卿も立ち会いたいだろう」
「有難うございます。では、早速向かいたいと思いますが、宜しいでしょうか」
ユーキが勢い良く立ち上がると、アルホフ卿も無言で席を立つ。その椅子の音の中でスタイリス王子が独り言めかして言った。
「若いと我慢が利かず、すぐに飛び出すな」
呟きにしては大声で発せられた正使の下卑た台詞は椅子の音が消えた後の部屋に妙に響いた。だが、ユーキに気にした様子はなく、他の者たちも笑おうとはしない。
「よかろう。では行こう」
クレベール王子もユーキに応じて立ち上がり、正使に言った。
「兄上、今日明日中には全てが片付くでしょう。王都への帰還準備を始められては如何でしょうか。陛下への報告の案も作り始められては」
「おいおい、それはお前たちが作るんだろうが。案ができたら、俺が見てやる」
「わかりました。我々がいない間、他の者は既に判明している事項について、案の作成に取り掛かってくれ。では兄上、行って参ります」




