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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第四章 若者たちへの試練

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第七十九話 子爵の母

承前


 会議室に戻ると、監察正使スタイリス王子は机を挟んで子爵と向かい合って座った。少し遅れて副使クレベール王子が隣に着座する。従僕が茶を給仕して退室すると、スタイリス王子が自分の前の茶碗を顔の前に持ち上げ、漂う香りを嗅ぎながら薄笑いを浮かべてゆっくりと口を開いた。


「子爵、代官を怪しいと思ったことは無かったのかな?」

「恐れ入ります。シェルケン侯爵から薦められた者ゆえ、ついぞ疑いませんでした」

「シェルケン侯からか、ふうん……」


 スタイリス王子は紅茶を啜って小首を傾げると、隣にいるクレベール王子に顎をくいっとしゃくって見せた。自分が茶を飲んでいる間、話を引き継げという意味だろう。半兄のそのような仕草には慣れているクレベール王子は静かに子爵に尋ねた。


「子爵、執務室には金庫の類が見当たりませんでしたが」


 茶話ではあるが、尋問とも取れる問いである。子爵は茶碗に伸ばし掛けていた手を引っ込め、体を固くして答える。


「はい、父の頃からあの部屋には金庫はありません」

「現金の類はどうされているのですか?」

「家令のところに小型の金庫があり、当座の入用はそこに入れております。そこには現金しか入れておりません」

「では、それ以上の資金は?」

「父が、金庫の金は死に金だと言って、商人ギルド、職人ギルド、傭兵ギルドにそれぞれ低利で預けておりました。金に、活きも死にも無いだろうと思うのですが……」


 子爵が答えながら見せた訝し気な様子に、クレベール王子の片方の眉毛が上がった。


「そうですか」


 だがすぐに冷静な表情に戻って応じると、子爵は副使のその様子には気付かずに説明を続けた。


「はい。まとまった金が必要になった場合は、代官と家令がギルドから引き出せますが、事後にギルドから私に連絡が来るようになっております。二度、商人ギルドから連絡が来て、使途を代官と家令に問い合わせた所、私の継爵と王都での経費だと返事がきました。それ以来はありません」

「なるほど。一応、現時点での残高を確認された方が良いかもしれませんね。貴方に知られずに引き出すのは難しそうなので多分大丈夫でしょうが。それに領印を代官に預け切りにしているのも如何(いかが)でしょうか」

「お恥ずかしい次第です。印は、父が、体調が悪くなった時に前の代官に預けておりました。今の代官もそういうものだと言うので、信じて預けたままにしていた次第です。そうすべきではなかったのですね」


 恥じ入る子爵にクレベール王子が続けて「もしも……」と何かを言おうとしたが、スタイリス王子が楽しそうに声を被せた。


「子爵、ちょっと領地の方を(おろそ)かにしたな」


 子爵はさらに恐縮した声で答える。


「私としてはそういうつもりはなかったのですが」

「王都では、あちらこちらの宴に出ているようだが」

「さほどではありません。殿下をお見掛けすることもありましたが、なかなか挨拶させていただくことができず、申し訳ありませんでした。殿下は常に座の中心におられて照月のように眩しく、私のような者からは声を掛けさせていただくことも難しいです」

「そうかな?」


 正使殿下は満更でもなさそうに問い返す。子爵はニードの奴が『恭しく丁寧に接してください』と言っていたことを思い出し、その意味がわかってきたように思えた。持ち上げるべきはここぞとばかりに、声に力を込めて答える。


「はい。高名な諸侯、令嬢方に囲まれてお話しされているお姿は、私のような田舎貴族には輝かしく眩しく、ただ憧れの存在です」

「ははは、口が巧いな。私としては静かに時間を過ごしたいという思いもあるのだが、貴族や令嬢方の相手をするのも王族の務めのうちなのでな。止むを得ん」

「心得ております。貴族一同、殿下に感謝しております。今後は私もお話の座に加えていただければ有難く思います」

「機会があればな。だが、子爵は宴に出る以外にも、王都では何かと忙しいのではないか?」

「は?」

「見目美しい側女(そばめ)を連れて、王都を闊歩しているそうだな」

「いえ、あれは! ……側女などではなく、ただの侍女でございまして……」

「構わんではないか。貴族家の当主だ、側女の一人や二人がいた所で、何の差支えもないだろう。迂闊に正妃を(めと)るより、適当に気楽に扱えて良いのではないか?」


「殿下、そのおっしゃり様は」


 クレベール王子が口を挟んだ。彼の母親はスタイリス王子と異なり、側室である。ここまでは、正使である兄が気持ち良さげに喋っている間はと控えていたが、さすがに気に障ったようだ。


「ん? 何だ? ああ、気にするな、クレベール。軽い冗談じゃないか」

「そうでしたか。失礼しました」

「……」


 二人のやり取りに子爵が言葉を詰まらせていたその時、トン、トン、トン、トンと扉が穏やかに叩かれた。


「どうぞ」


 クレベール王子が応えると、静かに開かれた扉から中年の婦人が同年配の侍女を伴って入ってきた。

 子爵が慌てて立って歩み寄ろうとしたが、婦人は落ち着いて手を上げてそれを制し、子爵の側に回り両王子に向かうと濃紺の衣装の裾を摘まんで膝を折り、白髪交じりの灰褐色の髪を結い上げた頭を静かに下げて淑やかに礼をした。

 年季の入った優雅な作法だが、服の色が映っただけではないだろう、顔色が良くない。


「スタイリス殿下、クレベール殿下、母を紹介させていただきたく存じます」

「いや、母君とは旧知だ。ピオニル夫人、久し振りだな」「夫人、お久し振りです」


 子爵が申し出たが、スタイリス王子はそれを断って夫人に直接に声を掛けた。クレベール王子も横から言葉を添える。

 先代ピオニル子爵夫人は頭をさらに下げて恭しく応じた。


「正使殿下、副使殿下、御無沙汰いたしております。このような席ではありますが、久方振りに御目文字が叶い、恐悦至極に存じます」

「うむ。そう堅苦しくされずとも良い」

「ありがとうございます、スタイリス殿下」


 ピオニル夫人はなおも正使殿下に礼の言葉を重ねようとしたが、それより早く、夫人の様子を先程から見ていた副使が遮った。


「兄上、夫人は体調があまりよろしくなさそうに思われます。着座いただきましょう」

「うむ。夫人、まずは座っては如何か」

「スタイリス殿下、クレベール殿下、お気遣いいただき有難うございます。失礼いたします」


 勧められ、ピオニル夫人が子爵の横の席に座る。子爵もぎこちなく席に戻った。夫人はそれを確めると、正使殿下に伏し目のままで真っ直ぐに向いた。


「この度は私共の不始末により、国王陛下に御心配をお掛けし、両殿下に御迷惑をお掛けした事、深くお詫びいたします。申し訳ありませんでした」


 席に着いたままではあったが、夫人は謝罪の言葉を丁寧に述べると深々と頭を下げた。机に擦り付けんばかりである。

 正使は満足そうに頷いて応じた。


「うむ、だが、夫人がなされたことではなかろう。お手前が謝られるには当たらぬのではないか?」

「いえ、私共……亡き夫と私の、この者への教育が行き届かなかったために生じた事、私にも責任はあったと心得ております。勿体なくも国王陛下から爵位を戴く貴族の親として、至らなかったことをただただ恥じ入る次第でございます」


 夫人はぴくりとも頭を動かさずに答える。

 息子に代わって謝罪と恭順の意を只管(ひたすら)に示そうとする夫人に、スタイリス王子も(ほだ)されるものを感じざるを得ない様子である。


「殊勝な物言い、感じ入ったぞ。面を上げられよ。現時点では、どうもこちらの代官の手落ち、いや、不心得が端緒となっているように心証を得ている。良い代官に恵まれなかったこと、不運であられたな」


 スタイリス王子が(いた)わる声を出すと、夫人は少しだけ頭の角度を上げた。それでも、視線は机に落としたままである。


「恐れ入りましてございます。あの者がここへ初めて参った時、貴族家に仕えて重要な役割を担うような者ではない、それどころか私を見下すようにすら感じました。

 ただ、この子にはこの子の考えがあり、現在の当主としての決定を尊重せねばこの子も成長できぬと。今思えば、あの時に強く反対すべきでした」

「後悔しておられる、と」

「はい。この子が王都に戻りましてからはあの者の専横が目立つようになり、注意しようとしましたが多忙を言い張って私と会おうとせず。私の侍女の一人が抗議したところ、その者は辞めさせられました。長く勤めてくれた者でしたが」

「それはまた、御無念であったろう。何とかできなかったのか?」

「クリーゲブルグ辺境伯様と通じていると言われまして。実際に昔に辺境伯様にお薦めいただいて用いた者でしたので、何ともならず」

(つくづく)、お気の毒であったな」


 スタイリス王子の口調がますます柔和になるのに力を得て、夫人は漸く頭を上げ王子の顔を見た。


「有難うございます。以前にも増してのお優しさ、民心が(こぞ)って殿下に靡くのも柔らかきお心の故と、改めて得心いたしました」

「いや、それはそうであろうが、王族として貴族や庶民の心情を察するのは当然の義務でもある。陛下が常々、私におっしゃるのでな」


 (おだ)てられ持ち上げられ、正使殿下は得意げに顎を上げた。それを見た夫人が願い事を口にした。少し(かす)れた声が、聞く者に哀切を催させる。


「正使スタイリス殿下の御厚情に甘え、お膝に縋らせていただきたいことがございます」

「何かな?」

「この度の事、子爵に監督不行き届きがあったことは申し訳なく、お詫びいたします。ですが、代官がしでかした事がこの子に押し付けられ、その罰まで引き受けさせられることの無いよう、殿下の御温情を賜りたく、お願い申し上げます」


 そう言って夫人はまた深く頭を下げた。横でただ聞いていた子爵も慌てて頭を下げる。

 しかしながら、処断を監察使が勝手に決めるわけには行かない。正使がそれを言っては角が立つので、副使クレベール王子は横から答えようとした。


「夫人、お気持ちはわかりますが、我々は事情を調べて陛下に報告するのみ。全ての御裁断は陛下がくだされる事を御承知おきください」


 副使に諭されて夫人は顔色を暗くしたが、返事をする前に正使殿下が横から遮った。


「まあ、待て、クレベール。それはその通りだが、事実を伝えるとともに我々の心証もまた陛下に報告せねばならん。夫人はそこの所を言われているのだろう。それに代官の罪で生じる罰を受けるべきは代官だ。夫人の言われる事にも無理は無い」

「しかし、殿下」

(くど)い。控えておれ」

「はい」


 スタイリス王子は慇懃な態度を取り続ける夫人に対して鷹揚さを崩さず、美顔を一層柔らかくして微笑みかける。どうやら場の雰囲気に酔っているらしい。


「夫人、代官に全ての非があるかどうかはこれからの調査次第。だが、代官が不心得者であったことは既に明らかになりつつある。子爵家は何代も続く古い家柄、陛下も無碍にはなさらんと思う。正使である私もまた同じ気持ちだ」


 正使殿下が述べた『お気持ち』に、夫人の表情が明るくなった。顔を上げ、目を潤ませる。


「殿下、お心、嬉しうございます」

其処元(そこもと)の悔いる心は伝わったので安心されよ。顔色が良くないようだ、後は子爵に任せて休まれてはどうか」

「はい。お優しいお言葉、有難うございます。くれぐれもよろしくお願いいたします」

「うむ」


 スタイリス王子は何度も大きく首を縦に振っている。場の成り行きはもうどうしようもない。クレベール王子は呆れたが、そちらは諦めてそのままにして、別の段取りを進めることにした。


「殿下、ひとつよろしいですか?」

「何だ、クレベール」

「はい、夫人にお願いが」

「副使殿下、何でございましょうか」

「いずれ、先代の子爵の私室を拝見させていただくかもしれません」


 副使の申し出に、夫人は正使殿下の方にちらりと流した目をすぐに伏せて答えた。


「それは……形見の品が多くございますので。代官も立ち入らせてはおりません」

「勿論、大切な品々を傷付けるようなことはしませんが、役目柄、必要であれば確認せざるを得ませんので」

「私や娘の……子爵の亡き姉の部屋もでしょうか?」

「いえ、そこまでは結構です。もしどうしても必要な場合には、改めてお願い致します」

「承知いたしました。先代の私室の鍵はこの者に預けておきます。立会いもこの者にさせてください」

「はい」

「では、失礼いたします」


 夫人は立ち上がる際によろけそうになったが、侍女の手を借りて礼をすると、静かに部屋を退出した。



「親というのは有難いものですね」


 クレベール王子がぽつりと言った。


「そう思うなら、お前も精々自分の親に孝養を尽くすことだな」


 スタイリス王子が放った兄弟とも思えぬ言葉に、クレベール王子は一瞬息を呑んで顔を歪め、目を鋭く細めてスタイリス王子の方に走らせたが、それと気付かれぬうちに静かに答えた。


「はい、そのように努めます」


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