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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第一部 第一章 少年たち

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第七話 御目見えの後で

前話同日


 市街地より小高い丘の上にあり吹き続ける寒風に曝される王城は、各部屋の暖炉で盛んに火が焚かれていてもなかなか暖まらない。冷気が国王の足下から忍び寄ってくる。


 本日の謁見はファイグル・ツベル男爵継嗣で終わった。国王が疲れを隠せぬ様子で退出した後、貴族たちもユーキやファイグルについて、好きなことを口々に言いながら謁見室を出て行った。

 国王は執務室に移ると、大きな安楽椅子にどっかりと腰を下ろした。横の同じ様な椅子には王妃が、長卓を挟んで向き合った応接用の長椅子には宰相が座った。侍従が熱い紅茶を静かに給仕し、部屋の隅に下がって立つ。他には誰もいない。


 国王が「はあっ」と大きく息を()いてから宰相に愚痴を(こぼ)した。


「今日は冷えて疲れたわい。情けない、昔は丸一日謁見を続けても、疲れなど感じなかったがなあ。たった二人でこの有様とは、齢は取りたくないものよなあ」

「その後に城下に忍び出られて、酔っぱらってお戻りになられたことも再々でしたな。王母様にきつく叱られておられました」

「他人事のように言うが、お前も一緒だったではないか。儂の横に並んで叱られておっただろうが」

「はっはっは。二十歳を超えて、廊下に直立不動させられるとは、思いませんでした」

「母上は厳しかったからなあ」

「酔いと眠気で姿勢が崩れる(たび)に、扇子で肩を打たれたことも、今となっては笑い話です」


 宰相が軽い調子で如才なく国王に応えていると、王妃が冷たい声で割り込んだ。


「笑い事ではありません。妾は取り成すのが大変だったのですから。妾も怒りたかったのに、王母様の剣幕ときたら、それどころではありませんでしたわ」

「母上は側室であったから、その分、王家の威厳というものを人一倍大事にされていたからなあ。王となった後も、儂には厳しかった。国王は国で一番偉いと思っていたが、大間違いだと身に沁みて分かった。その分、弟たちには甘くて、不公平だと思ったものだ」


 国王が軽く肩を(そび)やかして苦笑いしながら応じると、宰相も同じ調子で続けた。


「陛下の周りの我々も、厳しく躾けていただきました」

「母上が亡くなられてもう随分経つ。あの頃の仲間も、一人、一人と減っていく。寂しいのう」


 国王が「ふうっ」と()いた溜息を慰めようとしてか、王妃が話題を転じようとした。


「陛下、あまりお嘆きあそばされますな。古い葉がやがて落ちるのは自然な事。その分、新芽が伸びてきているのではありませんこと?」

「ユークリウスか」


 国王は侍従に目配せをした。侍従は心得て部屋から退出し、衛兵と共に扉の脇に立つ。国王は宰相に尋ねた。


「ユーキをどう見た?」

「真っ直ぐに育たれたと。微笑ましい限りでしたな」

「正直で真面目なのは良いが、あれでは貴族どものいい餌食にされるのではないか?」

「まだ幼いのですから。それはこれから失敗を重ねながらも学ばれることでしょう」

「そうであれば良いが。正直者は、正直だけが正義だと思い込みやすい。それでは王族は務まらん。ユーキには、馬鹿正直の徴候が見えるように思う」


 国王が心配げに言ったが、王妃は純白の扇子を閉じたり開いたり(もてあそ)びながら異を唱えた。


「妾はそうは思いませんわ」

「何?」

「陛下や皆にあれこれと言われて、怒りや悔しさ、不甲斐なさなどを感じても、それを押し殺そう、平静を保とうと一所懸命努力していましたわ」

「そうだな」

(たかぶ)る感情に流されず、誇りを保とうとできる者は、もう、馬鹿正直からは二歩も三歩も抜け出ておりましょう。最後まで胸を張り続けたあの姿、妾は、好ましく思いました」

「確かにそうですな。姿勢を常に正し、幼いなりに尊厳を保とうとしておられました」


 宰相も言葉を添えたが、国王は表情を緩めない。


「それはそうなのだが、儂はもっと幼い頃の印象が強すぎてな。成長していないのではないかと心配なのだ」

「幼い頃、とおっしゃいますと?」

「あの時の事ですわね」


 宰相が尋ね、王妃が頷くと、国王は背凭(せもたれ)に体を預け、宙を見上げて思い出話を始めた。


「ああ、十年ほど前、ユーキが四、五歳ぐらいの時か。儂とこいつとで、あいつの祖母のマルガレータの所へ私事で行った時のことだ。茶の席で、あいつもおってな。良く知らぬ偉そうな儂の前で緊張して岩ゴーレムのようにカチコチになっておった。少し(ほぐ)してやろうかと思って、水を一杯持ってきてくれと頼んだ。呼び寄せて褒美に飴をやろうと思ったのだ。

 ところが奴め、緊張し過ぎて近くに来て足が(もつ)れてな。儂に器の中身を()()けおった。もう絵に描いたように狼狽して、それでもはっと気を取り直して威儀を正して直立不動で謝ってなあ。王族は人前では泣くものではないと躾けられていたのであろう、目に涙が一杯になっても必死に歯を食い縛って我慢しておるのだ。可哀想やら可笑しいやらで、こっちもどうして良いかわからんで困った」


 国王がユーキの幼い姿を思い浮かべて笑いを零すと、王妃も微笑んで付け加える。


「陛下が『次から気を付けるように』と許された後、お祖母様の所に行ってまた謝って、我慢しては体に悪い、ここは私的な場で余人に聞こえないから泣いても良いと許された後はわんわん泣いていましたね。あまりの可愛さに、妾は笑いを(こら)えるのに苦労しました。あのころから正直で真面目な子でした」

「その印象が強すぎて、なかなか成長が目に付かんのかもしれんな」

「母親似ではありませんわね。笑いを堪えると言えば、あの子の母親のマレーネの御目見えの時と言ったら……」


 王妃が扇を拡げて笑いを隠すと宰相が応じた。


「御妃様は笑いを我慢しすぎられて腹痛を起こされましたな」

「そうよ。思い出しても笑いが止まりませんわ。陛下に『女性王族としてどう国に貢献するか』と問われて、マレーネったら『私は王族としてこの一身の全てを国に捧げるつもりでおりましたが、そう問われるということは、王族は男女で差があると陛下はお考えの御様子。大変に興味深く、どのように差があるのか具体的に御教示いただきたくお願いいたします』って問い返したのよ。陛下が言葉に詰まって、鼻を()まみ上げられたコボルトのように口をパクパクさせた所、妾はあの時始めてみましたわ」

「そうでした、そうでした。その後さらに、三代前の女王陛下を引き合いに出されて……」


 予期せず出てきた自分の負け戦の話をさらに蒸し返されそうになって、国王が慌てて遮った。


「その話はもう、止めてくれ。マレーネは母親似の気の強い女で、儂は本当に苦手なのだ。いつか、ギャフンと言わせてやりたいものだが。ユーキはそこは似ておらんで良かったわい」

「そうかも知れませんわね。優しくて、頭は良い子で、武術も学術も真面目に取り組んでいると聞きます。今日のスタイリスの(あしら)い方も、ただの正直者にはできませんでしたわよ」


 国王は宙を見たまま、嘆息した。


「スタイリスか。あれはいかんなあ。あれは姿形は素晴らしいが、中身はただの猿だ。占めている地位は自分の方がユーキより高いと皆に見せ付けようと詰問するとはな」

「ユーキは事を荒立てまいと堪えて、スタイリスの庶民人気を褒めて巧く収めましたわね」

「うむ。確かにあれは巧かった。スタイリスはユーキが(へりくだ)ってみせたので満足したのだろうが、見方を変えれば手を振るだけの人形扱いされたことになっておるのに、まるで気が付かんとはなあ。この先、心配だ」

「そうおっしゃいますな。スタイリス殿下は、確かに庶民人気を気にし過ぎるところはお持ちですが、自分の地位をきちんと意識するのは、王族として当然のことと思います」

「その地位をどう使うべきかまでは、頭が回っておらんようだが」

「それは(しか)るべき役を得た後のことでしょう」


 宰相が取り成すと、国王は冷たい声を出した。


「お前は相変わらず、スタイリスには甘いな」

「左様でしょうか? 私はそのつもりはございませんが」

「いや、甘い。あいつは閣議の傍聴にも殆ど顔を出さんが、(たま)に現れた時に儂が問いを放っても、あいつが碌に答えられぬと見るや、すぐにお前が救いの手を伸べるであろうが。あれはどういうつもりだ」

「それは陛下、甘やかすためではございません。今や多くの貴族は、スタイリス殿下はお若い王族の中で抜け出た存在と目しております。その殿下が大臣諸侯の揃う閣議の場で面目を失うようなことがあれば、王家そのものが軽んじられることになりかねません。陛下の御下問を殿下が弟君のクレベール殿下や、所管の大臣局長や私に流されるのも、御自身のそのお立場を(おもんばか)られて、周囲を引き立てるようとしておられるのでしょう」

「そういうこともあろうが、そもそも本人が自分の意見を述べられんようでは、仮に人の上に立つことがあってもお飾りがせいぜいになる。手を引くのもほどほどにして独り歩きさせよ」

「お叱り、承りました。気を付けます」


 宰相がお道化て体を縮めてみせると、国王は眉根に皺を寄せてみせた。


「なんだ、それは。シェルケンの真似か? 宰相府は大臣も次官も阿諛奉承(あゆほうしょう)の輩を揃えておるのか?」


 そう言うと王妃と宰相は「ぷっ」と噴き出して「おほほ」「わはは」と笑い始めた。


「シェルケン侯爵。今日は久しぶりに姿を見ましたわね」

「閣議は腰痛で欠席続きですが、少しは良くなったのでしょうかな」


 二人とも笑声の後には軽口を重ねた。

 宰相府次官シェルケン侯爵は東宮局長官も兼任しているが、いずれも名誉職で大きな権限は持っていない。ただ一つあるとすれば、病床にある王太子とその嫡女の王孫メリエンネ王女の生活の世話をしていることだろう。

 彼は伯爵家の庶子として(くすぶ)っていたのが古くから続く侯爵家に婿入りして爵位と役職を得た。暫くはそれに満足して大人しくしていたが、それだけでは物足りなくなったのか、実家を継いだ姉の伯爵と共に一派を構えて権力を養おうとあれやこれやと(うごめ)いているが、上手くいっている様子は無い。その一方で、閣議には腰痛と称して現れようとしないのは、国王の御下問に碌な答えができず叱責されるのを恐れてのことと噂されている。

 本人は策謀家と自認しているが、周囲からはあちらこちらにおべっかを使って回る軽輩と蔑視(べっし)されているのが実情である。


「まあ、閣議に出たところで何かの役に立つような男ではないからな。それは別に構わん。だが、近頃は他派に引き抜きを掛けているようだが」


 国王が宰相に尋ねると、宰相は笑った声の軽い調子のままで答えた。


「そのようですな。応じる者もいるようですが、爵位を得て間もなく、シェルケン侯の中身を知らない若者ですな。元の派閥でも軽んじられていた下級貴族ばかりで、大きな波風とはなりますまい。あの一派での意味のありそうな動きと言えば、数年前に印章局員の娘を、継嗣の妃として受け入れたことぐらいでしょう」

「デイン子爵か。あの男もしょっちゅう腰痛で休んでおるな」

「結納代わりに侯爵から(うつ)されたのでしょうかしら?」


 王妃が軽口を挟むと三人の間にまた笑い声が行き交う。

 その笑声が収まると王妃が国王に言った。


「侯爵の継嗣は凡庸ながら親に似ぬ温厚な好青年、妃もとても心根の優しい娘ですわね。あの二人に代が移れば良いのですが」

「そうだな。シェルケンはメリエンネの世話から外したいのだが、あの家そのものは古くから続く名家だ。大きな落ち度も無く役職を取り上げて(きず)を付けるわけにもいかん。何事も無いうちにメリエンネが回復して独立してくれれば良いのだが」

「侍医からも東宮局からも『病は癒えている、体調が回復するのを待つのみ』との報告ばかりですわね」

「まあ、気力の問題だろう。メリエンネは責任感の強い娘だ。周囲があれこれ言ってはかえって障りになる。そっとしておく他は無かろう」


 病弱で寝た切りの孫娘の話になり暗くなった気分を変えようとしてか、国王は体を起こして声の調子を変えた。


「まあ、メリエンネもスタイリスもそうだが、ユーキはまだまだこれからだ。ゆくゆくは臣籍に下ろさねばならんのかもしれんが、暫く先のことだ。ここからどう変わっていくのか楽しみではあるな」

「そうですわね。陛下も、ユーキに見所があると思えばこそ、あのような問答をされたのでしょう? 駄目と見限られた者には、さして時間を掛けられませんもの」

「まあな。それではいかんのだが、最近はもう(こら)(しょう)が無くてなあ。詰まらん者の相手をすると、気力が続かん」


 国王が「はぁ」と大きく溜息を吐くと宰相が応じた。


「ツベル男爵の息子のことですかな?」

「あれは駄目だ。『何をしたい、どうなりたい』と尋ねても、『これから考える』しか言えんのだから」

「あの家の寄親のゲルプ内相が『誰を尊敬し目標としているか、そうなるために何をするつもりか』と助け船を出しても、『自分自身が庶民に憧れられる存在になることが目標だ』と(うそぶ)いておりましたな」


 宰相が御目見えでの男爵継嗣の不遜な態度を振り返ると、王妃が尖った声を挟み込んだ。


「陛下がお叱りになっても悪びれもせぬあの態度。その前のユーキが立派だっただけに、妾は情けないのを通り越して呆れてしまいました」

「お妃様、陛下が『馬鹿正直、糞真面目』とまで言われたユークリウス殿下と比べるのはさすがに可哀想ではないでしょうか。まだ心が幼く、自分が何者かをわかっていないだけかもしれません」

「そうでしょうか? あの太々(ふてぶて)しさ、自分を余程の者だとでも思っているのでは? 下町で遊び歩いて詰まらない悪さをしているという噂も聞いておりますわ、陛下」

「まあ、今までは子供の悪戯で済まされたのであろうが、あのままではいずれ問題を起こすだろう。かといって、儂らが今からどうこうするわけにもいくまい。親も寄親も頭が痛かろう」

「私の寄子でなくて、有難い限りです」

「だが、儂にとっては、王族も貴族も国民もみな我が子だ。親やゲルプが見放さずにうまく育ててくれれば良いが。まあ、この話はこれまでにしよう。済まんが侍従を呼んでくれ。茶をもう一杯もらうとしよう」


-------------------------------


 一方、ユーキは控室で椅子に座ってぐったりと体を伸ばし、謁見が済んだという安堵感に身を浸して休んでいた。そこに前触れもなく扉が開き、品の良さそうな老貴婦人が勢い込んで入ってきた。ユーキが立ち上がると、駆け寄っていきなり抱き着いてくる。


「ユーキ! 素敵だったわ! さすがは私の孫ね! お母さん、鼻が高かったわ!」

「お祖母様、お久しぶりです。痛いです。お放しください」

「あらやだ、昔のように、お母様と呼んで?」


 老貴婦人はユーキの事を抱き締めたまま放そうとせず、むしろぐいぐいと腕に力を込めてくる。

 この老貴婦人はユーキの祖母である王妹(おうまい)マルガレータ・ヴィンティア王女殿下である。彼女はユーキが幼い頃は同じ邸に住み、忙しい母と交代でユーキの相手をしてくれた。その時に「私はまだ『婆』ではない、世話をしているのだから『母』も同然だ」と言い放ち、ユーキに実の母は『母上様』、自分の事は『お母様』と呼ぶように強制したのだ。それを見て実の母のマレーネ王女までが「じゃあ私は『お母様』の娘だから『お姉様』で」とか言い出して、ユーキが混乱し周りの者が戸惑うこともあったが、それを見て「私はこんなに若いから、間違えられても仕方がない」と喜んでいるような人物だ。

 今は別に住んでおり未だに元気に公務に励んでいるが、夫が亡くなったのを機に王位を継承する意思はもう無いことを国王に伝えている。



「もう大人ですので。お祖母様」


 ユーキが振り解こうとしても、マルガレータは腕を緩めようとしない。


「つれないこと。女性の扱いを憶えないと、陛下のおっしゃった通り、妃の成り手がいなくなっちゃうわよ。そうだ、クルティス、クルティスはどこ?」

「クルティスは未成人なのでここへは来られません」

「そんなの気にする必要ないじゃない。久し振りにあの子も堪能したかったのに……」

「クルティスは七つの頃からお祖母様の腕を逃れる術を身に付けたじゃないですか。もう捕まりませんよ」

「そんなこと試してみないとわからないじゃない。私も最近、腕を上げたのよ? ほら」


 マルガレータは抱きしめた腕にまた力を込め、放そうとしない。


「何の腕ですか……とにかくお放しください」



 何とかマルガレータの腕から逃れ出ようとユーキが藻掻いていると、両親である王姪(おうてつ)マレーネ・ヴィンティア王女殿下と王姪配(おうてつはい)ユリアン・ウィルヘルム・ヴィンティア卿が入ってきた。


「ユーキ、立派だったぞ……っと、義母上様、何をなさっているんですか」

「何って、久し振りのユーキを堪能しているの」

「ずるいですわ、母上。ユーキは私のですわ」

「いーえ、私のなの」


 母のマレーネと祖母のマルガレータがユーキの取り合いを始めた。二人が縺れ合って祖母の腕が緩んだところで、何とか振り払うことができた。


「お二人とも、いい加減にしてください!」

「はーい」「……ケチ」


 ユーキは二人から素早く離れ、慎重に距離を取って立つと、姿勢を正した。


「お祖母様、母上様、父上様、本日は私の成人の儀に御出席くださり、誠に有難うございました」


 挨拶して、頭を下げる。


「あらあら、ご丁寧に。ユークリウス、成人おめでとう」「ユークリウス、おめでとう」「ユークリウス、おめでとう。これからも変わらず励めよ」

「はい」


 祝いの言葉に返事をしたところで父のユリアンが「堅苦しいことはこれで良いだろう。座って話そう」と言い、控えていたクーツに茶の準備を頼んだ。クーツが心得て部屋を出て行き、残った全員が椅子に座るとユリアンは話を始めた。


「ユーキ、さっきはよく頑張ったな」

「ありがとうございます、父上」


 ユーキがユリアンに頭を下げると、マルガレータとマレーネも話に入ってきた。


「陛下は若い者と問答をするのが好きなのよ。というか、若くて見所のある者ね」

「そうですわね。私の時も、伯父様……陛下には(いじ)められ……鍛えられましたわ」

「マレーネ、貴女の時は、『数少ない女性王族として、どのように国に貢献するつもりか』でしたっけね」

「へえ……母上は何と答えられたのですか?」

「そうねえ、話が長くなるから要約すると、『働くのに女も男もあるもんか』って言ったかしら」

「へ、へえ。それは、いいのでしょうか」

「そうね。貴女、つづめて言うと『三代前の女王陛下にも、そんなふざけたことが問えんのかよ』みたいなことも言っていた気がするわね」

「母上、それはさすがに陛下に対して失礼では」

「そうかしら? 陛下は何もお咎めにならなかったわよ。黙っておられたから、満足されたんだと思うわ」

「それは呆れて絶句されたのでは……」

「かもね。マレーネの答えを聞いているうちに御妃様が急な腹痛を起こされて、私たち、心配で陛下どころじゃなかったしね」

「陛下どころって……御妃様は大丈夫だったのですか?」

「ええ。私も心配で控室に戻られるのに付き添ったのだけど、謁見室を出た途端、大声を出して笑い転げていられたわよ」

「あら、そうでしたの」

「母上……」


 ユーキが母親を呼んだ語尾が消え、向けた視線が冷たくなりそうなのを見て、ユリアンが慌てて話題を変えた。


「ま、まあ、マレーネの事は置いておこう。今日はユーキ、お前が主役だ。話を戻すが、陛下の問いに、良く答えたぞ」

「あれで良かったのでしょうか。自分では、不甲斐なかった、もっと良い答えがあったのではと、今も考えていたのですが」


 謁見室でのやり取りを思い起こしたユーキの顔に影が差す。口調がつい深刻になったが、三人は一笑に付して口々に励ましてくれた。


「何を言っているの、ユーキ。良かったわよ。国民を第一に考えろと、陛下もいつもおっしゃっているでしょ」

「そうよ、満点よ。お母さん、嬉しくってよ」

「そうだ、あれで十分だ。だが、もし失敗したと思うなら、良く憶えていて次に活かせば良い。いいか、ユーキ。過ちを気に病んだり自分を責めたりするのは『悔恨』であって『反省』ではない。折角の貴重な経験なのだ。省みて良く考え、二度と同じ過ちをしないように自分の成長の糧にしてこそ『反省した』と言えるのだ」

「はい、父上」

「そうね。この後の祝宴でも貴族たちからいろいろ言われるでしょうけど、同じように頑張ってね」

「はい、母上」

「疲れるだろうが、最初が肝心だからな。一度侮られると、取り返すのに時間が掛かる」

「……緊張します」

「なあに、迂闊な事を言わずに、胸を張って笑っておけばよい。『コボルトは吠えるがフェンリルは無口だ』と言うだろう。口数が多いほど、中身が少なく見えるものだ」

「そうね、それに、暫くすればどうせスタイリスが話題も人も全部持って行ってくれるから、そしたら帰っちゃっても大丈夫よ」

「お祖母様……」


 祖母の言い様にユーキは苦笑いした。スタイリス王子はその美形振りで、常に宴席の花形である。どんな目的の会でも、途中からはスタイリス王子の周りに令嬢方の華やかな人垣が出来上がり、そのさらに周りを男たちがうようようろうろしている、というのがお馴染みの光景である。スタイリス王子自身も嫌がるどころか、それが当然のこととして振る舞っているので、人垣は厚くなる一方なのだった。



 結局この日も祝宴の当初こそ新王族であるユーキに注目が集まったが、すぐにスタイリス王子がおのずと視線を全部持って行き、ユーキとしては大過なく済ますことができて幸いだった。

 勿論、ユーキが初めて大勢の目の前で踊った舞踏をスタイリス王子は「マリオネットの棒人形のようだな。あるいは魔力の切れかかった木ゴーレムか?」と御高評くださり、さらにその後に当て付けがましく、(そば)にいた伯爵令嬢を相手にお手本をお見せくださったのだが。

 そのあまりに鮮やかな足捌(あしさば)きに、周囲はその前に踊ったユーキのことを忘れ去ったほどで、有難くもあり、また苦笑いするしかなかった。


 いみじくも、マルガレータが言った通りだった。


「こういう時だけは役立って便利なのよ、あの子」


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 その祝宴では、会場の片隅でこんな会話もなされていた。


「シェルケン侯爵閣下、ユークリウス殿下が気に入ったの?」

「おぉう! ペトラ姉さんか。吃驚(びっくり)するから後ろから声を掛けないでいただきたい」

「あら、後ろ暗い事でもおあり? その(しか)め面、謁見室での作り笑顔とは大違いね」

「人聞きの悪いことを。あんな若僧、どうでも良いが、ああ言っておけば印象はいいでしょうからな」

「あら、私は悪くないと思ってよ。若くて可愛い子じゃない」

「スタイリス殿下には程遠いと思いますが?」

「嫌よ。スタイリス殿下はもう(とう)が立っちゃっているわ。私には、これからフローラがやってくるユークリウス殿下の方が。それに、そこまで美形でなくても、王族の血が入っているだけあって、悪くない顔よ? 上手く取り込めたら、私に頂戴ね。ふふふふ、楽しみ」

「しっ。声が大きいですぞ、姉上」


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