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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第四章 若者たちへの試練

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第七十七話 監察団到来

前話同日午前


 監察団が時間調整の名目で立ち寄ったローゼン大森林での出来事の後、正使スタイリス王子は魂が抜けたようになっていた。その馬の進みは驢馬のように遅く、前方を急ぐ子爵の馬車の姿を見ることはなくなった。

 周囲の者も、とぼとぼと進む正使殿下を急き立てることができるはずもなく、結局子爵から遅れること二日、大森林から三日後の午前中に監察使一行はピオニル子爵領に入り、領境で衛兵長とその率いる衛兵隊の出迎えを受けた。


「失礼致します。私は本領の衛兵長を仰せつかっております、ハウトマンと申します。国王陛下がお遣わしくださいました監察正使スタイリス・ヴィンティア王子殿下の御一行様でしょうか」

「如何にも」

「ようこそいらっしゃいました。子爵は本来ならば自らお迎えに上がるべきと承知しておりますが、監察使様を(かしこ)み自邸にて慎んでおりますゆえ、私が命じられて参上致しました。僭越ながら、御閲兵の準備が整っております」


 誰何にスタイリス王子の従者が応じると、衛兵長は頭を深く下げたまま挨拶をする。その(うやうや)しさにようやく気分を取り戻したのか、スタイリス王子は馬を前に進めて鷹揚に応じた。


「出迎え御苦労。だが、今回は国王陛下の御名代とはいっても、監察が目的だ。過剰で面倒な儀礼は不要だ」

「承知致しました。それでは早速子爵邸へと案内させていただきます」

「うむ。(しか)るべく」


 引き下がった衛兵長が号令すると、衛兵隊は一斉に監察団の前後に分かれて護衛の隊形を調えた。その中心では衛兵長の馬に先導されてスタイリス王子たちが街道を進んで行く。

 監察使が来ることは既に知れ渡っていたようで、ピオニル領の各町や村に入るごとに領民が街道の両脇に立ち並び、頭を下げるふりをして一行の様子を盗み見ている。

 その中では村娘たちが口々に「あの方がスタイリス殿下よ」「素敵!」「お噂以上の美形……」「御髪(おぐし)も綺麗……触ってみたい……」「お傍に近付きたい……」「こっち! こっち見た! あたしを見て下さった!」「いいえ、わたしよ! わたしに目配せをくださったのよ!」とか言っているのが聞こえてくる。不敬に当たる恐れがあるから聞こえないように小声にした方が良いのだが、田舎の娘のやる事で、遠慮なく大声で喋っている。

 随行の何人かははらはらしてスタイリス王子の様子を窺うが当人はむしろ御機嫌が直ったようで、この二日間の腑抜けた様子はどこへやら、馬上で(すこぶ)る気持ち良さげに体を揺らしている。田舎娘だろうと何だろうと人気があるのは喜ばしいと言うか、誉め言葉が五月雨のように降ってくるのが当然で慣れっこなのだろう。



 途中で早めに軽い昼食休憩を取った後、午後早くに一行は子爵邸に着いた。門を入ると、子爵が邸の前で使用人たちを付き従えて出迎えのために待っていた。正使殿下が馬から降りるのを待ちかねるように小走りに近付いてきて頭を下げた。


「監察使様、本日は私のために御足労をお掛けして申し訳ありません。何卒(なにとぞ)よろしくお願い致します」


 正使スタイリス王子はそれをちらと見たが、何も言わない。クイッと顎を振って促すと脇に控えていた従者が進み出た。


「子爵様、お出迎え有難うございます。殿下は立ち話は好まれません。お話は座って落ち着ける場所でお願いいたします」

「畏まりました。こちらへどうぞ」


 子爵が先に立って一同を案内して邸内に移動し、会議用に(しつら)えられた大部屋に入る。関係者が大机を挟んで着座するのを見計らって、子爵が立ち上がって頭を垂れて切り出した。


「本日はお越しいただき有難うございます。失礼ながら自己紹介させていただきます。私が当領の領主子爵、ペルシュウィン・ピオニルであります。何卒よろしくお願い致します」


 正使スタイリス王子が勿体ぶって頷く横で副使クレベール王子が返答する。


「子爵、本日はクリーゲブルグ辺境伯およびネルント開拓村から提起された訴訟の件について、国王陛下の御指図により調べに参りました。言うまでもなく御存じとは思いますが、こちらにあらせられるのが監察団の正使、王孫スタイリス・ヴィンティア王子殿下、私が副使を仰せつかった同じくクレベール・ヴィンティアです。随行の者については、折に触れて紹介したいと思います」

「御紹介有難うございます。今回、国王陛下、スタイリス、クレベール両殿下のお手を煩わせることになったこと、恐縮する次第であります。何卒、よろしくお願い致します」

「正使殿下。よろしければ何かお言葉を」


 スタイリス王子は副使クレベール王子とピオニル子爵のやり取りをどこか他人事のように聞いていたが、副使に促されて正使のするべきことを思い出し、子爵に声を掛けた。


「ん? ああ、そうか。おほん、子爵、隣領と領民から訴えられるとは気の毒だが、今更言っても是非もない。思う所あらば、取り調べの際に明らかにするように。素直に応じれば、陛下の御心証もよろしかろう。心するように」

「はい」


 子爵は儀礼としての挨拶の間中ずっと恐縮して頭を下げていたが、(ようや)く少し視線を上げた。それでもまだ、王子たちの顔を見ることはできない。その両肩が少し震えている。

 監察使側はそれぞれに子爵の様子を見ていたが、副使クレベール王子が静かに取り調べの口火を切った。


「スタイリス殿下、では、よろしいでしょうか」

「ああ、クレベール、始めろ」

「では、子爵、お座りください。まずは訴えの内容について確認致します。それぞれ認否を明らかにしていただきたい」

「承知しました」


 子爵は細い声で返事をすると慌てて椅子に腰を下ろした。椅子の脚が強く床に(こす)れて耳障りな高い音が室内に響く。座った後も姿勢を正そうと落ち着きなく体を揺らす。

 クレベール王子はその様子を感情の籠らない眼で見ていたが、子爵が体を何度か動かした末に何とか落ち着けて震えも少し治まったところで、携えていた書類入れから取り出した紙片に目を落として質疑を開始した。


「ひとつ、隣接するクリーゲブルグ領領主との契約に於いて、小麦の栽培に付き該領との領境より六マイル以内ではこれを行わずまたその他に於いても農村自給を超えない程度に抑制する定めがあるにも関わらず、これに違背して領内で全面的に栽培を拡大し、一方でクリーゲブルグ領からの代償である小麦粉の援助に付いては従前通りこれを受納していること」

「……」


 子爵は口を閉ざしたまま何も答えない。クレベール王子は視線を上げて子爵を見た。


「子爵、如何ですか? 認否いずれですか?」


 促されて子爵は漸く口を開いた。


「小麦栽培の拡大は確かに命じました。ただ、全面的と言われると……」

「否認されますか?」

「わかりません」


 子爵が無表情で述べる要領を得ない答えを聞いて、クレベール王子は眉間に皺を寄せた。


「『わからない』とは?」

「作付の場所や面積とかは代官に一任しましたのでわかりません」

「代官からの結果報告は?」

「受けておりません」


 問い質されても木で鼻を括る様な子爵の返事に、正使スタイリス王子が口を挟んだ。


「その代官はこの場にいるか?」

「本日は不在です」

「それはまた……」


 スタイリス王子も美しい顔を(しかめ)たが、一件ごとに引っ掛かっていては埒が明かない。クレベール王子は気を取り直して先に進めることを申し出た。


「スタイリス殿下、各項目の詳細な調べは後にして、認否を進めたいのですが、よろしいでしょうか」

「そうだな。よかろう。続けよ」


 正使の是認を受けて、クレベール王子は問いを続けた。


「ひとつ、先の契約に於いて小麦粉の援助と均衡を取るためにクリーグブルグ領との間の関税を無税とする定めに違背して、同領から来領した商人より高率の関税を徴収した事」

「……」


 子爵はまたすぐには応じない。


「如何ですか? 黙っておられるということは、お認めになると受け取ってよろしいか?」


 また促されて今回も無表情のまま渋々と答えだした。


「良くわかりません。関税収入を増やすべきと代官から進言を受け、『そうかも知れんな』と応じた記憶はあるのですが」

「税率については?」

「存じません」

「代官が決めたのですか?」

「そうかも知れません」

「報告は?」

「受けておりません」


 再びの要領を得ない回答に、聞いていた監察団の全員が無言で眉を(ひそ)める。その静けさの中で、クレベール王子は冷静な声で淡々と取り調べを続けた。


「では、次、最後になりますが、ひとつ、該領内のネルント開拓村に対し、先代子爵が交わした地租に関する契約の有効期間中であるにも関わらず、一方的に破棄と増税を申し渡した事」

「領内全般にわたって増税は命じましたが、先代と各村との契約については聞いた事がありません」

「契約書は?」

「見た事もございません」

「先代から何かの引継ぎは?」

「長い人事不省の期間の後に亡くなりましたもので、引継ぎも何も」

「……先代のお部屋はお調べになられましたか? 書類などが残されていたのでは?」

「父の執務室はそのまま引き継いでおりますが、そのようなものがあるとも知らず、特に探しておりません。もっとも、私は王都で忙しく、殆ど使っておりませんが」

「御存じないと」

「はい、辺境伯様との契約も含め、全て存じません。ですから、『違背』などと訴えられたり責めを受けたりするのは何とも遺憾です。憤りすら感じます」


 (にべ)もない答えに、クレベール王子がつい、声を高くする。


「子爵、契約を破られた側には、それは通じませんよ」

「しかし、知らぬものは知りません。代官に任せてありますので」


「ふん。なるほど、『知らぬ』は万能の方便だな。憶えておこう」


 スタイリス王子が面白いものを聞いたかのように楽しそうに皮肉を挟むと、子爵は視線をそちらに移して顔を卑屈に歪めながら答えた。


「そうおっしゃいましても……ですが、クリーゲブルグ辺境伯様の方では、私が派閥を離れた事の御不満もおありなのでしょう。そちらについては、再度交渉させていただいても良いと考えております。もし手切れの際にこちらに不備があるのでしたら、若干の譲歩は可能かと考えます」

「では、契約について御自身の落ち度をお認めになる?」

「いいえ、そういうわけではありません。それとは無関係に、手切れの条件に付いて交渉をお望みであれば応じるのに(やぶさ)かではない、ということです」


 ()かさずクレベール王子が問い質すと子爵の(へつら)い笑いは顔から消え、素っ気ない態度と応答が返ってくる。王子は諦めたように声の調子を戻した。


「それでは、纏めますと、三項目の全てについて、契約の存在を知り得なかったため、子爵御自身は過失・故意を問わず責を負うことを一切認めない、ということでしょうか?」

「はい、然様(さよう)であります」

「契約については、辺境伯領・開拓村のいずれについてもその存在をお認めになっていない、ということですね?」

「はい。知りようもありませんので」

「もし存在した場合にはどうされますか?」

「仮定の質問には答え難いですが……辺境伯様とは手切れしており、その時点で既に無効と考えます。開拓村についても先代との契約であれば、私との契約ではありませんので無効と考えます」


 誰一人として考えもしなかった答えに、室内は再び気まずい沈黙に陥る。

『契約があろうがなかろうが、俺は知らんし関係も無い』という主張である。『それはおかしい、理屈も何もない、そんな無茶が通じるか』と、随行者たちもそれらの言葉が一斉に喉まで上がるが、皆何とかそれを呑み込んだ。その中で正使殿下のみは笑みを浮かべて周囲を見回している。

 監察団一同の思いを代弁して、クレベール王子が確認を求めた。


「先代は先代、自分は自分、先代が結んだ契約があったとしてもそれに従うおつもりはない、ということですか」

「はい」

「爵位と領地は受け継ぐが、契約は受け継がないということですか? 虫が良く聞こえますが」

「どう聞こえるかは存じませんが、爵位と領地は国王陛下からの戴き物、契約は先代が自分で結んだもの。一緒に論じられるのは如何かと思います」

「失礼ながら、そのお考えでは、貴領と契約を結ぼうという者は今後いなくなるかもしれませんね。いや失礼、これはただの感想です」


 誰でもが思うであろうことをクレベール王子がつい洩らすと、ただ一人楽しげに聞いていたスタイリス王子が言葉を(かぶ)せて遮った。


「クレベール、止めよ。まだ認否の段階だろう。仮に子爵の言うことに理があるなら、無実の訴えと言うことになる。潔白の者を非難するのは良くないのじゃないか?」

「はい、殿下。子爵、今言ったことは取り消します」


 クレベール王子の言葉に子爵が大きく息を吐き、勢い込んで尋ねる。


「いえ、では、私の疑いは晴れたと考えてよろしいでしょうか?」

「いいえ、今のは訴えについての認否を伺ったまでのこと。これから事実調べを行わねばなりません」


 クレベール王子が次の手順に移ろうとした時に、随行者の席から声が上がった。


「正使殿下、失礼ながら、よろしいでしょうか」


 スタイリス王子が声の方を見ると、随行見習であるユークリウス王子がこちらに向けて身を乗り出している。


「何だ?」

「はい、一点だけ確認致したく」

「言ってみろ」


 正使殿下の許可を得て、ユーキは子爵に向き直ると勢い込んで尋ねた。


「辺境伯側から、契約通りに去年と同量の小麦粉を既に送っているとの主張がありますが、これについてはどうお考えか伺いたく」


 見知らぬ若者に横合いからいきなり差し挟まれた質問に、子爵がユーキをキッと睨み付けた。


「貴方は何者か! 名乗りもせぬ随行にすぎない者に、不躾にどうこう言われる覚えはない!」

「まあ、まあ、子爵。私が発言を許したのだから」


 スタイリス王子が如才無げに声を掛けても、子爵の怒りは収まらない。貴族家当主の高い誇りが傷付けられたと言わんばかりに声を荒げる。


「しかし! どこの(なにがし)ともわからぬ者が爵位を持つこの私に対し、無礼ではありませんか!」

「この者はユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティアという」

「え……」


 だが、その勢いは正使が告げた名前を聞くとたちどころに消え去った。顔を蒼褪(あおざ)めさせた子爵にスタイリス王子は楽しそうに追い打ちを放った。


「名前でお判りだろうが、私の親族で王位継承権も持つ者だ。社交に不熱心で世間が狭い男だから、御存じなかったのであろう。若輩ゆえ、今回は見習として随行を陛下から命じられている。私に免じて今回は許してやってくれないか」

「ユ、ユークリウス殿下……こ、これは知らぬ事とは言え、失礼を申し上げました……」

「いえ」


 王族に対し礼を失したと知り慌ててユーキに頭を下げる子爵の姿を面白そうに見た後に、スタイリス王子はわざとらしく『ふぅ』と溜息を吐き、ユーキに向かって厳しい声を出して見せた。


「ユークリウス、以前も言ったがお前は王族としての威厳が足りん。それゆえこのような誤解も招く」

「申し訳ありません、正使殿下」

「精進が足りんな」

「励みます。それはそれとして、子爵にお答えを頂いてもよろしいでしょうか?」


「は?」


 まだ狼狽から立ち直れず気の抜けた声を出した子爵に、ユーキは再び問う。


「辺境伯側からの小麦粉支援についてです」

「そ、それはその……勝手に送ってくるものですから……まあ……」

「送ってきたから受け取り、一方でこちらでは契約を破棄した、と?」

「ええ。いえ、先程も言った通り、私は知りませんし、あったとしてもこちらからの破棄ではなく、手切れで契約は終了と」


 子爵の答えに、ユーキは間髪を入れずに問いを重ねた。


「小麦粉を受け取ったことはお認めになるのですね?」

「……はい。代官から伝えられたかもしれません。ですが詳細にはわかりません。何分、代官に任せておりますので」

「受け取ったことは承知していて、その基となる契約は御存じない? それはおかしいのでは?」

「……」

「小麦粉を受領した理由を代官にお尋ねになられませんでしたか?」

「………」

「如何ですか? お答えを」


 俯いて黙り込んだ子爵にユーキがさらに問いを重ねて斬り込む。随行者たちの何人かも子爵の方に身を乗り出し息を詰めて答えを待とうとしたが、子爵が耐え切れなくなる前にスタイリス王子が遮った。


「待て、ユークリウス。王族たる者が、陛下の赤子である貴族を声高に詰問するとは何事か。お前は見習だ。正使である私を差し置いて先走るな。控えていよ」

「……はい。申し訳ありません、スタイリス殿下」


 ユーキが引き下がると、正使殿下は満足そうに顔を緩めて子爵に向いた。


「さて、子爵。答えてもらおうか。辺境伯領からの小麦粉だったか。受け取った理由は?」


 子爵はユーキに問い詰められたことで狼狽し馬脚を現そうとしていたようだが、スタイリス王子がユーキを窘めている間に一息入れることで落ち着いたのだろう、態勢を建て直して正使殿下に向いた。


「いえ、私の勘違いでした。代官からの報告は別件で、シェルケン侯爵からの支援についてのものでした。辺境伯からの送付については報告を受けておりません」


 子爵はそう言って口角を上げた。そう、代官とのやり取りの書簡は全て焼き捨てるように指示をしてあったのだ。自分が報告を受けた証拠は何も残っていない。残っているはずがない。ならば『知らない』で押し通せばよい。


「先程は認めたではないか」

「撤回いたします。副使殿下も先に御発言を取り消しておられますし」


 そう言われて、正使殿下は返す言葉が無くなった。


「……まあ、突然の訴えで混乱しているのだろう。多少の記憶違いは止むを得ん。そうだな、クレベール?」

「はい」


 追及が止まり、子爵は大きく息を吐き体を椅子の背(もた)れに預けた。額から脂汗を流し、見るからにほっとした様子だ。

 ユーキは、そして身を乗り出していた随行者たちも、残念そうに体を後ろに戻した。クレベール王子は子爵の様子を冷ややかに見ていたが、調査を続けるべく話を戻した。


「他には何か確認したい者は……いないようですね。では、認否はこれで良いとしましょう。事実調べですが、スタイリス殿下?」

「ああ、クレベール、予定通り進めろ」

「承知しました。では、子爵、まずは御自身の執務室を拝見させていただきたい」

「承知しました。こちらへどうぞ」

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