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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第四章 若者たちへの試練

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第七十三話 反逆

承前


坂下


 岩の姿に怯えたニードたちが坂の下の曲がり角の先まで逃げ戻り、地面に崩れ落ちて、はあ、はあ、ぜい、ぜい、と息を()いていると、そこに領都で雇った傭兵四人がやってきた。

 何事かと思ってニードが上げた顔に向かって、四人の中で一番年嵩の男が言い放った。


「あんた、わかってんだろう。この戦いは圧倒的に不利だ。上の連中はこっちと違って準備万端だ。こっちは戦える人数も減っている。このままでは勝てっこない。一度領都に戻って仕切り直すべきだ」


 ニードは男の顔を見返した。無表情の中にも目に確信が見える。男の周囲にいる他の男女三人の傭兵も重々しく頷いている。だが、言いなりになるわけにはいかない。


「そんなことはできん。この坂を登ってしまえば、こっちのものだ。あんな奴等、ボロボロにしてやる」

「じゃあ、仕方がない。俺たちはもう降りる。ここから先は、あんたたちだけで行けばいい。精々気張って登るんだな」

「何だと? 今頃何を言ってるんだ。そんな事は認めん。契約と違うだろうが!」


 ニードは何とか立ち上がって男を睨んで怒鳴り付けたが、男は動じず言い返してくる。


「それはこっちの台詞だ。俺たちは衛兵の振りをするだけと言われてきたんだ」

「ああ、振りだ。反逆者を討伐するのも衛兵の振りの内だ。ちゃんとやってもらおうか」

「勝手なことを言うな。そんな屁理屈のために命を投げ出す奴はいない。これは契約と違う。俺たちは帰る」

「おい、傭兵風情が付け上がるなよ。ギルドに報告して、二度と働けないようにされたいのか?」


 ニードは男に詰め寄って胸倉を掴もうとしたが、男は素早く跳び下がって(とぼ)けた声を出した。


「あれ? これはギルドを通さない自由契約じゃなかったか? いやそれ以前に、金のやり取りはまだしてないぞ。どうせ、終わった後には値切るつもりだったんだろうしな」

「くそっ、おい、こいつらを取り押さえろ!」


 ニードは振り返って衛兵に命じたが、誰も動こうとしない。焦る様子を見かねてボーゼが口を出した。


「旦那、怪我で人数が減ってるのよ。ここで仲間割れしてどうすんのよ」

「旦那じゃない、代官様だ!」


 ニードはボーゼに言い返したが、確かにここで割れては反逆者共を喜ばせるだけだ。思い直して、無理にも声を和らげて傭兵に言った。


「お前たちの言い分はわかった。最初の契約の、さらに倍額を出す。間違いなく払うから、ここで降りるのは考え直せ」

「いいだろう。但し、即金だ」

「何を言ってるんだ? そんな金が今あるわけないだろ? はっ、考えればわかりそうなもんだ」


 ニードは呆れて、思わず相手を馬鹿にした声を出してしまった。それを聞いて、今まで冷たいながらも平静だった傭兵の声がきつくなった。


「だったらごめんだ。上の連中との話を聞いていたが、あんた、契約を破って増税しようとしているんだろう? 俺たちとの契約を破らないと言う保証がどこにある?」

「おいおい、あいつらを信じるのか? あれは出鱈目だ。子爵様を讒訴しようとしてるんだ。犯罪者を信じてどうするんだ」


 何とか丸め込もうとしても、年嵩の男は首を縦に振ろうとはしない。


「さっきのやり取りは俺たちも聞いていた。上の連中は、『契約を守れ、暴力を罰しろ』と言っていた。筋が通っている話だ。あんたの方は、『殺されたくなければ言うことを聞け』、だ。どっちが信用できそうかは、『はっ、考えればわかりそうなもんだ』」


 最後はニードの声音を真似て言う。


「貴様……」

「信じて欲しければ、全額を即金で払ってくれ。荒事は予定外だが、金の分だけは働く。傭兵だからな」

「そんな金はない」

「なら、話はこれまでだな。みんな、行くぞ」


 男は肩を(そび)やかして交渉を打ち切ると、仲間に指示を出した。


「あんたらも、こいつに付いて行っていいのか、考えた方がいいんじゃないか?」


 黙って様子を見ていた衛兵たちにも去り際に声を掛けてから山道を下り始める。


「おい、待て。待ってくれ」


 ニードが半ば哀願するように頼んでももう取り合おうとしない。背を向けたまま顔だけで振り返って吐き捨てるように言葉を返した。


「どうせ俺たちは傭兵風情だ。いてもいなくても、大して変わらないだろ。じゃあな」


 年嵩の男が言い捨てて先に立つと、残りの三人の傭兵も後ろを警戒しながら道を下って去って行った。



 どうすることもできずにニードが苦々しげに四人の後姿を見送っていると、抜き身の剣を傍らに置いて座りこみ、兜を外して水を飲んでいたボーゼが恐る恐る話し掛けた。


「旦那、いや代官様、どうすんの?」


 ニードは一瞬悩んだが、他に選べる道は無い。


「もう一度行くんだ」

「いや、無理でしょ」

「何だと?」


 ボーゼにも吐き捨てるように応じられ、ニードは一瞬呆然となった。ボーゼはその様子に構わず肩を竦めて言う。


「あの傭兵たちも言ってたでしょ。上の奴ら、十分に準備して待ってたのよ。何の策もなく進んでも、怪我人が増えるばかりよ。今度は死人も出るわよ。別の道を切り拓いて背後を衝くとか火攻めとか、何にせよ一度領都に戻って何か準備をしないと無理よ」

「駄目だ。戻っている暇はない。今日明日にも監察使が到着するんだ。とにかく行くしかない」


 ボーゼの提案をニードが突っぱねると、ボーゼの声が低く変わった。剣を掴んで立ち上がると、片眉を上げて冷ややかに言った。


「そんなに行きたきゃ、一人で行けば?」

「何だと?」

「あの岩を見たでしょ? 今度は怪我じゃ済まない。上の連中は命のやり取りをする覚悟で待ち構えてるのよ。そんな連中の所へ突っ込んでいくなんて冗談じゃない。もう沢山よ。死にたきゃ、どうぞお一人で」


 それを聞くとニードの顔から表情が消えた。腰に手をやって剣を抜き放ち、切っ先を持ち上げてボーゼの顔に突き付けた。


「命令に従えないのか。ということは、俺たちが上に行く前に、お前はここで先に死にたいんだな?」


 ニードの目が据わり、声も剣もぶるぶると震えている。どう見ても本気だ。

 危ない。刺激してはならない。ボーゼはゆっくりと両手を拡げて剣を落とし、そのまま上に挙げた。落ちた剣が乾いた高い音を立てて転がり、ボーゼの声もまた高くなる。


「わかった、わかったわ、悪かったわよ。波風を立てたいわけじゃないのよ」


 無理に笑顔を取り繕うと、ニードの肩から力が抜けた。剣は抜いたままで、顎をしゃくって坂の方を示して言った。


「わかればいい。とにかく行くんだ」

「でも、岩はどうするの? このままじゃ、また同じことを繰り返すだけよ」


 尋ねると、ニードはまだ震える声で答えた。


「策がある。今度は縦に一列で固まって行く。さっきのでわかったろう、山に添い、山肌に手を突いて進めば、滑らずに済む。岩は、いくつあったとしても、そんなに早くは動かせない。一度に一個しか来なければ注意していれば避けられる。上から棒で突き落とされそうになったら、逆に引き落としてやれ。後ろの者が前を支えてやれば、できるはずだ」


 酷い話だ。岩を早く動かせないとか、相手を引き落とせるとか、そんなのはただの思い込みにすぎない。こんなものは策とは言わない。だが、頭に血を昇らせて思い詰めている男に何を言っても無駄だ。

 ボーゼは顔を(しか)めて他の者を見回したが、皆俯いて何も言わない。

 こんな事はできれば避けたいが、止むを得ない。他に手が無いのなら、もう、そうするしかない。


 ボーゼは溜息を吐いて頷いた。


「わかった、行くわよ。でも、今度はあんたが鎧を着て先に立ってよ。あたしも他の奴も、疲れてるし腰が引けちゃってんの。先頭で手本を見せてよ、そうでなきゃ上手く行かないわよ。あたしが二番目で支えるから」

「……止むを得ん、良いだろう」


 ニードは、脚を突かれて血を流している男を剣で差し示した。


「ボーゼ、そいつの鎧を脱がせろ」

「誰か、やってよ。あたしは登るのに杖代わりになりそうな木を切るわ」


 ボーゼに言われて他の衛兵が傷付いた男を手伝って鎖帷子を脱がせている間に、ニードは(ようや)く剣を鞘に納めて剣帯ごと外して傍らに置き、今着ている革鎧を脱いだ。

 ボーゼはほっとして剣を拾って両手で持ち、適当な木を捜してか、ニードの側で周りを見回している。


 ニードは鎖帷子を受け取りながら呟いた。


「結局、頼りになるのは俺様自身だけか」


 その言葉が口から出た瞬間、ニードは脇腹に衝撃と強烈な痛みを感じた。

 力が入らなくなった手から鎖帷子が滑り、地面に落ちて大きな音を立てる。


「ええ、その通りね、旦那……じゃない、お代官様」


 顔を歪め、激痛を(こら)えて恐る恐る見下ろすと、ボーゼが両手で突き出した剣が脇腹に突き刺さり、湧き出た血が剣身の中央に掘られた(フラー)から流れて落ちている。

 ニードは(うめ)きながら素手で剣を掴み、声を絞り出した。


「……ぐ……何をする……なんでだ、ボーゼ、お前……」

「偉そうなことを言ってもあんたは所詮チンピラよ。脅しでしか人を動かせないような奴に、一つしかない命は預けられないわよ、お偉いお代官様」


 ボーゼは言い放つと、力を込めて剣を引き斬った。

 腹に深々と突き刺さっていた剣身が抜けると、鮮血が飛沫(しぶき)を上げて(ほとばし)り出る。全身から力が抜けて行き、ニードは堪らず崩れ落ちた。


「俺は……貴族に……こんな所で……」


 後は言葉にならない。視界が昏く霞んでいく。

 ニードは意識が消え去るまで、自分の夢と命が傷口から流れ去って行くのを感じることしかできなかった。



「ええ、こんな所でよ。お貴族様気取りのチンピラには上等過ぎるぐらいでしょ」


 ボーゼは剣を構えてニードが事切れるのを見守っていたが、その手足の震えが止まり開いたままの目の光が消えると、憎々しげに毒突いて亡骸に足を掛けた。思い切り力を込めて道の端に蹴り転がす。


「そこで御領地を後生大事に抱えていやがれ、似非(えせ)貴族の破落戸(ごろつき)代官様」


 腕を拡げて俯伏(うつぶ)せになった亡骸に吐き捨てるように言うと、唾を吐き掛けた。


 周りの衛兵たちはその成り行きを呆然と立って見ていたが、王都組の一人が呟いた。


「殺しちまいやがった……」


 ボーゼは血塗れの剣を肩に担ぎながら、そっちを見て応じた。


「あたしがやらなきゃあ、あんたたちも全員、こいつの道連れでえらい目に遭う所だったのよ。違う?」

「そうは言っても、代官殺しは重罪だぞ。どうするつもりなんだ」


 別の男が言った言葉には答えず、ボーゼは他の男たちに向かって言い放った。


「今のことは誰にも言うんじゃないわよ。あたしを止めなかったあんらたも同罪だからね。こいつは、坂の上の連中に()られた。いいね?」


 だが、誰も何も答えないままにこちらを冷たい目で見ている。

 ボーゼは素早く考えを巡らせた。


 どうも口止めは無理そうね。

 それどころか、あたしを捕まえると言い出しかねない雰囲気の奴もいる。こいつら、きっとあたしを衛兵長に突き出して、自分たちは代官の命令に従っていたと言い出すに違いないわね。(ごう)()く張りの能無し野郎のニードの無茶な作戦からあたしが助け出してやったというのに、この恩知らずの糞どもめ。何とかしないと拙いわ。

 でもこれだけ人数がいると、無理に脅すのは悪手よ。一人でこの場から逃げ出そうとするのも拙い。背中を見せた瞬間に飛び掛かってくるだろうし。

 主導権を手放したら終わる。どうする?

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