第七十二話 再攻
承前
坂下
ニード隊は二度目の攻撃のための隊列を整えた。
ボーゼを始めとして、金属製の鎧を着込んだ王都組の五人が先頭に横列を組み、ニードはその直後に、そしてその他の者がその後ろに並ぶ。
その様子を見てニードは満足げにすると、号令した。
「いいか、一斉に行くぞ。準備はいいか? 行くぞ、進め!」
合図と共に隊列は進み始め、角を曲がって坂に出る。
「急げ!」
ニードが命じるが、坂を登ろうとする鎧兵の速度は上がらない。
「急げと言ってるんだ!」
「旦那、いや代官様、こんな重い物、普段から着て歩いてるわけじゃないのよ。これが精一杯よ」
ボーゼが抗弁するが、ニードは聞く耳を持たない。
「いいから走れ!」
命じられるままに走ろうとしても、鎧兵は慣れない重武装の上に厳しい登り坂のため、急げば姿勢は自然と前に倒れる。後ろに続く者たちは、鎧兵が前屈みになるとその陰に隠れるためには膝を折り腰を落とさねばならず、前に付いて行くのが難しい。
隊員たちは前も後ろもあっという間に足腰を消耗し、隊列は崩れて長く伸びていく。
二十ヤードほど進んだところで、予期した通りにまた上から矢音がした。だが、「ギュンッ」という鋭い音はさっきとは明らかに違う、そう思ったとたんに「ギャッ」という悲鳴に「ドサッ」と倒れる音が続いた。
ニードが振り返って見ると何人かが肩や腕を射抜かれており、突き出た鋼の鏃が血濡れて光っている。
騙された。さっきの粗末な矢は囮だったのだ。鏃の付いたまともな矢も準備してやがった。
まんまと欺かれ罠に嵌ったと知ったニードが顔を歪める間にも、革鎧しか着ていない者たちは恐がって顔も上げられず、四つん這いになって転がりながら、あるいは矢を受けて倒れた者を助けようと引き摺りながら必死に曲がり角の向こうに戻ろうとする。ニードの方は見向きもしない。
鎧兵たちも後続がいなくなり躊躇したが、鎧の背に隠れたニードが怒声を上げて叱咤激励して後退を許さない。
「お前ら、退くんじゃない! 下がるな! 後ろの連中はもういい! 放っておけ! 構わず登れ! 前に進むんだ!」
さらに進むと、こちらにはもうニード以外は幸か不幸か鎧兵しか残っておらず、矢は飛んで来なくなった。坂を半分登っても、上からの反応は無い。
「いいぞ、奴らの手は無くなった。このまま進むんだ、登り切ったら身の程知らず共に思い知らせてやれ!」
ニードが言い終わったちょうどその時、前を進んでいたボーゼが足を滑らせて転んだ。それを切っ掛けにしたように、他の者も足を滑らせ始める。何があったんだと思った時、ニード自身も足を滑らせてつんのめりながら気が付いた。
くそっ、連中め、坂の上半分に荒砂を撒いてやがる。
「滑るぞ! 足元に気を付けろ!」
ニードが声を掛けたが、兵たちはずるずると滑り落ち、横列は崩れて形を成さなくなる。全員、止むを得ず剣を杖代わりに地面に突き立ててでも何とか進もうとする。
「進め! 何でもいいから進め!」
焦ったニードが熱り立って金切り声で命じるが、思うように進めないボーゼたちの耳には入らない。五人はそれぞれにばらばらな事を考えていた。
「(矢が来なくなったということは、上の連中は何か別の手を準備しているはずよ。静かなのはやばいわね……何をしてくるの? 対応できるように備えないと……)」
「(くそっ、これ以上右に滑ったら崖から落ちかねねえ。そうなったらこの坂どころかこの世とおさらばじゃねえか。もっと全体が左に寄らないとやばい……)」
「(このままばらばらに進んだんじゃあ、上まで辿り着いても各個撃破されちまう。何人いるかもわからないんだ、鎧を着ていても一斉に飛び掛かられて抑え込まれたらそれまでだ。やばい、何とか隊列を揃えて同時に突っ込まないと……)」
「(やばいぜ、このままじゃまともに登れねえし、登れても疲れ切っててまともに戦えねえ……。ここはやっぱり退くべきだ、下がりてえ……)」
「(こんな時は慌てずに逆にゆっくりと進むべきなんだ。俺みたいに山肌の草をつかめば、転ばずに済む……なんで縦隊に変えねえ、横並びはやばい……)」
ただ、その後には全員が同じことを思った。
「「「「「(ニードの馬鹿野郎、ちゃんと指揮しやがれ!)」」」」」
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坂上
開戦直後の相手の進撃を跳ね返して敵が曲がり角の先に逃げ込んだ後、他の仲間たちが次の迎撃の準備をしている間にもケンが坂の上から見下ろしていると、下で動きがあった。
荷馬車の残骸の付近を兵が動き回っている。何か荷物を引っ張り出している様子だ。
さらに暫く見ていると、敵が隊列を組んで曲がり角から出てきた。何列かの縦隊を組んでいる。
先頭の連中の姿が黒光りしている。恐らく鎧を着込んだのだろう。こいつらは脅威になる。だが、その後ろの兵は変わらない。頭を下げておっかなびっくりで進んでくる。鎧兵の後ろに隠れているつもりだろうが、全員が隠れ切れるわけがない。
ましてやこちらは上にいる。大半が丸見えだ。
「今度は鏃付きだ」
ケンは指示を出し、射手が頷いて立ち上がるのを確認した。鏃は無暗矢鱈に使えるほどの数は無い。今度は弓が最も上手い三人だけだ。
「もう十ヤード引き付けてからだ。狙いは後ろの連中だ、よく狙うんだ。……深呼吸しろ。……構えて……放て!」
息を揃えて放たれた矢は鋭い唸りを立てて飛び、敵の隊列に吸い込まれていく。一本は鎧兵に当たって弾かれもう一本は当たらなかったが、残りの一本は隊列の後ろの兵に命中し、悲鳴が上がると共に仲間を巻き添えに倒れて転がるのが見えた。
「もう一射だ! 慌てなくていい、三人揃ったら放つ。深呼吸して丁寧に番えるんだ。……構えて……放て!」
また一本が命中し、敵の隊列が大きく乱れた。鎧を着ていない兵たちが、負傷した者を庇いながらばらばらと逃げて行く。だが、鎧兵たちは少し躊躇しただけで、ゆっくりと前進を続けている。
ニードの奴もいる。腰を屈めて一番大きい鎧兵の後ろにうまく隠れてやがる。あの卑怯者め。
「弓は下がれ。石を急げ。それから、突き落としの準備だ」
「ケン! 岩が動かねえ!」
呼んだ声の方を見ると、落石用に細工した丸岩が、誘導用に埋めた二本の丸太の間で止まっている。二人掛かりで必死に押しているが、動きそうで動かない。
どういうことだ? 焦るな、落ち着くんだ。
動転しそうになるのを何とか堪えて観察すると、地面に落ちている石が楔のように岩の下に挟まっているのが見えた。
「ベノ、あの岩を少し戻して、下に挟まった小石を取れ。槍は俺がやる」
「わかった」
ケンは自分の近くにいたベノに声を掛け、彼が持っていた槍を受け取った。肩を叩いて走らせると、自分は坂下に視線を戻した。
ニードたちは荒砂に足を取られて思うように進めないでいる。こいつらには間に合う。引き付けても大丈夫だ。
だが最も山側の一人が突出している。山肌に手を突いて着実に登ってくる。こいつは何とかしないと登り切られてしまいそうだ。
「ジーモン、スミソン、一番右のあいつを突き落とすぞ。六尺棒で胸を突いて動きを止めろ。後は俺の槍だ。相手の体勢が崩れたら突き放せ。いいか、引き落されるなよ」
「おう、任せとけ」
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坂の途中
ニードは相変わらず兵たちを叱咤していた。焦りで金切声に変わっている。
「おい、しっかりしろ! 足元を良く見るんだ! 見ろって言ってるだろ!」
だが、坂の勾配は上に行くほど強い。荒砂の撒かれた量も多く、立って登ろうとしても思うに任せない。鎧の重さも圧しかかってくる。ニードも含めてそれぞれに藻掻き進むしかない。
だが、上からは何もしてこない。どうせ農民どもの貧弱な武器では、この鎧相手には手も足も出ないのだろう。登りさえすればそれでいい。
ニードがそう思ううちに、一番山側で山肌の草を手掛かりにしていた一人が、残り僅かなところまで登った。
いいぞ、もう少しだ、と見守ると、坂上の柵の間から六尺棒が一本、二本とその衛兵の胸元に伸びてきて突き落とそうとした。そうはさせじと衛兵が一本の棒を掴み、耐えるために踏ん張って動きが止まったその時に、坂上からもう一本の棒が足元に伸びてきて、鎖帷子で覆い切れていない脛を突いた。
「ギャッ」
突かれた衛兵が痛みに耐えかねて悲鳴を上げる。
違う、最後のは六尺棒ではない、槍だ。短いが細くて鋭い穂先が付いている。
脚を刺された衛兵はそれでも必死に踏み止まろうとしたが、平衡を崩したところを掴んでいた棒ごと突き放された。耐え切れずに後ろに倒れ、急坂を転がり落ちてくる。
それを見た残りの四人が足を滑らせながらも必死に急いで登ろうとする。
その時、ガラガラッと大きな音を立てて、大小の丸石が大量に転がってきた。足を取られる者、跳ね上がった石に当たって体勢を崩す者、兜の隙間から飛び込んでくる欠片が目に当たる者、皆進むに進めず四つん這いになって苦闘する中でボーゼが甲高い悲鳴を上げた。
「旦那! ヤバい! 上、上! 逃げろ!」
叫ぶなり、坂を自ら転げ落ちるように逃げ下っていく。
上を見るといつの間にか柵が取り除かれており、差し渡し一ヤード以上は軽くある大きな丸い岩がゆっくり動いてくるのが見える。あんなものが転がり落ちてくるのに当たったら、一溜もない。
残っていた全員、足を突かれて転がっていた者もニードも、血相を変えて坂下へ逃げて行った。




