第七十一話 開戦
承前
ニードの衛兵隊の荷馬車は九十九折の山道を抜けて、フォンドー峠への最後の急峻な坂の下に辿り着いた。
ニードは荷馬車の幌の中から坂を見上げた。
この光景を見る度に、これを登らなければいけないのかと嫌になる。以前の愚かな代官が開拓村を半ば放り出して村長に任せ切りにした気持ちが分かる。
全員が乗ったままでは、荷馬車はこの坂を到底登れない。ニードは荷台に乗っていた隊員に下車を命じた。二頭輓きだ、御者役と装備だけならなんとかなるだろう。自分たちは歩いて登らざるを得ないが、傾斜は厳しくとも距離は短い。
まあ、体を温めるためと思えば良いさ。後で村で剣を力一杯に揮う準備のようなのものだ。
隊員が降り、荷馬車を先頭に坂をゆっくりと登り始めた。隊員はぶつくさ言いながらその後ろからだらだらと付いて行く。
ニードは最後尾を進んだ。
少し登ったところで、上の方から物音がした。嫌な予感に駆られて見上げると、坂の上に複数の人影が見えたと思った途端に声が降ってきた。
「停まれ!」
停止を命じる上からの声に、ニードは反射的に叫んだ。
「上の者、何者だ!」
「お前たちこそ何者だ!」
誰何は逆に相手からの誰何で返された。ニードは前にいた隊員たちを突き飛ばして走り、隊列の先頭に出ながら叫び返す。
「領主たる子爵の代官だ! お前たちは開拓村の者か、無礼者め!」
「ああ、そうだ! だがこっちが無礼者ならそっちは無法者だ! 契約を破っておいて、何が領主だ、代官だ! 俺たちは国王陛下に訴えた! その御裁断が下りるまでは、代官面は止めてもらおうか!」
上からの声は澄み渡っている。
声の主が首謀者だろう。若く力の入った声だ。世間知らずの青二才が頭でっかちの正義感で訴え出たのだろうが、どうやら権威と権力の怖ろしさを知らないと見える。そんな奴は脅して賺すに限る。どうせ、監察使がこの領に向かって来ていることはまだ知るまい。知る者と知らざる者の差は大きい、情報の有無が交渉の優劣に繋がることなど、田舎者が知るわけが無い。
ニードは冷笑いながら叫び返した。
「ああ、下らない訴えは知っている! だがそんなものは無効だ、若僧め! 訴えたところで国王は貴族の味方だ、お取り上げになどなりはしないぞ! 却下で済めばまだ良い方だ! それどころか、不当な訴えで処罰に決まっている! 考えてみろ、王の罰は厳しいぞ! 悪いことは言わん、王都に引っ張って行かれて絞首台にぶら下がりたくなければ、今すぐ取り下げたらどうだ! そうしたら楯突いたことは目を瞑ってやらんでもない。鞭打ちも回数を半分に減らしてやるぞ!」
「無効? 本当に無効なら、取り下げも何もないだろうが! みんな聞いたか? 契約を平気でお破りになる代官様が、有難くも鞭打ちを減らしてくださるってよ! 『悪いことは言わん』だと? どの口が言ってるのか、見えないとでも思ってるのか!」
こちらを馬鹿にした返事と共に、ゲタゲタと大勢の笑い声がする。
ニードは坂の上を睨み付けた。
王都に訴え出たことで気が大きくなって逆上せ上っていやがる。だが、強気に出られるのも今のうちだ。こちらが本気だとは思っていないのだろうが、力の差を見せ付けられなければわからないのならそうしてやる。
振り返って顎を振り、衛兵たちに大声で指示を出した。
「進め!」
すると隊列が進む間もなく、「ヒュッ」という軽快な風切り音と共に矢が一本飛んできて、前方の地面に突き刺さった。
「下がれ、下がれ!」
「停まれといったろう! 次は当てるぞ!」
ニードが慌てて命じた後退に、上からの警告の声が被さって響く。
ニードは思わず後退ってすぐ後ろにいた馬の顔にぶつかり腰を地面に落としてしまった。醜態を部下に曝して顔を赤くしたが、立ち上がって態勢を立て直し、なんとか冷静を保ちながら考えた。
畜生、何て奴らだ。まさか、本当にやる気なのか? もしそうならこの位置関係は不利だ。勝つのは間違いなくとも、損害を出すと何かと面倒なことになる。止むを得ん。何とか騙して、上に登ってから痛め付けてやる。
ニードは声の調子を変え、懐柔を試みることにした。
「わかった、話し合おう! 今そこへ行くから待ってろ!」
「駄目だ! 話があるならそこで言え! 面白い話なら聞いてやる! どんな法螺話を聞かせてくれるんだ?!」
また笑い声が落ちてくる。さすがにすぐには無理か。だが、相手はどうせ田舎者だ。話をしているうちに折れてくるだろう。
ニードは相手の煽りを無視して叫び返した。
「いいか、良く聞け! 俺は北部の出身だ! あっちではエーカーに付き二ヴィンドの税率が当たり前だった! その上に追加の税が取り立てられたことも何度もある! それでも領主が国王のお叱りを受けたことなどない! 良く考えろ! 税率が高すぎるというお前たちの言い分に陛下が耳を貸されることは無いんだ! 北部とで不公平になるからな!」
これで、無知で馬鹿正直な連中はぐらついただろう。そうニードがほくそ笑んだときに上から返事が叫ばれた。
「随分杜撰な説得だな! お前、訴状を読んでいないんだろう! 俺たちが訴えたのは『この領で契約が破られたこと』だ! 北部のことなど関係ない!」
「……」
ニードは言葉に詰まってしまった。確かに訴えの内容を正確には知らない。子爵にがなり立てられて泡を食って確認しなかったが、訴状の写しが子爵に届けられている筈だったのだ。
自分の手抜かりに気付いて狼狽したところにまた声が落ちてきた。
「国王陛下が信義を重んじられる御方であることは、俺たちのような田舎者でも知っている! 契約を破った貴族様や代官様のことを陛下はどう思われるか、良く考えてみな! 陛下の罰は厳しいんだったよな! それともさっき言ったことをもう忘れたか? 鶏でももう少し物覚えがいいぞ!」
「煩い! 黙れ!」
ニードは思わず怒声を返してから犯した失敗に気付いた。相手を懐柔して騙そうというのに、安い煽りに頭に血を昇らせて、しかもその感情を相手に覚らせてしまった。
後悔する間もなく、相手は矢継ぎ早に叫んでくる。
「話し合いを望んだのはそっちだろう! 煩いのなら、耳を塞いでとっとと帰れ!」
ニードは歯を食い縛って深呼吸を繰り返した。何とか糸口を掴まないと。だが迂闊に下手に出ると付け込まれる。
「代官に対して無礼を言うな! 本来なら鞭打ちだぞ! だが今回に限って聞かなかったことにしてやる! だからこちらの話を良く聞け!」
「聞いてどうなる? 適当なことを言って騙しておいて、上がってきたら鞭でも棒でも揮い放題のつもりだろうが! 見え透いているんだよ! マーシーを袋叩きにしたことを、俺たちは忘れていないぞ!」
「あれはあいつが飛び掛かってきたからだ! 代官に暴力を揮ったんだ、死罪になるところを棒打ちで済ませてやったんだぞ!」
「お前がハンナを奪おうとしたからだろう! 子攫いこそ死罪だろう!」
「俺はそんなことはしていない! 何の証拠も無いだろうが!」
「証拠は無くても俺たち全員が見ているぞ!」
「こっちが否定したらそれまでだ! 代官と農民の、どっちが信用されるかは明らかだ!」
「じゃあ、居合わせた衛兵全員に聞いてみるか? 国王陛下が遣わされた監察使様の面前で、全員が都合よく嘘を吐いて話を合わせてくれるとでも思っているのか? やっぱりお前は鶏以下の大馬鹿だ!」
言い返されてニードはぐっと詰まった。周囲の衛兵の視線を感じる。ここにいる連中はボーゼ以外はあの時のことを知らない。だが、あの時居合わせた衛兵は今度は俺に従わずに全員が王都に留まった。監察使に証言を求められたら、喜んで本当のことを言うだろう。特に衛兵長の糞野郎は。
顔を赤くして黙り込んだニードに追い打ちを掛けるように最後通告が降ってきた。
「まだ話し合いたいのなら、こっちの条件を言ってやる! 税は元通り、違う代官を寄こした上で、お前は棒打ち三十回、それを領主様に国王陛下の監察使様の面前で誓ってもらう! 取り下げるかどうかは、棒打ちが済んだら考えてやる!」
「ふざけるな! そんなことができるか!」
「だったらもうお前とは交渉しないまでだ! 領主様御本人か監察使様を連れてこい!」
「何だと! よかろう、反逆罪で吊るし首にされたいなら、そうしてやる! おい、上にいる他の奴! その無礼な若造を捕まえて連れて降りてこい! そうしたら、そいつ以外は吊るし首は勘弁してやる! いいか、五分だけ待ってやる!」
すると上からまたどっと笑い声がして、同じ若い声が返事をした。
「さっきから何度も言ったろう! お前の言葉なんか誰が信じるか! そんな豚より馬鹿な奴は、この世にいねえよ!」
「何だと?!」
「俺たちは、死ぬ覚悟はもうできてるんだ、お前らと違ってな! 吊るし首にしたかったらここまでやってこい! それが嫌なら、五分でも百年でも間抜け面を曝して待つがいい! 野垂れ死にたきゃ好きにしろ!」
蔑まれ嗤いものにされて、ニードの堪えていた黒い感情が一気に膨れ上がった。
「畜生奴が」
もう我慢ならん。そっちがそのつもりなら、望み通り皆殺しにしてやる。多少の損害はもう止むを得ん。
ニードは濁った大声を爆発させた。
「いいだろう、後悔してももう遅いぞ! 全員、剣を抜いて進め! 斬り捨てて構わない! 目にもの見せてやれ! 攻撃だ!」
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坂上
「斬り捨てろ! 突撃! 突撃だ! 皆殺しにしろ!」
坂の下から、開戦を命じた後も叫び続けるニードの濁声が聞こえる。ケンが逸る心を抑えて仲間たちに「始めるぞ。弓矢だ」と低く声を掛けると、それに応じて七人が立ち上がって坂の上で道一杯に拡がり弓に矢を番えた。
「狙いは馬だ。構え……よく狙え……放て!」
敵兵が慌てて進んできて隊列が乱れるのを見極めて下したケンの号令に応じて、一斉に矢が放たれて飛んでいく。手製の粗末な矢だが、第一射には、試射で取り分け真っ直ぐ飛んだものを選りすぐっている。狙いは違わず、何本かが先頭の荷馬車を輓く二頭の馬に当たった。
「グヒーッッ!」
馬が突然の痛みに暴れ出して後ろ足で棒立ちになり、荷車は坂を転がり落ち始める。それに引き摺られて馬が倒れ、その衝撃で馬を荷車に繋いでいた留め具が外れた。荷車は坂を落ちる途中で転覆して坂の下まで転がり、立ち上がった馬はその横を通り、逃げ遅れた兵を跳ね飛ばして逃げて行った。
巻き添えになった兵も何人かが傷付いて倒れたらしく、複数の呻き声が聞こえる。それ以外の者は曲がり角の向こうへ逃げ戻ったようで、坂の上から見通せる範囲には、立ち上がっている者、こちらへ進んでくる者は一人もいない。
「柵を立てろ」
ケンは坂の上に目隠しを兼ねた矢避けを立てるように仲間に指示を出すと、大きく息を吐き黒髪を掻き上げた。
初戦は思い通り、いや、思った以上の出来だ。準備も整えずに闇雲に突っ込もうとした敵の機先を制し、出鼻を挫いた。馬と荷馬車を使い物にならなくし、兵も何人かは戦力外になっただろう。
こちらは意気揚がり、誰も傷を負っていない。用意した手の内も、まだ弓矢しか見せていない。
だが、安心しちゃ駄目だ。相手の出方が予想できたのはここまでだ。ここから先は、相手の手次第で機敏に対策を変えなければならない。
覚悟を試されるのはここからなのだ。
ケンは大声を出し続けて喉が枯れそうなのに気が付いた。革袋から水を一口、二口飲む。生温いがそんなことを気にしている場合ではない。水を飲み下すと汗が胸を流れ落ちる。ケンが着ているのは、義母が作ってくれた革鎧だ。ひと針ひと針、ケンの無事を祈りながら縫ってくれた。感謝しながら着ると、義母はケンを抱き締めながら、どうか怪我が無いようにともう一度祈ってくれた。布の服よりはずっと頑丈だが、風を通さず、熱が籠る。また一滴、汗が胸を流れるのを感じて水をもう一口飲む。
『絶対に折れるな』『守りに必要なのは心の強さ』、辺境伯様とアンヌお嬢様の言葉を思い浮かべて噛み締める。俺が仲間たちの先頭に立ち、何としても村と、村の皆を守り切るんだ。
相手の馬はもう使えない。普通に攻め上ってくればまた弓矢の餌食だ。だとすれば、敵の次の手は何だ? 考えろ。相手の考えを読むんだ。
ニードはどんな野郎だ? 無茶な契約を無理やり押し付けてきた。理屈も何もない。断ったら、脅し、暴力を揮ってきただけだ。話し合いと称してこちらを騙そうとしたが、薄っぺらい雑なことしか言ってこなかった。複雑な攻め手を考え付くような知恵があるとは思えない。であれば力押しで来る可能性が高いし、その方が有難い。
どの手で押し返す?
ケンが考えながら坂の下を監視していると、ちょろちょろと顔を覗かせている者が見えた。
多分、ニードだろう。こちらの出方を探って、どう攻めるのが良いか判断しようというのだろう。そうはさせるか。
「次に頭が見えたら即座に矢を射るんだ。当たらなくても構わない、牽制してこちらの様子を探らせないようにするためだ。二、三本でいい」
また頭が見えて、仲間が空かさず矢を放つと慌てて引っ込んだ。あの臆病者め、ちょっと煽ってやろう。
「どうかお言葉通り、お進みくださいませ! 契約も守らない御領主の、お口約束がお得意な、おつむのお良ろしいお代官様!!」
ケンが叫ぶと、仲間たちが大声で笑った。
笑えるのは緊張しすぎていない証で、悪くない。ニードの頭にも血を昇らせただろう。だが、緩んで油断に繋がっては拙い。
「みんな、気を引き締めろ」
「応!」
声を掛けると何人かが鋭い声で答える。これなら大丈夫だ。
さらに坂下の様子を見ていると敵も弓兵が現れて矢を放ってきたが、数本が山の中に空しく消えていくと諦めたようで、引っ込んで行った。
よし、この分なら敵の飛び道具は心配しなくて良さそうだ。味方してくれる風の精にまた感謝だ。
「矢と石の準備だ」
指示を出すとケンはもう一度大きく深呼吸し、また坂の下を監視する。その落ち着いた様子を見て、仲間たちは自信を深めた。
ケンに付いて行けば大丈夫だ。ケンの指示をしっかり聞いて実行すれば、必ず勝てる。
仲間たちは互いに頷き合った。
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坂下
最初の進攻が弓矢で応戦されて跳ね返された後、ニードは無事な者たちとともに曲がり角の手前に戻ると、周囲を見回して人数を数えた。
無事なのは十七人、ということは倒れているのは三人か。
「くそっ」
農民どもめ、まさか本気で射掛けてくるとは思わなかったが、俺様に歯向かうとはいい度胸だ。いいだろう、あの世で後悔させてやる。
全員に武装を確認するように命じておき、曲がり角の際のぎりぎりまで進む。様子を窺うために何度か顔をそろっと覗かせると忽ち矢が何本か飛んで来た。
慌てて頭を引っ込めると、上からの声が降ってきた。
「どうかお言葉通り、お進みくださいませ! 契約も守らない御領主の、お口約束がお得意な、おつむのお良ろしいお代官様!!」
嘲りの叫び声の後には大勢の嗤い声が続いて聞こえ、ニードの感情が煮え滾った。
「農民風情が馬鹿にしやがって……」
頭に来たが、挑発に乗って迂闊に飛び出すと一方的に矢を浴びてしまう。
こちらも弓は何張か持ってきているので、試しに射させてみた。だが坂の下からは曲射で高く射ち上げないと峠の上まで届かない。空へと放った矢は、夏の南風が逆風の上に横からの谷風までが重なり、煽られて勢いを失い山側に流れていく。これでは狙いの付けようがない。一方で峠の上からの射ち下ろしは、風の影響を殆ど受けずに直射で狙い放題だ。このまま攻撃を続ければ、弓矢だけで殲滅されかねない。
このままでは手詰まりだ。ニードが唇を噛みながらどうしようか考えていると、ボーゼが近付いてきて、囁き掛けた。
「ねえ代官様、このまま攻めるのは上手くないわ。上に何人いるかもわからないのよ。一度、領都に戻って準備を整えてきた方が……」
「煩い、馬鹿を言うな! 農民どもにおめおめと追い返されたのでは、俺の名折れになるだろうが! それに、そんな暇はない。今、何とかしないと、後はないんだ!」
「……」
不服そうなボーゼを退けて、ニードが考えながら辺りを見回していると、上の連中が射掛けてきた矢が落ちているのが目に入った。良く見ると鏃が付いておらず、木の先端を削って尖らせただけのごく粗末なものだ。
貧乏人どもの雑な細工だ。こんな矢では、まともに狙いは付けられないだろう。
よし、これなら行ける。
ニードは自信を取り戻して隊員たちに命じた。
「いいか、お前ら。坂を登り切って連中の中に入り込んでしまえば、こっちのものだ。所詮は素人の農民どもだ。何十人いようが、近間の戦いになれば負けるわけがないんだ。おい、そこのお前たち、馬車から鎧を引き出せ」
指差された先にいた何人かは互いに顔を見合わせたが、「馬鹿野郎、お前たちだ! 早くしろ!」と罵られて、慌てておっかなびっくりながらも姿勢を低くして荷馬車の残骸に走り寄り、崩れ落ちた荷物から鎧を引き出して走り戻った。
ニードは目の前に下ろされた五領の鎧を満足そうに見た。
鎖帷子の肩、胸、腹、腿の部分に鉄製の厚い装甲板が取り付けられた鎧だ。かなりの重さだが、全員が今着ている革鎧よりも遥かに頑丈だ。これなら田舎造りの矢も刃も通じないだろう。念のためにと持ってきたものだが、やはり準備は大切だ。王都から連れてきた五名にこれを着けさせればよい。やる気があって信頼できるのはこの五名だ。
やはり俺様は用意周到だ。どんな時でも油断せず準備を怠らない俺様がずぶの素人の農民どもに負けるわけはないのだ。この鎧も危うく荷車ごと崖から転げ落ちるところだったが、幸いにもそうならなかった。連中がもう少し引き付けて坂をもっと上っていたら転がる勢いが付いて落ちてしまっていただろう。やはり連中は素人だ。
いや、俺にツキがあるからだ。奴らは神にも四精にも見放されている。幸運の星は俺様の頭上に輝いているのだ。
ニードは自分自身に満足すると、自信たっぷりに命令を下した。
「お前たち五人が鎧を着て前に立て。いいか、あの矢を見てみろ、あんな安物の弓矢など狙いは付かないし、当たったところでこれを着ていれば恐れることはない。他の者は、全員、こいつらの後に隠れて続け。頭を下げて走るんだ。今に見ていろ、泥塗れ糞塗れの農民どもめ。今度は血塗れにしてやるからな」
命じられた隊員たちは不安そうに互いを見交わした。まさかこんなことになろうとは。矢の降る中を進まねばならなくなるとは。
王都組の五人も不満そうな顔で鎧を着込む。自分用に調整されているわけではない。寸法が合わなくて腕や脚の先が剥き出しになっている者や鎖帷子がだぶついて首筋が覗いてしまっている者もいるが、それを言ってもニードは聞かないだろう。全員がむっつりと黙り込んで、ニードの目を避けながら隊列を組んだ。
命令は命令だ。戦場での命令不服従は反逆罪にされる。この場で木に吊るされても文句は言えない。
もう、嫌でも行くしかないのだ。




