第六十三話 義弟レオン
前話同日 ネルント開拓村
この日ピオニル子爵領のネルント開拓村では、朝からケンたち戦闘班がフォンドー峠で実戦を想定した訓練をしていた。昼になって一息吐き、支援班が村から運んできた昼食を取って休憩している横で、村長の息子であるケンとレオンが言い合いを始めた。
「ケン、どういうことなんだよ。どうして駄目なんだよ!」
「レオン、良く考えろ。すぐにわかるはずだ」
「お前が年上で俺が年下だからか? そんなこと、関係ないだろう!」
「そうじゃない」
言い合いというより、レオンが一方的に憤り、ケンが取り合わずに突き放すと言った方が正確かも知れない。
村長の実子であるレオンは以前から、戦闘班の指揮者で養子の兄であるケンに自分も戦闘班に参加させるように主張し、断られ続けている。
村長はレオンに支援班で自分の補佐をするように指示しているのだが、レオンはそれが気に入らなくて戦闘班の指揮者であるケンに直談判しているのだ。
実戦がもう間近に迫っているであろうこの日になっても、レオンは昼食を届けると言う口実で戦闘班が訓練している峠に現れ、自分も参加させるようにケンに迫っている。
一緒に食事を運んだミシュや他の村娘たちや、食べ終わって体を休めている戦闘班の仲間ははらはらしながら二人のどこか噛み合わない言い合いを見守っている。
「じゃあ、なぜだ。ケン、お前、勝手すぎるぞ。俺だって、村を守りたいんだ!」
「勝手なのはお前だ。何度も言ったろう。戦闘班は死ぬ可能性が高いんだ。俺たちが二人とも戦いに参加して死んだら、義父さん義母さんはどうなる? 村はどうなるんだ? 誰が義父さんたちを守るんだ? 誰が次の村長になって村を守っていくんだ?」
「死ななければいい!」
「どうやって?」
「それを指揮を執るお前が考えるんだろうが!」
「無茶なことを言うな。戦いは何がどうなるかわからないんだ。誰が死に、誰が生き残るかわかるわけがないだろう。それを承知で戦うんだ」
「じゃあ、お前が村に残れ。俺が戦う。俺が指揮を執る」
「今度は勝手なことを。俺が指揮を執るのは、皆で決めたことだろう」
「俺だって村長の息子だぞ。参加する権利があるはずだ」
「足手纏いになって、仲間を危ない目に遭わせる権利がか? そんなものは無い」
「足手纏いになるって、なぜわかるんだ? 決め付けるな!」
「俺の言う事を聞かないからだ。指揮者の言うことを聞かない奴は、足手纏いになる。敵よりも質の悪い、仲間を殺す毒になる」
「だったら、言うことを聞く。槍が下手でも、俺にもできることは何かあるはずだ」
「本当に俺に従うのか?」
ケンの言葉にレオンは俯いた。その肩が震える。何かを噛み殺しているのだろう。
暫くして、俯いたまま、答えた。
「……ああ、従う。誓ってもいい」
ケンの肩がピクッと動いた。それでもレオンに応じる冷たい口調は変わらない。
「だったら、戦いのときは村にいろ。村長の側にいて護衛しろ。俺たちが負けた後に村長が襲われそうになったら守って戦え」
「……」
「俺に従うんだろ? 誓えるんじゃなかったのか?」
レオンは顔を真っ赤にして両手を握り締めていたが、何も言わずに後ろを向くと、走り去っていった。
それを黙って見送るケンに、今度はミシュが突っ掛かってきた。
「ケン、ひどいわ。やりすぎよ。レオンが可哀そうよ」
「俺のせいか? あいつが勝手なことを言うせいじゃないのか?」
「言い方ってものがあるでしょ。レオンを傷付ける必要なんか無いじゃない」
ミシュもレオンと同じように顔を真っ赤にして怒っている。似ている、と言えなくもない。
最近、この二人は一緒にいるのを良く見かける。以前はいつも苛々していたレオンが少し落ち着いてきたのは、そのせいかも知れない。長い時間を一緒に過ごしていると、仕草とかも似てくるんだろう。
ケンは睨み続けるミシュから目を逸らした。
「そんなにあいつが可哀想なら、慰めに行ってやればいいじゃないか。付いていてやれよ。ずっと」
「言われなくても行くわよ。じゃあね」
「ちょっと待った。ミシュ、頼みがある」
背中を向けて足を一歩踏み出そうとしたミシュに声を掛けると、彼女は訝し気に振り返った。ケンが躊躇っていると、突慳貪に促す。
「何よ。勿体振らずにさっさと言ってよ」
「……戦いの日が来たら、あいつを見張っていてくれ。ここに絶対来ないように。もしこっそり来ようとしたら、引き止めてくれ。いや、捕まえてどこかで一緒に閉じ込もっていてくれ。あいつが外に出ないように」
「そこまでしなくても」
「いや、駄目だ。頼む」
「……行ってくる」
ミシュは『うん』とも『いや』とも言わずにレオンを追って走って行った。きっとケンの気持ちは察しているだろう。向かい風に煽られて、その長い髪は後ろにたなびいている。
その姿をどこか寂しそうな顔で見送るケンに、ジーモンが静かに話しかけた。
「お前もレオンも意地っ張りだな」
「そんなことはない。俺は当たり前のことを言っているだけだ。あんな分からず屋、もうどうでもいいさ」
ケンは肩を大きく竦めて応じたが、ジーモンは顔を大きく横に振った。
「いや、あるだろ。お前は今でもあいつを、可愛い弟だと思ってるんだ。本当はあいつもこっちに加えてやりたい、でも怪我はさせたくない、無事に村長の跡を継がせてやりたいんだろ? レオンも、お前の助けになりたいだけなのに素直にそう言えない。どうして、優しくわかりやすく言ってやらないんだ? 俺たちに話すときみたいに」
「そう見えるか?」
「ああ、見える。俺だけじゃない、みんな知ってるさ。レオンも、今はもう以前のあいつとは違う。知ってるか? あいつ、お前のいない所では、お前のことを『兄さん』って言ってるぞ」
「……そうか」
ケンが俯いて短く応じると、ジーモンはレオンとミシュが走って行った道の方を見やった。
「あの二人、いい夫婦になるんだろうな」
「……そうだな。そうだといいな」
「お前が守ってやらなきゃならんものがまた増えたな」
「いや、変わらないよ」
「そうか?」
「ああ、村は全員家族なんだ。あいつらも、前からずっと俺の家族さ。これからもずっとな」




