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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第四章 若者たちへの試練

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第六十話 監察使任命

承前


 国王は執務室に戻り、人払いをして宰相以外を退出させると自席に音を立てて座った。

 

 本日の閣議はなかなかに長く、体に(こた)えた。

 その上にピオニル子爵の案件だ。いずれは問題を起こすとは思っていたが、予想以上に早かった。クリーゲブルグ辺境伯と違い、シェルケン侯爵は寄子を立派に教え育てる意思は無かったらしい。

 だが、こんなにも早く不始末を仕出かしてしまうとは、あの粗忽者にしても想定外だろう。勢力拡大のつもりだったろうが、むしろ影響力を減らす危機だ。国王は困るやら可笑しいやらで苦笑いするしかなかった。

 その様子を見て宰相が尋ねた。


「陛下、何か御愉快な事でもございましたか?」

「いや、何でもない。気にするな。さて、ピオニル子爵の件、どうするか。税率については調べるまでもないようにも思うが、いきなり増税するからには他にも何かあるやも知れん。本人に問い質すだけではなく、念のため現地を調べねばならんだろう」

「御意。監察使には誰を送り込みましょうか?」


 宰相に問われて、国王は「ふむ」と息を洩らし、首を捻りながら考えを腹心に洩らした。


「儂が扱うと決めた以上、少なくとも正使には儂の名代として王族を送らねばなるまい」

「子爵領の例の件は貴族でも知らぬ者が多いですから。陛下が扱われることを不満に思う者が出るのも無理はございません。不満を抑えるため、副使には貴族を起用してもよろしいかと」

「そうか? 少なくともローテは農相、あの件は知っておる。忘れたとは言わさんぞ。連中は、国政の主権も自分たちが握りたいと思っておるのだ。儂が弱ってきたと推し量り、次代の王族がまだ貴族の多くを掌握せぬうちが好機だと考えておろう。今、領政に国王が首を突っ込む新例ができるのは、彼奴(あやつ)らには都合悪いのであろうが、迂闊には妥協はできん」

然様(さよう)でしょうか。大半の貴族は、国政は陛下にお任せし、自領内に閉じ籠って満足していると思いますが」

「それも困るが、過剰な野心も困る。国が有力な貴族にばらばらに分治されている状態になっては、国力が弱り他国から狙われることになりかねん」

「貴族はどうしても自領と自分の権力にのみ目が行きがちになります」

「国は一つに纏まらねば強くあれぬ。平和は一時の事と心得て、常に有事の巻波に備えねばならん。ましてや領の間で争いが起きるようでは、衰退は免れん」

「御意」


 宰相が返事をして慎ましく控える中で国王は思案を巡らす。

 領間の揉め事は厄介だが、国の治世は国内だけに気を配れば良いわけではない。今は概ね周辺諸国も平和を保っているが、全ての隣国とうまく行っているわけでもない。


「フルローズ国の様子はどうだ? あの国は油断がならん。現在のフルローズ王は信じるに足る男だが、儂と同様に齢だ。次代の連中をどう思う?」

「王位を巡って水面下の争いはあるようです。王太女は現王の方針を支持しておりますが、第二王子は軍備拡張を訴えております。当国には良い感情を持っていない様子、我々にとっては不安要素ですな」

「変な方向に纏まらんでくれると良いが。いずれ何らかの手を打たねばならんだろう。監視を怠るな」

「はっ」


 宰相の返事に国王は一度頷いたが、さらに考え続ける。


「それと、我が国の次代だ。今更言っても始まらんが、儂の子は二人とも揃って病だ。メリエンネも体が弱いとは、不運にもほどがあるだろうに。このまま放置しては儂の後は摂政が必要になるだろう。早くスタイリス、クレベールに経験を積ませて育てんとな」

「スタイリス殿下は国民の人気が高うございます。国を容易に掌握されますでしょう」

「お前は相も変わらずスタイリス贔屓だな。国を掌握するには、見た目の人気だけでは足りん。中身が必要だ。中身はクレベールの方が詰まっている。あいつは儂やスタイリスの目を(はばか)って、進んで前に出ようとはせん。が、考えはスタイリスより深かろう」

「クレベール殿下はスタイリス殿下の良い片腕になられるかと」

「そうであれば良いが、スタイリスのクレベールに対する態度が悪い。腹違いとはいえ兄弟だ。可愛がってやれば良いものを」

「近しいがゆえに、つい、ぞんざいになるのでは。それにそれぞれの母君の実家の思惑もあり、馴れ馴れしい態度は憚れるのでしょう。クレベール殿下の方はスタイリス殿下に対して丁寧に接しておられます。懸念されるほどのことではないかと」

「本当か? どうもお前は若い者には甘すぎるぞ。お前も齢か?」


 自分の事を国王に揶揄されても、宰相に動じる様子はない。国王には長年にわたって鍛えられており、この程度はどうということもないのだろう。


「陛下、我々とて、若い頃を思い起こすとあまり言えますまい。先代様方に甘え、かなり悪戯(いたずら)を御一緒致しました」

「それを言われると、どうにも返せんな」


 国王は苦笑いを零すと、肘掛けを軽く叩いた。重厚で緩衝の効いた椅子から鈍く穏やかな音が響く。


「まあ良い、決めた。今回の案件はそう複雑なことにはならんだろう。若い者が経験を積むにはちょうど良い。スタイリスを正使、クレベールを副使としてピオニル領に送ることにする。この際、ユークリウスも行かせたいが……」

「ユークリウス殿下はまだ副使にもお若い。それに正副使を三人、それも全て王族とはさすがに大仰と思われます」

「そうだな。正副使は各一名とし、ユークリウスは今回はあくまで実務の見習い名目で随行させよう。その他の随行者は三人の近くから選べ。但し、シェルケンとクリーゲブルグの派閥は外すように手配せよ」

「承知しました」

「任命を申し渡すゆえ、三人を呼べ」


-------------------------------------


 侍従によって呼ばれた三人の王子は、急いで国王の執務室に参集した。最年長であるスタイリス王子を中央に横並びになり、揃って頭を下げる。

 スタイリス王子が代表して国王に挨拶した。


「陛下、スタイリス他二名、御前に参りました」

「うむ、用件は薄々わかっておろうが、ピオニル子爵領への監察を頼む。スタイリスが正使、クレベールが副使だ」

「承りました」

「有難うございます。謹んでお受け致します。兄上、よろしくお願い致します」

「ふん、よかろう。十分に補佐しろよ」


 スタイリスとクレベール両王子の返答に、国王は頷いて命令を続ける。


「二人とも、頼む。先程の閣議での話は聞いておったであろう。辺境伯の申告を聞く限り、子爵側に問題があると思われる。だが、先入観は持つな。貴族を甘やかしてはならんが、民に(おもね)ってもならん。中立を心掛け、真実を見極めて報告せよ。正使はスタイリスだが、調査のやり方は二人でよくよく相談せよ。それから、ユークリウスを見習として随行させてやってくれ」

「ユークリウスをですか? このような仕事にはまだ若すぎるのではありませんか?」


 スタイリス王子が額に皺を寄せ美顔を曇らせて懸念を述べる。(もっと)もそうに聞こえる心配ではあるが、彼自身も言うほどに経験豊かではない。


「若いからこそだ。経験を積ませてやる必要があるのだ」

「足手纏いにならぬかと心配ですが」

「そう言うな、スタイリス。お前とて、この様な役に就くのは初めてであろうが」

「それはそうですが、齢が違います」

「年長であればこそ、年下の者を教え導くことも役割ではないか?」

「それはそうですが」


 スタイリス王子はまだ不服そうにしていたが、国王は彼をそのままにしてユーキに向いた。


「ユークリウス、わからないことも多かろうが、励むように。スタイリスたちを良く見て学び、できることは進んで補佐をするように」

「承りました。スタイリス殿下、クレベール殿下、懸命に励みますので、御指導御鞭撻のほど、お願い致します」


 ユーキが年長の二人の王子に向いて挨拶をして頭を下げるのにクレベール王子は目礼で応じたが、スタイリス王子は勿体ぶって重々しく命じた。


「陛下の御命とあれば是否もない。正使たる私の指示はきちんと守ってもらうからな。そう心得よ」

「承知致しました。よろしくお願い致します」


 国王は王子たちが挨拶を交わすのを注意深く見ながら考えていた。

 これで三人の任命は済んだ。この任務を見事に果たせるのか、後は彼ら次第だ。だがユークリウスのみならず、残りの二人もまだ若い。何をすべきか心得ているか、少しは確認する必要があるだろう。ここは話を切り上げずに続けて様子を見ることにしよう。


「では頼んだぞ。王都の子爵邸への通達は、今日明日中には行う。スタイリス、現地へは、いつ向かえるか?」


 問われた正使スタイリス王子は重々しい声を作って答える。


「随行員が決まってからとなりましょうが、普通に考えて、その後、一週間以内には出立できるかと」

「こういうことは迅速が肝要だ。子爵への通達後に時間を空けると、変な工作や隠滅が行われかねん」


 どうも国王は正使の返事に満足しない様子である。それを聞いて取ったスタイリス王子はクレベール王子をちらりと見て促すようにくいっと顎を動かした。だが副使である半弟がそれに応じて何かを言う前に、ユーキが声を上げた。


「失礼致します。スタイリス殿下、申し上げてよろしいでしょうか」

「なんだ、ユークリウス。言ってみよ」


 正使殿下は何かを言いたくてうずうずとしている見習を見て迷惑そうな顔をしたが、それでも発言の許可は出した。ユーキは待ち切れないとばかりに勢い込んで進言した。


「はい、スタイリス殿下、今回は儀礼的訪問ではありませんので衣服などは簡素な略装で良いかと思います。荷物などの準備を最低限にし、随行員への情報共有や先方での調査内容についての殿下からの御指示も道中でしていただければ、出発を早めることも可能ではありませんでしょうか」


 これまでの役所での見習修行で学んだことを活かそうとしたユーキの提案だったが、横からクレベールが冷ややかな声で苦言を呈した。


「ユークリウス殿下、(はや)るな。そのような細かな手筈の相談は監察団内で行い、そのあらましをスタイリス殿下が陛下にお伝えすべきなのではないかな」


 確かに副使が窘める通りである。ユーキは急いで正副使に頭を下げた。


「大変失礼致しました。クレベール殿下、お教え有難うございます。スタイリス殿下、申し訳ありませんでした」

「内輪話を陛下の御前で行うのは失礼であり、監察の責任を負う正使であるスタイリス殿下の恥となりかねない。控えるべきだろう」


 クレベールは相変わらずの冷たい声で咎め続けたが、スタイリスが「まあまあ」と鷹揚に割って入った。


「クレベール、まあ良いじゃないか。私もちょうどそのことの御許可を、陛下にお願いするところであったのだ。こいつはまだ若いのだ、大目に見てやれ」

「兄上がそうおっしゃるのであれば、承知しました」

「うむ。ユークリウスもクレベールのように分を(わきま)えるように」

「はい、申し訳ありませんでした」


 二人の王子が頭を下げるとスタイリスは満足そうに「うむ」と頷き、国王に悠々と上申した。


「陛下、私としては、今ユークリウスが申したような手筈にすれば、数日中の出発も不可能ではないと、正使として申し上げます」

「うむ、それで良い。是非そうしてくれ。調査についても、大まかな所はこの場で決めてはどうかな。儂も聞いておきたい。遠慮なくやってくれて構わん」

「はい、有難うございます、陛下」


 スタイリスは国王に返事をすると、「では、どうするかな?」と言いながらも特に考えるでもなく、傍らのユーキに向いた。


「そうだな、ユークリウス、失礼ついでだ。調査について何か考えがあるなら言ってみろ。問題があったら私が修正してやる」

「はい、有難うございます」


 話を振り向けられたユーキは目を伏せてこれまでに学んだ事をひとつひとつ思い出した。これ以上失礼を重ねないように、慎重に言葉を選んで並べていく。


「では、申し上げます。現地での手順としては、まず、陛下が遣わされた監察であることの子爵への提示、訴えの内容と監察目的の通告、子爵と訴え出た村民からの事情聴取、両者の言い分に矛盾点があればそれについて調査の実施、その結果に基づいて非があると思われる側の弁明の聴取、必要に応じてさらなる調査の実施、それらの結果を取り纏めて正使殿下から陛下への御報告、という流れになると考えます」


 スタイリスは、ユーキが監察使の行うべきことを大きく(つか)えることもなく連ねていくのを意外そうな顔付きで聞いていたが、ユーキが述べ終えると反対側の弟を見た。


「まあ、おおまかにはそんなものだろうが。クレベール、どう思う?」

「はい、おおまかにはその通りでしょう。ユークリウス殿下、現地での手順の前に、今すぐにでもできる、やるべきことがあるのではないかな?」

「今すぐにでも? ……御指摘有難うございます。訴状の確認ですね?」


 副使の示唆にユーキが返答すると、スタイリスは「ふん、その通りだな」と片側の口角を上げた。


「ユークリウス、まだまだだな」

「畏れ入ります」


 スタイリスはユーキが(へりくだ)るのを見て満足そうに顔を緩め、国王の側に立つ宰相に言った。


「宰相閣下、辺境伯と村民からの訴えについて、訴状を拝見したく」

「はい、スタイリス殿下、ただいま写しを作成させております。出来上がり次第、お届けします」

「うむ、然るべく」


「兄上、現地に行く前に王都の子爵邸を調査する必要もあるかもしれませんね」


 宰相からの報告に悠然と応じるスタイリスに対してクレベールが静かに進言したところに、ユーキがまた声を上げた。


「スタイリス殿下、よろしいでしょうか」

「何だ、ユークリウス」

「これは噂話の又聞きに過ぎませんが、子爵は継爵後は殆ど帰領せず王都で過ごしているとのことです。領政については現地の代官に書簡を送って指示を与えているのみで、後は代官に任せている部分が多いとか。もしそうであるならば、証拠となる文書の類は大半が領にあると思われます」

「へえ、ユークリウス、お前でも噂話とかをするのか。意外だな」

「聞くばかりではありますが」


 スタイリスはにやにやと笑いながらユーキに揶揄うような言葉を掛けた。ユーキが()じる様子を楽しげに眺めてからクレベールに向いた。


「おい、どう思う?」

「兄上、その噂は私も聞いています。爵位継承の後は領政が忙しくもあろうに、王都で女を伴っている子爵の姿を見掛けることが多い、という話もあります」

「爵位に就けたことが嬉しくて、遊び呆けているとは嘆かわしいことだ」


 正使殿下は相変わらずにやにや顔で慨嘆した後に、さも重要な情報であるかのように、副使に真顔で応じる。


「確かに、その話は俺も知っている。あちこちの宴席でも子爵が末席をうろちょろしているな。上位の貴族やその令嬢に声を掛けてもらいたくて、走り回っているのを良く見掛けるぞ」

「そうだとすると、王都より現地へ急いだほうが良さそうです。兄上、子爵邸の調査は後回しにしては如何(いかが)でしょうか。現地を調べた上で、必要があれば随行の何名かを子爵邸に急行させても間に合うでしょう」

「そうだな」

「それから現地での村民への事情聴取ですが、領都にあらかじめ出頭させるよう、要請しましょうか?」

「その時に証拠書類を持参させておけば、時間は短くて済むな」


「あの、よろしいでしょうか?」


 ユーキがまた声を出した。見習は許可無く自由に発言することはできない。もどかしそうにいちいち正使に許しを求める姿を見かねて、国王が注意した。


「スタイリス、ユークリウスに、この場ではいちいち許可を得ずとも物申して良いと、認めてやってはくれんか?」

「ああ、陛下、これは気付きませんでした。ユークリウス、今は自由に発言して良いぞ。何だ?」


 正使の許可を得て、ユーキは嬉しそうに考えを話し出した。


「有難うございます。閣議での議論からすると、訴え出た村民は力添えを求めた辺境伯にも書類の現物は見せなかったようです。持参すれば奪われると恐れているのかもしれません。ましてや領主への信頼感は失われているでしょうから、そもそも領都への召喚にも応じるのを躊躇うかもしれません」

「訴え出ておいて、召喚に応じないとは不遜だろう」

「庶民には陛下が遣わされる監察に対し敬いと共に畏れもあると察されます。出頭させると構えて思うように話せず、真実が覆い隠される恐れがあるように思います。また、もし自らに不利な隠し事をしていた場合には、呼び付けて問い質すよりも自村で安心させて話させた方がうっかり洩らしやすいかもしれません。巷間、『得々と語る話で掘る墓穴』という言葉もあります。御存じとは思いますが」

「勿論知っているとも。だが、村とかは領都からきっと遠いぞ? 面倒だな」


 スタイリスは難色を示した。胸を反らしたその態度も眉根を寄せた表情も、如何(いか)にも『辺鄙な田舎には行きたくない』と言わんばかりだ。

 だが、訴え出た村民への調査はこの監察の肝となり得る。ユーキとクレベールは口々に訴えた。


「殿下、そこはお命じいただければ、私は喜んで出向きます」

「兄上、現地では他の関係諸処にも速やかに調査に向かう必要があると思います。私を含め、随行の者を手足にお使いください」


 二人掛かりで説得され、また自分は足を棒にしなくて良いと言質が取れて安心したのか、正使殿下の顔が緩んだ。


「それならば良かろう。だが、お前たちばかりに調査をさせるわけにも行かんな。私は何をするかな?」

「殿下、子爵への対応は、私や他の随行の者にはできません」

「兄上、ユークリウス殿下の言う通りです。子爵はまだ若いとはいえ、貴族家の当主です。私にしても、ユークリウス殿下にしても、王族とはいえ末席の身。子爵が虚偽を述べるを畏れるとすれば、兄上しかありますまい」


 またもや二人掛かりで持ち上げられて、スタイリスは上機嫌で応じる。


「まあ、そうなるか。よかろう。調査はお前たちに任せ、私は専ら子爵につきあうとしよう。私が一緒におれば、子爵も工作を図ることは難しかろうしな」

「兄上、よろしくお願い致します」

「うむ。ユークリウス、他には何かあるか?」

「厳密には、辺境伯と子爵の領間での契約について、辺境伯側の契約書も確認する必要があるかも知れませんが……」


 訴え出た辺境伯側の調査についてユーキが言い淀むのを見て、国王は後を引き取ることにした。打ち合わせも概ねは既に纏まっている。


「それは辺境伯が持参しているであろう。裁断の折に提出するように儂の方から言っておく。辺境伯はお前たちから見れば親の年代だ。お前たちが何かを強く命じては、関係が悪くなりかねん」

「自分から訴え出られた以上、子爵領での調査で子爵側に理があるとなれば、辺境伯は言われずとも自ら身を引かれるでしょう」


 クレベールが淡々と応じると、国王は「うむ、そうだな」と返してスタイリスに向いた。


「スタイリス、調査の大筋はそれで良い。後の細かな所はお前たちで随行の者と現地到着までに詰めてくれ。三人とも、頼りにしておるぞ」

「お任せください」


 正使殿下が国王に答え、それに合わせて他の二人の王子も頭を下げる。国王は頷くと、顔を引き締めて言った。


「頼んだぞ。下がって良い」



 三人の王子が退出した後、国王は宰相の方を振り向いた。眉根に小さな皺が寄っている。


「あの三人、儂は正副の順を(あやま)ったかもしれんな」

「然様でしょうか」

「スタイリスは主導権をクレベールに奪われて気付いておらんし、具体的に何をすべきかもわかっておらん。得た権限を振り回して喜んでいるだけだ。ユークリウスは思っていたよりもさらに学びが進んでおる」


 そう言って「ふむ」とさらに考え込む様子を見せる国王を宥めるように、宰相は軽い調子で指摘した。


「ですが、スタイリス殿下を差し置いてクレベール殿下やユークリウス殿下を正使にするわけにはいきますまい。妥当な御采配かと存じます」

「まあな。王家の顔、という意味ではスタイリスを正使にせざるを得ん。文字通り顔だけになりかねんがな」

「顔は重要かと思います。それに、上に立つ者がすべきは指揮を執り配下を従わせることです。要領良く他を巧く使う、というのも必要でしょう。クレベール殿下やユークリウス殿下は、まずは、使われ方を学ぶ段階でしょうか。御心配には及ばぬかと」

「確かに、顔という点ではスタイリスは他の追随を許さんからな。それだけにならんように祈るとするか。まあ、今回の監察はスタイリスが動かんでもクレベールが手を回してくれるであろうし、ユークリウスには学びを実践で確かめる良い機会になろう。念のため、随行には有能な者が一人二人は加わるようにしてくれ」

「承知しました」



 宰相が退出するのと入れ替わりに侍従が入ってくると国王は「熱い茶を頼む」と言い付け、安楽椅子に身を預けて大きく息を()いた。


「メリエンネ、スタイリス、クレベール、ユークリウスか……。メリエンネはあの体では外に出せん。ユークリウスは早目に手放すつもりだったが、当分先送りにした方が良いな……」


 国王が洩らした独り言は、茶の準備に向かう侍従の耳には届かなかった。

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