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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第三章 開拓村の災厄

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第五十五話 クリーゲブルグ辺境伯

承前


 ケンはクリーゲブルグ辺境伯の娘と思しい女の部屋を出た後、急いで厨房へ戻った。モリアという女に教えてもらった通りに進み、厨房の扉を開けると、中でアルフ兄が待っていた。


「ケン、どこへ行っていたんだ、心配したぞ」

「ごめ……済みません、代官様。裏庭で顔を洗っていたら、お嬢様のお付きらしい方に荷物運びを頼まれて、お嬢様の部屋まで運んで、今戻ってきました」

「お嬢様の? お会いしたのか?」

「ええ、まあ」

「そうか。館の中をあまり歩き回らないようにしろ」

「済みません」


 厳しい声でそこまで言うと、アルフは小声で続けた。


「まあいい、閣下が今すぐお会いくださるそうだ。急ぐぞ。心構えはいいな?」

「はい」

「付いて来い」



 先に立って早足で歩きだした兄に続き、ケンは緊張して歩く。

 先程通った廊下を進み、階段で今度は二階に上り、廊下をさらに進んで奥まった部屋の前まで進んだ。

 アルフはもう一度、ケンに「手拭いを取れ。入るぞ。いいな?」と確認した。ケンは頬被りを外して腰帯に挟み、深く息を吸って吐き出してから頷く。

 アルフが扉に向き直り、重々しく四度叩いた。


 分厚い扉は音もなく厳かに開き、静かな声が「入れ」と命じた。

 ケンが兄に従って入ると、薄暗く広い部屋の奥に、こちらに向けて据えられた色の濃い大きな書斎机に向かって辺境伯が座っていた。

 部屋に入ってすぐに立ち止まると、扉を開けていた従者らしき若い男が咳払いをして奥に進むように促した。

 従者はケンのむさくるしい作業着と腰に下げた手拭いを見て眉を(ひそ)めたが、辺境伯が手を挙げて合図をすると何も言わずに扉を閉め、辺境伯の後ろに静かに移動した。


 アルフが辺境伯に近付き何事かを囁いてから横に控える中、ケンは前に進んで机から少し離れて立ち、姿勢を正した。


 正面から見ると辺境伯の背後の大きな窓の明かりで、その背筋の伸びた姿が際立つ。壮年の身にあっても鍛錬を欠かせてはいないのだろう。細身で無駄な肉の無いその体付きは、座っていてもケンに圧し掛かってくるように思える。


 いよいよ始まる。心臓の鼓動が荒潮のように激しく感じられる。


 辺境伯もケンの立ち姿をじっと見ながら一頻(ひとしき)り口髭を撫でていたが、(おもむろ)に口を開いた。

 その細身に似合わぬ低い張りのある声が部屋に響く。


「ケン、であったな。エデューの葬儀以来か。息災であったか?」

「はい、お蔭様で」


 心の(たかぶ)りを抑えて返事をする。できる限り、静かに、慎ましく。


「それは何よりだ。今日は私に頼み事があると、アルフから聞いた。何かな? 遠慮はいらん、申してみよ」

「はい。有難うございます、閣下。お願いしたいのは、私の住む、ネルント開拓村のことです。領主様との間で非常に困った事が起きまして、国王陛下に訴え出たいのです。それに閣下の力をお借りしたく、お願い申し上げます」

「村からの訴えを国王陛下に取り次げ、ということかな?」

「はい」

「ふむ。訴えの内容と、至る事情を話してみなさい。まず、聞くだけは聞こう」


 ここからだ。慌てるな。急き込むな。落ち着いて話すんだ。

 ケンは自分に言い聞かせ、深呼吸を一度してから口を開いた。


「有難うございます。まず、訴えの内容につきましては、税についての契約違反と代官の交代です」

「税と、代官、か。詳しい事情を聞こうか」


 辺境伯はケンの言葉の一つ一つに頷きながら聞くと先を促す。その頷きに励まされ、ケンは「はい」と返事をして語り出した。


「私たちは、ネルント開拓村を開く際に、領主様、すなわち先代の子爵様と税について契約を致しました。開拓当初の十年は無税とすること、道の整備や当初数年間の食糧の手当てについては補助を頂けること、十年後から二十年間は地租として畑一エーカー当たり四十リーグを納めることが契約書に書かれています。また、書かれてはおりませんが、開拓の方針、治安対策、作物の選定については領主様が相談に乗ってくださるとの話し合いもあったとのことです」

「うむ。その辺の事情は、私も先代の子爵からいろいろと相談されて聞いている」

「はい。これは村長が言った話ですが、当初十年は順調に進み、自給分の食糧は作れるようになり、子供も生まれ、新しく村に加わる者もぼつぼつ出ました。ただ、作物の種類は今の所は領内の他の村と変わらず、高地で気温が低い分、作柄は見劣りします。道が険しく運搬に難渋することもあり、畑の作物を領内外に売ることは殆どできておりません。十年後からは地租を納めておりますが、実際には木材、木炭、木地物などを売って、税を納めたり必要品を買ったりする分の現金を稼いでいるのが実情です。それについて先代様とも相談させていただいていたのですが、五年ほど前からそれも滞るようになりました」


 辺境伯はケンの言葉に、顎に手を当てて言葉を挟んだ。


「子爵の体調の事だな」

然様(さよう)です。お体の事ですから、村長たちとしても我々の村の事でそれ以上の御負担をお掛けするわけにも行かず、また勝手に開拓の方針を変更するべくもなく、ただ御快復を皆でお祈りしておりましたが……」

「残念ながら、そうはならなかった」

「はい、残念です。我々のことをお気に掛けてくださった、お優しい御領主様でしたと、年嵩の村人は口を揃えて申します。私も幼い頃、優しいお言葉を掛けていただいたことを憶えております」

「そうか。私にとっても良い友であった」

「お気の毒に思います」

「うむ。先を続けよ」


 ケンが視線を落とし静かに哀悼の意を表すると、辺境伯は暫し感慨深げにしたが、すぐに落ち着いた口調に戻って先を促した。


「はい。御子息様に代替わりされてから暫くの間は、特に領都からの音沙汰は無かったのですが、ふた月ほど前、ニードと名乗られる新しい代官様が突然村に現れ、地租を上げると言い出されました。エーカー当たり、二ヴィンドです」

「人相の悪い、あの男か。四十リーグから二ヴィンド。五倍とはな。しかし、契約期間はまだまだ長かろう?」

「はい、村長が先代様との契約の事を申し上げたのですが、『契約は変更すればそれで済む』と(にべ)もなく。村長がお断りし、その日はそれだけで帰られたのですが、一週間後に再度現れ、新しい税率を書面にしたものを渡され、村長に署名するように無理強い致しました。先程申し上げた税率と、納められない場合に代官様が定める料率での小麦の物納、あるいは賦役…」


 そこまでケンが語ると、急に辺境伯が遮った。


「待て、小麦での物納と申したか?」


 問い直されてケンは戸惑った。小麦での物納に何か特別な意味でもあるのだろうか。分からないが、辺境伯の顔は先程までより厳しい。問い返さない方が良さそうな雰囲気だ。分からないままに有体に答える。


「はい。領都価格の五割が基準で、実際には代官が決めると」

「開拓村では、これまでも売れるほどの量の小麦を作付けしていたのか?」

「いえ。村では小麦は実入りが良くありません。以前に少量を試しに植えたことがあるだけで、ここのところは栽培しておりません。穀類としてはライ麦や大麦、燕麦を作っておりますが、それも自給用の量のみです。それは先代様の方針でもあると村長から聞いております」

「では、小麦は作っても食べてもおらんのか?」

「いえ、昨年までは、少量の小麦粉を先代様からお与えいただいていました。それは村での祝い事があるおりに、宴用の料理に使い、みなで分かち合って食べておりました」

「ほう、そうなのか」

「村長から聞きましたが、その粉は元々は閣下がご支援くださったものとのこと。大変に有難く、皆、閣下に感謝致しております」

「うむ」


 辺境伯はそこまで聞くと天井を向いて少し考えた後に顔の緊張を解き、再び先を促した。


「遮ってすまなかったな。代官が無理な契約を強いてきたところまで聞いた。先を続けよ」

「はい。村長が再度先代様との契約を盾に断ると、代官、様は村長を鞭で打ちました」

「……」

「さらに、村の幼い娘を見付けると、税の代わりに人で納めよと言い出し、母親から奪い去ろうとしました。代官、様、は『税の担保にする』と意味の分からないことを称して抵抗する母親から娘を腕ずくで無理やりに……」


 思い出す度に憤りが蘇る。無意識にケンの両手が拳になり体が固くなる。それを見た辺境伯が「ケン」とまた声を掛けて遮った。


「聞けば重なる狼藉暴虐、其方(そなた)、そのニードという男が憎いのであろう? 隠さずとも良い」

「……はい。村に無理難題を押し付け、仲間を傷付けられました」

「では、無理に『様』を付けることはない。この場では許す。気を楽にして続けよ」


 そう言われてケンは冷静を失い掛けていたことに気が付いた。顔を上げると、辺境伯もアルフ兄も力付けるように、しかし静かに頷き掛けてくる。

 乱暴な言葉を口走る前で良かった。危うく辺境伯という貴人の前で無礼な物言いをするところだった。閣下はそうならないように止めて下さったのだ。

 ケンは「ふぅっ」と息を吐き、全身の力を抜き拳を解いて話を続けた。


「有難うございます。ニードはハンナというその娘を無理やり奪い取りました。見るに見かねた一人の、マーシーという名の男がハンナを奪い返したのですが、六尺棒で袋叩きにされ大怪我を負いました」

「『マーシー』、聞いたことがあるな」


「閣下、傭兵です。以前はこの領にもかなり名前が聞こえておりました」


 後ろから従者がそっと告げる。


「そうだったな。その男を打ち据えるとは、ニードは相当な使い手なのか?」

「いえ。マーシーは一度はニードを組み伏せたのですが、村民を残らず縛り首にすると言われ、怯んだところを衛兵の一人に不意打ちされたのです。一対一では負けるわけがありませんでした」

「そうか。卑怯な男だな」

「はい。我々も悔しい思いをしました。多くの者で止めに入ったのですが、その時にはもうマーシーは頭を殴られ、足を折られていました。その後、ニードは『三か月後にもう一度来る、その時には必ず署名させる』と言い捨てて去りました」

「それが約二か月前か」

「はい。その後、村全体で話し合いをしました。当初は意見が割れましたが、我々は何も悪いことはしていない、契約は契約だ、何とか守ってもらおうということに纏まりました。ですがニードは領主様の権威を背負っております。これを領主様に訴えても意味が無いだろうと思われました」

「うむ。それに、当代の子爵は領地には殆どおらぬからな。訴えたくても訴えられんな」

然様(さよう)です。そうすると王都に訴え出るしかありませんが、王都の訴訟方は、子爵様が属する派閥の方が抑えているとのことで、握り潰されるか、反訴される恐れが強いと思われ、うまくいかないということになりました。そうしますと、もう、何かの伝手を辿り、貴族の方にお願いして直接陛下に訴えを届けるしかないということになりました。我々に貴族の方の伝手など殆ど無く、唯一、私の父の葬儀の際にお声を掛けてくださった閣下のお膝にお縋りすることを頼みとして、ここに参りました。閣下、どうか、どうか我々をお救いください!」


 最後は一気に言い切ると、ケンは深々と頭を下げた。

 辺境伯はその姿を眺めていたが、やがて「頭を上げよ」と命じた。ケンが言われたようにすると、辺境伯の視線が真っ直ぐに注がれているのがわかった。こちらの心を探っているのだろうか。見詰め返してしまわないように僅かに視線を下げると、低い声が聞こえた。


「ケン、詰まることもなく、良く話した。態度も悪くない。その若さで大したものだ。普段から、このような話し方をしているのか?」

「いいえ、滅相もありません。慣れない言葉遣いで、もし失礼がありましたらお許しください」

「うむ、心配するな。相当準備したのであろう?」

「はい。村では、一人で塔……物見台の上で、皆に聞かれないように練習しました。また、昨日は兄にも聞いてもらいました」

「そうか。頑張ったな。事情はわかった。ニードに押し付けられた無理無法、気の毒に思う」

「有難うございます。では……」


 思わず視線を挙げ、期待を込めて辺境伯の顔を見る。しかし相手はまだケンの眼を厳しい顔で見ていた。その美しく刈り調えられた口髭が動いて投げ掛けられたのは、重々しい声だった。


「だが、それと願いを聞き届けるかは別の事だ」


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