第四十六話 覚悟はあるか
承前
村長が村人を代表して尋ねた。
「娘さん、勝てるというのは本当ですかな?」
「私はノーラです」
疑うような村長に、ノーラはぴしりと返した。その物怖じしない態度に、村長は慌てて「これは失礼」と謝った。だが、訝しげな口調は変わらない。
「ノーラさん、戦って勝てると言われるのなら、その方法をお教えくださらんでしょうか」
「はい。ですがその前に」
ノーラはそう応じると、背筋を伸ばして顔を上げた。そして周囲の村人たちをぐるりと見回し、落ち着いた、しかし張りのある声で話し始めた。
「勝てる勝てないの話の前に、皆さんにお尋ねしたいことが幾つかあります」
ノルベルトは驚いた。喋り方も態度も、普段とは全く違う。この子は人前でこんな話し方ができる子だったのか。
ノーラは続ける。
「皆さんのこれからにとって重要な事です。良く考えて、商人の私たちがこう言うのも何ですが、掛け値なしにお答えください」
「わかりました」
村長の答えにノーラは頷くと、一息の間を置いて問い掛けた。
「まず第一に、皆さんは、一つに纏まれますか?」
「……」
「戦う人、戦わない人。税を受け入れる人、受け入れない人。村を捨てて出て行く人、踏み止まって出て行かない人。それぞれがばらばらに行動したらどうなるでしょうか」
村人全員が沈黙する中、村長が答える。
「……戦った者や逃げ出そうとした者は、殺されるかあるいは酷い罰を受け、そうでない者は、代官に今言われている以上に虐げられる」
「そうですね。戦うにせよ戦わないにせよ、全員で行動した方が良い。でも、それぞれの意見は違う。自分だけが助かろうとする人が出たが最後、その方も含めて全員が悲惨な目に合うでしょう。どうですか、話し合った結果を全員が受け入れて一つに纏まれますか?」
「……そりゃあ」「村は……」「みんな……」
村人たちは今度はそれぞれに何か呟き始めた。
「戦ったとして、第二に、皆さんは人を殺せますか?」
「……殺すって……」
「戦いは、本当の意味で命懸けです。勝つか負けるかとは、突き詰めれば殺すか殺されるかです。互いに命取りとなる武器を持って向き合っているのに、相手が手加減してくれるはずもありません。相手を殺すことを躊躇えば、次の瞬間には自分、あるいは仲間が殺されます。一瞬の遅れが仲間を死なせるのです。戦いの場で躊躇いは許されません」
「……でもよう」
「ですが、皆さんの前に立ち開かる相手も人間です。同じ領の人間です。代官はともかく、他の兵の中には皆さんの知り合いがいるかもしれません。その兵が傷付き死んだ時に悲しむ仲間や家族のことも御存じかもしれません。それでも躊躇いは許されません。どうですか、それでも皆さんは人を殺せますか?」
「……」「そんなこと……」
俯いて黙り込む者もいる。呟き続ける者もいるが、その声はどんどん小さくなる。
「戦う覚悟、殺す覚悟ができたとしましょう。最後に、皆さんはその覚悟を持ち続けることができますか?」
「……」
「戦うと今日決意しても、明日になると怖くなるかもしれません。明後日になると別の道を考えるかもしれません、一か月後、二か月後になるとそれぞれの考えがまたばらばらになるかもしれません。そうすると、それまでの努力は水の泡です。戦うかどうかの議論でまた堂々巡りを始めてしまい、結局何もできずに三か月後を迎えることになってしまいます」
そう言ってノーラはまた皆を見回す。もう、誰も何も言えない。
「戦うのであれば、全員でそう覚悟を決めてください。そして誰が戦うのか、戦う人たちとそれを率いる人、つまり指揮官を決めてください。その方たちは、人を殺す覚悟を決めてください。そして戦わない人は、戦う人を支え続ける覚悟を決めてください。戦う人たちが戦いに専念できるように、どうやって支えるのかを決めてください。それができますか? これが私から皆さんへのお尋ねです。それができるのであれば、村長さん、戦いの勝ちへの道筋、すなわち戦略を皆さんにお売りいたしましょう」
「売る?」
「私共は商人ですので。お代は、皆さんからの信用です。将来、この村が発展した時に、私共を出入り商人として最優先していただければと思います。……後は皆さんで話し合ってください。私共は、一度馬車に戻ります。村の表通りにおりますので、結論が出ましたらお知らせください」
そう言うとノーラは村長に向かって頭を下げた。そして父親と共に戸口に向かい、その場にいる全員の視線が集まる中を静かに通り抜けて家の外に出て馬車に戻った。
ノルベルトが車を動かして表通りに出る。そこで車を止めると馬に水を与え、山風を避けて荷台で二人で座った。ノーラはさっきまでの高揚したような表情と打って変わり、少し蒼褪めて俯きがちに視線を泳がせている。
「……ノーラ、あんなことを言って、良かったのかい?」
「……村の人たちを戦いに駆り立てちゃったかもしれない」
「そうだな。多分、皆さんは戦うということがどういうことか良く分かっていなかっただろう。お前の話を聞いて、戦うことの意味を具体的に考えざるを得なくなっただろうな」
「マーシーさんの姿を見たら、我慢できなかったの。やったのは、きっと道中で擦れ違った馬の男だよね」
「恐らくな。見るからに嫌な男だった。人を人と思わない目をしていた」
「だからといって、村の人を戦わせるのは、違うと思う」
「後悔しているのかい?」
「うん」
「でもな、ノーラ。皆さんがどういう結論を出すにせよ、一つ一つの選択肢を真剣に考えた上で選ばなければならないんだ。そのうちの一つに、はっきりとした形を描いて見せたのは、決して悪いことじゃないと思うぞ」
「……」
「まあ、後は待つだけだ。やってしまったことをくよくよ考えない方がいい」
「……」
「『次から気を付ける』じゃないのか?」
「沢山の人が関わることだから。自分だけのことじゃないから、『気を付ける』じゃ済まない」
「そうか」
言葉が途切れ、二人とも黙り込む。少しして、ノーラが躊躇いがちに尋ねた。
「……ねえ、父さん」
「なんだ?」
「もしも村の皆さんが戦うことに決めたら、私もここに残って一緒に戦っていい?」
「それは駄目だ。お前は村人じゃない。何の関係もないだろう」
父親が即答すると、娘も被せるように言葉を返す。
「でも、マーシーさんの仇を取りたい」
「マーシーさんがお前にそれを望むと思うか?」
だが、さらに問い返されると、ノーラは口籠った。
「……ううん」
「だったら、止めておけ。村の人たちは、生活が懸かっている。そこにお前の私怨が紛れ込むのは、皆さんのためにならない。お前がやっていいのは、戦う方法を売ることだけだ」
「わかった」
ノルベルトはノーラの肩を何度か優しく叩いた。それ切りで、もう二人は何も喋らず、それぞれの思いの中に沈んだ。
一時間ほどが経った。
話し合いが終わったのか、村人たちがマーシーの家の方から三々五々やってきて、通りを自分の家の方にと帰って行く。その全てが真剣な表情で何かを言いたそうにしてノーラたちの方を見る。静かに目礼をしてから去っていく者もいる。
ややあって、村長とケンが何人かの村人を連れてやってきた。ノーラと父親が荷台から降りるのを待って、村長が口を開いた。
「お待たせしました。話し合いが纏まりましたので、お伝えに参りました」




