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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第三章 開拓村の災厄

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第四十五話 闘うべきか闘わざるべきか

承前(前話同刻)


 マーシーの家で村長を囲んでの話し合いは、果てしもなく続いていた。狭い家に多くの村民は入れず、大勢が家の軒先にも蹲み込み座り込んで口々に言葉を(ほとばし)らせている。だが話は発展せず、(うしお)が飽きずに満ち干を繰り返すように、ひたすら堂々巡りを繰り返すだけだった。


「黙って増税を受け入れざるを得ないんじゃないか? それ以外に何ができるっていうんだ」

「いや、あの額ではやっていけない。今年は蓄えから払えても、来年は苦しい。再来年は、生活することもできん。断るしかないぞ」

「断ってどうするんだ? あの代官は正気じゃない。何をされるかわからないぞ。物納でも何でも、何とか納めた方が良いんじゃないか?」

「だがな、物納だと相場の半分とか言ってるが、実際にはあいつが決めるんだぞ。どんだけ取られるかわかったもんじゃない」

「そうだ。それに小麦は自分たちで食う分ぐらいしか作っていない。そもそも、ここは寒くて、小麦にはあまり向いていない。実の付きが悪すぎる。話にならん」

「じゃあ、労働四十日か?」

「それも無理だ。年にひと月以上も取られたら、開拓どころじゃなくなってしまう」

「そうだ、それに日数もあの代官が決めるんだ。奴隷みたいに働かされるのが目に見えている。それだったら、いっそのこと、離村するか?」

「離村して何をするんだ。この領のどこに行くんだ。それともどこか他の領に移る当てがあるか?」

「そうだそうだ。領移りなんか、あの代官や領主様が許すわけがない。それとも領破りして盗賊にでもなるか?」

「馬鹿を言え。この村の人数を養えるような盗みをしてみろ。あっという間に討伐隊がやってくる。それこそ全員縛り首だ。そんなことはできん。ここで頑張るんだ。それしかない」

「じゃあ、ここでどうするんだ。黙って増税を受け入れるのか?」


 こんな調子で、同じ議論が何度もぐるぐると繰り返される。皆倦み飽きてきたが、結論が出るはずもない。村長は黙ってただ皆の話を聞いている。マーシーも黙り込んでいるが、こちらは痛みを(こら)えるので精一杯なのだろう。


 そのうちに一人、また一人と声を出さなくなり、場が静かになった頃にケンが立ち上がり、何事かと見上げる村人たちを見回して言った。


「俺は、闘いたい」


 皆、驚いてケンの顔を見る。


「何だって?」

「闘うんだ」


 誰かが問い返すと、ケンは声を張って応じた。一度言い出すともう止まらなかった。


「俺たちは何も悪いことはしていない。義父さん、いや村長も、みんなも、前の子爵様との約束を守って一所懸命ここを開拓してきた。生活が苦しくても頑張って、俺たちを育ててくれた。領主様が代替わりしたからって、どうして搾り取られたり、殴られたり、逃げ出さざるを得なくなったり、そんな目に遭わなきゃならないんだ。それじゃあ、生きてる意味がない。それなら、闘う。その方が良い」

「でもケン、領主様への反逆は、縛り首よ」

「反逆じゃない。契約を守ってもらう。それを訴える闘いだ。自分たちを守る闘いだ。領主様を倒すのが目的じゃない」


 ケンは力を込めるが、年嵩の者たちは頷こうとしない。


「そうは言ってもなあ。俺たちは農民で戦なんてしたことがねえし、武器の扱いも素人だ。獣を追っ払うのが精々だ」「人と闘うなんて、恐ろしくてできねえよ」「そうよ、相手は訓練された玄人よ。私たちが敵うわけがないわよ」


 口々に言って首を横に振る。だが、ケンの首は縦に動いた。


「ああ、そうだ。だからみんなは闘わなくていい。怖い思いをしなくていい。俺が闘う。他にも闘いたい者がいれば一緒に闘えばいい。いなければ俺一人だけでも構わない。何とか抵抗するんだ」

「抵抗?」「抵抗、か」

「そうだ。この村は簡単には言いなりにならない、っていうことを示すんだ。闘った者は死ぬかもしれない。捕まれば縛り首になるかもしれない。それでも、相手も少しは考え直すだろう。領主様だろうが糞代官だろうが、やりすぎると自分たちも痛い目を見る、そうわかれば無理無法は言えなくなるだろう」

「そりゃ駄目だ、ケン。お前を死なせて、俺たちだけがましな思いをするわけにはいかん。この村は皆家族なんだ。見殺しにはできん」

「見殺しじゃあない。俺はみんなを守りたいんだ。マーシーはハンナを守るためにあいつと闘って傷付いた。俺はマーシーに剣を習っている。俺もみんなを守るために闘う。村を守るために戦う」


「そうだ、ケン。俺も闘うぞ」「そうだ、そうだ。俺もやる」「俺もだ、俺も闘う」


 ケンがさらに力強く言うと、若者たちが目を輝かせて賛同し始めた。立ち上がる者も何人も出た。母親たちは慌ててその手を引っ張って座らせようとする。


「だめよ、待って、みんな落ち着くのよ」「そうだ、勝てる見込みがない戦いだぞ」「縛り首なんて罪人でも見たくないわ。ましてやあんたたちをそんな目に会わせるなんて」「そうだそうだ」

「いや、ケンの言う通りだ」

「そんなことはねえ」


 また全員が口々に自分の考えを言い出して収拾が付かなくなった。



 ノーラたちの荷馬車は、村人たちのその騒ぎの最中(さなか)に村に着いた。普通ならどの村でも、見慣れぬ荷馬車が来たら誰かが様子を窺いに来るものだが、殆ど人がいない。僅かに道行く人もこちらに注意を払わない。

 ノルベルトは、小走りに急ぐその女の人に声を掛けた。


「済みません、行商の者なのですが、村長さんはどちらにおられますでしょうか? それから、マーシーさんという傭兵の方のお宅をお教えいただけませんでしょうか?」


 女は驚いてこちらを見たが、不審げに声を低めて尋ね返してきた。


「マーシーさんのお知り合いの方ですか?」

「はい、行商を営んでおりますが、以前にマーシーさんにお世話になりまして」

「そうですか」


 女は怪しみながらノルベルトの様子を窺って躊躇っていたが、考えていても仕方がないと踏ん切りを付けて返事をした。


「マーシーさんの家はこの先の角を左に行った先ですが、お会いになれるかどうか」

「何かあったのですか?」

「それはちょっと、私の口からは。村長さんの家はずっと行った先の右側の大きな家ですが、今はマーシーさんの所にいると思います。私も行くところですので行かれるのでしたら付いてきてください。そちらも取り込んでおりますが、事情はそちらで村長さんに直接尋ねてもらえますか?」


 何事かが起きたらしいが、眉を顰めてこちらを警戒しているこの女性から詳しいことは聞き出せそうにない。ノルベルトは「わかりました」と答えると後は黙って彼女の後に付いていくことにして荷馬車を動かした。


 マーシーの家に向かう角を曲がると、かなり遠くから村人たちの大声が聞こえてきた。戦だの、縛り首だの、逃散だの、物騒な言葉がやたらに耳に付く。何か大事件があったことは間違いなさそうだ。村人たちは話に熱中している様子だったが、やがて荷馬車の音に気が付くと、話を止めてこちらに目を向けた。


 ノルベルトはマーシーの家の少し手前に荷馬車を停めるとノーラと二人して御者台から降りた。帽子を取ると軽く頭を下げ、誰にともなく尋ねる。


「こんにちは。王都から来た行商の者ですが、村長さんかマーシーさんはおられますか?」


 すると村人たちは、黙って家の中を指差した。ノルベルトは少し躊躇したが、ここで立っていても仕方が無い。ノーラを連れて家の中に入った。


 薄暗い家の中は、この季節にも関わらず人(いき)れで蒸し暑い。見慣れないノーラたちを中にいた全員が一斉に振り返る。まだ暗さに慣れない二人には、村人たちの目だけが不気味に光って見える。


「こんにちは。ノルベルト・カウフマンと申しますが、マーシーさんは御在宅でしょうか? また、村長さんがこちらにおられるとも伺ったのですが」

「カウフマンさん? 通してあげてくれ」


 ノルベルトが名乗ると、それに応じる弱々しい声が人垣の中から聞こえる。人垣が崩れ、その隙間から、包帯を巻かれて寝台に横たわるマーシーの姿が見えた。

 二人は足を急がせて近付いた。人垣が割れたその間を進みながら旧知の男に声を掛ける。


「マーシーさん? どうされたんですか?」


 思わず高くなったノルベルトの声が響いた後に聞こえたのは、逞しい傭兵のものとは思えない、途切れがちで時々聞き取れなくなるほどの|(かす)れ声だった。


「お恥ずかしい姿で、申し訳ない。代官との、ちょっとしたいざこざで、やられちまって」


「『ちょっとした』じゃねえ!」


 人群れの中で誰かが強い口調で呟くのが聞こえる。


「代官とのいざこざ……ですか。ここに来るまでの道中で、増税がどうとか、小耳に挟んだんですが」


「失礼ですが貴方は?」


 ノルベルトがマーシーに応じると、寝台の横にいた壮年の男が尋ねてきた。この男が村長だろうか。

 ノルベルトは頭を下げ、丁寧に挨拶をした。


「村長さんですか? 私はノルベルト・カウフマンと申します。王都住まいですが、行商も営んでおります。これは娘のノーラです。マーシーさんには以前に商隊の護衛をお願いをしたことがありまして、お世話になりました。今日はそのお礼がてら、この村と今後のお取引を願えないかとやってまいりました」

「そうでしたか。生憎ですが、御覧の通りの有り様で、取り込んでおりましてな。誠に申し訳ありませんが、お相手ができそうにありません」

「そのようですね。マーシーさんの御容体は如何(いかが)なのでしょうか?」

「……」


 村の恥となりかねない醜聞を外の人間に知られたくはない。言い渋って口を閉ざす村長にマーシーが苦しい息で告げた。


「村長、その人は、大丈夫だ。その娘さんもだ。こっちの方が、世話になったぐらいの、人だ」


 すると村長は「わかった」と返事をして重い口を漸く開いた。


「実は、代官の横暴な振る舞いを止めようとして、六尺棒で滅多打ちにされたんです。足の骨折と、全身の打ち身です。幸い、命には関わらないで済みそうですが」

「……そうですか。マーシーさんが打ち据えられるとは、信じ難いのですが。その代官は武術の達人ですか?」

「いや、大したことはありませんが、領主様に逆らうと全員縛り首だと脅されて、抵抗できなかったのです」

「それは酷い話ですね。よろしければ、詳しい話をお聞かせいただけませんか?」

「……それは内輪の話ですので」


 また躊躇う村長を、今度はケンが強い口調で促した。


「義父さん、聞いてもらおう。俺たちだけで話をしていても、堂々巡りをするだけだ。信頼できる人たちなら、余所の人の意見を聞いてみてもいいと思う」

「ケンの言う通りだ。俺たちは悪いことはしていないんだ。余所の人に聞かれたって、恥をかくのは領主様と代官だ」「そうだ、そうだ」


 周囲の村人たちも強く言う。


「皆、わかった。お恥ずかしい話ですが、聞いていただけますか?」


 村長は村人たちの声に押されて、全てを打ち明ける決心をした。子爵の代替わりの事、増税の事、先代との契約の事、ハンナが(さら)われそうになった事、それを止めようとしてマーシーが代官たちに袋叩きにされた事、これからどうすべきか意見が纏まらない事をノルベルトとノーラに話した。


「増税を受け入れようと言う者、断ろうと言う者、離村しようと言う者、皆意見が違いまして、纏まりが付きません」

「なるほど。それぞれに一理ありますからね」

「果ては、村を守るために戦う、という者までいまして。戦っても勝てるわけはないのですが」


 村長が諦め顔で嘆息しながら言った時だった。


「勝てますよ?」


 今まで顔を赤くして黙って聞いていたノーラが突然口を挟んだ。村長たちは吃驚(びっくり)してノーラの方を見た。


「ノーラ、無責任なことを言うのは止めなさい」


 ノルベルトが慌ててノーラを(たしな)める。だが、ノーラは止めようとしなかった。


「でも父さん、村の人たち全員が本当に戦う気になれば、勝てる可能性はあるよね?」

「本当か?」「勝てるのか?」


 ノーラの強い言葉に、村人たちがざわめく。ケンがノーラに詰め寄って尋ねた。


「あんたは戦いに詳しいのか? どうやって勝つんだ?」

「貴方は?」


 大勢の大人たちを押し退けて出てきた若者に、ノーラは訝しげな顔を向ける。村長が慌ててケンを止めようとした。


「ああ、私の息子で、ケンと言います。戦う、と言い出したのはこいつなんです。ケン、こんなまだ若い娘さんの言うことを真に受けるんじゃない」

「でも義父さん、話はきちんと聞くべきだと思う。若くても、女でも関係ない。信じるかどうかは聞いてから決めればいい」

「しかし……」


 ケンの反論には道理がある。周囲の村人たちも「そうだな」「その通りだ」と頷いている。それでも逡巡する村長にマーシーが声を掛けた。


「村長」


 痛みを我慢して寝台の中で体を起こそうとしてマリアに止められ、また体を横たえながら声を絞り出す。


「その娘さんは、只者じゃない。俺は知っているんだ。話を聞くべきだ。俺が保証する」

「わかった、わかった。マーシーがそう言うなら、話を聞くだけは聞こう。皆、いいな?」


 村長の声に全員がノーラの方を見た。


「娘さん、勝てるというのは本当ですかな?」

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