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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第三章 開拓村の災厄

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第四十四話 擦れ違い

承前


 ネルント開拓村で無法と暴力を存分に揮った代官ニードは、上機嫌で衛兵長と衛兵たちを引き連れて馬で峠を下り、麓のフーシュ村の近くまで来た。鞭を振り回し、道に張り出している樹木の枝葉を叩き落しては愉快そうに笑う。衛兵長はずっとその様子を窺っていたが、鞭に飽きた頃合いを見計らってそろそろ頭も冷えただろうと乗馬をニードの馬の横に付けて詰った。


「なぜあんなことをした」

「ん? 何のことだ?」

「あの男をさんざんに打ちのめしたことだ。あそこまでする必要はないだろう」

「は? 何を言っているんだ? お前らが散々農民どもを甘やかしたから、あんなに付け上がったんだろうが。お前らの怠慢で生まれた甘えん坊どもを俺様が矯正してやったんだ。感謝して欲しいもんだな」

「幼い子供を奪おうとしたのはどういうことだ。(かどわ)かしも同然じゃないか。重罪だぞ」

「はっ、何を言ってるんだ? 俺様の策略がわからないのか? それで良く衛兵長が務まるな」


 馬鹿にされて衛兵長はむっとしたが、もうニードの暴言には慣れてきている。気を立てず冷静に問い質した。


「どういうことだ?」

「本気じゃないさ。ああすれば、反抗的な奴が前に出てくる。そいつを懲らしめれば全員が思い知る。俺様の思った通りだったな」

「抵抗されなかったらどうするつもりだった?」

「そりゃ、あのガキを有難くいただいて帰るだけさ」

「あんな小さい子だぞ。人質のつもりか?」

「まあな。それにあんなガキでも王都に送れば他にも使い道はいくらでもある。田舎者のお前にはわからんだろうがな」

「ならば、やはり人攫いじゃないか」

「はっ、何とでも言え。ま、結局こっちの思惑通りになったわけだ。浅はかな連中だ。年がら年中、畑に這い(つくば)って虫の相手ばかり、まともに頭を使っていないからあの(ざま)だ。契約と土に縋り付くことしか考えられない汚らしい愚か者揃い、声を聞くのも穢らわしいぜ」


 ニードは道端に「ぺっ」と唾を吐いてニタニタと笑っている。なんて奴だと衛兵長は相手を睨み付けた。


「何を言う。彼らは当たり前のことを言っただけだ。それを、鞭打つ、棒で滅多打ちにするとはどういうことだ」

「ふんっ。俺様に逆らったらどうなるかを教えてやったまでだ。鍬を揮うしか能の無い農民ども、頭より体の方が憶えが良かろうよ。あれであいつらも懲りただろうさ。ははっ」


 ニードは嘲笑を顔一杯に(あらわ)にする。衛兵長は湧き上がる憤りは抑えて反論に力を込めた。


「俺にはそうは思えんな。反感を買っただけだ」


 だが相手は肩をちょっと竦めるだけで、得々と思惑を語り続けた。


「そうだろうな。だが最初は反発しても、時間が経てば経つほど自分の身への痛みが怖くなる。どいつも自分と家族だけが大事になって、逆らう気力が失せていく。わざわざ三か月も猶予をやったのはそのためだ。見てろ、その時には素直に俺様の鞭の前に跪くだろうよ」

「そうならなければどうするんだ」

「もしまだ逆らえば、今度は鞭でも棒でもなく剣を振るまでのことだ。血を見なければわからないのなら、たっぷりと見せてやる。はは、楽しみなことだ。そうだな、むしろ逆らって欲しいぐらいだ。お前は農民の味方をして子爵に楯突きたいのなら、そうすればどうだ? 次に俺の鞭の餌食になるのは誰かな?」

「……お前には付いて行けん」

「付いて来れないなら、来なくて構わんぜ」

「ああ、そうさせてもらおう」

「まあ三月も先の事だ。お前もあいつらと同じようにゆっくり考えれば気も変わるさ。あの村だけに(かかずら)わっているわけにもいかんしな」

「いや、もう沢山だ。いったい、何度目だ。どの町でも村でも、機会があれば鞭や棒を揮っているじゃないか。俺はもうお前と動くのはごめんだ。子爵様にもそう言う」

「勝手にするがいいさ。お前が来ないなら、来る奴を見付けるだけのことだ。容易(たやす)いことだ」


 あまりの言い様に、衛兵長は呆れてニードから馬を離して後ろに下がっていく。

 ニードは鼻先でふんっと笑うと、視線を道の先に移した。この領はどいつもこいつも甘ちゃんばかり、まあ俺様の邪魔はさせんと、また鞭を気持ち良さそうに振った。嘲笑は一向に顔から消えないままだ。




 暫くすると、ニードは前方から一台の小型の荷馬車がやって来るのを見付けた。この道は開拓村への一本道だ。行商人か? あんな辺鄙な村に物好きなことだが、いいカモが来た。

 ニードは近付いてきた荷馬車の前に馬を横様(よこさま)に立ち止まらせて道を塞ぎ、御者席の男を誰何した。


「止まれ。何者だ」


 荷馬車はすぐに大人しく止まった。御者席の男が丁寧に頭を下げて返事をした。


「お役目、御苦労様です。行商人です。ネルント開拓村へ商いに参ります」

「本当か? あんな村に、売りも買いもなかろうに」

「はあ、恐れ入ります。ですが塩はどこでも入用かと思いまして」


 御者の男が淡々と言ったことを聞いてニードは不機嫌な顔になった。

 塩は命を繋ぐのに必須なので、どんなに辺鄙な村でも買う。命に関わる塩が高騰することのないよう、無関税と国が定めている。その代わりとして塩の卸元が一括して国に多額の税を納めており、そのため卸元は王城の上層部にも顔が利き、その一方で信用のおける商人にしか卸さないようにしている。塩を扱える商人に迂闊に手を出すのは剣呑(けんのん)だ。後でどんな意趣返しをされるかわからない。ニードは因縁を付けて小金を巻き上げてやるつもりだったが、あてが外れた。


「ふん、精々無駄足にならないようにすることだな」


 ニードは言い捨てて去った。擦れ違いざまに荷馬車の荷台に鞭で一発をくれていった。その後を追って、憤然とした顔をしてニードを睨み続けている衛兵長と衛兵たちの騎馬が荷馬車には目もくれずに横を通り過ぎていく。

 荷馬車の御者の男、ノーラの父ノルベルトは小さく頭を下げたままでそれを見送った。




 どうやら隊列の先頭の不遜な男は、関所の女役人が言っていた代官か、あるいはその配下か。後に続いた衛兵たちとの仲は随分と険悪なようだったなと、ノルベルトは首を振る。

 以前に聞いていたこの領の様子とは随分違う。その話では、温厚な領主の下で、役人たちは丁寧な仕事をしているとのことだった。近頃領主が代替わりしたらしいが、悪い方に変わったようだ。

 だが、ここまで来て引き返す手はない。ノルベルトはネルント村へとまた荷馬車を動かした。



 山道の九十九折(つづらお)りを進んでいると、面倒事を避けるために荷台に引っ込んでいたノーラが幌から顔を出した。


「父さん、道が随分険しくなってきたね」

「ああ、この先は峠までずっと登りが続く。下の村で聞いた話では、峠の直前の坂は特に勾配がきついそうだ」

「私、降りて歩く?」

「いや、まだいい。峠の手前になったら声を掛けるから、その時は頼む」

「わかった」



 やがて辿り着いた峠の直前で、上り坂を見上げて二人は顔を見合わせた。


「これは……凄いな」

「……登れる?」


 九十九折りが終わり、最後の曲がり角の先の坂は、百ヤードほどの間に三十ヤードにもなろうかという高さを登らなければならない。湾曲は無くほぼ真っ直ぐな道だが、雪も積もっており馬車には非常に厳しい。


「まあ、荷物を軽くすれば、登りは行けそうかな? 下りが厳しいな。空荷で制動(ブレーキ)を掛けっ放しで少しずつゆっくり下るしかないんだろうな」

「幅も結構厳しいね」

「あれの意味がわかったな」


 ノルベルトが道の横を見る。急坂の下、道が少し広くなったところに、雪を被った大八車が置いてある。その車輪は履帯(りたい)が無く硬い木製の円周全体に刻みが入れられ、滑り難いようになっている。


「この坂の上り下り専用の車ね。荷物が無理だったら、あれに積み替えて少しづつ運べ、ってことね」

「もう少し道を広くして、勾配を緩めて欲しいもんだな」

「幅は無理でしょ」


 左側は山、右側は谷、どちらも切り立っており、拡げる余地があるようには到底思えない。


「これ、天然の要害よね。ファルコが好きそう」

「今はファルコどころじゃないよ。荷を少し下ろすから、手伝ってくれ」

「はーい」


 荷の一部を大八車に移し、二人掛かりで真冬にも関わらず汗をかきながら峠の上まで運ぶと、そこは少し開けたちょっとした広場になっていた。そこに荷を置き何度か往復して運び終わって荷馬車に戻ると、馬を励まし、馬の前に回って手綱を引くことで、何とか坂を登らせることができた。馬に水を飲ませて休ませ、その間に荷を積み直す。

 これでは、開拓村に荷を運び込んだり運び出したりするのは大変だろう。村人の苦労が痛いほど良くわかるとノーラの父が思いながらふと見ると、ノーラはやってきた坂道の上で(かが)んだり立ったりしながら見下ろし、何かぶつぶつ言っている。あの身振り手振りは弓を引く動作だろう。この娘はまた変なことを考えているんだろうな、と苦笑いした。


「乗りなさい。そろそろ行くぞ」

「はーい」


 道は下りに変わった。峠までに比べると、勾配はかなり穏やかだ。この分だと開拓村は、経由してきた麓の村よりもかなり標高が高いかもしれない。


 暫くすると、ノーラがまた荷台からやってきて横に座った。


「この先も、村へは一本道よね?」

「ああ、そうらしい」

「村へは、他には道は通ってなくて、行き止まりなのよね?」

「そのようだ。開拓村だそうだしな」

「ふーん」

「……何を考えているんだ?」

「うーん。さっきの峠以外にも、九十九折りの途中に、谷越しに矢を射掛けやすい場所が何か所かあったよね。守り易い、領主にとって良い保障になるかなーとか」

「保障?」

「有事の際に立て籠れる、安全な場所」


 やっぱり、こんな事を考えていたか。


「逃げ込んで再起を図る場所か」

「そう。遠くの味方が駆け付けて、敵を挟み撃ちにするまで抵抗できるように、準備をしておく場所」

「成程な。だが、内戦も、他国が攻め込んでくる気配も無い今の世で、そこまで考える領主がいるかな?」

「どうでしょ」


 話している間に下り坂を曲がると、前方の眺望が急激に開けてきた。

 向こう側の真っ白い峰々は相当遠く、盆地にはかなりの広さがある。道は曲がりながらまだ続き、下り切ったところに民家が立ち並んでいるのが見える。民家からは畑が広がり生け垣があり、そのさらに先に川が流れている。川の向こう岸には雪野原が広がり、さらにその向こうの森まではかなりの距離がある。どこもかしこも白雪に覆われている。

 ノルベルトは荷馬車を停め、娘と共に絶景を見渡した。


 ノーラが呟いた。


「……広い」

「そうだな」


 独り言のような感想に応じると、ノーラは盆地を見回しながら続けた。


「この土地を拓こうとした領主は、大した慧眼の持ち主ね。あの峠に無理やり道を通した価値は十分にあるわ。開拓が進めば、それなりの軍勢が長期間立て籠れそう」

「領主に、そういうつもりがあったどうかは知らんがな。十分に開拓の余地はありそうだな。町、いや、都市ができそうなぐらいに広いな」

「保障にするつもりがあるなら、税とか補助金とかをできるだけ優遇して、住民の心証を良くしているはずよ。住民に裏切られたら、立て籠るも何も、お話にならないから」

「まあ、そうでなくとも開拓の初期は住民は食っていくのが精一杯だから、税は免除するのが普通だな」

「それはそうね」

「村の人に、そんな話はするなよ? 変に思われるからな」

「うん、次から気を付ける。商売に差し支えるからね」

「そうだ。もっとも、今回はここで儲けようとは思っていない。でも、将来、もっと開拓が進んで人口が増えれば良い得意先になるかもなあ。あるいは面白い特産品ができるかもしれない。今は顔繋ぎだけで十分だ」


 二人が話し続ける中、ノルベルトの手綱に応じて荷馬車は再びゆっくりと動きだした。


「でも、作物を運び出すのが大変ね」

「ああ、そもそも大規模に開拓したいなら、あの坂を何とかしないと駄目だろう。それに麓の村まででも、結構時間がかかる。領都なら猶更(なおさら)だ。領主としては、他領へ売れるようなものも作りたいだろうが、鮮度が必要な作物は無理だな。ましてや、あの坂道だ。量は稼げない。少量でも高く売れる加工品が欲しい所だ」

「村では何か考えているかしら? 何か教えてあげる?」

「そこらへんは、顔を繋いでからだ。取りあえずはマーシーさんのところへ行って、村長さんとか、村のめぼしい人を紹介してもらおう」

「マーシーさん、元気かなあ」

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