第四十話 代官ニード
王国歴223年2月(ケン19歳)
ケンがいるネルント開拓村に雪が降った。この山村は国の南部にあるため冬の雪はそれほど多くはないが、それでも一月の末から二月にかけてはかなりの雪が降ることもある。深雪が積もった山に囲まれた村に、見たことのない男が前触れもなく馬に乗ってやってきた。
男は衛兵姿の女を一人従えている。二人は訝しげに見守る村人たちに村長の家の場所を突慳貪に尋ねると、後はもう彼らには目もくれない。村長の家を見付けると馬から降り、入り口の扉を乱暴に開けて入って行った。
「村長はいるか!」
大声で呼ぶ声がする。
用を足すために家の奥に引っ込んでいた村長は何事が起きたのかと慌てて出てきた。
「村長!」
声は村長の仕事部屋がら聞こえてくる。中に入ると、褐色の短髪で目付きの鋭い痩せた男が、村長の執務用の椅子に勝手に座って机の上に両足を投げ出している。
「村長は私ですが」
厚かましい態度の男に村長が訝し気に答えると、男は顔を厭らしく歪めて「ふんっ」と鼻で嗤ってから言った。
「私は新たにピオニル子爵閣下から代官を仰せつかった、ニードというものだ。見知り置くように。こいつは衛兵伍長のボーゼだ」
ニードと名乗った不遜な男が横に立っている女の衛兵を指して言う。こちらは黄褐色の髪を肩まで垂らしている。顔立ちは整っているが両頬に刀傷があり、やはり目付きが悪い。二人とも、人を侮るような目で村長を見ている。
村長は二人の態度に眉を顰めそうになったが、代官だと名乗った相手の心証を悪くしてはならない。なんとか堪えると頭を下げて挨拶した。
「初めてお目に掛かります。この村の村長を仰せつかっておりますライアン・ジートラーです。よろしくお願い致します」
「うむ」
「本来なら私の方から挨拶に伺うべきところ、申し訳ございません。寒い中を遠路はるばると足をお運びいただき、有難うございます」
ニードは村長の言葉に被せるように、「全くだ」と吐き捨て、それに続けて鋭い調子で詰問を始めた。
「ここは聞きしに勝る、随分辺鄙な所だ。本来、代官が来るような場所ではないな。だが、俺が代官に任じられて相当経つが、年が明けてからもこの村からは誰も状況報告に来ん。止むを得ず、俺の方から出向いてきた。いったい、どういうことだ?」
「それは、申し訳ございませんでした。ここの所、特にお知らせすべき異常もありませんでしたので」
「だから報告をさぼっていたということか」
「いえ、さぼっていたなどということはございません。前の代官様から、ここから領都までは時間が掛かるので、異常の無い限りは月次の報告は不要、春と秋に纏めて報告すればよい、と仰せつかっておりましたので」
「前の代官? あの愚か者か? 俺は聞いていないが、まあ、よかろう。納税は滞っていないようだしな」
「恐れ入ります」
ほっとした村長を見て、ニードが冷たい笑いを浮かべた。飢えた犬のように舌なめずりし、幼鳥を見付けた蛇のように冷えた眼で村長を眺めてから難題を言いだした。
「だが、税額そのものが少ない。子爵様が御不満であられた」
「それは……」
呆気に取られる村長に嬉しそうに宣告する。
「子爵に代わって申し渡す。今後、地租を、他の村と同様に一エーカー当たり二ヴィンドとする。わかったか」
「……そんな」
「ふん、何か文句でもあるのか」
せせら笑いをするニードに、村長は慌てて反論を試みた。
「これは、無茶というものです。到底納められません」
「地租を納められなければ、土地を返納させるだけの事だ」
「しかし、現在の税率は、先代様との契約で定められていることです。我々はそれを守っております。おっしゃられたように、一度も納税を欠かせたことはございません」
「それがどうした。契約など知らんな。仮に契約があったとしても、変更すれば済むことだ」
義も理もない。まるで取り合わないニードに、村長が憤った。
「それはあまりに酷い話ではありませんか!」
「……おい、口の利き方には気を付けろ。誰に向かって話していると思ってるんだ。代官は貴族である領主も同然だぞ。忘れるな」
「……」
「まあいい、今日の所はこれで帰る。茶も出なかったが、まあよかろう。口で言っても分からんようなので、次回は税率を書面にして持ってくる。一週間後だ。その時には、村長、お前に署名してもらうぞ。いいな。ボーゼ、帰るぞ」
勝手なことを言い捨てると、ニードと衛兵伍長の女は馬に乗って帰って行った。その姿が見えなくなると入れ替わりに、様子を窺っていた村人たちが見送りに出ていた村長の後を追って雪崩れ込むように村長の家に入ってきた。
「村長、どうしたんだ?」「誰だ、あいつらは?」「税がどうとか言っていたが、何のことだ」
口々に村長に問いかける。
「皆、落ち着いてくれ。入れる者は全員入ってくれ」
そう応じると、集まった者はそれぞれに不安を口走りながら村長の仕事部屋の中に入った。大勢が座れる数の椅子は無い。立ち並んでまだそれぞれにがやがやと話し合っていたが、村長が前に立ち「静かにしてくれ」と手を挙げるとやがてざわめきが小さくなって消えた。
村長は事情を説明した。
「さっきのあの男は、ニードという。新しく代官になったらしい」
「前の代官様は?」
「わからん。多分、首になったんだろう。そこらへんは、フーシュ村に行ってあっちの村長に確認しようと思う」
「それより、そのニードとやらは、何を言ってきたんだ?」
「税を上げると言ってきた。一エーカー当たり二ヴィンドだ」
「そんなバカな! 今の五倍じゃないか。到底無理だ」「他の村だって、一ヴィンドのはずだぞ」「何を考えているんだ。いったい、どうしろっていうんだ」
また騒ぎ始める村人たちを、村長が両手を上げて「皆、落ち着け」と静める。
「大丈夫、今の税率は前の子爵様との契約で決まっているんだ。あいつは一週間後にまた来ると言っていた。その時に契約書を見せて、納得してもらえば無事に済むだろう」
そう村長が言うと、村人も皆な「そうだそうだ」「そうだ、契約なんだから」などと口々に言う。だが、広がり掛けた安堵のその空気を突き破って後ろの方から「いや、駄目だ」と声がした。
村人たちが一斉に振り返ると、声の主はケンだった。
「ケン、聞いてたのか」
「義父さん、それは止めた方が良い」
ケンはそう言いながら、視線を送ってくる村人の輪を割って前に出てきた。
「子供の聞く話じゃない。奥に戻っていなさい」
村長が諭そうとしたが、ケンは聞かなかった。
「俺はもう子供じゃない、成人の儀を済ませた大人だ。一人前じゃあないかもしれないけど、意見ぐらいは言わせて欲しい」
「何だ。言ってみろ」
「俺にもあいつの大声が聞こえた。あいつは聞く耳を持った奴じゃない。契約書を出したら、『見せろ』といって奪われて、破られるか焼かれるかされかねない。契約書はもっとまともな奴に見せるべきだ」
「確かにそうだ」「俺もそう思う」「賛成だ」
村人たちも口々に言う。
「わかった。契約書はここぞという時まで隠しておこう。次回は私がきちんと説明する。皆、安心して帰ってくれ」
村長の言葉に、村人たちは不安そうな顔で話をしながら帰って行く。その後の人気が無くなった村の道には、ひときわ冷たい風がひゅうひゅうと吹き抜けていた。




