第三十九話 伸びる芽
王国歴222年11月
時間は前々話のユーキが手紙を書いた日に遡る。
国王は閣議が散会した後に、宰相と商務局長を執務室に呼び寄せていた。
「お前たち、今日のユークリウスの意見について、どう考える?」
「陛下、経済振興のためには第二、第三ギルドの設立を認め促すべし、というものですか? どうもこうも、声も出ぬほど驚き入りました」
「宰相閣下もですか。実は私もです。ギルドとは職種毎に一つ、それが当たり前の事でしたから、自分には到底この発想は出せぬと、つい溜息を吐いてしまいました」
「勿論、あの場での陛下の御指摘通り、現在のギルドからの激しい抵抗が予想されますから、実現は極めて困難でしょうが」
「ええ。ですが、現状ではギルドがギルド員に対して力を持ちすぎる、ギルド外からの参入が困難すぎる、という殿下の御指摘は当たっております。耳に痛く刺さりました。提案された解決方法も斬新です」
「うむ。職業の自由度を上げて競争を促した方が、技術も経済も発展しやすい。その考え方は取り入れていく必要があるな」
「ただ、やはりお若いのでしょうが、発想の具体化の方向が過激です。第二ギルドは些か。それに、仮にできたとしても、すぐに元のギルドと同様の存在になるか、吸収されてしまうでしょう」
「ですが宰相閣下、その過程での競争に意味があり得るのでは? 陳腐化したらしたでまた別の競争相手を作らせる、ということも不可能ではないかもしれませんし」
「それもまた過激ですな。局長、ユークリウス殿下に感化されましたかな?」
「いや、お恥ずかしい。些かながら、殿下には感じ入りました。若いとは素晴らしい事です」
「うむ、わかった。何らかの方法で競争を促進することは心掛けておくとしよう。ユークリウスの奴、どうも思っていた以上に鍛え甲斐があるな」
「御意。陛下、殿下のことで申し上げたき儀が」
「なんだ、宰相?」
「そろそろ、殿下に何かの役に就いていただくことをお考えになられてもよろしいのではないでしょうか」
「まだそこまでではなかろう」
「そうでしょうか」
「陛下、お言葉ながら、私も宰相閣下と同じことを思いました。殿下には商務局でも見習をしていただきましたが、周囲の指導に良く耳を傾け、与えられた仕事をそつなく果たしておられました。小役であれば十分に熟されるのではないかと」
「そうか。だが、見習と自ら責任を負うのとは別物だろう」
「それはそうですが」
「それにあれは王族だからな。小役でも配下を付けねばならんが、まだあの若さだ。互いに相手をどう扱って良いか困るだろう。だが、いずれは、な」
「はい」
「経験をどんどん積ませていけば、いずれはそれなりの役目を果たせるようになるだろう。それまで、お前たちもどんどん鍛えてやってくれ。頼んだぞ」
「御意」「畏まりました」
同じく閣議後、ユーキは国内の治安を預かる内相に呼び止められていた。
「ユークリウス殿下、お忙しい所申し訳ありませんが、少しお時間をよろしいでしょうかな?」
「はい、構いません。何でしょうか、内相閣下」
「ああ、大したことではありませんので、立ち話でよろしいですか?」
「はい」
「本日の御発言、なかなかに感心致しました」
「ギルドの件ですか? 有難うございます。陛下にはさんざんに評されてしまいましたが」
「いやいや、陛下がいろいろ言われるのは、逆に高く評価されている証です。お気になさいますな」
「そうなのですか」
「私の意見を言わせていただけると、傭兵ギルドに限っては、第二ギルドは危険だと思います。おわかりですかな?」
「……危険……もしかして、傭兵ギルドは武力を有しているので、ギルド間の対立が武力紛争となりかねない、ということでしょうか」
「その通りです。さすがですな。もし双方のギルドにそれぞれ別の有力貴族が肩入れしていたら……」
「内戦となりかねない、ですね」
「ええ。それ自体で武力装置となりうる傭兵ギルドは、もしもの時にも国がきちんと制御したい。それを容易にするためには一つであって欲しい、というのが治安を預かる私の意見です」
「閣下、お教え有難うございます。思慮が浅かったこと、恥ずかしく思います。勉強になります」
「なんのなんの。傭兵ギルド以外については、御卓見でありましょう。特に最後に述べられた『例えば武術は競い合ってこそ上達する、技術や商業も同様のはず』とは、真剣に武術に向かい合っておられてこその御発想、近衛将軍伝てに御修練のお噂は聞いておりましたが、文武両道に通じておられると感心致しました」
「有難うございます。文にも武にも偏らず学びを深め、より広く考えるようになりたいと思います」
「どうか御存分にお励みください。ああ、治安と言えば、最近花街の近くでならず者の一味が可憐な娘を襲おうとして、体術に優れた心ある商人に取り押えられたとか、衛兵局から報告がありました。名も知らぬその商人に感謝しないとなりませんな」
「……そうですか」
「一味の首領は、廃嫡された挙句に、家から放逐されたそうです」
「そうなのですか?」
「ええ。衛兵局に勤めているその家の主が、上役である侯爵から厳しく叱責されて、自ら処分を言い出したそうですから間違いありません。それまでにも貴族の身分を盾にして庶民に随分と恨みを買っており、親もきょうだいも扱いに困っていたそうです。同じ庶民に落ちてはこれまでの報いを受ける事でしょう」
「衛兵関連の上役の侯爵ですか。内相閣下御自身以外には思い浮かばないのですが」
「はっはっは。まあ、それはそれ。いずれにせよ、その件はこれで片付いたことになります」
「では、事件に関係した娘も商人も、そして庶民も安心できるわけですね。その侯爵閣下のお蔭ときっと感謝することでしょう」
「そうなりますかな。はっはっは。いや、お引止めして申し訳ありませんでした」
「閣下、有難うございます。では、失礼致します」
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一方、こちらはユーキと菫の文通が始まって二週間ほど後の花園楼での椿と薄の会話である。
「婆様、ちょっとよろしいですか」
「何かしら、椿」
「菫ですが、踊りが良くなりました」
「前から、悪くは無かったと思うけど」
「ええ、ですがさらに伸びたように思います。以前は型を憶えてそれに忠実に、綺麗に擦っていましたが、それを離れて自分なりの思いを込められるようになりました。踊り以外も進んでいますし、菖蒲もそれに負けじと一緒に伸びています」
「原因はやっぱり……」
「ええ。殿下との恋だと思います」
「そうでしょうねえ。妓女の踊りは劇団の芸術舞踊とは違うから。思いの込め方が命だからねえ」
「これまでは自分の踊りに自信が無かったようですが、そういう事を忘れて集中できているようです」
「多分心の中は……」
「殿下で一杯でしょう。踊りの手も歌の声も艶めいてきていますから。婆様、どうされるおつもりですか?」
「どうもこうもないわ。菫は私の親友葵のただ一人の忘れ形見。幸せになる道を選んで欲しい、それだけよ。でも……」
「やはり王族貴族は信用できませんか?」
「葵の事を思うとなかなかねえ……」
第二章終了。次話より第三章「開拓村の災厄」開幕です。




