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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第二章 揺れる運命

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第三十二話 踊り

承前


 着替えの後、ユーキたちが案内されたのは二階の部屋だった。

 上品な香の匂いがする中を歩くと、どこからか聞き慣れない東方風の楽器の音が微かに聞こえてくる。菫の後に従って広い階段を上がる。板張りの廊下は踏むごとに春の小鳥のような鳴き音を立てる。やがて着いた先の、一面に八重の紅椿の咲く様が東方風に大きく描かれている襖を開けて控えの間に入ると、菫はその先の障子の前で正座し、奥の客間に向かって声を掛けた。


「姐様、お客様方をお連れいたしました」

「お入りいただいて」

「あい」


 菫は中からの柔らかな女の声に答えて障子をすーっと開き、脇に控えて手を突いて頭を下げた。


「どうぞお入りください」


 促す菫の声に導かれてユーキたちが中に入るとそこはかなり広い部屋で、入り口近くは板の間、奥は敷物を敷き詰めて、そこに若い美女が立っていた。

 豪華な着物に華やかな(めかし)、複雑に結い上げられた長い髪には椿花(ちんか)飾りの銀の(かんざし)が挿されている。着物の襟足はぐっと下ろし背中までも覗かせて、胸も開いて豊かなふくらみが見えそうな、誰でも目を奪われるその艶姿(あですがた)。妓楼は初めてのユーキたちでもわかる。さぞかし人気の妓女なのであろう。


「あら」


 女は声を上げるとするすると近寄って、白く細い指先でユーキの胸を撫でてきた。


「まあ、お二人とも良い体……鍛え上げていらっしゃる」


 思わずユーキが腕で胸を(かば)うと女はくすりと笑い、今度はクルティスの体を惚れ惚れと撫で回す。


「特にこちらのお方は、近衛の大尉、中隊長様と言われても、そのまま呑み込んでしまいます」


 クルティスの奴、まんざらでもない顔をして頭を掻いていやがる。お前、鼻の穴が拡がってるよ。みっともない。

 でも中隊長と言えば実戦単位の指揮官で、前線での戦闘の中心となる存在だ。近衛の花形で、家柄に実力と実績が伴わないと就けない憧れの地位である。ここは一言言っておかねばならない。


「お褒めいただき有難いですが、我々商人風情には過分のお言葉です。近衛の皆さんに聞かれたら気を悪くされます。士気が落ちるのでお止めください。この体は力仕事をしているからです」

「あらあら商人様ですか? 仕事で付く筋肉は偏るものです。荷を担ぐのと剣を振るのでは、体の形は変わります。それに、商人様なら、近衛の士気などに気を回しませんことよ? お若うございますわね」


 女にまたくすりと笑われてユーキは思わず言葉に詰まった。身分を偽っていることをいとも容易く見破られてしまうとは。菖蒲という子にも正体を知られているし、もうあまり意味がなさそうだけど。まあ、形だけでも微行は微行だから。


「……えーと、詮索は止めていただけると助かります」

「あら、失礼いたしました。ここは夢の里、(うつつ)とは遠い場所でしたわね、無粋な根掘り話は止めにしましょうね」


 女の取り成しにほっとして「はい」と返事をする。その様子を見て女は言葉を足した。


「でも、『得々と語る話で掘る墓穴(ぼけつ)』という言葉も巷にはございます。口に(わざわい)を棲まわせるのは人の常といえど、どうぞお気を付けあそばせ。もっと大人になられませんとね」

「はい。励みます」

「うふふ、真面目なお方。(くるわ)は肩の力を抜いて大人の遊びをする場所ですわ。そう、お口も体も大人にして差し上げましょうかしら」


 女はまたクスクス笑うとユーキの胸に触れんばかりに体を近付けて顔を見上げ、扇子で自分とユーキの口に交互に触れる。貴族の社交では決して受けないような慣れない揶揄(からか)いにユーキの顔が赤くなる。菫も菖蒲はそれをちらちらと目を上げて見て、手を上げそうになったり口を動かしたり、はらはらしながら見守っている。


「ではお座りあって。竹葉(ささ)はいかが?」

「竹葉?」

「うふふ、お酒の事ですわ」

「えっと、強い酒は飲みませんので、よろしければ林檎酒をいただけますか」

「まあ、お堅いこと。承知しました。菫、菖蒲、用意を」

「あい」


 禿二人が準備のために部屋を出ると、着替えた柏が入れ替わりに入ってきた。ひょこりと頭を下げて「坊ちゃん方、失礼致しやす」とユーキたちに声を掛け、女に「姐さん、ちょいと」と耳打ちをする。女は口角を上げて「あら、ふーん。まあ、やはり。うふふ」とユーキに目を流しながら面白そうに聞いている。

 内輪話が終わると柏がユーキに向いた。


「シュトルム様、手前どもの差配の婆には『御商人の御曹司』と話を通してごぜえやす。どうぞお気持ちを柔らかに、お迎えの御到来までごゆるりとお寛ぎ下せえ」


 そういうと椿に「姐さん、お頼み致しやす」と言ってから「御免なすって」と部屋から下がった。再び入れ替わりに菫たちが戻って林檎酒と軽食の膳を据え、女の両脇に控えて座ったところで三人揃って三つ指突いて頭を下げた。


「私、当楼の妓女、椿と申しまして、これなる二人、菫と菖蒲の姐でございます。本日は、私の妹、菫の危難をお救いくださりましたこと、姐としてお礼申し上げます。ありがとうございました。ささやかではございますが、お礼の膳、どうぞお召し上がりください」

「当然のことをしたまでです。過分のお礼を頂き、かえって恐縮です」

「いいえ、他人の危難を見て見ぬふりして通り過ぎる輩の多い中、御自身の危険を顧みずお助けくださった事、ほんに有難く思います。本来ならば、私が音曲、舞踊などでおもてなしすべきと存じます。ですが、雨宿りの態を取らせていただいておりますところ、私が芸をお見せするとお部屋代やお線香代が生じてしまいます。それではかえって失礼となりますため、遠慮させていただきます。その代わりと申しては何ですが、菫と菖蒲の舞踊の稽古を御見学いただこうかと思います。菫、菖蒲、支度を」

「あい」「あい」


 指図を受けた菫が部屋の片隅から東方風の三弦の楽器を取り出して椿に差し出し、その間に菖蒲がてきぱきと場を片付けて踊れるだけの空間を調える。そして二人がユーキたちを向いて座り、小さな扇子を前に置いて手を突くと、椿が声を掛けた。


「用意はいいかえ?」

「あい」「あい」


 二人が答えると、椿が三弦をゆっくりと弾きだした。

『チントンシャン、シャントテチン』と流れる曲に合わせ、菫と菖蒲が踊りだす。手舞い足舞いを繰り返し、やがて扇を拡げてひらひらと揺らせては閉じ、また拡げてゆらゆらゆらと舞わせてはまた閉じる。

 聞いた事もないゆったりとした曲の(ひびき)に合わせて、見たこともないその踊りを懸命に踊る菫の姿に、ユーキは目を奪われた。一挙手一投足、首の傾げや視線の動き、それに合わせてユーキの視線も動くが、同時に美しい顔からも目が離せない。踊りながら微笑んでは真顔に戻り、また嬉しげに微笑んで見せる。しかしその笑顔はやがて悲しげになっていく。

 ユーキが次第に身を乗り出して一心不乱に見詰めていると、時々菫と目が合い、お互いに顔が赤くなる。それでも目を凝らして見るうちに、二人がくるりと回り、開いた扇を左手でゆるゆると左右に傾けながら前に差し出し、右手がそれを追おうとしたところで曲が終わった。

 ユーキが見惚れて呆けているとクルティスがパチパチパチと拍手をし、ユーキも慌てて一緒に手を叩いた。

 菫と菖蒲が座り直し、閉じた扇子を前に置いて頭を下げたところで、椿が尋ねた。


「いかがでしたか? シュトルム様」


 問われたユーキは何か言おうとしたが、心の中は菫の踊る姿で一杯で言葉はひとつも見付からない。頭を捻って何とか答えを絞り出した。


「……素敵でした。こういう踊りを見たのは始めてで。何と言っていいのか良くわからないですけど。菫さん……も菖蒲さんも。とても綺麗で。とても素敵でした」

「あらあら。クルティス様はどの様に御覧に?」

「俺も踊りを見るのは始めてで、違っているかもしれないですけど、花と蝶を題にしたものなのかなと思いました。踊っている菖蒲ちゃんと菫ちゃんが花で、扇が蝶に見えたので。菖蒲ちゃんの踊りは動きと動きの繋ぎを大事にしているのか、流れるように滑らかで、華麗でした。菫ちゃんの方は逆に、個々の動作をしっかりと確かめながら踊っているようで、一つ一つの姿勢が美しかったと思います」


 話を振られたクルティスがすらすらと述べ立てた評を聞いて、椿は目を丸くした。


「おや、クルティス様は随分と見巧者(みごうしゃ)でいらっしゃる。いかにも、花と蝶の踊りでございます。花は妓女、蝶は殿方、蝶は蜜を求めて花へとやってきて暫しの恋に落ちるものの、花が盛りを過ぎると余所へと飛んで行ってしまう。殿方の移り気を責める妓女の踊りでございます」

「そうなのですね。僕は踊りを見るのが精一杯で、全然わかりませんでした」


 ユーキが正直に白状すると、椿はクスリと笑う。


「踊りを、ですか? 花ではなくて?」

「あ、いえ、その」

「うふふ。精一杯に御覧いただき、ありがとうございます。菫も菖蒲も未だ咲かずとはいえ花の(つぼみ)。さぞ本望でしょう」

「あ、えっと、はい」

「うふふ」


 容赦の無い追い込みにユーキがあたふたとする。椿はその様子を見て満足げに笑うと、顔を引き締めて菫と菖蒲に向いた。


「菫、貴女は時々お客様に気を取られすぎ、足が(おろそ)かになっていました。集中なさい」

「あい。申し訳ありません」

「菖蒲、貴女は逆に踊りに入りすぎです。妓女の踊りはあくまでお客様に喜んでいただくためのもの。お客様を忘れて貴女が楽しんでどうしますか。時々はそっとお客様に目を流して、楽しんでおられるかどうかを確かめるように」

「あい。えへへ」

「えへへではありません」

「あい」


 椿はユーキたちに向き直り話を続けた。


「このような踊りは初めてとのこと。ですが御商人同士の社交の席はございましょう。宴席での舞踏会に参加なさったりは?」

「ああ、それは一応は参加しますね。ただ、到底得意とは言えず、笑われたりするのですが」

「あら、それはなんと失礼な」

「実際に下手なので、仕方ありません」

「それでも社交の場で人の踊りを笑いの種にはせぬものでしょう。ですが、練習はされないのですか?」

「時々はするのですが、他の修行に時間を取られがちですね。それに苦手だと思うとどうしても身が入りません」

「それはいけませんね。踊りも商いと同じで、時間と場数を積み重ねねば進みません。この菖蒲も菫も、元は全く踊れなかったのが、稽古を重ねてここまで来ました。そうそう、この者たちは、社交の舞踊も踊れます」

「そうなのですか? 凄いですね」

「いいえ、寸暇を惜しんで励めば誰でもある程度までは行くものです」

「そうなのですか?」

「はい。シュトルム様も機会を逃さず練習されれば、きっと上達されます」

「そうかもしれませんね。では、私も励むようにします」


 話の流れで何の気なしにユーキがそう言うと、椿の目が光った。


「では、そういたされては?」

「はい?」

「『エルフは風を逃さず森を渡り、ドワーフは赤い鉄に槌を落とす』と申すでしょう? 機を逃さず。ええ、そういたしましょう。今すぐに」

「この場で練習しろということですか?」

「あい、早速。座興とお思いになられて、一手二手(ひとてふたて)、踊ってみられてはいかがかと」

「それは、ちょっと」

「あら、私たちの前で失敗するのはお嫌ですか? 座興でわざとしくじってお(なご)みを誘うのも商術のうちでは? 丸きりの朴念仁で通しては、お商いにもお差支えがございませんか?」


 椿は躊躇うユーキを挑発するように「うふふ」と笑って見せた。そしてさも残念そうに付け加える。


「菫と菖蒲が喜んでお相手したでしょうけれど、この二人ではお嫌ということでは仕方ありませんねえ」


 そう言われては断れない。というか、目の前で蜂蜜をたらりと垂らされてはフェアリーならぬユーキでも飛び付かずにはおられない。


「ええと。そこまでおっしゃるのであれば」


 ユーキは立ち上がった。勿体振(もったいぶ)ろうとしても、菫さんと踊れるのならばと、つい勢いが増してしまう。

 椿はそれを見て目尻を下げ袖を口に当てた。


「菫、菖蒲、お二人のお稽古のお相手を。不得手な所はお導きするように」


 そう命じると菖蒲が待ってましたとばかりに飛び出してユーキに近付こうとしたが、クルティスがすっと間に入って菖蒲の手を取った。


「菖蒲ちゃんは俺に教えてくれな?」


 菖蒲は口を尖らせたが、不承不承に頷いた。


「あい。私は教えるのが下手なので、グルテン様のおみ足を踏むかもしれません」

「クルティスな。構わんぜ、踏めるものならな」

「絶っ対踏む。思いっ切り踏む。ぺったんこに踏む」

「菖蒲。後でお話があります」


 菖蒲は椿の声を聞き流して早くもクルティスの足を踏もうとしクルティスがそれをひょいひょいと避けている間に、菫はおずおずとユーキに近付くとそっと手を差し伸べた。ユーキも席から前に出て、恐る恐るその手を取ろうとする。が、指と指が触れた途端に互いに手を引っ込めてしまった。それを見て椿は頭痛を堪えるかのように頭を押さえた。


「菫、さっさとなさい。シュトルム様もお覚悟を」

「あい」「はい」


 促されて二人は向き合って、菫が差し出す両掌の上にユーキが手をそっと乗せた。それを互いに軽く握りあい、顔を赤くしながら微笑みを交わす。椿は見ぬふりをして三弦の調子を合わせながら、「はぁ」と溜息を吐いた。


 菫が()じらいながらもユーキに告げた。


「シュトルム様、どうぞお気軽に。間違われても、この場では誰も気にいたしませんので」

「うん、わかった。よろしくね」


 二人がまた微笑み合ったところで椿が「ようございますか? 参りますよ?」と声を掛けて三弦を弾きだした。先程と違い、今度は軽く明るい三拍子の舞踊曲である。貴族の宴席で楽団が奏でるのと同じ曲だが、三弦の音で響くと一風変わって異国情緒の趣だ。

 一節二節(ひとふしふたふし)、ユーキと菫は目と目を見合わせながら踊っている。貴族令嬢との気の乗らない舞踏と異なり、ユーキは菫に体を寄せて動きを合わせようと一所懸命だ。間違えそうなところでは、菫がにっこり笑って手を引いて導く。

 三節(みつふし)四節(よふし)、クルティスと菖蒲も、曲の間は真面目に踊っている。こちらは足を踏ん付けるどころか、二人楽しく大きく踊り回っている。

 五節(いつふし)六節(むふし)と進み一曲が終わったところで椿が三弦を置いて手を叩いた。


「お二人とも、お見事です。下手とは随分な御謙遜、眼福でした」


 音が止み椿の声が掛かっても、ユーキはまだ菫の顔から眼を離せない。


「有難うございます。菫さんが導いてくださったおかげです」

「いいえ、私は何も。シュトルム様がお上手なのです」

「とても楽しかったです」


 ユーキと菫が手を取り合ったままで話をしている横で、クルティスは曲が止まって気を抜いた所を狙い澄ました菖蒲に「えいっ」と足を踏まれていた。


「いてっ」

「やりい。えへへ」

「ちっ、油断した」

「菖蒲、後でたくさんお話があります」

「椿さん、俺も楽しかったので、勘弁してあげてください」

「仕方ありませんね。菖蒲、お礼を申しなさい」

「クル……クー様、ありがとうございます」

「諦めやがった」

「あ・や・め」

「えへへ」


 相も変わらずの菖蒲に椿は「ふぅ」と溜息を吐いた後に、「では、お座りください」と促した。席に戻ったユーキたちが椿と四方山話(よもやまばなし)をしていると、障子が開いて柏が顔を出した。


「失礼致しやす。お迎えのお馬車が参りやした。雨も小止みになり、いつでもお戻りになられやす」

「おや、もうそんなに経ちましたか。それではそろそろお開きにいたしましょうか?」


 椿に声を掛けられてユーキは少し躊躇ったが、意を決して返事をした。


「あの、椿さん」

「何か?」

「あの、また会いに来てもいいですか?」

「あら。私にですか? それは光栄ですが、普通に楼にお上がりになると、結構なお部屋代とお線香代が掛かりますが」

「いえ、そうではなく……菫さんに」


 ユーキが何とか口から出した言葉を聞いて菫の頬が赤くなる。椿は隠し切れない笑みを「おや、まあ」と袖で隠しながらユーキに尋ね返す。


「あらあら、まあまあ、どうしましょ。今日逢って、もうそのお言葉。菫を随分お気になさっているとは思いましたが……一目惚れでございますか?」

「一時の事ではありません。実は以前にも逢ったことがあって……その時から……何とかまた逢いたいと思っていました。今日、折角逢えたのにこれでお別れしたら、もう二度と逢えないんじゃないかと思って。そうはなりたくないので。お願いします」

「それはそれは。風の精(シルフ)のお導きでしょうかしら。ですが菫は禿の身。修行の妨げになっては困ります。軽いお気持ちであれば御遠慮を願いたいのですが」


 椿が嬉しそうにしながらも難色を示すと、クルティスが主の横から言葉を添えた。 


「主人は本気です。あの子に逢いたいとか、どこにいるのかなとか、たびたび聞かされました。もう、うざくって。なんとかなりませんか」

「クルティス……有難う。でも言い方」

「菫の気持ちもありますれば……」


 椿が菫を振り返ると、顔を真っ赤に染めて、もじもじとした上目遣いながらも、一心にユーキを見詰めている。


「聞くまでもなさそうですわね。菖蒲、薄婆を呼んで」

「……私の推し……」

「それはいいから、早くしなさい」

「あい」


 菖蒲が不承不承に立ち上がると、椿はクルティスと柏に声を掛けた。


「クルティス様、柏、少しお話があります」

「俺もですか?」

「あい。よろしければ、こちらへ」

「ああ、なるほど。はい」


 クルティスが合点が行ったとばかりに勢いよく立ち上がる。椿は今度は菫とユーキに向いた。


「菫、その間、シュトルム様のお相手を。シュトルム様、少ししたら戻りますので、菫に御用がありましたらその間にお済ませください」

「……わかりました。椿さん、有難うございます」


 ユーキがはにかみながら礼を言うと椿は嫣然と微笑んで立ち上がった。クルティスと柏を引き連れて控えの間に移り障子を閉めると、クルティスの耳に顔を寄せて囁いた。


「(クルティス様、私は柏と、遣り手婆に話をして連れて参ります。それまでここでお控えください。二人にもしもの事があったら、お引き止めくださるようお願いします)」

「(もしもの事?)」

「(男女の行きすぎた事です。色事は勢いが付きすぎやすいもの。菫は未成人でございますれば)」

「(主人はそんな事はしないと思いますが、承知しました)」

「(では、よろしくお頼み申します)」


 椿たちが出て行って襖が閉じられると、クルティスは暗がりの中で静かに座り込んだ。障子からは離れており、ユーキたちを気にする様子はない。


「(……接吻(キス)ぐらいなら別に構わないだろ。そんな思い切ったこと、ユーキ様にできそうな気はしないけど)」

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