第百三十二話 ユーキと商人ギルド長
前話数日後
商人ギルド長はユーキがネルント開拓村から邸に戻るのを待って、ベアトリクスたちに付き添われて出頭した。
直様ユーキの執務室に導かれ、自席に座ったユーキとその脇に立つフェリックス補佐にこれまでの脱税・横領等の罪業を洗い浚い告白すると、土下座せんばかりにして謝罪をした。
「誠に申し訳ございませんでした」
自分たちの前で深く曲げた膝に手を突いて立ち、頭を下げたまま震えているギルド長を、ユーキは腕組みをして何も言わずに席から眺めていた。
ギルド長は今日は簡素な服を着て装飾品の類を一切着けず、化粧も薄くしている。ベアトリクスに悪事を暴かれてからのこの数夜はろくに眠れていないのだろう、目の下の黒い隈と齢相応の皺がはっきりと顔に出ているが、薄くした化粧はそれを隠せていない。
その姿を、部屋の片隅に控えたアデリーヌたちは内心面白く眺めている。
暫くするとギルド長は室内の無言の静寂に耐えられなくなったのか、上目遣いにユーキの様子を探ろうと、頭を少し上げようとした。その出鼻を挫くようにユーキが腕組みを解いて「では」と声を掛けると、慌ててまた頭を下げて体を竦める。
その様子を見て、ギルド長の横にいるベアトリクスは声を立てずに手を口に当てて相好を緩め、ユーキの傍のフェリックスは目だけで苦笑している。
ユーキは表情を崩さずに続けた。
「今後はどうなさいますか?」
「このようなことは誓って二度といたしませんので、何卒、お慈悲を賜りたく存じます」
急き込んで答えるギルド長に、ユーキは机の上で手を組み数呼吸の間を置いて問いを重ねる。
「誓い、ですか。何に誓われますか?」
「神に、いえ、で、殿下にお誓い申し上げます。その証に殿下の御申し付けに全てお従いいたしますので」
「そうですか」
「は、はい。ですから、何卒お慈悲を」
その時を狙い澄ましたフェリックスが、ギルド長の必死の答えを切り捨てるように冷ややかな声で進言した。
「殿下、背信行為には厳しい罰があるべきと思います」
「そうですね」
二人のやり取りを聞いたギルド長の体がびくりと動く。
ユーキはフェリックスに答えた後、また時間をたっぷりと取った。今度はギルド長は震えたまま、もう頭を上げようとはしない。どうやら十分に沁み通ったと見て取って、ユーキは処理を進めることにした。
「ギルド長、先ず、本年分と過去三年分について税額を適正に修正し、正しく納めてください」
「はい」
「次に、本来安価な辺境伯領産の小麦粉を北部産と称して売ることで得た不当利益があるとのお話でした。その分は売却先に返金してください。他に類似した件もいろいろとありましたね。それも同様に」
「はい」
ギルド長が声を震わせて承服すると、ユーキはその横に立つベアトリクスに向いた。
「ディートリッヒ嬢、引き続き詳細な調査をお願いします。そしてギルド長から報告を受け取ったら、適切に処理されたかどうかを照らし合わせて確認をお願いします」
「はい、殿下。承りました」
ベアトリクスの返事にユーキが頷いたところで、フェリックスが口を挟んだ。
「ギルド長、因みに、そのようにして得た資金はどこに保管しているのかな?」
「王都の総商人ギルドに預けております」
「ではそれはこちらへ取り寄せて返金に用いるように。ああ、その際には為替ではなく現金で。金貨は少量にして、銀貨と銅貨を主にすること」
「それでは運搬の費用が掛かりますが……」
「それは貴女が負担されるものと考えている。運送もこの領の業者を使うように」
「はい」
「ああ、多額の現金の輸送となると、厳重な護衛も必要だな。それもこの領の傭兵ギルドに依頼すると期待している」
「あの、それはつまり、何から何までこの領に資金を落とし現金の流通量を増やせ、領内の商業振興を第一に考えろということでしょうか」
「流石はこの領の商人の長だ。話が早いな。そういうことだ」
「承知いたしました。これからは他の事も全てそのようにいたします。あの、そこまでさせていただいた上は、今回の件の御罰はお手心をお加えいただけますでしょうか」
ギルド長が上目遣いに戻って恐る恐る求めてきた言葉を聞いて、フェリックスとベアトリクスはユーキを見た。
ユーキは相変わらず微笑みを浮かべたままでギルド長をじっと見ている。その視線に気付いたギルド長がまた慌てて下げた頭に向かってユーキは宣した。
「そうですね。以上が適切になされたと判断できれば、ギルドの役員の方についてはこちらからは今回に限り不問とします。商人は、商品を作る人と使う人を繋ぐ、大切な仕事と承知しています。その本分を忘れず、本来の仕事で利益を出していただきたい」
「は、はい」
「ギルド役員はギルド内で決める事です。今回の件をギルド員に報告された上で引き続き貴女が選任されるのであれば、こちらからは何も申し上げません」
「有難うございます」
「但し、対応が遅れたり不適切だったりした場合は、今回の件をこちらから予告なく発表し、改めて罰を考えますのでそのおつもりで」
「……」
「それから商人ギルドへの登録について、こちらから推薦する方については優先的にお取り計らいいただきたい。最後に、商人の方の中から一人、私に仕える者の中から一人、併せて二人を商人ギルドの会計監査役として推薦させていただきます。よろしいですね」
ユーキの提案を聞いてギルド長が俯かせた顔を緩めた。その二人を篭絡できればまた好きにできるとでも思ったのだろうか、急き込んで返事をした。
「はい、承知いたしました。何と言う方でしょうか」
「商人の方は、カウフマンさんという方です。また、こちらからの者は、一年目はこのディートリッヒ嬢が務めます」
「一年目は?」
「ええ、そちらとしても、こちらの担当者としても、買収や癒着のようなあらぬ疑いは掛けられたくないでしょう。毎年交替させて、その可能性を減らしたいと思います。ですからそれについてはどうぞ安心されて、本来のギルド運営にお励みください」
ギルド長は諦め顔に変わり、溜息とともにさらに深く頭を下げた。
「はい……承知いたしました」
「では、お引き取りいただいて結構です」
「はい、御寛恕、誠に有難うございます。お言葉を肝に銘じ、これからは誠心誠意、務めさせていただきます。失礼いたします」
面会を終えてギルド長が這う這うの体で部屋を去った後、ユーキたちも一息入れたいだろうと、アデリーヌが三人に熱い茶を持ってきて給仕した。
その様子を見ながら、ユーキは大きく深い息を吐いた。
「ふぅ。フェリックス、ベアトリクス嬢、これで良かったんですね?」
「はい、殿下。良いと思います」
「そうですか……」
フェリックスの答えに納得のいかない様子のユーキに、ベアトリクスが優しく声を掛けた。
「ユーキ殿下、あの者、お気に召さないかも知れません。ですが、潰してしまわれない方が良いと思いますわ」
「ベアトリクス嬢、それは何故でしょうか」
「あの女、小狡くはありますが、才覚もあります。確かにギルド員を騙し、書類を操作して税を誤魔化していたことは、私も許し難いとは思いますわ。ですが人は弱いものです。誰も見ていないところで道徳を守り続けられるような者は尊いですが、皆が皆そうできるわけではありません。あの女は違法ではあっても収益を得てそれを貯め、それを用いて無法代官からギルドや商人を守っていたことは事実です。その点では、ギルド長としての責任は果たしております。そのことでギルド長に恩を感じている商人も多くいるようです。もしもあの女が上手く立ち回らなければ、代官の暴力で商人が根こそぎ逃げ出し、今頃は領の経済が壊滅的な打撃を受けていたかも知れません。それと同じことで、今回のあの女への処断が厳しきに過ぎると他の商人も怯えてこの領から離散する恐れがあります。『無法も厳法も同じく人を追い払う』です。殿下、綺麗事だけでは政は上手く参りません」
ベアトリクスが理由を語ると、フェリックスも言葉を添えた。
「殿下、私は今回の御処置に大賛成というわけではありません。ベアトリクス嬢の調べではどうやらあの女、随分以前から脱税や横領に手を染めていて、この数年に一気に額を増やしたようです。本来なら厳しく罰したいところです。しかし、手口は単純で、深い悪意を持って特定の人間を陥れようとしたものではありません。また、きちんと監督を行わなかった以前の領主にも問題があります。普通の人間は、他からの目が届いていれば大きな悪事は働かないものです。あの女もそうでしょう。取り除いてしまうよりも、厳しく目を配って働かせるのが良いと思います。また、ギルドの独立性は可能な限り尊重するべきです。そのためにも、あの者の処分はギルドに任せるべきだと思います」
二人掛かりの説明で、ユーキは漸く顔を縦に振った。
「わかりました。私の聞いた話では、亡くなった先代の子爵はとても優しい方のようでした。あのギルド長は、恐らく少しの脱税に目を瞑ってもらっていたのに味を占めて、子爵の体調不良に付け込んで悪事の手を拡げたのでしょう。その点で許し難くも思います。ですが確かに代官の鞭を受けた者の中に商人がいなかったのはギルド長のお蔭ですから、違法行為をきちんと償ったことが確認できれば、私も今回に限り目を瞑ることにします。ベアトリクス嬢、目は離さないようにしてください。次は許しません」
「承知いたしました」
ユーキは紅茶の椀を取って一口飲んでからまた静かに口を開いた。
「私は、最初にベアトリクス嬢から『脱税の疑いあり』と聞いた時には、事実であればギルド長だけでなくその配下も問答無用で追放して役員を入れ替えれば良いと簡単に考えていました。ですが、こうやって詳細に事情を知ると、いろいろな観点から領全体への影響を考えなければならない。物事を一方的に処断してはならないことはピオニル前子爵への監察の経験で学んだつもりでいましたが、自分が領主の立場になると危うく安易に決めて、ギルド内部のことにまで手を突っ込んでしまうところでした。これが権力の怖ろしさというものかも知れませんね。改めて自分を戒めなければ。やはり政は難しいですね。お二人の意見が得られて良かった。感謝します」
珍しく零れたユーキの弱音に、フェリックスもベアトリクスも顔を緩めた。
ベアトリクスが慰めるかの様に答えた。
「法や倫理にきちんと従うべきという殿下のお気持ちはわかりますわ。ですが商人は利を第一に考えます。倫理と共に利があれば倫理を尊びますが、利が無ければ疎んじます。利を求めて、法と無法の間の罰されずに済むぎりぎりの線を探し歩き、時に踏み外します。無法に落ちたからといって罰して取り除くよりも、警告してこちらに引き戻す方が、結果としては世のために役立つことも多いのです。常に油断はできませんけれども」
「人には欲があって当然だ、それを受け入れて包み込めということですね」
静かに頷くユーキに、ベアトリクスは微笑んだ。
「さっきも申しましたが、綺麗事だけでは政は上手く参りませんわ」
「綺麗なだけでは済まないのは、ベア姉さんだけではないんですね」
「あらユーキ殿下、おっしゃるようになられましたわね」
二人のやり取りを聞いて、給仕を終えて部屋の端に控えていたアデリーヌが慎み深く声を上げた。
「殿下、横から失礼ながら申し上げます」
「アデリーヌ、何でしょうか」
「殿下がおっしゃったように、お嬢様はお綺麗なだけで済む方ではございません」
「まあ、アデリーヌ、何を言うの?」
「ほーら、ベア姉さん。そうだよね、アデリーヌ」
最も信頼する者の反乱にベアトリクスが慌て、思わぬ味方にユーキの声が弾む。その声にアデリーヌが高々と答えた。
「はい、殿下。お嬢様はお綺麗なだけでなく、可憐でも上品でもお優しくもあられます」
「……アデリーヌ。そうだよね……」
ユーキの力ない返事が部屋に消え行く中、アデリーヌの得意顔は艶々と輝いていた。




