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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第六章 ピオニル領新政

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第百二十三話 ケンの衛兵実習

王国歴223年7月中旬


 この日、ケンは衛兵長に連れられて領内の巡邏(じゅんら)に出ていた。

 衛兵長に随行して、他にもう一人の衛兵見習と一緒に現場実習を衛兵長から受けるという立場である。

 今日着ている革鎧も腰に帯びている剣も、衛兵に支給される実用品である。父に授かった剣は、邸の自分に与えられた部屋の剣架に大切に掛けてある。父との絆、ユーキ殿下との絆の剣である。殿下の前に出る時には帯びているが、日常の用にして傷付けたくはない。


 衛兵長は騎乗し、ケンは徒歩である。衛兵長、それにクーツやクルティスの指導を受けて乗馬の訓練を始めていて乗るには乗れるのだが、まだ騎馬での巡邏ができるほどにはなっていない。

 今は暑い中を衛兵長の馬の側を早歩きで付き従い、付近の町村、道路、地形や土地の利用状況などについて教えを受けて真剣な顔で頷いている。顔や体中を汗が流れるが、そんなことを気にしてはいられない。脚はノーラさんの教えで鍛えたので、徒歩でも付いていくのに苦労はしていない。急ぎの時にはもう一人の見習と一緒に走って追い掛けてこいと言われている。

 今回は領の西南部、クリーゲブルグ辺境伯領の付近を見て回るとのことで、前日は関所当直の交代要員二名と共にフーシュ村に泊った。今日はそこから側道を通って領境の関所に向かっている。

 行先ではノッポと太っちょの二人組が交代を待っていた。


「報告します。当直担当期間中の異常なし。領境通過者数、記録済み。以上、引継ぎをよろしくお願いします」

「異常なし、了解。関所担当を引継ぎ、当直任務を開始します」

「引継ぎ終了。これより巡視任務に随行します」


 交代要員と向かい合ってこれで良いのかと気の抜けるほど簡素な報告をして当直交代の儀式を終えると、ノッポと太っちょ、名はヘクストとディッキーはそれぞれに大きく伸びをして「終わった終わったー」「さあ、巡視が済んだら久し振りに家に帰れるぞー」と嬉しそうにしている。

 二人は一度詰所の平屋の中にそれぞれの得物を取りに入り、出てきたところでケンに気付き気軽に声を掛けてきた。


「お、ケンじゃないか」「元気そうで良かったぞ」

「はい、お蔭様で。お二方もお元気そうですね」

「何だ、その言葉遣いは」「なんか、背中がこそばいぞ」

「いえ、やっぱり先輩ですし、俺は見習ですから」

「何言ってんだ、衛兵仲間みたいなもんじゃないか」「他人行儀は止めるんだぞ」


 二人は左右から空いた片手をケンの首やら肩やらに絡ませてくる。

 きっと、関所を通してくれたあの時から、ずっと心配してくれていたんだろう。有難いな、そう思うとケンの口から言葉が出なくなった。


「どうしたどうした」「さあ、行くぞ」


 その様子を衛兵長も他の衛兵たちも笑顔で見ていた。

 衛兵長は騎乗すると、馬の頭を廻らせて再び巡視に出発した。ケンはヘクストとディッキーにぽんぽんと肩を叩かれ、もう一人の見習も共に衛兵長の後に従って歩き始めた。



 一行がフーシュ村を経由して主街道に戻り、クリーゲブルグ辺境伯領との領境の町の方向に向かおうとした時のことである。主街道の反対側、領都の方向から数人の男が走ってくるのが見えた。こちらの方角には、少し行った先に小さな村がある。

 男たちの質素な野良着からすると、農夫のようだ。

 急いで近付くと、男たちもこちらに気が付いて走る速度を上げてきた。走りながら手を振り叫ぶ声が聞こえる。


「衛兵様! 衛兵様!」

「そこで止まって待て!」


 衛兵長が叫び返す声に応じて、男たちは立ち止まった。膝に手を突いて、ぜいぜいと肩で息をしている。

 馬を飛ばした衛兵長が一足早く男たちの所に着いた。馬から降りると革袋の飲物を与えて飲ませ、息を整えさせているところにケンたちも走り着いた。


「この先の村の者か?」

「は、はい!」

「で、どうした? 一体何かあったのだ?」


 衛兵長の問いに、男たちが口々に訴えた。


「盗賊です!」「お助けください!」「お願い致します!」


 慌てふためいて要領を得ない叫びを繰り返す様子に、衛兵長が一喝を下した。


「落ち着け!」


 その大声に男たちが『はっ』と我に返るのを見極めた衛兵長は()かさず問い掛けた。


「盗賊は何人だ?」

「男が三人です」

「お前たちが村を出た時、そいつらは何をしていた?」

「村の連中が遠巻きにしてたんですが、おっかなくて近寄れなくて。それをいいことに、家から家を荒らし回りやがっていて」

「武器は何を持っていた?」

「短刀を振り回していやがりました」

「鎧は?」

「いえ、普通の布の服の様でした」


 それならば、腕に覚えのある強盗というよりは、こそ泥、空き巣狙いに近い連中だろう。領主が替わって混乱しているだろうと、どさくさを狙ってきたのだろうか。

 衛兵長は考えながら聴取を続けた。


「怪我人は? 人質とかは取られていないか?」

「どっちもいませんです。農作業で一家が出払って留守の家に入ってくのを見付けたやつが、大声で回りに知らせたもんで」

「それは幸いだった。お前たちはこのまま領境まで行き、そこの詰所に報告しろ」


 衛兵長はそこまで聞くと部下たちに向き、もう一人の見習に命じた。


「お前もこの者たちと一緒に行け。詰所の者に私の指示だと言って、手の空いた者全員を応援に連れて来い。復唱しろ」

「盗賊三名出現、衛兵長より応援要請。手空きの者全員で出動のこと」

「よし、行け!」

「はい!」


 見習が村人と一緒に急ぐのを見て、衛兵長はケンたちにも命令を下した。


「よし、行くぞ!」


 そう言って馬に乗ろうとするのを、ケンが止めた。


「待ってください!」


 普段のケンの温和な声とは異なる鋭い響きに、鐙に足を掛けようとしていた衛兵長が訝しげに振り返った。


「何だ、ケン? 盗賊が怖いとか言い出すんじゃないだろうな?」

「いいえ、違います。二手に分かれた方が良いのじゃないかと」

「どういうことだ? 急いでいるんだ、手短に言え」

「二人であれば、馬に同乗して急げると思います。鎧無しの短刀の三人であれば、二人でも対処可能かと。それに二手に分かれれば、こちらの戦力全てを見せずに済みます」

「いいだろう。ケン、お前は一緒に来い。ヘクストとディッキー、お前たちもできるだけ急いで来い」

「了解!」


 衛兵長が馬に乗り、ケンもその後ろに飛び乗る。

 腰の据わりを確かめるのもそこそこに、衛兵長が馬の腹に拍車を入れて駆け出した。



 村の入り口まであと二百ヤードぐらいまで近付くと、前方で盗賊と思しい三人の男が走り去ろうとしている。

 それを見た衛兵長が大音声を出した。


「そこの三名、何者だ、止まれ!」


 その声に男たちはこちらを振り返った。走って来る騎馬の姿を見た途端に慌て出し、左右をきょろきょろと見回したかと思うと主街道から右側に外れて道端の茂みの中に逃げ込んで見えなくなった。


「しまった」


 衛兵長が唇を噛んだ。声を出さなければ、気付かれないうちにもっと距離を詰められただろうに、気が急いてつい誰何してしまった。


 衛兵長とケンは、男たちが茂みに逃げ込んだ少し手前で馬から降りた。

 慎重に辺りを見回し、耳を澄ますが男たちの気配は聴き取れない。

 街道の右側は背の低い灌木が一面に繁っており、その背後は深い森になっている。道の反対側は荒れ地でさらに向こうにローゼン大森林が広がっている。盗賊でも、怪しく佇む得体の知れない黒く深き魔の森は怖ろしくて避けたのだろう。


 ケンたちの前には男たちが逃げ込んだ茂みが広がっている。

 草木が深くて容易には逃げられないだろうが、少ない人数で狩り出すこともできそうにない。ただ、盗賊が逃げ込んで数分もしておらず、そう遠くに行っているはずが無い。風の精(シルフ)の御加護か、風は弱く葉擦れの音は少ない。茂みで動けば大きな音が立つのは間違いない。多分、身動きせずにじっと潜んでいるのだろう。


 衛兵長は油断なく目を凝らし耳を澄ましながらどうするべきか考えた。

 このまま時間が経てば、連中は少しずつ動いてやがては森の中に逃げ込むかもしれない。そうすると面倒な事になる。大勢を駆り集めて山狩りをしなければならなくなる。

 かと言って、今の手勢でこの広い茂みに捜しに入ったら、自分たちの物音で盗賊が動いてもわからなくなる。その隙を突いて街道から逃げられる可能性もある。

 どうするか。

 衛兵長が眉間に皺を刻んだ時に、ケンが言った。


「衛兵長、聞いてください」


 再びの鋭い声に衛兵長が驚いてケンを見ると、同じように油断なく目を配っている。


「(何か考えがあるのか?)」

「(はい)」


 小声で尋ねると、同じような小声の、しかし力強い返事が返ってきた。


「(聞こう)」

「(こちらからは相手の居場所はわかりませんが、向こうからも見通しは利かないはずです。捜す振りをすれば、身を伏せるでしょう。そうなれば、こちらの様子はおいそれとはわからないはずです)」

「(それで?)」

「(こうしてはどうでしょう。耳を貸してください)」


「(…………)」

「(いいだろう)」


 ケンが耳打ちをすると衛兵長が頷く。承認を得て、ケンは腰の剣を抜くと歩きながら道端の茂みを薙いで盗賊を捜し始めた。

 だが、そう簡単に盗賊が居場所を表すわけもない。

 衛兵長は馬に乗って行きつ戻りつして前後を警戒しながらその様子を見守っていたが、暫くして馬を走らせて領都の方角に去った。

 ケンも諦めたのか、剣を鞘に収めて街道の元来た方に歩いて去った。




 盗賊たちは茂みの奥、森の手前で地面に伏せて身を潜めていたが、衛兵たちが立てていた物音が聞こえなくなると、そっと頭を上げて葉陰を透かして街道を覗き見た。

 ……若い衛兵が一人、街道を左の方に歩いて去って行く。

 盗賊の一人が隣にいた年上の男に囁き掛けた。


「(アニキ、あいつら、諦めたんすかね)」

「(バカヤロウ、そんなわけがねえだろ。衛兵ってぇのは、盗賊を見付けたら執念(ぶけ)えんだ。手柄欲しさにな。自分の尻尾を見付けたウロボロスみてえに、食らい付くまで馬鹿になって追い回し続けるんだ」

「(そんなもんすか)」

「(ああ、暫く様子を見るんだ)」


 そのままじっと動かずに様子を見ていると、一度姿を消した若い衛兵がまた戻ってきて、街道の左端の方をうろうろと行きつ戻りつしている。


「(ほらな。俺たちが出てこねえか隠れて見張ってたんだろうよ)」

「(さすがアニキっす。でも、どうするんすか?)」

「(……ちょっと静かに待ってろ)」


 盗賊たちは暫く様子を見ていたが、若い衛兵は街道の左の方から動かない。増援を待っているのだろうか。

 どうするべきか。森に逃げ込んでも良いが、土地勘があるわけではない。深い森の中で迷ったら、遭難して行き倒れるに決まっている。逃走どころじゃない。

 かと言ってここでじっとしていたら、やがて大勢がやってきて山狩りが始まってしまう。そうなったら終わりだ。

 それまでに何とかしないと。


『アニキ』と呼ばれた男が考え込んでいると、他の一人が言い出した。


「(アニキ、あいつ一人だけで、道の右側はがら空きだぜ。そうっと右の方に行って逃げれば何とかなるんじゃねえか? 俺たちの方が身軽で速く走れんだろうから、いけそうだぜ)」

「(バカヤロウ、こんなの見え見えの罠じゃねえか。あれは囮だ。のこのこ出てったら向こうの思う壺だ。もう一人は右の方に隠れてて俺たちが近付いたら出てこようって待ち構えてんだ。そんでこっちが慌てたところをあそこのあいつと挟み撃ちにしようって寸法だ。相手は闘いは玄人で、得物もこっちより長えんだ。三対二どころか三対一でも勝てるとは限らねえ。勝ったとしても大怪我しちまったらそれまでだ)」


 得意そうに言うと言い出した男は「(なぁるほど)」と感心して黙り込む。

 だが今度はもう一人が心細そうに尋ねた。


「(じゃあ、どうするんすか? ここでいつまでもじっとしてるんすか?)」

「(まあ見てろ。いいか、逃げ出す心積もりをしとけよ)」

「(へえ)」「(へえ)」


 アニキと呼ばれた男は足元の地面から石を拾うと、若い衛兵がこちらに背中を向けるのを見計らって、道の右の方のできるだけ遠くの茂みに投げ込んだ。石は枝葉に当たりガサガサッと音がして若い衛兵は急いでそちらを向く。じっと見ていたが、ネズミとでも思ったのか、首を振るとまた周囲を見回しだした。

 アニキはその隙を見て、もう一度、より大きい石をさっきの茂みの近くに投げ込んだ。またガサッと今度はより大きな音がして、若い衛兵は「そこだッ! そこにいるぞ!」と叫んで走り出した。

 するとその声に応じて道の右側の木陰から別の年配の衛兵が現れて、二人で茂みに飛び込むと大きな物音を立てながら一心不乱に探し出した。思った通りの罠だった。その姿が茂みに見えなくなるのを確認して、アニキは「今だっ」と小声で合図すると、道に向かって走り出した。


 衛兵たちはまだ気付かない。もうすぐ道に辿り着ける。上手く行った。今更気付いてももう遅い。伊達に盗賊稼業をしているわけではない。逃げ脚は自分たちの方が速いし、相手は鎧だの剣だの、重い物を身に着けている。


 彼等が道に辿り着いた時、衛兵たちはこちらに気付いて道の向こう側に出てきて、こちらを指差して「いたぞ! あそこだ!」と叫んだ。


 だがもう手遅れだ、間違いなく逃げ切れる。


 そう思って盗賊たちが二人の衛兵に背を向けて走り出した時、後ろから「今だ! ヘクスト! ディッキー!」と声が掛かった。

 それに応えて、盗賊の前方の道の両側の木陰から、二人の衛兵が現れた。


 盗賊たちはぎょっとして立ち止まった。

 前方の二人の衛兵、一人は背が高く、一人は太っている。その男たちがこちらを睨み付けると大声を上げた。


「来るぞ、ディッキー!」「応さ、ヘクスト!」


 そう叫ぶと、ディッキーと呼ばれた太った男が前に出た。ヘクストと呼ばれた背の高い男は、少し下がって前の太っちょの後ろに構えている。


 盗賊たちは逡巡した。後ろを振り返ると若い男ともう一人の衛兵が剣を抜きこちらを目掛けて走ってきている。

 もう森に逃げ込む選択肢はない。どちらかを突破して逃げるしかない。だがどちらも三対二だ、うまくやれば突破できるかもしれない。だとすれば、足の遅そうなこっちの二人の方が良い。


 盗賊たちは、隠れていた二人の男の方へ向かった。

 相手は街道の真ん中で構えている。前にいる太った男は膝を折った低い姿勢を取り、槍か六尺棒か何かだろう、長柄の武器を後ろに構え、石突をこちらに向けている。背後の背の高い男は戦斧使いだろうか、肩に柄を担いでいる。

 前の男は槍でこちらの足許を薙いで来そうだ。それを躱せれば、後ろの男の間合いは短い。両側を同時に駆け抜ければ相手は迷う。運が味方すればどっちも擦り抜けられるだろう。


 盗賊たちは走りながら顔を見合わせて手筈を決めた。

 待ち構えている二人の十ヤードほど手前まで来たところでアニキが「良し、行くぞ!」と叫び、それを合図に盗賊たちは速度を上げ、道の両側二手に分かれた。


 それを見てディッキーは右側の盗賊たちに向かい、間合いに入るところで「ふんっ!」と長柄を振った。


 その手は既に読んでいる。得たりとばかりに盗賊たちは、自分たちの足許低くを薙ごうとするその一撃を躱そうと、機を見計らって跳び上がった。


 だが、その下を長柄は通過していかなかった。

 回旋の途中で止まったその長柄の先には、槍の穂先だけでなく、(にび)色に輝く鋭い鎌の刃がついていた。いわゆる片鎌槍である。


 ディッキーは振りを止めた片鎌槍を思い切り引き切った。

 その鎌は、当てが狂って着地で平衡を失った一人の脚を刈り、深く食い込んだ。

 鮮血が飛び、脚を刈られた盗賊は「ぐぇっ」と声にならない声を上げ、隣にいたアニキを巻き込みながら倒れた。

 もう一人の盗賊はそれを横目に見ながらも、「済まねえ!」と叫んでディッキーの反対側を走り過ぎる。誰とて我が身が一番可愛い、相手は手練れの衛兵だ。仲間を助けに戻っても自分までが餌食になるだけだ。それよりは自分だけでも助かるのが大切だ。このまま走ればもう一人の背の高い衛兵の、遠間まで届かぬ戦斧の脇を僅かに通り抜けられるだろう。二人には悪いが、自分の逃走のための生贄になってもらうしかない。

 走り続ける盗賊がそう思った時、その衛兵が一歩二歩と踏み込んで戦斧を振り下ろしてきた。横っ飛びして避けようとその斧を見た瞬間、恐怖のあまり盗賊の足が(もつ)れてしまった。

 その斧の分厚い刃の切っ先が、異様に長く伸びている。斧とは名ばかり、刃渡りが三フィートを超える大剣鉈(おおつるぎなた)じゃないか。楽々とこちらに届いてしまう、もう、この命の終わりだ。

 そう思うと縺れたままの足が止まり腰が落ちる。地面に転げて仰向けになり目を見開いたまま体を固くした時、その刃は自分の顔の寸前で止まり、切っ先を眼前に突き付けられた。

 盗賊は腰が抜け、地面で手足を伸ばしたまま動けなくなってしまった。忽ちその長袴(ズボン)が濡れ、尻の下に染み出したものが地面を汚していく。


 衛兵長とケンが追い付いた時、脚を刈られた盗賊は血が流れ出し続ける傷口を手で押さえながら転げ回り、ヘクストに斧を突き付けられた男は腰を抜かして倒れたまま口から白い泡を吹き、最後の男は地に伏してディッキーに首に片鎌槍の鎌を当てられて体を震わせていた。


 ほんの数瞬の出来事だった。

 一部始終を見ていたケンは、以前に兄のアルフが言っていたことを思い出した。

 クリーゲブルグ辺境伯閣下のお嬢様で薙刀の達人のアンヌ様が手合わせしたがっていたというこの二人。あっという間に三人の盗賊を片付けたその手際を見て、アルフ兄の言葉は大袈裟でも何でも無かったのだと思い知った。

 今はまだ、単純な武術では自分はこの人たちには及び付きそうもない。だが、修行を続けていつかは追い付き追い越さなければ。

 

 そんなことを考えていたケンに、ヘクストが声を掛けてきた。


「ケン、お前、凄いな。俺たちなんか、及びも付かないな」

「へ?」


 ケンが驚いて間の抜けた声で返事をすると、ディッキーも相棒に相槌を打った。


「全くだぞ。こいつら、丸っ切りお前の言った通り、ころっと罠に掛かったぞ。一体全体、どうなってるのか、訳がわからんぞ」

「ああ、そうだ。どういうことなんだ? ケン、頼む、教えてくれよ」


 盗賊が逃げ出さないように油断なく見張りながら、二人が不思議そうにケンに尋ねる。衛兵長も、二人に同意だとばかりにうんうんと頷いている。

 衛兵としての上司や先輩に対して教えるなど畏れ多いと思いながらも、ケンは恐る恐る、考えていたことを明かした。


「黒狼の群れの狩りを真似ただけで、大したことではないんですけど」

「黒狼?」

「ええ。黒狼が銀鹿を狩る時、最初から自分たちの間に隙間を空けておいて、そこに銀鹿を誘導して待ち伏せしている仲間に襲わせようとしても、銀鹿は警戒してそこには逃げないんです。ところが、銀鹿の長が逆に突っ掛かってきた時に、それを避けようとして黒狼同士の間に隙間ができると、鹿の群れがそこを通って逃げようとするんです」

「相手がわざと作った隙は信じない、自分が作らせたと思った隙は、簡単に信じるということか」

「ええ。上手くいったと思った時には、誰しも警戒心が緩みますので」

「それで、相手を自分から動かそうとしたのか」

「はい。こちらとしては道の両側を絞ってこいつらを(おび)き出したい。ですが、今の場合は先に動いた方が不利になるのは明らかでした。こいつらも、それがわかっているからじっと潜んでいました。そうすると、こいつらがこちらを先に動かしたと思い込むようにする必要があるということになります。それならば、相手がこちらの動きを誘いたくなるような状況を作ってやれば良いと思ったんです」

「道を空っぽにしても怪しまれる。両側を塞いだらそもそも出てこない。だから、見え見えの罠を仕掛けて、こいつらがそれを利用したくなるようにしたってわけか」

「はい。中途半端に頭を使う連中で良かったです。何も考えない奴なら、一目散に森に逃げ込んで出てこなかったでしょうから。山狩りの人手を掛けずに済みました」

「そういうことか」「なるほどだぞ。凄いぞ、ケン」


 ヘキストたちが感心していると、()(つくば)ったまま聞いていた盗賊のアニキが「糞っ、ふざけやがって!」と吐き捨てた。

 ディッキーが「(うるさ)いぞ」と言ってその頭を片鎌槍の柄で軽く殴るとゴンッという鈍い音がして、アニキは黙り込んだ。


「お、なかなか詰まった音だぞ」

「空っぽだったら、むしろこんなに簡単に捕まらなかったっていうわけか」



 部下たちのやり取りを黙ってじっと聞いていた衛兵長は、王都に戻った後に一部始終とケンの計略の詳細を報告書にしてフェリックス領主補佐経由で領主ユークリウス殿下に提出した。

 ユーキはフェリックスから回ってきたその報告書を頷きながら何度も熱心に読み返すと、備忘録に何事かを書き止めていた。

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