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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第六章 ピオニル領新政

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第百二十話 石

本日は前話と本話の二話投稿です。前話をお読み落とし無きようにお願いいたします。

承前


 先代子爵の机の中に怪しげな石を見付けた後、ユーキは直ちにシュトルツ号を駆ってローゼン大森林に出掛けた。

 石は三枚重ねの麻袋で厳重に包んで背嚢(はいのう)に入れてある。


 夏の長い日も夕闇が近付く中、ユーキはローゼン大森林の側にクルティスを待たせて一人で森に分け入った。シュトルツを進めると、すぐにローゼンの声が頭の中に響いた。


「ユーキ、こんにちは。もうすぐ『こんばんは』だけど、こんな時間にどうしたの?」

「ローゼン、御機嫌良う。今日は教えて欲しいことがあってきたんだ」

「あー、その荷物のことね。ちょっと待って。道を開けるわね」


 立ち止まって待つと、ローゼンの声に応じてすぐに湖への道が開いた。

 夕陽が映る湖の傍には、その照り返しで褐色の艶やかな肌を輝かせながらローゼンがこっちを見て顔を綻ばせて手を振っている。輝く笑顔は人の魅力を際立たせる。紅竜の化身の美少女には紅い夕陽が良く映えると思ったが、今はそれどころではない。


 ユーキはシュトルツから降り、近付いて行って声を掛けた。


「ローゼン、突然で申し訳ないんだけど」

「わかってるわ。その荷物のことでしょ」

「わかるの?」

「そりゃまあね。それだけ妖しげな気配を振り()いていればねえ。人間には感じられないだろうけど。出して見せてくれる?」


 ローゼンの言葉に従って背嚢から麻袋を慎重に取り出し、ローゼンが差し出した手の上に恐る恐る乗せた。ところがローゼンは無造作に袋を開けると、恐れげもなく素手でひょいっと石塊を取り出した。

 いや、重さも結構あるんだけどとユーキは思ったが、少女の体の中身は竜なのだからそのぐらいの重さは何でもないのかもしれない。やはり畏るべしである。


 ローゼンが石を持ち上げると、その竜眼が紅く光を放った。その眼の前で石を二度三度と捻くり回して見ていたが、すぐに面白くもなさそうに袋に戻し、眼の光が消えた。


「多分ミスリル鉱石ね。久し振りに見たわ」

「ミスリル鉱石? これが?」

「ええ、そうよ」

「知らなかった。お伽話の中のものとばっかり思っていたよ」


 ユーキが驚いていると、ローゼンがきょとんとしてユーキの顔を見上げた。


「ミスリル鋼が実際にあるのは知ってるんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、ミスリル鉱石があっても何も不思議はないんじゃない?」

「それはそうだけどさ。鉱石の実物の話なんて一度も聞いた事が無かったから」

「お伽話が一から十までまるっきりの創りものとは限らないってことね。何も無い所から全てを生み出すなんて、そう容易くできることじゃないでしょうよ」

「それはそうだね」


 ユーキがローゼンの手の上のミスリル鉱石が入っている袋をしげしげと見ていると、ローゼンが慌てて引っ込めた。


「未処理のミスリル鉱石は土の(しょう)の瘴気が籠っているから。人には猛毒よ。絶対に素手で触っちゃ駄目よ」

「やっぱりそうなんだ。触らなくて良かったよ」

「そうね。もし触っていたら大変なことになっていたかもね」

「もし人が触ったら?」

「普通の人なら、ちょっと触っただけでも多分何年間か苦しんで死ぬことになるでしょうね。ユーキは感受性が強そうだから、もっと早いかも」

「そういうことか……」


 ユーキは合点がいく思いがした。謎めいたと思われた先代子爵と継嗣の娘の病因は、きっとこれなのだ。

 ユーキが黙ったのを見て深刻に悩んでいると思ったのだろう、ローゼンは軽い声を掛けてきた。


「でもまあ、触りさえしなければいいんじゃない? どこにでも転がっているようなものでもないし」

「これ一つだけならいいんだけど、ひょっとすると僕の領のどこかに沢山あるかも知れないんだ」


 ユーキが深刻な声を出すと、ローゼンがさも面白そうに笑った。


「僕の領? ふふーん、臨時とか言ってたけど、御領主様が板に付いてきたみたいね。ふふ」

揶揄(からか)うなよ」

「ごめん、ごめん」

「どうすればいいんだろう」

「うーん、瘴気は妖魔には無害だからねえ。あまり気にしたことは無いんだけど。良かったら、私が預かって、ここの皆に聞いておくわ。心当たりが無くはないし」

「わかった。申し訳ないけどよろしくお願いする。僕は取りあえず、出所が領のどこなのか捜すことにするよ。悪いけど、今日はこれで帰る。何も持ってこれなくてごめんよ。次は必ず何かのお菓子を持ってくるから」

「そうね。楽しみにしてるわ。見付かったら、また来てね」

「わかった。じゃあ」


 手を振る暇も惜しげにシュトルツの上に跳び乗り森の木立の中をそそくさと帰るユーキの背中を見て、ローゼンは「ふふふ」と笑った。


「嬉しそうね」


 後ろから羨ましげな女の声がした。

 ローゼンが振り向くと、案の定、ウンディーネのアリエッタだ。


「友達に頼られるのは嬉しいものでしょ」


 アリエッタはローゼンの返事には応えずに、隣まで歩いてくると麻袋を取り上げた。両眼を碧く光らせて中を覗いた後に興味無さげに言った。


「ミスリル鉱石なら製錬してミスリル鋼を作れば高く売れるのに、それはまだ頭に無さそうね。領民の安全が一番、か。本当に真面目な子ね」

「ユーキですから。私の友達ですから」


 ローゼンが得意そうに胸を張る。


「はいはい。あーあ、他のいい男来ないかしら。退屈しちゃう」

「今からアイヒェのところへ行くけど、(ひま)なら一緒に来る?」

「嫌よ、あんな面倒臭いおっさん。若いのが良いの、若いのが」

「あっそ。湖で浮かんで好きなだけ待ってれば?」


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 ユーキは邸に戻るとすぐに先代子爵の私室に入った。彼が机の鍵を隠していたのは、あの石が危険なものだとわかったからだろう。書棚の鉱物に関する書物や資料はきっと、この石が何であるかを調べようと懸命に集めたのだ。

 恐らく彼も娘もこれに触ってしまい、瘴気に侵されたまま治療法が見つからずに亡くなったのだと思われる。ネルント村の村長に石のことを何も言わなかったのも、村人が好奇心を起こして危険に近付かないようにするためだったのだろう。


 もう日は暮れて、室内は真っ暗になっている。アンジェラが燭台に灯をともして出て行くと、ユーキは机の抽き出しに入っていた書類や覚え書きを机の上に出して一枚一枚丹念に調べていった。

 そこには、先代の子爵が領内、特にネルント開拓村付近で行っていた調査の内容が克明に記されており、鉱山、できれば鉄鉱石を求めて山に分け入ったことが書かれていた。

 そして地図には、あの石、ミスリル鉱石を発見した場所が記されていた。


 ユーキはゴクリと喉を鳴らした。

 これは放置しておくわけにはいかないし、人任せにもできない。いずれ当面の仕事が片付いて領政が軌道に乗ったら、自分で調べに行かねばならないだろうと覚悟を決めた。

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