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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第六章 ピオニル領新政

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第百十五話 新領主

王国歴223年6月末


 国王からピオニル領の臨時領主に任じられた王大甥(おうだいせい)ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア王子殿下、親しい者からはユーキと呼ばれる青年王族の一行は旅を続け、任地に入った。

 領境の関所で旧知のハウトマン衛兵長の丁重な出迎えを受け、その恭しい案内を受けて領主邸に到着した。

 門を入り前庭の馬車止めで降り、ユーキは家令に任じたクーツ・ダンナーやその息子でユーキの従者のクルティス、新しく仕えることになったベアトリクス・ディートリッヒ伯爵令嬢たちと共に玄関に向かった。

 その上に長く突き出した庇が落とす色濃い影の中には、従僕たちを従えて、年配の女性が出迎えている。恐らく先代ピオニル子爵夫人だろう。体調がまだ十分でないのかあるいは夏の暑さが(こた)えるのか、侍女らしき同年代の女性に脇を支えられている。

 また、門から玄関への両脇には、中年、壮年の男女が立ち並んで頭を下げている。

 役人あるいは領内各地の町村長たちだろうか。その者たちに混じって、ケン・ジートラーが出身地のネルント開拓村の村長に伴われて立っているのをユーキは見付けた。


 どうやらケンは心を決めてくれたらしい。

 頭を下げながらも上目遣いにこちらを見ているのがわかったので、ユーキは顔を緩め口角を上げて目配せをした。それに応えてケンがさらに頭を下げたので、今はそれで良いことにする。後でゆっくりと話をするとしよう。


 ユーキは正面に向き直り、供の者たちを従えて歩く。

 玄関の影の中に入るとそこで待っている女性の前で立ち止まった。女性が頭を下げるのを待って、クーツが女性に話し掛けた。


「お出迎え、有難うございます。先代ピオニル子爵の御夫人とお見受け致します」

「はい、如何にも、亡き先代子爵の妻、パウラ・ピオニルでございます」

「こちらが、本領の新領主に任じられた王大甥ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア王子殿下にあらせられます」

「御紹介ありがとうございます。殿下の御目に掛かれましたこと、光栄でございます。殿下の領主への御就任および不肖の息子ペルシュウィンに対する仕置につきましては、国王陛下の御使者様より承っております。この度は愚かなペルシュウィンが御迷惑をお掛けいたし、申し訳ございませんでした。本領と領民を何卒よろしくお願いいたします」


 ピオニル先代子爵夫人はユーキに向かって挨拶の言葉を述べると、膝を折って頭を下げようとした。

 ユーキは急いで「どうぞそのままで」と声を掛け、侍女を促して夫人を立たせるとともに右手を差し出した。


「夫人、お言葉痛み入ります。国王陛下の大甥、ユークリウスです。御子息についてはクリーゲブルグ辺境伯閣下の御膝下にて修行に励まれるとのこと。子爵位に戻られる日まで、この領は大切に預からせていただきます。それより、お体が本調子ではないようにお見受けします。今日は暑いです。外の風は毒でしょうから、どうぞ邸内にお戻りください。お話はそちらで致しましょう。よろしければお手を私にお預けください」

「御評判通りお優しいお振舞い、(かたじけな)く思います。それではお言葉に甘えさせていただきます」

「御遠慮なく。では参りましょう」


 ユーキは夫人の左手を取ると、夫人の右脇を支える侍女と共にゆっくりと邸内に導き、さらに侍女の案内を受けて応接室へと場を移した。

 扉が開かれると、室内では開け放たれていた窓から緩やかに風が入り、掛けられた白い窓帳(カーテン)がゆらりふわりと小さく舞っている。その中でユーキは夫人を椅子にそっと腰掛けさせると、方卓を挟んでその正面に回って自分も座った。


 まずは子爵家の元の家令に邸の管理に関する引継ぎをクーツに行うように命じ、また、望む者は全員を引き続いて雇うので、それもクーツに申し出るように伝えた。確認すると、亡くなった無法代官ニードが連れてきた者は全員が既に夫人の許しを得て勤めを辞め、この地を離れたとのことだった。それは邸関係だけでなく、領政に関わる役人も同様らしい。

 (どぶ)から(どぶ)へと伝う汚鼠(おそ)は腐肉に(さと)くすぐ(たか)るが、犬猫の気配を感じれば逃げ出すのもまた早い。ユーキはそんな鼠の被り物を着てそそくさと逃げ出す連中の姿絵を思い浮かべて心の中で苦笑せずにいられなかった。


 雑事を済ませると、ユーキは夫人に向き直った。


「夫人、御子息は辺境伯閣下が伴われて王都から辺境伯領の館へ直接向かわれると聞いております。ただ、閣下が王都での御用が溜まっているため、一か月ほど掛かるかもしれないとのことでした」

「はい、伺っております。使者様は辺境伯様からのお手紙もお届けくださりました。ペルシュウィンと共に住めるように御配慮くださるとのこと。また、領境の町まで行けば、奥方様が迎えのお馬車を寄こしてくださるともおっしゃってくださいました」

「先代の子爵と辺境伯閣下とは篤い友情を結ばれていたとお聞きしております。夫人のことも粗略には扱われぬと思います。ですが、お急ぎになられる必要はありません。隣領とは言え、馬車の旅は疲れます。お体の調子が整われてからにされてください。先代と夫人は領民にも深く慕われておられたことを、今回の件の調査で多くお聞きしました。御出立の当日は馬車の窓からでも領民にもお別れができるように、天候も好日を選んでお立ちください。それまではこれまでと変わらず、この邸でお休みくださればと思います」


 ユーキの柔らかい声を聞いて、夫人は喉を詰まらせ目をしばたたかせた。


「殿下は本当にお優しい……それではお言葉に甘えさせていただきます。実は先代の私室の片付けにもう数日掛かりそうなのです。それが済むまで御容赦くださいませ」

「はい。お二人の思い出の品が多くあろうかと思います。どうぞ御遠慮なく」

「では、そのように。片付きましたら、案内をさせていただきます」


 そう言うとユーキに向かって深々と頭を下げ、なかなか上げようとしなかった。

 やがて夫人の肩が細かく震え、目の前の白い卓布(テーブルクロス)にぽとりと(しずく)が落ちて染み込み、一つ二つと模様を描く。

 ユーキはそれを見ないようにして静かに席を立ち、夫人をそのままに残してそっと部屋を去った。

本日はもう一話公開します。

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