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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
幕間

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120/145

あいだのはなし6 姉弟の企み

 ペトラ・グラウスマン伯爵は今夜も弟のトーシェ・シェルケン侯爵の邸を訪れていた。

 贅を尽くした夕食を姉弟二人で済ませ、侯爵の書斎に移って強い酒を飲み、酔いが回り始めると耳に付く甲高い声で弟をせっつき出した。燭台一杯に立て並べられた太い蝋燭の黄色い灯りが、伯爵の大袈裟に動く唇に太く分厚く塗り(ほどこ)された派手な紅をてらてらと光らせている。

 トーシェはその姉の声を太った顔の額に汗を滲ませながら困ったように聞いている。脇に控えて立っている背が高く痩せた鋭い目付きの男、シェルケン家の家令ハインツが無表情で平然としているのと対照的だ。


「トーシェ、一体いつまで待たせるつもり? 私は宰相ミンストレル家に奪われたフリクト郡を早く取り返したいの。できれば今すぐにでも自分で兵を率いて乗り込みたいぐらいなのよ」


 姉が尖った声で問い質すと、弟は猫撫で声で(なだ)めようとする。


「まあまあ、ペトラ姉さん、慌てなさんな。いきなりそんなことをしては、国が介入して来ます。それを防ぐためには、国とは関係の無い、貴族家同士の争議と認証させる必要があります。ですが国王はそんなことは認めますまい」

「そんなことを言っていたら、いつまでもどうにもならないじゃないの。派閥を大きくして影響力を大きくし、メリエンネ王女やユークリウス王子を味方に引き込んで国王を説得させるという貴方の最初の計画はもう完全に頓挫しちゃっているじゃないのよ。貴方の策とやらは一体どうなったのよ。早くしなさい!」

「姉さん、落ち着いて下さい。良いですか、国王も不死身ではないのです。いずれは老いさらばえて完全に力を失う。王太子が今の状態のままなら、上に立てる者はいない。その時が好機です。我々がミンストレル()と事を構えて失脚させたとしても、王族の誰かが『これは王家には関わりない』と言えば他の王族は何も言えますまい。言えば王家の中で対立が生じて巻き込まれますからな」

「でもあなたは東宮局から外されたのよ。休職といっても、事実上罷免されたも同然じゃない。メリエンネ王女に会うことすらままならないじゃないの」

「そうは言っても、長く面倒を見ていた私にそうは逆らいますまい。何とでもなりますから。そのうちに会って私への支持を確かめます」


 (いき)り立って左手の深紅の扇を開いて激しく顔を扇ぐ姉を、トーシェは何とか言いくるめようとする。それを見ていたハインツが静かに声を掛けた。


「失礼ながら、閣下」

「なんだ、ハインツ」

「こちらから王女殿下の所へ送り込んだ女は殆どが辞めさせられ、残る者も(そば)近くからは離されております。王女殿下の今の御様子がわからない以上は、殿下を動かそうと軽々に働くのはお控えになられた方が良いと思います」

「うむ、それはそうかもしれんな。(しばら)くは静観する方が良いか。そうしよう。さすがだな、ハインツ、良く言った」

「畏れ入ります」


 トーシェはハインツの助け舟にほっとした声で応え、ハインツは口を挟んだ時と同じように平然と引き下がった。

 だがペトラ・グラウスマン伯爵は収まらない。ぴしゃりと閉じた扇で黒光りする卓を小刻みにコツコツコツコツと叩きながらトーシェを問い詰めようとする。


「でもトーシェ、だったらどうするのよ」

「王女以外にもいるでしょう。餌を目の前にぶら下げてやればこちらの思い通りに動きそうな馬鹿が」

「ふうん、なるほどね。でも、そううまく行くかしら? あれはあれで権力欲が強そうよ」

「なあに、馬鹿は餌を動かしてやれば、それに釣られて右でも左でも、見境なしに首を振るものです。それにどうやらあれが欲しいのは権力ではなく、見映えの良い派手な椅子のようです。高い所に登りたい者は、登らせて放っておけば良い。『人喰い獅子も山の頂で咆えている間は害はない』、そうだろう、ハインツ?」


 家の主たるべき侯爵にいきなり同意を求められたが、ハインツは動じなかった。

 トーシェ・シェルケン侯爵は、日頃からあれこれと詰まらない策を考えてはハインツに意見を求めてくる。機嫌を損ねないように手綱を操るのだが、侯爵も伯爵も自信過剰で暴走しがちだ。これまでは他の貴族にちょっかいを掛けて失敗しても、侯爵という高い身分のお蔭でちょっとした火傷程度で済んでいる。この前も、ピオニル子爵のところに侯爵が送り込んだ愚かな代官が勝手放題をして不祥事を起こしてしまった。子爵を冷酷に斬り捨てたことで信用を失い折角集めた寄子を全て失う破目になったが、それでも本人は恥をかいただけで済んでいる。

 だが、宰相を追い落としてその座を得るとなると、失敗すれば本人たちの大火傷どころではない、両家そのものの存亡に関わってしまう。愚かな子供の火遊びでも近隣を巻き込んだ大火事になり得るのだ。侯爵家が火を出せば国の大事ともなりかねない。


 ハインツは静かに答えた。


「はい。()の殿下についてはその通りかと。ですが、聡い弟君が近くにおられることをお忘れなく。また、末の王子は王都を離れられたとはいえ、最早なかなかの傑物になられたとの御評判です。どうか慎重にお考え下さい。このような重大事を失しては当家も伯爵様のお家も潰えます。お二方とも、策を施されるに当たっては、何卒、慎重を期していただきたく思います」

「何を言うの? その程度のことはわかっているわ。慎重にしているだけで家が栄えるはずが無いでしょう?」

「姉上の言う通りだ。ハインツ、あの弟は馬鹿兄に逆らえん。馬鹿さえ操ればどうとでもなるのだ」

「それは然様でございましたな。失礼致しました」


 ハインツが慎み深く頭を下げると、トーシェは満足そうに手中の杯を揺り動かして鼻先に上げ、香りを嗅いだ。


「だがペトラ姉さん、問題はユークリウス殿下でしょうな。あれは同じ馬鹿でも、馬鹿正直に刃向かって来そうです。それと、義人ぶった偽善者クリーゲブルグ奴がミンストレルに手を差し伸べるのを何としても防がんとならんでしょうな」

「できればあのピオニルの若僧に東回りを立ち塞がせ、西回りのデインと共にクリーゲブルグ奴を両側から孤立させたかったところね。それをあなたの送った酷い代官がぶち壊したのよ」


 酒杯を(あお)って中身を全て流し込んでから口を尖らせて不平を言う姉に、トーシェは卓の上の酒瓶を取って差し出した。姉が突き出した器に(そそ)ごうとしたが、ほんの少しで液の流れが切れ、雫が滴り落ちるだけになった。トーシェは空瓶をハインツに見せ、別の瓶を出すように仕草で命じて卓の上に置きながら媚びた声で姉を宥めた。


「過ぎた事を言っても仕方ありますまい。大丈夫、それにも手は考えております。要は、辺境伯奴がミンストレルに合力する気を失えば良いのです」


 ペトラは器の中の僅かな酒を一口で飲み干して、相変わらず不機嫌な声を出す。


「ふん、どんな?」

「スタイリス殿下を取り込んで宰相とユークリウス殿下を同時に失脚させれば、クリーゲブルグもミンストレルの息子に手を貸して巻き込まれるのを躊躇するでしょう。下手をすれば自分も危うくなりますからな。そこにフルローズとのごたごたが再燃すればどうですかな?」

「なるほどね。クリーゲブルグは、ミンストレルに合力するのを断る良い言い訳ができたと飛び付くわね」

「ただ、問題はどうやって宰相を取り除くかです。以前の話の件は如何ですか」

「ええ、進めているわよ。ちょうどいいカモを見付けたから、女に大金を払って()めているところよ。すぐに泥沼にずぶずぶ深入りするでしょうから、もう少ししたら適当な連中を見繕わせて実行するわ」

「頼みましたぞ」


 トーシェは姉に向かって軽く頷いた。

 ハインツは新しい酒瓶を棚から取り出して栓を抜くと新しい一対の酒杯と共に卓の上に並べ、空瓶と口紅や唾液で汚れた器を取り去りながら静かに口を挟んだ。


「以前にも申し上げましたが、もし仕掛けに用いた者からこちらの身元を割られると、大変なことになります。どうか御慎重に。できれば御再考を願わしゅう思います」

「ハインツ、お前は本当に心配性ね。大丈夫、そんなヘマはしないわ」

「そうだぞ、ハインツ。この程度の事で恐れていては、我が家を宰相家に押し上げることなど到底できん。まあ、見ているが良い」

「御意。御無礼を申し上げました」


 ハインツが恭しく頭を下げるとトーシェは満足そうに頷き、新しい酒瓶を取り上げて濃い色の液体をゆっくり、とろりとろりと二つの空の器に注ぐ。注ぎ終わり、両手に取ると片方を姉に差し出して相変わらずの媚びた声で言った。


「ペトラ姉さん、(はかりごと)は大胆に、慎重に。それが上手く行っても暫くは大人しくお願いしますぞ。今はじっくりと仕込みながら時を待つのです」


 ペトラは酒器を受け取り、たっぷり注がれた酒越しに燭台の灯りが揺らめくのを眺めた。

 飲み始めた時には長かった蝋燭もかなり短くなっている。


「待ちすぎて、私や貴方の命の灯が先にこの世から消えるようなことにならないでしょうね。それじゃあ私たちの方が馬鹿になっちゃうわ」

「大丈夫です。その機は近いと、私は見ております」

「本当ね? 信じるわよ」

「本当ですとも。ハッハッハ」



 ハインツは、高らかに笑う侯爵と左手の扇を苛々と開け閉じしながらまた杯を傾けるその姉を見ながら、その機とやらが永遠に訪れないことを心中で懸命に祈っていた。

 彼が大切に仕える侯爵家のために。


                             (幕間 了)

幕間は本話にて終了、次話より第二部に入ります。

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